参議院選挙の大敗を受けて最初の本格的国会がこの910日に召集される。第168回臨時国会である。その最大の焦点が111日に期限切れとなるテロ対策特別措置法の延長問題である。

 参院選挙で大勝し、参議院で野党が過半数を占め、にわかにテロ対策特別措置法の延長問題に焦点が集まった。メディアも参院選終了後から民主党の小沢一郎代表や鳩山由紀夫幹事長の同法への考え方、対応につき、報道を繰り返している。

 

 参院選挙後の静養から復帰した民主党の小沢一郎代表は731日、テロ対策特措法の延長について記者団が質問した際に、いつもの何故そんな質問をするのかといった表情で、「これまで反対していたのに、今度は賛成というわけがない」と反対の方針を明言した。その映像はこれまでの民主党および小沢代表の首尾一貫した主張をあらためて表明したもので、国民に「筋を通す政治家」「筋を通す政党」をアピールする絶好の機会を与える形となった。

 

 テロ対策特別措置法は2001年の「9.11」米同時多発テロを受けて、「国際的なテロリズムの防止と根絶のために行われる国際社会の取組に日本として積極的かつ主体的に寄与し、日本を含む国際社会の平和と安全の確保に資することを目的」に2001112日に2年間の時限立法として制定されたものである。

 

 インド洋上で、「不朽の自由作戦」の海上阻止活動(武器・弾薬やテロリスト、資金源となる麻薬などの海上輸送を阻止するもの)に従事する米軍などの艦船に対して、洋上補給(給油)を行なっている海上自衛隊の補給艦派遣の根拠法となっているものである。

 

 これまで200310月に2年間の延長を決定し、0510月に1年、0610月にさらに1年の延長が行われ、この111日に期限を迎えるものである。

 

 参議院議席の与野党逆転の事態を受けて、シーファー駐日米大使(88日)や来日中のメルケル独首相(830日)が相次いで小沢民主党代表と会談を行ない、テロ対策特別措置法の延長についての協力依頼をするなど、ついふた月ほど前に自衛隊イラク派兵の2年間延長を認める「改正イラク復興支援特別措置法」を淡々と成立させた(620日)当時の政治情勢とは、国内外をふくめてその様相を大きく異にしている。

 

小沢代表は両国に対して「日本の最大の問題は、軍事力の派遣についての原則がないことだ」と持論を展開し、アフガニスタンでの対テロ作戦は国連の承認を得ていないと認識しているとして反対するのだと、これまで通りの説明をしている模様である。

 

民主党が参議院で比較第一党になって以来、秋の国会の一番の焦点となるテロ特措法延長に対する小沢代表、鳩山幹事長ら執行部の反対姿勢は一貫している。その頑ななまでの姿勢を見て、一部の政治評論家や大手新聞などが日米関係等外交面における民主党の政権担当能力に疑問符をつけ、心配する向きがある。しかし、そこは名うての策士、小沢一郎氏である。そう簡単に手の内を見せるはずがない。

 

憲法第59条「法律案の議決,衆議院の優越」で、法律議案の扱いについては次のような定めがされている。

(1)法律案は,この憲法に特別の定のある場合を除いては,両議院で可決したとき法律となる。

(2)衆議院で可決し,参議院でこれと異なつた議決をした法律案は,衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再び可決したときは,法律となる。

(3)前項の規定は,法律の定めるところにより,衆議院が,両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。

(4)参議院が,衆議院の可決した法律案を受け取った後,国会休会中の期間を除いて60日以内に,議決しないときは,衆議院は,参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。

 

 今後の国会運営を想定してみると、本当に民主党が廃案にしたい法律は、実は(4)に定めている規定を活用することが最も確実な方法である。つまり衆議院で可決され送られてくる議案を60日間以内に議決しないまま廃案に持ち込むという方法である。参議院で野党過半数であるからといって「否決」した場合は、(2)の規定により衆議院に差し戻され、2/3の衆議院議決を経て、法律は成立する決まりとなっている。現在の衆議院の勢力は前回の郵政総選挙(059月)の小泉マジックにより、自民党単独で総議席数の64%、自公与党で70%を占めている。つまり自民単独での成案は無理でも、自公連立が維持されている限り、法案は参議院で否決されても成立を見ることになるのである。また公明党が万一反対にまわったとしても、最低14名(国民新党・無所属の会5名、無所属9名)を取り込めば、法案成立は可能となる。

 

 現在、参議院において常任委員会の予算委員会など議長ポストの配分につき協議が行なわれている。しかし、参議院議長と議院運営委員会委員長の両ポストについては比較第一党である民主党が手に入れることで、早々と自民党とも決着を見ている。これは参議院本会議の運営、つまり日程、審議時間等をふくめた国会運営を民主党のペース、思惑で進めることができるようになったということを表わしている。

 

従ってテロ対策特措法について民主党が本気で反対するのであれば、審議スケジュールを調整することで60日間の時間を稼ぎ、廃案に持ち込めばよいのである。それが最も実効性のある反対の方法なのである。

 

 ところで小沢代表はテロ特措法については、早くから殊更に「反対」を強調してきた。それは、政治の「筋を通す」という強い政治姿勢を国民の目に焼き付ける一方で、テロ特措法が参議院に送付されてきたら、これまで「反対」と言ってきた通りに、同法案を粛々と「審議」し、粛々と「否決」することで、国会運営をルールに基づき行ない立法府としての機能を民主党が果たせるのだと国民に知らしめる効果も持つ。そのことは、数の力により強行採決を連発してきた自民党の強引な国会運営のあり方のアンチテーゼともなり、民主党はごり押しの国会運営など行なわず、粛々と審議を尽くしてゆく政権政党としての能力があるのだと国民に強くアピールする形がとれる。

 

そして衆議院に差し戻されたテロ対策特措法案は、自公与党による2/3の賛成で目出度く成立を見ることになる。このシナリオであれば、小沢代表とすれば反対と言い続けてきた政治信念は貫いたが、国会ルールにより海上自衛隊のインド洋派遣は継続のやむなきに至ったと胸を張って弁明できる。

 

 さらにもっとも重要なポイントである日米関係には最小限の亀裂が入るのみで、信頼関係を大きく損なうことなく「反対であるはずの」テロ対策特措法延長が認められることになる。こうして実は、民主党は衆議院で絶対多数を誇る与党が行なえなかったルールに則り「粛々と国会審議を進め」、政権を担う大人の政党たることを国民に知らしめ、海上自衛隊をインド洋上にとどめることができるのである。

 

 しかし、本気でガチンコ勝負にゆくときは、60日間の廃案の道を選択し、112日には海上自衛隊はインド洋を離れねばならない。当然、ブッシュ共和党政権との間に大きな亀裂が生じることになるが、泥沼化するイラク戦争で支持率を大きく下げた共和党政権の寿命も来年11月の大統領選挙までと、おそらく小沢代表は腹を固めているに違いない。イラク撤退を標榜する民主党候補が大統領になれば、テロとの戦いのあり方も大きく軌道修正されるはずである。それを展望したうえで、わが国の民主党が国際協調という名の下で、実効性あるテロ対策を具体的に準備し国民の前に提示できるのであれば、その政策が小沢代表率いる民主党が真に「政権を担うに足る政党」であるか否かの試金石となるのだと考える。付け焼き刃的な弥縫策(びほうさく)ではとても政権は担えぬことを肝に銘じて10日からの臨時国会に臨んでもらいたい。

 

 ただ単に粛々と「反対」ということでテロ特措法が延長を見てしまったりするのであれば、なぜ国民は民主党に参院選で大勝させたのかわからぬ。小沢民主党の「政権党」たる資格を占うポイントは、粛々と「反対」せぬことだと知るべきである。そしてどれだけ国民に分かりやすいテロとの戦いのあり方、国際協調のあり方を示せるかにあるのだということを、民主党の先生方が脳漿をしぼって考え、国民に目に見える形で提示することこそが、政権への大事な初めの一歩であることを胸に銘記すべきである。