自民党の「特殊指定撤廃反対」の余りの不見識

 『四月六日、自民党丹羽・古賀派の総会で、新聞の全国同一価格での販売などを定めた「特殊指定」の撤廃に反対することを決めた。

 代表の丹羽雄哉・元厚相は総会で、「どの地域においても、(同じ新聞ならば)同一価格ということが今の新聞業界を支えており、これは再販売価格維持(再販)制度と特殊指定制度の二重の縛りになっている。これ(特殊指定)が崩れていくと、宅配制度に影響する」と述べた。さらに、「竹島一彦・公正取引委員会委員長は強気だそうなので、非常に予断を許さない」との懸念を示した。また、社民党は同日、特殊指定に関する公取委と日本新聞協会からの意見聴取を十一日の政審全体会議で行なうことを決めた。』 (4.6 22:44読売新聞)

 この特殊指定問題については撤廃すべきとの意見を三月二十日付けブログhttp://app.blog.livedoor.jp/hero1945/tb.cgi/50069199で述べたが、冒頭の記事を知り、私は口をあんぐりと開けざるを得なかった。この丹羽雄哉代表の認識は一体、どこから出てくるのか。どの地域でも同一価格でないと宅配制度はなくなると、云っているのである。

 もし、新聞が同一価格の宅配制度を維持したければ、つまり新聞は公共財であるというのなら、電力小売の自由化と同じ問題になる。つまり、ユニバーサルサービス(普遍的・公平なサービスの提供)をどうするかの議論をすればよい。

 私は新聞は公共財などとこれまで思ったことはなかったし、公共財であると思って新聞業界が記事を書いているとは思ってもいない。やれ、特ダネだの、他社を出し抜いただのと自分たちの世界の価値観だけで動いている業界を私は決して公共財を提供する事業体などと思わない。でなければ、記事の捏造、社内で色々なケースを検討しているだけで、そのひとつを抜き出し、「A社が○○と合併」と云った記事が一面トップなどに踊るはずはない。公共財を扱っているという意識であれば、事実だけを伝えるべきであり、もし検討中であれば全ての検討中のものは、常に新聞紙上を飾らねばならぬ。読者は一面トップで報じられたニュースでその後、何の音沙汰・続報もない経験を何度も持ったことがあると思う。また、その渦中に放り込まれ迷惑をかけられた会社人も多いと思う。

 こうした新聞業界は、今、「特殊指定」の撤廃問題で、それを阻止しようと横一線で論陣を張っている。常々、市場原理を振りかざし、経済界にその刃を衝き続けてきた業界が、「自分だけは違う」と叫んでいるのである。まさに笑止である。

 丹羽・古賀派総会の「新聞の特殊指定撤廃の廃止」という、早口言葉で舌がもつれそうなことを真面目に決めたというのだが、新聞業界に何か弱みでもあるのか、何かこの業界に貸しをつくると得だとの判断でも働いたのかとでも、邪推したくなるほど、彼らの不見識さに愛想が尽きた。