「小泉施政5年間の総括――経済失政ぁ

 

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 2001425日の日経平均株価は13,828円であった。翌日、小泉純一郎衆議院議員は衆参本会議の議決において第87代内閣総理大臣に指名された。この日、後世、「小泉の海図なき改革」と呼ばれることになろう時代の幕が開いた。

 

 第一次内閣で、改革の目玉として竹中平蔵慶応大学教授を国務大臣、経済財政政策担当大臣に任命した。同氏は1984年に東洋経済新報社から出版した「研究開発と設備投資の経済学」によりサントリー学芸賞を受賞したTVでお馴染みのタレント学者であった。ただ、同氏を世に送り出すことになった受賞作の内容は、開発銀行時代の同僚である鈴木氏と共同研究した論文を中心とするものであり、鈴木氏の承諾なく竹中氏の名前のみで出版され、それが受賞対象となったと当時の関係者は語っていると云う。一部週刊誌でもこの問題が取り上げられたこともある。

 

 そうした学者としては自殺行為に等しいことを行なった可能性が濃厚である人物を、小泉総理は「経済財政政策担当大臣」という新しい国務大臣に抜擢した(もし、それが事実であれば人間としても倫理上、許されることではないことはもちろんである)。そして、20011月(森内閣)に初会議が開かれた経済財政諮問会議を宰領する経済財政担当大臣に、小泉内閣の閣僚として同氏が就任した。

 

 同年621日には、初めての「経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」いわゆる「骨太の方針」が決定された。次に各年の「骨太の方針」を列記する。改革という名のもとに、国民が「小泉総理」に身を焦がしたその骨太に掲げたお題目が、現在、どのような結果となっているのか。分かりやすい所から、総括を始めていきたい。まず、前回掲載した冷厳な経済指標の実績と、以下の骨太の方針をじっくりと見比べて欲しい。「改革」に踊り、「改革は国民の痛みを伴う」に納得して、痛みをこらえてきた従順な国民にこれから小泉劇場が結果として何をもたらしてくれたのかを、順を追って詳らかにしていきたい。

 

2001年度〕(竹中大臣)

    2003年度まで(のちに2004年度まで)を成長なしの集中調整期間とし、それ以降の経済成長を軌道に乗せることを主眼とする

 

        国債発行30兆円以下

        不良債権処理の抜本的解決

        郵政民営化の検討

        5年間での530万人の雇用創出

 

2002年度〕(竹中大臣)

          2010年代初頭に国と地方を合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化を目指す

 

2003年度〕(竹中大臣)

        「三位一体改革」で地方補助金を4兆円削減し一定割合を税源移譲

        一般小売店での一部医薬品販売など規制改革の推進

 

2004年度〕(竹中大臣)

        地方へ3兆円税源移譲

        2005年に郵政民営化法案提出

        社会保障制度見直し開始

        デフレからの脱却を確実なものとする

 

2005年度〕(竹中大臣)

        政府のODAの戦略的拡充

        公務員の総人件費削減・定員の純減目標

        市場化テストの本格的導入

 

2006年度〕(与謝野大臣)

    成長力・競争力の強化

        アジア諸国を中心とした経済連携協定(EPA)交渉の促進

        3年間で100のモデル商店街を選び、中小小売業を重点支援

 

    財政健全化

        2011年度に国・地方の基礎的財政収支を黒字化(必要対応額=16.5兆円、歳出削減策=11.4兆〜14.3兆円)

        10年代半ばに国・地方の債務残高の対GDP比を安定的に引き下げ

        社会保障の安定財源として消費税を検討

        国の資産を約140兆円規模で圧縮

 

    安全・安心の確保など

        フリーターにも国家公務員への就業機会を提供

        正規・非正規労働者間の均衡処遇を目指す

        少子化対策の抜本的な拡充、強化、転換

 

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