121日、米辞典出版大手のメリアム=ウェブスター(Merriam-Webster)社が恒例の今年、米国人の心に残った言葉、「Word of the Year」(単語検索ランキング)を発表した。金融恐慌に端を発した公的資金による企業救済という言葉が各メディア上で踊ったが、第1位はその「bailout(救済)」であった。2位「vet(入念に調べる)」は、大統領選挙運動の最中、指導者の「適正や資質を厳しく吟味する」意味のvetという単語が頻繁に使用されたことが要因と説明されている。

 

そして3位に「socialism(社会主義)」という単語が顔を出している。米国においてである。大統領選でのディベートにおいてマケイン候補がオバマ候補の政府関与を強化する政策を「米国を社会主義化する」ものだと厳しく批判したことなどが検索上位の要因に挙げられている。しかし同国ではタブーに等しい「社会主義」である。その言葉が第3位にのぼったことは、共和党政権下、行き過ぎた市場原理主義がもたらした格差社会が極端な水準まで進み、もはや看過できぬところに来ていることをあらわす証左とも見て取れる。行き過ぎた「市場原理主義」は、決して社会を幸せにはしないということを、米国民は敏感に感じ取ったのではないだろうか。

 

反共のメッカである米国で、2008年という年が「社会主義」という単語が3番目の頻度で検索された年であったことは、その意味において特筆されてよい。「社会主義」への関心の高まりは、市場原理主義による幸福の追求が結果として行き過ぎた格差社会を作り出したことに対する、アンチテーゼだとも言える。社会主義の謳う「平等の理念」、「資本家による搾取の否定」といったプリンシプルとは一体どんなものなのかと、大きな関心が寄せられた。

 

米国民は現状の市場原理主義というパラダイムは健全な社会の枠組みではない、人々にあまねく幸せをもたらす仕組みではないことをはっきりと感じ始めている。そして同様の道をここ10年近く突き進んできたこの日本でも今年、80年も前に書かれたプロレタリア小説である「蟹工船」(小林多喜二著)が若い人たちの脚光を浴びたと話題を呼んだ。そうした日米の動きはまるで軌を一にしているようで、世情不安・閉塞感・世界恐慌というどす黒い叢雲(むらくも)が両国は言うにおよばず世界を覆った年であったと言えるのだろう。

 

 メリアム=ウェブスターの「Word of the Year」で2007年の第1位「w00t」は、コンピュータ世界で「歓喜」を表す表現形態で、オンライン・ゲーム愛好者の間で多用されたという。2006年の第1位はtruthiness」で、「証拠がない場合でも、真実であってほしいと思われる性質」を皮肉を込めた表現で表したもので、ブッシュ大統領がイラク戦争の大義とした「大量破壊兵器の存在」を真実と信じたがったことを皮肉った単語である。この二つの言葉は、あたらしもの好きで、アイロニーを好むいかにも米国的な造語であり、ある種、社会の前進をイメージさせるものとも評せる。しかし、「社会主義」はこの数十年間の自由を標榜する米国のイメージ(マッカーシズム時代を除く)とは大きくかけ離れるものであり、米国社会の抱える閉塞感がとてつもなく重く、根深いことを窺わせるのに十分である。

 

翻って太平洋を隔てたこの極東の島国にも、似たような恒例の年末行事がある。毎年、その年の世相を象徴する言葉を漢字一文字で表わす「今年の漢字」である。財団法人日本漢字能力検定協会が全国から応募された漢字のなかで最も多い字を「今年の漢字」として、毎年1212日の「漢字の日」に発表するものである。

 

京都清水寺の貫主があの清水の舞台上において大筆で墨痕鮮やかに揮毫するもので、誰でも一度は目にしたことのある歳末シーンではないだろうか。因みにここ過去三年の漢字一字は「愛」(2005年)「命」(2006年)「偽」(2007年)であった。果たして、この国では今年の漢字には何が選ばれるのだろうか。

 

森清範(せいはん)清水寺貫主による揮毫は1213日午前10時から同寺にて行なわれる。果たして今年を表す漢字は何になるのか?

 

恐慌の「慌」、非正規雇用の「非」、失業者の「失」、無差別殺戮の「無」・・・と、暗い世相を反映したネガティブな漢字しかいまのわたしの頭には浮かんでこない。暗いくらい一年であったのだと思うしかない。いや暗い年が始まったのだと思うべきなのであろう。