22日に自民党総裁選挙を終え、麻生太郎幹事長が第23代自由民主党総裁に選出された。引き続き24日に第170回臨時国会が召集された。まず衆議院で麻生太郎氏が首班に指名された。ほぼ同時に開かれた参議院本会議では小沢一郎氏が首班に指名された。そのため衆参両議院の協議会を経たのち、憲法第67条の規程「(内閣総理大臣の指名は)衆議院の議決を国会の議決とする」により、ようやく内閣総理大臣が決まる。そして、憲法第68条の規程に基づき、内閣総理大臣が国務大臣を任命、いわゆる組閣の手続きに入ることになる。

 

総理大臣の指名と組閣手続きにつき大仰に憲法の条文まで持ち出したのは、このたびのNHKを筆頭とするテレビ各局の組閣人事報道に、メディアとしての一線を超えた異様な光景を目にしたためである。

 

つまり、まだ臨時国会の本会議も開かれていない24日早朝、NHKや民放各局は中川昭一衆議院議員に自宅前でインタビューし、同時にテロップで「財務大臣・金融担当大臣」と新閣僚ポストを報じていたのである。まだ閣議で福田総理が現閣僚から辞表を取り纏めるかなり前であったかも知れぬ時間にである。

 

新しく選ばれた内閣総理大臣が各閣僚を任命することは前述したが、まだ、その前段階も前段階の時間帯に、次の閣僚人事をニュースとして報道しているのである。

 

それも「就任する見込みが強まった」と報じるのであれば、予想を伝えたのだと言い訳も通じるかも知れぬが、既成事実のように報じたのである。また午後の報道においても衆議院で首班指名が終わったばかり、参議院ではまだ指名投票が行なわれている最中に、NHKは野田聖子消費者行政推進担当大臣や舛添要一厚生労働大臣の再任をはじめ他の主要閣僚人事を断定的に伝えた。それはまるで既に閣僚名簿が発表されたとしか思えぬ報道であり、そう錯覚してもおかしくない伝え方であった。

 

こうした行為は本来の報道の使命に値することなのだろうか。何が起こるか分からないのが政治の世界、一寸先は闇ともよく言われる。しかし大手メディアはそんなことは合点承知の介で、自民党有力筋か与党有力筋か分からぬが、そこからの確実な情報を元に事前報道を決したのだろう。

 

しかし、この報道はあきらかに決まっていないことをあたかも既成事実のように報じたものであり、その時点では事実ではない。「いったいどこの誰が決めたのさ」と、異様な違和感を覚えるのも当然である。

 

総理大臣も決まっていない段階に、これから選ばれるはずの総理が任命すべき各閣僚が、大手メディアによって事前に報道発令されている。いくら、麻生太郎自民党総裁が総理大臣になることは万々が一も間違いはないと踏んだとしても、こんなニュースの断定報道はありえない。メディアは、いつから憲法に定める国務大臣の任命権者である総理大臣になったのか。

 

その時国会議事堂では、まさに衆・参議院の720余名の議員が集まり総理大臣指名選挙を行なっている。閣僚人事を流す一方で、テレビ画面のなかに映し出されているその映像はいったい何なのか。あまりにも議院内閣制という民主主義の重み、ルールを無視したやり方ではないのか。

 

「国会は国権の最高機関」(憲法第41条)である。そしてこの日、本会議に出席した国会議員は「全国民を代表する選挙された議員」(憲法第43条)であることは、論を待たない。

 

NHKをはじめとする大手メディアが、議院内閣制を軽視または無視する報道を当然のことのように行なう。こうしたメディアに民主主義を語る資格はない。それ以上に知る権利という大義名分により手にした強大な権力を嵩(かさ)にきるこうしたやりたい放題の姿勢こそが、民主主義の基盤を蝕み、崩壊させることになるのである。

 

メディアにも言い分はあるのだろう。麻生氏が閣僚候補への要請活動を事前に行ない、永田町の有力筋が大物ぶって閣僚予定人事をリークしたことに問題がある云々(うんぬん)・・・。

 

しかし民主主義の最後の砦であるはずのメディアが、定められた民主主義の正当かつ客観的手続きが済む前に閣僚人事を報じる。国民の代表による手続きにより総理大臣を選び、初めて内閣が構成される。その構成された権力を監視するのが、メディアの最も大事な使命なのではないのか。そのメディアが総理大臣、内閣を済々と決める手続きを無視して閣僚人事を報道することは、透明かつ公正な手続きが民意を反映させるのだという民主主義の根幹を無視することと同一である。

 

およそ民主主義の最低の節度すら守らず、国権の最高機関である国会を形骸化した機関のように扱い、全国民を代表する議員の国会活動を軽視した今回の報道のあり方を見せられると、大手メディアに権力を論じる資格はない。また民主主義の価値を啓蒙する資格などさらさらないと断じざるを得ない。そして現在、大手メディアこそが、民主主義を体内から蝕んでゆく獅子身中の虫であると国民はよくよく知るべきであろう。