彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

August 2016

メルヘン街道沿いのランチ 懐石料理・“たてしな藍”はいかが=蓼科グルメ 37

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茅野市蓼科高原横谷峡  ☎ 0266-67-5030


本来、“たてしな藍”は藍染と懐石料理のお宿で有名である。

1・藍染の暖簾がかかる入口門
藍染の暖簾がかかる”たてしな藍”の門

しかし、われわれは宿客ではなく、今回もお食事のみをたのしみにいった。前日までの予約を必要とするが、宿泊がなくともお料理のみでも対応をしていただける。


20年ほど前に伺ったきりで長い無沙汰をしていた“たてしな藍”に「もう一度、行ってみたいね」と語り合いながらもだらだらと月日が流れてしまった。

2・たてしな庵の宿玄関
たてしな藍の宿泊処・玄関

猛暑の東京を逃げ出して、パン工房での作業に従事する娘のお盆休みも兼ねて、今回は別荘でのんびりとと思ってお店の予約もほとんど取らずに蓼科へ向かった。


しかし、やっぱり食いしん坊のわたしたち。今日のお昼はどうしようかと迷ったその日、家内が藍はどうかとの提案があった。スマフォでHPを開けると、食事のみでも可とあったが、前日までに予約が必要との注意書き。電話だけでもと連絡したところ、ちょっと確認しますといってしばらくして大丈夫ですとの回答。当方、お昼にありつけたと胸を撫でおろし、早速、“たてしな藍”へ直行。

3・メルヘン街道沿いの”たてしな藍”駐車場
メルヘン街道沿いに、”たてしな藍”駐車場

駐車場へ車を止め、あぁ、こんな風だったなと思い出しながらその風情のある門をくぐる。

4・たてしな藍の門
この門内が”たてしな藍”

淡い木漏れ日を落としてゆるやかにのぼる石段がつづいている。

5・木漏れ日を落とす石段
木漏れ日を落とす石段

突き当りのところで、石段が左右に分かれていた。

6・石段の突き当り
石段の右手に”たてしな藍”の宿、左手に食事処・山味庵

案内を見ると右手が宿の“たてしな藍”となっていた。

7・たてしな藍・宿
たてしな藍・宿の玄関

そして、左手が本日予約の食事処の“山味庵”である。

8・山味庵
山味庵玄関

20余年前に夜の懐石で伺ったときは、確か右手の旅館の大広間に通され、藍染の衝立で仕切られた座卓で懐石料理をいただいた記憶がよみがえった。山味庵なる別棟の食事処など当時はなかったのではないかと思う。


早速、山味庵に入り名前を告げると、こちらですと館内を案内された。

9・山味庵の個室へ
落ち着いた館内

途中には“酒厨ちろり”なる宿泊客用のおしゃれな館内バーもある。

10・酒厨ちろり
酒厨・ちろり

そして、左手奥にあるひとつの個室に通された。最近、よく見受けられる張りぼての安っぽい和室ではなく、しっかりとした漆喰壁の本格的な造りであった。

11・個室食事処
当日のランチの個室

その個室の前で右手を見ると、まだ、多様な個室があることがわかった。

12・個室もいろいろあります
多彩な個室が用意されている

当日は四季の昼懐石3,900円(税・サービス料込み4,633円)のコースであった。他に5000円(同5,940円)のコースがあったが、われわれには3,900円のコースでちょうど良い量であり、質であった。


メニューは以下の通りである。

小鉢 もろこし豆腐 万願寺唐辛子

13・小鉢・もろこし豆腐

椀 鱧の葛打ち 梅肉 茗荷 木の芽

14・椀・鱧の葛打ち
蓼科で鱧 これも粋!

造里 信州サーモン混布〆 豆乳豆腐 妻一式

15・お造り・信州サーモンの混布〆と豆乳豆腐
信州サーモン 脂がのって美味しかった

焼物 信州福美鶏の朴葉焼き

16・信州福美鶏の朴葉焼き  17・福美鶏
朴葉焼き                信州福美鶏

煮物 高原の野菜炊合せ 海老のそぼろ餡かけ

18・高原野菜炊合せに海老そぼろ餡かけ

ご飯 とろろご飯 香の物の二種盛り

19・とろろご飯
とろご飯おいしかったです

水菓子 葛きり 白玉団子 黒蜜

20・葛きり・白玉団子に黒蜜かけ
葛きり、なかなでした・・・

とろろご飯の前にすでにわたしのお腹はいっぱいでご飯を遠慮しようと思ったが、目の前で茶碗にトロロが掛けられるのを見たら、無性にご飯が食べたくなって箸をつけた。


料理のお味はあっさり味で、若い人には量とともに味も少し物足りないかもしれない。しかし、ダイエット目標を確実に達成し続けている娘も量はこれで満足。また、血圧が少し高めの家内もダイエットもかねて良質ともに十分に満足。


そして、高血圧症で、かつ再び、お腹のふくらみが気になりだしたメタボ軍団再加入の危機にあるわたしには、味も量も十分すぎるほどであった。


リゾート地の個室でいただける懐石料理、値段を考えるとコスパ最高の、しかも雰囲気最高のお店であったのだと認識しなおした一日であった。

館内照明もセンスがよい
落ち着いた照明

こうして20数年ぶりに蓼科で味わった懐石料理。三人とも大満足の態で緑陰の小道を帰路についた。

緑陰を帰路につく
緑陰の小道をおりてゆく・・・

たまにはこうした雰囲気で避暑地の時間を過ごすのも目先が変わっていいんじゃないのかな・・・と思わせた大人びた空間であり、静謐なる小世界であった。

猛暑の八月、北八ヶ岳ロープウェイで天空の坪庭(ピラタスの丘)に涼む

(当ブログの写真の転用・二次利用を禁じさせていただきます)


昔は冬、ピラタススキー場、夏はピラタスの丘、あるいは坪庭と呼んでいた場所である。

1・チロル風のロープウェイ乗り場です
北八ヶ岳ロープウェイ乗車口

現在は、夏場は坪庭、冬はピラタス蓼科スノーリゾートと呼ばなければいけないらしい。

2・北八ヶ岳ロープウェイ乗り場
スイスに来たみたい

その懐かしいピラタスの丘に涼を求めて娘と家内と3名で定員100名という大きなロープウェイで標高2237mの高所にある山頂駅まで登っていく。

3・1北八ヶ岳ロープウェイ山麓駅
山麓駅に停まるロープウェイ

この北八ヶ岳ロープウェイはふもとの山麓駅(標高1771m)から八ヶ岳連峰のひとつ北八ヶ岳を構成する北横岳(標高2472m)と縞枯山(標高2403m)の鞍部に広がる通称坪庭と呼ばれる平坦地を結ぶロープウェイである。

3・ロープウェイ

この日、行き違うロープエェイからいくつもの紅葉のような手が振られていた。夏休みであることを実感する。また、ロープウェイからの景色は天気とも相まって、さすがに痛快であった。

4・ロープウェイからの景色
2016年8月、素晴らしい景観です

そして、右手に広がる縞枯(しまがれ)山の縞枯現象を目にするが、その自然のメカニズムはまだ解明されていないという非常に珍しいものである。

5・縞枯れ山 縞枯れ現象
縞枯現象

この現象は山全体が枯れ木の山になっていくのとは異なり、年々、山腹の縞枯れのエリアが移動してゆき、山自体、山林はずっと生き続けてゆくのだというから奥深い自然の営みのひとつといってよい。


実際に、30余年前に見ていた縞枯山の緑の比率は変わっていないと言い切ってよく、景観に大きな変化は認められない。


また、運がいいと鹿やニホンカモシカをロープウェイから認めることができるが、この日はその幸運には恵まれなかった。そんな興味満載の搭乗もわずか7分ほどで山頂駅に到着する。

6・北八ヶ岳ロープウェイ山頂駅
山頂駅

山頂の温度は真夏の昼間で20度前後、朝夕は10度を下回ることもあるという。この日は寒いと感じるほどではなかったが、ヒンヤリとした涼風が坪庭を吹き抜けてゆくのがわかる。そして、山頂駅からすぐに雄大な坪庭の景観が見渡せた。

7・1坪庭の全景 前方の高台が溶岩台地
山頂駅からの坪庭の景色

この不思議な景観は八ヶ岳最後の噴火で出来た溶岩台地ということだが、すり鉢状になった目の前の場所は平坦地になっており、山上に突如、天空の草原があらわれたようなそんな奇妙な感覚にとらわれる。

7・天空の草原
天空の高原

ここに溶岩台地をめぐる周回コースの散策路が整備されている。一周約1000m 所要時間約30〜40分で廻ることができる。


平坦地をのんびりと歩いてゆくと、溶岩台地へ登る急な石段にぶちあたる。初めてではないとはいえ、足の不自由なわたしである、ちょっと気合を入れて最初の一歩を踏み出す。

8・最初、急な石段があります
溶岩台地へ急登です

杖を片手に足元に注意しながらゆっくりと登って行く。手すりがつけられているので思ったよりは楽な急登? 日本百名山一筆書きの田中陽希さんじゃあるまいし・・・であった。

9・第一休憩所まであと少し
あと一息で第一休憩所

登り切った先に第一休憩所があるが、その直前の路端に赤い実をつけたかわいいクロマメノキを見つけた、いや、家内が見つけてくれた。こちらは急登で足先を見つめることで精一杯の状況であるのだから。

10・クロマメノキ
クロマメノキ

その少し先にあざやかな黄色の花を咲かせたキリンソウが咲いている・・・と教えられる。

11・キリンソウ(麒麟草)
キリンソウ

荒涼たる溶岩の瓦礫のすみに隠れるようにして咲く可憐な高山植物。その生命力、自然の営みのたくましさに心底、頭が下がる瞬間である。


ようやっと第一休憩所に到着する。あぁ、そこからの展望は絶景である。

12・第一休憩所からの景観
なかなかな絶景です

急坂の疲れをここで癒し、いよいよ溶岩台地へと足を踏み入れる。

13・坪庭に広がる溶岩台地
太古の落とし物・・・

太古に山頂に噴出した溶岩が露出し転がっているそのさまは不気味で、怪異とすらいってもよい。そんなとき、大きな奇岩が目の前をふさぐように屹立している。

14・1奇岩もいっぱい
ポンピドー美術館でもお目にかかれぬアヴァンギャルド

生半可なアヴァンギャルドよりも数段、前衛的な自然の彫刻である。

そして、溶岩台地には這松(はいまつ)が叢生しており、その中の周遊路をさらに進んでいく。

14・這松(ハイマツ)と溶岩のなかをゆく
這松を分けて歩く感じ

視界いっぱいに多彩な溶岩が飛び込んでくるが、これが早朝であったとすると、人っ子一人いなかったとすると・・・と考えると、背筋が凍るような寒々とした情景である。遠くに見える縞枯れが一層、その気持ちを募らせるのである。

15・太古の溶岩が山頂に広がる 遠くに縞枯れ現象
まさに溶岩台地、遠くに縞枯現象

そんな這松以外に生き物の息遣いを感じることができぬ天空の世界をテクテク歩いていく。その心中の思いとは裏腹に吹き渡る真夏の風はことのほか頬にやさしい。

16・溶岩台地を歩く
瓦礫のなかを歩くよう・・・

しばらくして、ようやくというか溶岩台地を後にする木製階段に到達する。

17・溶岩台地から階段で下の木道に出ます
急勾配だが木製階段がしっかりしているので安心

この下りも急勾配であるが、手すりも整備されたしっかりとした階段であり、ここはゆっくりと下りれば何の問題もない。


下の木道を歩き出すと、すぐに薄桃色のハクサンフウロの花をわたしが見つけた。

18・ハクサンフウロ
今年もよろしく・・・ハクサンフウロ

大好きな高原の花である。目に飛び込んでくるのだろう。すると、すぐ先にシナノオトギリソウという黄色い花が見えてきた。

19・シナノオトギリソウ
シナノオトギリソウ

溶岩台地の荒涼たる色彩世界のなかから生還した身には、黄色という色は活力にあふれた命をイメージさせることに気付いた。標高2237mの散策路の路端には命の賛歌を歌うようにいろいろな草花が目立ってくる。緑の草のなかに小さな白いオダマキの花を見つけた。

20・白いオダマキ
白いオダマキの花

次にくっきりとした黄色が目立っている金露梅は自然と目に飛び込んでくる。

21・キンロバイ(金露梅)
目立ちたがり屋の金露梅

すると、えっ? ワレモコウが咲いているではないか。ここはもうとっくに秋が舞い降りてきていることを知らされる。

22・もうワレモコウが咲いていました
ワレモコウがもう咲いている

今年もはや夏が過ぎようとしているのだ・・・光陰矢の如し・・・

物忘れ、新しい知識欲の減衰・・・老化の兆候が色濃く迫って来たわが身に、この花はなんじゃ? 名前も知らぬ花である・・・

23・この花は?
あなたの名前は?

調べる気力とて欠乏したわたしである。誰か教えてくだされ・・・


足弱な娘と麻痺をかかえるわたしを伴い、一人元気な家内との坪庭散策も約50分で無事、終了、下山の運びとなった。

24・定員100名の北八ヶ岳ロープウェイ
下界に戻ります

足早にロープウェイに乗り込み、山麓駅という俗界へとまたわが身を沈めに降りて行った。山麓駅の建物内は広く、軽食が可能な大きなスペースやTシャツなど衣類や特産のコケモモジャムやドレッシングなど豊富な食材もお土産として展示されている。

25・ロープウェイ改札口へ お土産もたくさんあります
品ぞろえ豊富なショップです

あっという間に世俗の垢に染まったわたしと娘は、コケモモ・ミックスソフトクリームなる悪魔の誘いにいとも簡単にからめとられ、ご覧のようなおいしそうな写真のものを手に、いや、口に入れたのである。

26・苔桃ミックスソフトクリーム
濃厚なミルク味のバニラにコケモモの酸味がほどよくてオイシイ!
コケモモのフルーツソースと胡桃味噌
コケモモのフルーツソースと胡桃味噌を土産に買いました

そして、隣接する蓼科アミューズメント水族館を20年ぶりで訪ねてみた。

27・蓼科アミューズメント水族館
蓼科アミューズメント水族館

これだけ高地にある水族館も珍しい。そして、すべて淡水魚の水族館である。

28・高原に泳ぐ熱帯魚
魚種も豊富な水族館です
真夏でもさわやかなここ蓼科で、熱帯魚観賞もまぁこれはこれで乙なものだと、館内をゆっくり廻って、俗世から天空の浄地へ、そしてまた、下界の日常に戻っていった短くも奥の深い真夏の一日を過ごした。2016年の夏もあと少しで終焉を迎える。


2016年祇園祭・後祭で大船鉾を見た 山鉾巡行一挙掲載!!

2014年祇園祭・山鉾巡行前祭(さきまつり)に興じる(2014.7.21)

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当ブログ、最近の記事は食う、喰う、食べるばかり、ここで少し伝統文化の話題でも。

2014年に初めて祇園祭を宵々山から堪能したことは2014年7月のブログに記載した。

その時、その年から半世紀ぶりに復活した後祭のためお目当ての山鉾巡行が従来の33基から前祭としての23基のみの見物となり、残念であった旨を記した。

1・後祭の山鉾ミニチュア
京都駅に展示された後祭の山鉾ミニチュア

そこで、今年は7月24日の後祭の10基の山鉾巡行、しかも150年ぶりに復活した大船鉾を見ることを楽しみに京都へやってきた。

2・大船鉾ミニチュア
大船鉾のミニチュア

後祭の山鉾巡行コ−スは17日に行われた前祭とは逆に、烏丸御池を東に向かってスタートし四条烏丸までのコースとなる。われわれは河原町御池の交差点に陣取り、巡行の行列を見物した。

3・河原町御池交差点
河原町御池の交差点 もうすぐ山鉾がやって来る

9時半に烏丸御池を出立し、予定では10時ころから順次、山鉾がわれわれの目の前で辻回しをやりながら通過することになっていた。


10時きっかり、時間通りに後祭巡行のトップバッターである橋弁慶山がやってきた。

4・10時に舁山(かきやま)橋弁慶山が来た
舁山・橋弁慶山がくじ取らずのトップバッター

後祭には舁山(かきやま)が7基巡行するが、この橋弁慶山は“くじ取らず”といって、毎年行われる巡行順番のくじを引くことなく、常にこの順位で巡行することをゆるされている町である。

5・五條の大橋の弁慶・牛若丸 橋弁慶山
五條の橋の弁慶・牛若丸

その代表的なものが祇園祭(前祭)の象徴的な鉾で必ず先頭で巡行する長刀鉾である。

6・祇園祭の象徴でもある長刀鉾
祇園祭の象徴、長刀鉾(2014年前祭)

その“くじ取らず”の山鉾が、後祭においては一番・橋弁慶山、2番・北観音山、6番南観音山、10番大船鉾の四基となっている。


ここで祇園祭をより楽しむための豆知識をひとつ。


祇園祭には山鉾33基が巡行するが、その内訳は鉾が10基、山が23基となっている。

鉾と山の違いだが、鉾は原則、屋根に真木という長い鉾を立てており、その頂きの鉾頭が疫病神を吸い取ると古来、信じられてきたという。鉾は2階建てでお囃子衆がのるほどの大型のものである。


山は鉾のかわりに真松と呼ばれる松の木をいただく。三基の曳山を除いては大型のものはない。

山は曳山と舁山にわかれるが、曳山が字義どおりに人々が綱を引き曳行し、そのため大きな車輪を有す。

また舁山は昔は人々が担いでいたが、近年は小さな車輪をつけて押して巡行する。曳山は前祭の岩戸山、後祭の北観音山・南観音山の三基のみで、残りが舁山20基となっている。


橋弁慶山につづいて飾り屋根を付けた曳山の北観音山が河原町御池の交差点へ入ってきた。

7・真松を立てた北観音山(曳山)
曳山・北観音山

一見すると鉾に見えるが、江戸時代後期・天保四年に山に飾り屋根をつけたのだという。堂々とした山である。そして、ここでこの大きな北観音山の力技、辻回しがある。

8・割竹を敷き、水を撒き、辻回し
辻回しの為の割竹を敷く

道に割竹を敷き、水を撒く。この上に大きな車輪を乗り上げ、人力で引っ張り九〇度の方向転換をするのだ。

9・力が入る辻回し
音頭取りが一斉に掛け声

曳山の先頭にのる音頭取りが扇を振り、声を振り絞って、辻回しに気合を入れる。9トンもの曳山がゆっくりと方向を変える。三回で90度まわせば普通。二度で回せば山鉾に負担はかかるが素晴らしい。四回は何をやっているんだ ( `―´)ということだと、沿道の通の人が教えてくれた。


そして、3回で無事辻回しを終えた北観音山はゆっくりと河原町通りを南下していった。

10・北観音山・辻回しが終わり、川町通りへ
これから河原町通りを四条河原町へ向かう

次に登場したのはかわいらしい浄妙山である。

11・舁山・浄妙山
浄妙山がやって来た

宇治川橋の合戦で繰り広げられた筒井浄妙と一来法師の先陣争いを題材とした人形が山を飾る。一来法師が浄妙の頭上を跳びこす様子や橋の欄干に幾本も刺さる矢がリアルである。

12・筒井浄妙の頭上を跳ぶ一来法師
宙を跳ぶ一来法師 宇治川の先陣争い

4番目に入ってきたのは役行者山である。

13・舁山 役行者山
舁山の役行者山が来た

修験道の祖である役小角をモチーフであることから法螺を吹く山伏たちが先導役を務める、京のビル街の辻に法螺貝のぶぉ〜という音が響き渡る。

14・法螺貝を吹きながら山伏が先導する
山を先導する山伏たち

山には左から一言主神、役行者、葛城神と人形がならぶ。

15・左から一言主神、役行者、葛城神
左から一言主神、役行者(洞の中)、葛城神

山が軽いこともあるが、辻回しを3回か4回行なうと、観衆から歓声と大きな拍手が起こった。担ぎ手に若い人が多いと小さな山でも見せ場はある。

16・役行者山の辻回し
拍手喝さいだった役行者山の辻回し

次に登場したのが黒主山。

17・舁山・黒主山
黒主山

六歌仙の一人、大伴黒主が桜の花を愛でる姿が山に載っている。

18・桜を仰ぎ見る大伴黒主
大伴黒主が桜を仰ぎ見る

そして、回数が少なく単調で、期待外れであった辻回しを終えた黒主山が河原町通りに入っていった。

19・黒主山の辻回し
ちょっと期待外れな辻回し

六番目に進んできたのが、曳山の南観音山。

20・曳山・南観音山
迫力のある南観音山

この南観音山は“下り観音山”と呼ばれ、“上り観音山”の北観音山と対となる曳山である。曳山の象徴である飾り屋根を備えた山はいかにも威風堂々の登場であった。

21・かざり屋根を付けた曳山・南観音山
曳山はやはりイイ!!

前後祭に祇園祭が別れるまでは、南観音山が巡行の最後を飾っていた格の高い?曳山である。お囃子衆がコンチキチンを奏でながら、辻回しを終えて、南下していく。

22・お囃子衆が乗る曳山
多くのお囃子衆が載る南観音山

7番目は鈴鹿山。

23・鈴鹿山
どこか静々と鈴鹿山が登場

瀬織津姫命の伝説をモチーフとした山で山鉾のなかで唯一の美女像となっている。

24・ご神体・瀬織津姫
ちょっと鳥居が邪魔だが、瀬織津姫である

ご神体人形の瀬織津姫命が山に立っている。

25・南観音山の後を追う鈴鹿山
鈴鹿山も河原町通りへ

次に八幡山が交差点へ入ってきた。

26・八幡山が入ってくる
八幡山

この山は神社の祠そのものを山に置くという大変変わった山である。石清水八幡宮から三条町へ勧請され、町内に祭られている八幡さまを祇園祭の山鉾巡行の日に限り、この山に遷座しお祀りしている。

27・遷座した金色の八幡宮
金色の祠である

云ってみれば、神社そのものを巡行させていることになる。山に置かれた八幡様が鎮座する祠は金色に輝いている。



後祭の巡行もいよいよ終盤。巡行9番目の鯉山がやってきた。

28・鯉山が登場
後祭巡行も9番目の鯉山はやって来た

黄河の難所、龍門の急流を登りきった鯉は龍となるという中国の故事をモチーフとしている。

全長1・5mになる木彫りの鯉は名工左甚五郎の作と伝えられている。

29・左甚五郎作と伝わる木彫りの鯉
傳左甚五郎作の木彫りの鯉

鯉山が河原町通りをゆっくりと南下していく後姿を眺めていると、沿道の観客からひときわ高い歓声が沸いた。

30・河原町通りを下る鯉山
鯉山も南へ下っていく

いよいよ後祭の殿(しんがり)を務める大船鉾の登場である。

31・大船鉾がやってきた
どよめきとともに登場する大船鉾

船鉾はそもそも、前祭の船鉾が神功皇后の新羅征伐にむけ出陣するさまを描き、後祭の船鉾は新羅から凱旋してくる船を表しており、二つの船鉾で物語として完結する形となっているという。

32・四条河原町で辻回しをする前祭の船鉾
2014年の前祭・四条河原町での船鉾の辻回し

幕末の禁門の変で焼失した大船鉾が150年ぶりに復活し、前後の祭りで古来の形式に復した姿を見物するが今回の大きな目的の一つであった。



われわれは大船鉾が復活した2014年、前祭の巡行を見物した翌日、くぎを一切使わず木と縄だけで鉾を組み立てる“縄がらみ”という技法を大船鉾の保存会・四条町で見学していた。

33・2014年大船鉾の鉾建て
2014年の大船鉾の鉾建て 地元TV局も取材

その年は舳先を飾る龍頭は未だ完成を見ておらず、この2016年に初めて大船鉾の舳先に龍頭が飾られるという。それもまた、楽しみであった。

34・大船鉾の登場
いよいよ目の前に大船鉾が・・・

目の前に現れた大船鉾は堂々としてまさに凱旋船と呼ぶに値する豪華さであった。

35・威風堂々の大船鉾
ワクワクするほどの大船鉾の威容である

その舳先を大きな龍がまた、見事というしかない。

36・舳先に龍頭
今年初めて取り付けられた見事な龍頭

保存会ではこの大船鉾の復興は引き続き継続されるのだという。

37・素晴らしい龍頭
白木の龍頭

見ての通り、まだ白木の部分が多く、この先数百年にわたり維持保存していくには漆塗りが必要とのことで、募金活動等今後も完全復活に向けた努力がなされてゆくという。

38・河原町通りを下る大船鉾
2016年祇園祭の後祭、山鉾巡行の見納め
大船鉾が川町通りに下がってゆくと、沿道の観客の群れが大きく崩れたが、後祭はこの後に花傘巡行が続くことを遠来の観光客はあまりご存じない様だ。10分もしないうちにその花傘巡行がやってきたが、その模様は次稿に譲りたい。


霊験あらたかなる あぶり餅・一文字屋(別称 一和)=旅人の見た京都のお菓子

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京都市北区紫野今宮町69番地  ☎ 492−6852


あぶり餅が食べたくて今宮神社へ参拝した。

1・今宮神社拝殿に一和とかざり屋の提灯
今宮神社拝殿に献灯された”かざり屋”と”一和”の提灯

もとい、今宮神社は疫病除けのやすらい人形の奉納ができるし、この近くで生まれた徳川五代将軍綱吉の生母、桂昌院(通称、お玉)にあやかり玉の輿にのれるというご利益も盛んな霊験あらたかなる神社なのであった。

0・疫病除けの人形を奉納
今宮神社の自分の名前を書き奉納する”やすらい人形(ひとがた)”

そんな今宮神社へ参拝したご褒美にあぶり餅の“一文字屋和輔”こと“一和”に立ち寄った。

2・右に一文字屋 左 かざり屋
右が”一文字屋” 左が”かざり屋” 奥に今宮神社東門

当店でいただいた略伝によれば、

3・一文字屋
一文字屋の略伝表紙

一条天皇(在位 寛和2年−寛弘8年)の御代に疫病が蔓延。正歴5年(西暦994年)、今宮神社で御霊会を執り行うとひと時おさまったものの、長保2年(西暦1000年)に再び流行。そこで、今度は“やすらい祭”を当社で行なうと疫病がたちまち終息したという。

4・一文字屋略傳
阿ぶり餅の由来

その“やすらい祭“で神前に供えたられたものが、当寺、香隆寺(現在の上品蓮台寺)の名物である“おかちん(阿ぶり餅)”で、初代一文字屋和助が作り、今宮神社の神前に供えたのが、この一文字屋のあぶり餅の始まりであると伝えられている。

5・上品蓮台寺(香隆寺)
京の三大風葬地のひとつ蓮台野にある上品蓮台寺(昔の香隆寺)

都人は疫病を避けようと当社のご利益を求め、こぞって今宮神社へ参詣すると、そのあぶり餅を持ち帰り、家人に分与し疫病を逃れたのだという。

その後、千利休がこの餅を茶菓がわりに用い、爾来、千家の御用達となっているとのこと。

6・一文字・あぶり餅
炭火で焼かれた一文字屋のあぶり餅

そんな所縁を訊くとこのあぶり餅、たかが餅というのも畏れ多い千年の物語をもった何ともゆかしいお菓子なのである。

そのあぶり餅、疫病除けの御利益以外に、俗姓をお玉と呼ばれた桂昌院にあやかり玉のような餅を食べるとお玉(桂昌院)のように玉の輿にのれるご利益があるとのことで、とくに若い女性の間で人気がうなぎ上りになったとか。

00・お玉の井を横から
今宮神社境内に桂昌院から寄進された”お玉の井”が現存

そのご利益は、参道を挟んで店を構える“かざり屋”さんでもあぶり餅をいただけるので、どちらの店が御利益があるか試してみられるのも一興。

7・あぶり餅 かざりや
こちらは創業四百年のかざり屋

その“かざり屋”は創業は四百年前の寛永14年(1637年)にさかのぼるこれまた古い、ふる〜いお店である。

かざり屋・財規への玄関
かざり屋の座敷への玄関

この度、われわれが訪ねた“一文字屋”さんこと“一和”さんが、源氏物語が書き起こされた時代に産声を上げたという“初代一文字屋和助”のお店であった。

8・一文字屋・いち和の暖簾
創業千年の一文字屋こと一和の暖簾

わたしは10年ほど前に、参道をはさんで店を構える“かざり屋”さんでこのあぶり餅をいただいたが、家内は今を去ること四十年ほど前、花も恥じらうお年頃にこの一文字屋さんでいただいたのだという。

9・奥に座敷 手前は今も使用する井戸
一文字屋の奥に座敷席 手前は現在も使用される創業時からの井戸

巷間、「一文字屋さんとかざり屋さん、どっちがおいしい?」、「わたしはかざり屋」、「いやわたしは一文字屋」とかいうやり取りが結構、交わされているようだが、これはその人の好みですなというしかない。


わたしが10年前に食べたかざり屋の味と今回の一文字屋(いち和)の味を10年越しに比較するのもはなはだ非科学的なことは承知の上で申し上げるが、白味噌の甘みが勝っている一文字屋の方が今のわたしはおいしいと感じた。

10・甘い白味噌が香ばしいあぶり餅
甘い白味噌だれがおいしい

ただ、両店の味は一子相伝のものといわれているので、味が一応、不変であると仮定すると、この10年余で甘いものに異様な執着心をよせるようになったわたしが変わってしまい、甘みが少し強い一文字がおいしいと感じたということであろう。

11・今宮神社東門前に二軒のあぶり餅屋
参道をはさみ一文字屋(右)とかざり屋

京都通、あぶり餅通の友人にご意見をたまわると言下に、「エッ? かざり屋がおいしいでしょう」とのたまう。

家内は40余年前との比較のこととて、「どっちもおいしいんじゃない」と、大人の対応。

12・今宮神社出てすぐ
今宮神社東門から一文字屋とかざり屋を

まぁ、紫野今宮神社名物の阿ぶり餅、神社参詣の折には是非、立ち寄られたらいかがでしょうか。

13・右の石灯篭の先に一文字
今宮神社参道に一文字屋、かざり屋はある

一文字屋、かざり屋ともに一人前五百円で、値段は同じです。あぶり餅のハシゴをして、「わたし、やっぱり、かざり屋」、「一文字屋のあぶりは香ばしくって、超ウマ!」なんて、ちょっと京都通ぶってみるのもどうですか。


祇園祭の夜、美山荘若女将ご贔屓の“リストランテ キメラ”でディナー

(ブログ「彦左の正眼」内の写真等一切のコンテンツの転用を禁じます)

泊ってみたい宿=摘み草料理の美山荘(2013.10.23)

東山区祇園町南側504 電話:075-525-4466


祇園祭の後祭を楽しんだ翌日、八坂神社の南楼門から100m、料亭「祇園畑中」に隣接するイタリアン 「リストランテ キメラ(CHIMERA」を初めて訪ねた。

1・八坂神社・南楼門と鳥居  2・祇園畑中の隣にキメラ
八坂神社南楼門と鳥居          祇園畑中とキメラ看板

美山荘の若女将に以前、ここで結婚記念日に食事をしてとてもよかったと教えられていた。

3・母屋へ入る若女将
美山荘母屋と若女将

京料理もよいが、たまには違った料理もと、今回は、家内がこのキメラを提案した。

思い立ったが吉日と6月の頭に電話を入れたが、予約はひと月前からということで、6月の末にリザーブし直して伺った。

4・祇園祭のキメラ
イタリアン・キメラ玄関にも祇園祭のお神酒貼付が

当夜は一万円のコースをお願いしていたが、料理の内容は当然として、食事の間中サーブされたスタッフの対応も、実は最後にお名刺をいただき支配人の小池聡貴氏であったのだが、申し分ないもので、一見の客であるにも関わらず細々とした当方の質問にも丁寧に答えて下さり、二人とも大満足の夜を過ごすことができた。

5・テーブル・セッティング
キメラのテーブルセッティング

なるほど美山荘の若女将ご贔屓のお店だけはあると感心したものである。

6・店内  7・畑中の楓を借景にした店内
二階店内のテーブル             窓外は祇園畑中の楓を借景

それでは料理の紹介に入っていこう。ディナーの内容は写真を見ていただけると、その味も伝わってくるのではないかと思う。


使用される器もそれぞれこだわりをもったもので、料理にかなったなかなかに客の目を楽しませてくれる味わい深いものであった。

8・おしゃれなインテリア  9・店内の様子
インテリアもシンプル             二階の様子

また、料理のサーブ、ワインのサーブも非常にスマートで、われわれは食事がスタートしてものの10分もしたころには、キメラの常連客のような気分で口にナイフを運び、ワインを喉に流し込んでいた。

10・本日のワイン 重めのものを頼みました     11・すぐれもののナイフ&フォーク
重めの赤ワインを注文             凝ったナイフとフォーク

料理の内容は次の通りだが、初めてみる食材もあって、根掘り葉掘り問いただすなど、まぁ、退屈しないとてもおしゃれな時間を過ごした。


スターターがなんと三つに輪切りにされた鮎を盛りつけた鮎のコンフィ。

12・鮎が立つコンフィ
鮎のコンフィ 鮎が立つ・・・

おどり串を打たれた鮎の塩焼きになれたわたしどもにキメラのこのプレゼンテーションは目新しく、また、小骨の多い鮎のコンフィという調理法も骨ごと食べられるなど目新しさ満点の一品である。


オードブルも多彩で楽しい。オマールエビやトウモロコシのジェラート、生ハム。

13・オードブル
真中にトウモロコシのジェラート 玉蜀黍の葉が印象的

生ハムがおいしいというと、「本日の生ハムはこれですよ」とテーブルにその塊を持ってきて目でも楽しませてくれる。

14・本日の生ハム
迫力の生ハム

そして、次なるものが初めて食べる逸品である。イタリアのキノコの王様といわれる“ポルチーニ”と温度卵、芽キャベツにキノコから作り出した泡(フォンデュ・ソースというのだそうだ)をトッピングしたすぐれもの。

15・泡はキノコ・ポルチーニ
これでも結構なボリュームです

周りを囲んでいるのが“ポルチーニ”なるキノコである。一見、お肉のように見えた。キャベツのなかにとろりとした温度卵が隠れている。(下の写真、クリックで拡大)

16・泡はキノコのフォンデュソース  17・中身は温泉卵
この泡を見てください             中は温度卵です

そして、ポルチーニって、どんな茸なのと訊いたところ、早速、お持ちいただいたのが次なる写真。

18・イタリアのキノコの王様”ポルチーニ”
キノコの王様、ポルチーニ

なるほど松茸ではないが、果肉が分厚く、いかにもおいしそう。


続いてパスタが二種類サーブされるが、事前に量の確認がされた。そこで、われわれは当然、少な目でよいと頼む。実際に家内はその少量のパスタも失礼して少し残すこととなった。


一品目がバジリコ味のパスタに京の夏を代表する食材・炙り活鱧と九条葱をあしらい、イタリアの唐墨(からすみ)をすりおろし漆黒の容器に粉雪のように舞わせる。

19・鱧をあしらったバジリジョコ味のパスタ
この色彩・・・パスタ料理です

その様はその色彩効果は秀逸で一幅の絵画を見るようでもある。料理とは味のみにあらず、色彩、器、料理への寸言など総体的な芸術であることをまさに実感、視感したひと時である。

20・炙り鱧にパスタ
抜かりなく鱧の炙りがのっています

二品目がバジリコ豚のベーコンをトッピングしたトランペットキノコ入りのチーズパスタである。

21・イベリコ豚のベーコン とトランペットキノコ チーズパスタ
ガラスの器に盛られたパスタ

二品目はテーブル脇でガラスの器へ取り分けしてくれるが、このパフォーマンスもなかなか見物で、大切な人とのディナーの雰囲気を盛り上げるのには最高であった。

22・パフォーマンスで火がつけられたのですが・・・
この前に火があがるパフォーマンスが・・・

写真は実はタイミングが遅れてしまい、チーズから火があがった一瞬をとらえることができず何の変哲もないものとなった。

23・スマフォとチーズ
チーズの真中にパスタが スマフォの大きさと比較してみて

鮮やかな手さばきを披露された小池さんにはまことに申し訳ない次第とあいなった。家内に冷やかされることといったら・・・。でも、このチーズの器?大きかった。スマフォを横に置いて、ちょっと大きさを表現しました。


そんな笑いのなかでディナーもいよいよメイン料理に。


鴨肉のローストである。亀岡で飼育されたスコットランド種の鴨ということであった。

24・メイン料理・鴨のロースト
本日のメイン 鴨のロースト

鴨の上に森永のキャラメルのように乗っているのが、フォアグラである。まぁ、なんとも贅沢な。南瓜のスライスが添えられているが、これ、“鈴かぼちゃ”というのだそうだ。生のままで食べるので、サクッとした食感でなるほど夏向きの食材である。

25・ディナーも残り少なに
そろそろディナーも終わりです・・・

ディナーもさて、残り少なに、デザートへと到着。

わたしがココナツミルクにマンゴとパッションフルーツ。

26・マンゴ・パッションフルーツ・ココナツミルク
捻じれた容器なので、ひねって映しました

家内はオーソドックスにマスカットにバニラアイスとラズベリーシャーベット。

27・デザート
いたってオーソドックス

これでようやく終了と思いきや、とどめのデザートがサプライズで供された。次なる写真である。

28・とどめのデザート
これって、正直、ビックリ おいしかった

いやはや、プリティー・・・な〆である。


旅人にとって、祇園祭に京料理ももちろんよいが、八坂神社の隣にあるキメラでイタリアンというのもこれはこれで祇園祭の趣もあった。このキメラ、一階にはグランドピアノが置かれ、ミニコンサートも開催されている。

29・一階ではプチコンサートも
コンサート聴いてみたい

また、その横にはウォークイン・ワインセラーがドンと構えており、エントランスからして洛外の夷人はある意味、窮屈でもある京都らしさから開放される。

30・1階にあるウォークイン・ワインセラー
りっぱなワインセラーです

祇園祭の夜、RISTORANTE ITALIANO CHIMERA キメラで過ごした時間、

ほんによろしゅうおしたへ。いちど、おたずねやす・・・


なお、今後、当ブログの写真の無断転用を禁じます。最近、マナー違反のブロガーが多いため無粋な注意書きをせざるを得ない状況となりました。


 



 



 


 




 


 



 


智舟さんはどこ? 女人高野・室生寺で探そう

(当ブログの写真の転用・二次利用を禁じます)

ポケモンGOが日本全国を大騒動の渦中に巻き込んでいた7月下旬、38年前の新婚旅行で訪ねたきりの奈良桜井市の室生寺を参拝した。

1・室生寺
太鼓橋と室生寺表門

そこで、ピカチュウならぬレアもののポケモンに遭遇したので、ご紹介することにする。ポケモンの名前は智舟(チシュウ)さんといって、タイプは親切、さわやか、人なつっこいといったもので、対峙する参詣客や観光客を一瞬にして虜にするなかなかの優れものキャラである。

2・奥の院にて・智舟さん
室生寺の智舟(ちしゅう)さん

当日、長谷寺から廻ってきたわれわれ夫婦は太鼓橋を渡って、“?”

3・室生川上流から太鼓橋を
室生川に架かる太鼓橋・右手が室生寺表門

楼門をくぐっても“ハテナ”・・・ 38年前の光景、記憶は呼び戻されない。

4・楼門・新緑と朱
楼門(仁王門)

鎧坂を登り始め、かすかにこの広い石段、見覚えがあるかなといった程度。

でも、こんな手すりがあったかな・・・記憶にない

5・鎧坂
鎧坂・頂上に金堂が見える

石段を登りつめた先。石垣の上に国宝の金堂。う〜ん、見たことがあるような。

6・金堂正面
国宝 金堂

その手前左手に弥勒堂がある。

7・弥勒堂
弥勒堂 正面に弥勒菩薩・右に釈迦如来

お賽銭をあげ、お参りする。ご本尊の小さな弥勒菩薩の右手の仏像にどこか見覚えが・・・

8・室生寺弥勒堂・重文 弥勒菩薩立像
重文・弥勒菩薩立像(室生寺絵葉書より)

一木造りの釈迦如来坐像で、国宝なのだと堂内の僧侶が親切に説明してくれた。ここで、記憶がフラッシュバック。

「このお堂の中に50年近く前に入ったことがある」というと、

「その頃は堂内に入って間近に仏さまが拝めていた」との返答。


中学か高校の修学旅行でこの仏さまの前に正座し、一木造りのお釈迦様を仰ぎ見たことを思い出した。

9・室生寺弥勒堂・国宝 釈迦如来坐像
国宝・釈迦如来坐像(室生寺絵葉書より)

漣波(レンパ)式の衣の襞(衣紋)の今にも微風にたなびきそうな繊細な彫り、さらに左足を右太ももにのせた半結跏趺坐(ハンカフザ)の足の裏に浮き出た木目の美しさに目を奪われた遠い昔の一瞬の感動が蘇った。


それを家内に伝えたが、修学旅行で室生寺は訪ねていないとのことで、わたし一人がこの弥勒堂で盛り上がる。二人の時の記憶がないわたしが恨めしい。


次に国宝・金堂をお参り。正面の榧(カヤ)の一木造りの国宝、釈迦如来立像ほか素晴らしい仏像群を拝観。

10・金堂
国宝 金堂

ここでも堂内の僧侶から詳しい説明が。釈迦如来と薬師如来の間の隙間から帝釈天曼陀羅と呼ばれる国宝の板絵が見えると教えられ、目を凝らす。縦に隙間分だけの彩色しか見えぬが、普通では気が付かぬことゆえ有難味がわく。

11・室生寺金堂・国宝 釈迦如来立像
国宝・釈迦如来立像(室生寺絵葉書より)

さすが女人高野、どこもやさしいねと二人して満足。

さらに本堂、五重塔へと石段を登っていった先、石段10段ほどの高みに国宝の本堂(灌頂堂)が見える。

12・本堂を右斜めから
国宝・本堂

楓の新緑を手前に配し、軒先を反らせた檜皮葺・入母屋造の姿態は室生の空に今にも羽ばたいていく霊鳥のように見えた。そこで燈明を灯し、光明真言を唱える。

13・本堂と新緑
国宝 本堂(灌頂堂)

次にいよいよ日本最小の五重塔へ向かう。2年前に京都・南山城の海住山寺(カイジュウセンジ)で見た五重塔が日本で下から二番目で、最小は室生寺なのだと知った。

14・本堂前から海住山寺の五重塔
海住山寺・五重塔

その可愛らしい国宝の五重塔は平成10年9月22日、台風7号の直撃を受け、樹齢600年の杉の巨木が倒れ込み、損壊した。その修復なった姿がどんなものかと恐る恐る見上げた。

15・38年前の室生寺五重塔 (905x1280)
38年まえの五重塔

あぁ〜美しい。38年前、どこか幽玄の美を醸す景観に二人して吐息をついた記憶が鮮やかに呼び起された。

17・室生寺・五重塔
修復なった室生寺五重塔

そして、一見、二見、どこがどう壊れたのかわからぬ。当世の宮大工の匠の技に感服仕切りである。だから、損壊・修復したといえども国宝のままなのだそうだ。

17・修復後の五重塔
女人高野にふさわしい可憐な五重塔

塔左奥に損壊の元凶たる杉の古株が残っていた。切り株といっても家内の身長を越える高さで、室(ムロ)は大人二人がゆっくり入れるほどの大きさである。よくぞ五重塔が全壊しなかったとこの古株を目にして思ったものである。

18・五重塔を損壊した樹齢600年の杉の切り株
大きな杉の切り株

それで、ポケモン、いや、智舟さんはどないしたんやということだが・・・


実は、室生寺を訪ねる参拝客はこの五重塔を見上げたところで、大体は回れ右して拝観を終了する。38年前のわれわれもそうであった。


しかし、室生寺の真骨頂はこれから400段も続く急こう配の石段を登った先の奥の院にあったのだと、われわれは38年ぶりに知らされることになるのである。

19・奥の院登り口・左はℍ10に倒れた樹齢600年の杉の切り株
奥の院上り口・手前左に杉の切り株

われわれは今回挑戦しなければ、これから体力は衰えるばかりで奥の院を目にすることはもうなかろうと語り合った。


ただその決意や良としても、このわたしがこの先の石段を踏破できるか、それが大問題である。そこで途中で名誉の転進もありとの調停案がまとまった。それでは突撃あるのみと室生の山懐深く分け入った。

20・奥の院への参道
奥の院参道には鉄柵(夜は施錠)

これまでの参道とは明らかに周りの雰囲気、景観が異なる。勇断を早くも後悔し始めるわたしである。

21・朱塗りの無明橋へ
石段先に朱色の無明橋

朱塗りの無明橋を渡った先の階段を見上げた。気が遠くなるとはこのこと。

天空まで続いていると見紛う急こう配な石段。

22・天空へ続く急勾配の参道
ず〜っと石段が・・・

見れば、両脇に心ばかりの手すりがついている。ままよ、だめならリタイアだと最後の蛮勇を振り絞り、死の登攀を開始。


不甲斐ないが、ハァハァ、ヨイショヨイショと無意識に声が漏れる。頭から額から滝のごとく汗が流れ落ちる。

そして、見えてきた懸け造りの建物。あれはなんだ。奥の院にあんな大きな建物があるのか。

23・遠くに懸け造りの建物が
遠くに懸け造りが見えた

エベレスト登頂者の気持ちとはこんなものかと思いつつ、少しずつ大きくなる懸け造りを心の支えに、ゼイゼイと息を吐きながら一段、一段、歩を進める。

24・奥の院も間近
ようやく懸け造りの下に

そして、最後の階段。

25・奥の院へ最後の石段
この上が奥の院

頂上制覇である。

26・常燈堂下から400段の石段を見下ろす
この急勾配を登ってきた・・・

天界は想像した以上に光芒に満ち、きれいに整地された空間であった。

27・奥の院
陽光でまぶしい奥の院

頂上踏破の感慨にふける余裕もないままただただホッとして、納経所横の休憩所にへたり込む。

28・奥の院・納経所
納経所と休憩所

一方の家内は登攀の疲れも見せずに納経所で何やら言葉を交わしている。

29・納経所から石段降り口を
納経所から参道下り口を見る

一息ついて懸け造りの常燈(位牌)堂へ向かおうとすると、ポケモン?いや、一人の若いお坊さんがにこやかに近づいてきた。

  30・常灯(位牌)堂
常燈(位牌)堂

この後、下山して、かき氷を食べた橋本屋という旅館で、とても好印象のお坊さんに巡り逢えたことを話すと、

橋本屋  31・橋本屋のかき氷
橋本屋旅館と対面の食事処のかき氷

「それは智舟さんに違いない」と即答。奥の院で撮った写真をお見せすると、

「そう、この人が智舟さん」と、彼がいかに参拝客の間で好感をもたれているか、お参りに来られたお客さんはみなさん、いいお坊さんにお会いできたと喜んで帰られるのだという人物である。


その日、われわれは智舟さんから心尽くしの説明を受けた。大師堂は宝形(方形)造りで、上空から屋根を見ると正方形なのだとか。

32・板葺き二段屋根の宝形造り 御影(大師)堂
板葺き二段屋根の宝形造りの大師堂

その上にのる石の露盤と宝珠はひとつの岩から掘り出したもので大変珍しいと。

33・一枚石から掘り出した露盤と宝珠
一体の石で出来た露盤と宝珠

また、その奥の岩山に立つ七重石塔。

34・諸仏出現の岩盤の立つ七重石塔
岩山の上に七重石塔

室生山に諸仏が出現した場所故に七重の石塔を建て祀っているのだとよどみなく説明を重ねる。

35・七重石塔
七重の石塔

そして、大師堂を背景に「お二人の写真をお撮りしましょう」と言われた際にはびっくり。お坊さんがそこまで親切にしてくれた経験がなかったのである。我が家の居間には早速、その写真が飾られている。

36・智舟さんと大師堂を背景に
智舟さんと記念写真

お位牌がずらっと並んだ常燈堂は、遺骨の喉仏を納骨すればどなたでも永代供養して頂けるとの話もうかがった。


さらに懸け造りの回廊へ向かうと、そこでも二人の写真を撮ってくれた。奥の院にわれわれ夫婦だけだったとはいえ、このおもてなしは望外の喜びである。

37・常燈堂回廊から見る山
常燈堂回廊からの景観

聖地における思い出はこれからの二人の語らいに度々登場し、この日、奥の院で見上げた青い空に吹き渡る涼風を想起させてくれるに違いない。

38・奥の院の空
奥の院真上の空

二人の心にこれから先、室生寺の薫風を届けてくれる智舟さん。その日は奥の院におられたが、ある時は本堂に、また、ある時は別のところにと居場所はかわるのだと橋本屋はいう。


室生山に棲むというポケモン、いや、無量の風の薫りをあなたに届けてくれる智舟さんを探しに“智舟さんGO”と、室生寺へ急ごうではないか!!


今日から八月、錦織圭が頑張った早朝、六輪もの朝顔が咲いた!!

(当ブログの写真の転用・二次利用を禁じます)

1・太陽が差し込まぬ間のひと時

朝顔が咲いた・・・

今朝はATP1000イリーズのロジャーズカップ2016の決勝戦。

5時半に起きて、錦織圭選手とジョコビッチ戦の第一セットの第8ゲームからのテレビ観戦。第一セットは6−3で敗退。


そして、第二セットに入ってブレイクを許すも、すぐにチャンスをものにし、取り返す。なかなかの好ゲームで、錦織圭もジョコビッチをいらつかせる場面も出て、あと一息というところで、ジョコにワンブレイクアップを許し、惜しくも敗退。

2・上にも二輪の朝顔が・・・
上にも二輪の朝顔・・・

ちょっと前はジョコビッチとの対戦は、相当の力の差があると感じていたものが、今日、の第二セットのゲームはジョコ攻略も射程圏内に入ってきたと思わせるショット、ラリーが随所に見受けられた。

3・ここにも一輪
ここにも一輪・・・

早起きした甲斐はあったと窓外を見やると、朝顔のグリーンカーテンに紫の花がいくつも咲いているのが目に飛び込んできた。

4・朝顔、咲いた
たくさんの朝顔が・・・

数えてみると六輪の花が咲いている。こんなに一度に咲いたのを見たのは初めてだねと家内と話しながら、写真を撮った。


・・・もう今年も八月・・・月日が経つのは本当に早いねと語り合った盛夏のさわやかな朝である。



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