安倍晋三総理大臣の突然の辞任表明で12日午後からこの日本は、上を下への大騒ぎとなった。自民党の有力者たちも記者の問い掛けに対し、言葉がすぐには口を突いて出てこないといった状況で、永田町の混乱振りがテレビを通じて国民の目の前に曝されることとなった。

 

また小沢一郎民主党代表も当日の記者会見では驚きと戸惑いの表情を隠さなかった。テロ特措法の延長問題で手ぐすねひいて政権交代のシナリオを練りに練っていたところに、正面の敵が忽然(こつぜん)と消え去ったのである。鳩山由紀夫民主党幹事長の「一番打者としてバッターボックスに入ろうと思った瞬間に、投手がいなくなった」との表現はまさに言い得て妙である。小沢代表は会見で「自民党の総裁が代わったからといって、民主党の考え方が変わることはありえない」旨の発言を行なったが、そのことは当然であり、事の道理でもある。

 

 一方、自民党は即日、次期総裁候補選びに向けて走り出した。そして安倍総理の辞任表明から一夜明けた13日、メディアも一斉に後継総裁が誰になるのか、その取材合戦はヒートアップしている。

 

 しかし、そもそも729日の参議院総選挙の自民党大敗を受けた衆参両議院のねじれ現象から政局は混迷を深め、今後の国会運営の見通しも定かでない状況にあった。そうしたなかでの辞任表明である。わが国の政治は一挙にその不安定さを増幅させることとなった。

このままの「ねじれ国会」の状態で自民党の後継内閣が出てきたとしても、今後、整斉と政策論議を闘わせることはきわめて難しいと言わざるをえない。

 

民主党は小沢代表の言うように「できるだけ早い機会に総選挙の実施」に持ち込むためあらゆる手段を弄してくることは必至である。北朝鮮の核保有問題やイラク戦争の帰趨、米国大統領選の本格化、温暖化防止、信頼を失墜した年金制度、格差社会の拡大等々、わが国をめぐる問題は内外を問わず山積している。その置かれている政治環境から一時の政治の空白、政策判断の猶予も許されないことは明らかである。

 

自民党内での総裁選日程決着に至る綱引きや駆け引き、さらには与野党ふくめたいたずらな「政局ごっこ」をする暇(いとま)は寸時もないと心得るべきである。政治の混乱を一刻も早く収拾し、内外の懸案解決にむけて議論を重ね、その成果をひとつひとつ挙げてゆくことこそいま政治に求められているもっとも大きな使命のはずである。要はあらたな政権はその拠って立つ正統性を具備してなければならないということである。

 

 そのためには、特にこうした唐突な形で首相が辞任した場合には、まず後継内閣の性格は選挙管理内閣でなければならぬ。そして速やかに衆議院の解散、総選挙を行なうことで国民に政権選択の道を与えるのが、議会制民主主義の本来の筋というものではなかろうか。今この時期、自民党政権の延命という党利党略だけで国民の意思をないがしろにしたまま、いたずらに政治の混乱を続けさせるべきではない。

 

国の主権者たる国民が総選挙によって選択した政権にこそ「正統性」が与えられる。ちょうど二年前の熱に浮かされたような郵政総選挙の結果は、そもそも安倍自公政権そのものに正統性を与えたものでなかったことは自明である。自民党は早急に選挙管理内閣を準備し、そのうえであらためて政権選択を国民に問うべきである。その結果が自民党政権になるのか、民主党政権になるのか、いずれにせよ総選挙によって選ばれた政権には、国会のねじれ現象が残るか否かに関わらず、その正統性が国民によって与えられたことだけは紛れもない事実なのだから。そうした国民の強い意思をたとえ自民党であろうが、民主党であろうが、無視することなどできようはずはないのである。安倍後継内閣のなさねばならぬことはただひとつである。