彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

March 2015

湧水の都・安曇野の早春を賦す

(当ブログ内の写真・記事等一切のコンテンツの転用を禁じます)

湧水の郷、安曇野を歩く その1=NHK「おひさま」ロケ地・陽子の通学したあぜ道(2011.8.9)
穂高温泉・安曇野、泊まってみたい宿=にし屋別荘(2011.8.23)
穂高温泉郷・安曇野、泊まってみたい宿=なごみ野(2011.8.28)
穂高神社で幻のザラメ味噌煎餅に遭遇、癖になる旨さ!!(2015.4.12)

3月29日、全国のトップをきって東京でサクラが満開になったと発表された。わたしたちはその前日から一泊で安曇野を訪ねていた。

1・早春賦

そもそもは穂高神社への参詣が目的であったが、あたりに車を駆るうちに安曇野の清澄な風景を目にし、その魅力を再認識した。

2・穂高神社拝殿
穂高神社拝殿

参詣後に「ひょっとしてわさびの花が咲いているかも」という家内の言により迷わず大王わさび農場に向かったが、それが大正解。

3・水車のある風景
水車のある風景

いつもは(5月から10月)黒いネットで覆われ、こんなに広々とした開放感のもと、わさび田を一望することはできない。

4・わさび田一望
一望にわさび田

その整然と畝が立てられたわさび田の面が早春の陽光を浴びて白く輝いて見える。点々と白い斑のように光るもの・・・、目を凝らすと・・・あっ・・・やはり、わさびの花だ・・・

5・わさびの花
わさびの花

ここでは一日12トンという湧水量を誇るわさび田の真清水が畝々を潤す。

6・真清水がわさび田の畝に湧き出る
清冽な真清水が畝をうるおす

この水は外部から引き込んでいるものではなく、この一面のわさび田の下から湧き出でる伏流水なのだという。しかもその流水が含んでいる養分のみでわさびは育つのだそうだ。

7・蓼川と万川の透明な水の流れ
湧水を流す蓼川と万水川

まさに安曇野は自然と共生し、自然からの賜りもので生きているといってよい。

8・早春の安曇野を駆る
安曇野を駆る

常念岳の頂には真っ白い雪がまだまだしっかりと残っている。

9・冠雪の常念岳
常念岳

しかし、安曇野の里には小さな春がたしかにやってきている。

10・早春の安曇野

東京がもう満開だと桜を愛でる頃、ここ安曇野にはようやく早春の腑が奏でられる季節がやって来る。




温泉へ行こう・泊まってみたい宿=大正浪漫あふれる銀山温泉の古山閣

BS・TBSの「美しい日本に出会う旅・東北の秘湯」(1月14日)という番組で銀山温泉が紹介された。その宿のひとつに古山閣が採りあげられた。
1・古山閣正面
古山閣

大正浪漫あふれる秘境の温泉という謳い文句につられ、即刻、その場でネット予約をした。

01・銀山温泉撮影スポットから
銀山温泉の街並み

NHK朝ドラ「おしん」のロケ場所として有名な能登屋旅館も魅力的であったが、川側の部屋が予約でいっぱいであったうえ、改装をしたのち部屋が新しくなった分、古きもののよさがやや損なわれた感もあるとの口コミもあった。そこで、ベンガラ色の壁と折り上げ格天井という古式な部屋が空いていた古山閣を選択した。

6・招福の間
ベンガラ色の壁に味わいがある和室・招福

TVで紹介された“招福”という部屋にわたしが一目ぼれしたのだ。

7・折り上げ格天井  8・落ち着いた部屋です
折り上げ格天井            落ち着いた和室

その古山閣は木造四階建ての伝統的な日本建築である。

4・古山閣入口  34・アンティークな世界
 古山閣入口              玄関は大正時代にあふれる

内装のすばらしさとともに外観を飾る鏝絵(こて)には職人の技とそれを育てた往時の旅館の主人たちの剛毅な芸心が偲ばれる。

2・三階の右 電気がついた部屋が招寿の間
四季を彩る鏝絵が圧巻

銀山温泉の入口を入ってすぐに古山閣が位置するため、湯治客がまず目にするのが古山閣の鏝絵である。四季の絵柄を鏝(こて)で描いた見事なものである。

25・豪華な鏝絵の古山閣
すばらしい鏝絵が壁を覆う

近くで見れば見るほどその職人芸には驚かされるのだが、一見だけでは彩がゆたかできれいだといった感想に終わってしまうので、3Dの立体的な鏝絵はよくよく目を凝らすことが肝要。

20・3Dな鏝絵・秋祭り
秋祭りを描く凹凸のある鏝絵

まず、食事の前に昼間の銀山温泉をぶらぶらした。ゆっくり写真を撮りながら“はいからカリーパン”やお土産屋に入ったりしても30〜40分ほどでひと廻りできる。

18・はいからさんのカリーパン  カリーパン
銀山温泉名物のはいからカリーパン

と言っても、冬場は白銀の滝のかなり手前で積雪により侵入不可。橋を渡って、“そば処滝見館”の玄関先をちょっとお借りして何とか白銀の滝を見ることができた。

24・白銀の滝
白銀の滝

古山閣へ戻り、まず温泉へ入る。一回目は一階の大浴場を使用。だれも入っていず、独り占め状態。少々、熱めの湯であるが、湯屋の天井が高く、空気もひんやりとしているため、湯船のなかがとても気持ちがよい。

10・大浴場
いい湯です

翌朝に貸切り風呂へ入った。貸切り風呂は二か所あるが、両方とも招福の間のある三階にある。

11・右の貸切風呂  12・左の貸切風呂
貸切風呂もゆったり

さて、夜の散策する前に夕食をとった。部屋食で高坏膳である。

26・高坏膳の夕食
なんとお膳でお出ましです

夜の街並みをそぞろあるくのがひとつの目的であるので、お神酒はほどほどに食事を愉しむ。

27・尾花沢牛温泉蒸し  28・フカヒレの中華風蒸し
左:尾花沢牛温泉蒸し       右:フカヒレの中華風蒸し

尾花沢牛あり、フカヒレあり、温かな団子汁ありと思った以上の山間の旅館の料理であった。

29・蕪と赤魚の吉野餡かけ  30・鳥団子汁
左:蕪と赤魚の吉野餡かけ          右:鳥団子汁 

丁寧に盛り付けされ、味付けも薄味で、どれもとてもおいしかった。

31・サーモンの塩麹焼き  32・蕎麦まんじゅう
左:サーモンの塩麹焼        右:そばまんじゅう

お腹も満腹、ちょっと風に当たろうと窓を開けると、そこには昼間とは異なった風情の景色がひろがっていた。

9・部屋から
部屋から対岸の伊豆の華を見る

そして、午後八時前、いよいよ大正浪漫の世界へと足を踏み入れる。当夜は雪もなく見通しがよく、これはこれでよい。まだ人通りも少ない温泉街の奥へと歩いてみた。ガス燈に灯がともり、淡い橙色の燭台のように浮かび上がる旅籠が川筋の両側にならんでいる。

15・如月の銀山温泉

遠い昔、どこかで経験したことがあるとても懐かしい光景、添い寝した母が諳(そら)語った昔話の世界のような心やすらぐおだやかな情景である。これを大正浪漫というのもよい。だが、わたしには誰しもが心の奥襞に大切に温め宿らしている童の無垢な魂のような景色、原風景のようにも思えてきた。

17・湯煙りの立ち昇る川筋
湯けむりに浮かぶ銀山温泉

幻想的とひと言でいうのはたやすいが、もっと人間の本源にある剥き出しのやさしさ、思いやりのような、そんなあったかくも産毛のような小世界にいま自分は身を置いている・・・そんな夢を見た。

16・銀山温泉奥からの夜景
銀山温泉の奥から見る

翌朝、障子を開けるとこんんこんと雪が降っていた。今回の雪国の旅で初めての降雪である。

21・翌朝は雪が降っていました
雪が降っていました

二日前はホワイトアウトで外出もままならなかったと仲居さんから訊いていた。それはさすがに勘弁いただきたいが、やはり北国の雪降る情景を目にしたいのは自然な旅人の気持ち。



旅の三日目にして空から雪が舞い落ちてきてくれた。朝食をすませると、早速に雪降る銀山温泉の散策に移った。

22・銀山温泉の雪の朝

湯治客は朝食中か温泉にでも浸かっているのか、朝の温泉街はまだまだ静寂の世界である。

23・雪の能登屋
雪降るなかに能登屋旅館

冬空から舞い散る雪はその景色を小さな物語の世界へとかえてくれる。夢のようなおとぎ話の世界にいるようである。本当に銀山温泉に来てよかった・・・そう思わせる雪景色であった。






 

横手の“雪まつり” (2/2) 憧れの“かまくら”に游ぶ

アップ遅すぎ! 横手の“雪まつり” (1/2) 横手城・平安の風わたる公園(2015.3.25)

ドイツの建築家ブルーノ・タウトも絶賛したという“かまくら”は、水神様をまつる横手の小正月行事で、毎年2月15、16日の夜に行われる伝統行事である。

1・かまくらから漏れる橙色
羽黒町武家屋敷通り

わたしは今を去ること50数年前に小学館発行の小学一年生か二年生の記事で“かまくら”を知り、そして、雪国の生活に憧れた。その憧れた夢が叶ったのが、この日である。

2・プチかまくらが行燈のよう
武家屋敷の塀沿いにミニかまくらが並ぶ

古い伝統をもったものだとは思っていたが、今度訪ねて、びっくり。なんと420年の伝統を誇るというではないか。


武家社会では災難を除き子供の無事成長を祈り左義長のかまくらが行われたという。また、町人社会では町内の井戸のそばに雪穴を作り、水神様を祀り、良い水に恵まれるようにと祈ったのだという。

3・水神さまです
水神さまを祀ります

こうした子供を慈しむ心や自然信仰の合わさった素晴らしい習俗が、関ヶ原の戦いという天下分け目の大いくさの頃からはじまっているというのも、この日本、どうしてどうしてそう捨てたものでもないなと感じ入ったところである。


当日は、まず、タクシーで羽黒町武家屋敷跡へ向かった。そこから歩き出して、ぐるっと市内のかまくらを順番にのぞいてゆくことにした。

4・武家屋敷
武家屋敷

武家屋敷通りにはいると辺りは暗闇であったが、雪道をしばらく歩くと遠くに橙色の燈りが見える。かがり火が焚かれていた。

5・除雪したところにかがり火が
かがり火も焚かれています

しばらくゆくと小さな藁くつがおかれた“かまくら”から、「はいってたんせ」、「おがんでたんせ」という幼い声が聴こえる。小学生だろうか布で作った蓑帽子にちゃんちゃんこを着た少女二人とその母親らしき方が中へどうぞと招いてくれる。

6・お餅や甘酒のおもてなしを受けます
はいってたんせ!

「かまくらに入ってください」、「水神様をおがんでください」という意味だそうで、われわれも靴を脱ぎ、火鉢を囲ませていただいた。


そこで、甘酒やおもちに太巻き寿司がふるまわれたが、見ず知らずの人間と会話をし、こうしたご接待をする様子は何とも気持ちがすがすがしくなったものである。

7・焼いたお餅がふるまわれます

四国遍路のご接待文化やこの北国のおもてなし文化をみると、昨今の殺伐としたこの国、本当は優しい国民性をもった日本人がそもそもはたくさん生きているのだと思い直したところである。


羽黒町の突当りに横手南小学校があった。その校庭一面にはミニかまくらが作られ、それぞれに燈明が灯されている。まさに幻想的な光景である。二日ほど前に、ここがTVで紹介されたと家内が教えてくれた。なるほど絵になる景色である。

8・小学校の校庭に造られたかまくら

次にかまくら館近くにゆくと、元気の良い「はいってたんせ」が聴こえる。そこで、また、お邪魔をする。横手北中学校のバスケット部の二人である。新田由直君と藤坂月(るな)君である。

9・ガンバレ! 横手北中バスケット部

快活で素直な二人に、われわれ夫婦もなんだかほっこりして、お餅もすすみ会話も進む。愛らしい藤坂君が新田君はバスケの秋田県代表なのだとかで、そういわれてみるとずいぶんと背が高そうだ。


訊いてみると、183cmあるのだとか。まだまだ身長は伸びそうでこれは将来の全日本も何とかなりそうと考えた次第。そんな若人の夢を奪うような日本バスケットボール協会のゴタゴタ騒動、早く何とかせい!!と一喝せねばなるまい。横手北中バスケ部、頑張れ!! おじさんも応援してるぜ。


最後にホテルプラザアネックス横手前に作られた“かまくら”に寄って、そこでホテルの従業員の方々からトン汁をご馳走になり、二人のお腹はもういっぱい。

10・ホテル前のかまくら
炬燵で豚汁、おいしかったですよ

そして、早く温泉につかろうとホテルに戻り、横手の“かまくら”を愉しむ夜は天候にも恵まれ、人の温かい気持ちにも触れられた素晴らしい旅のひと夜となった。


そうそう、忘れてならないことがひとつ。ここ横手は恋人の聖地に認定されおり、ハート形の“かまくら”があったことを報告せねばならない。われわれもその中に入り、記念写真をパチリしました。

11・ハートのかまくらもありました
恋人の聖地です、みなさんもどうぞ

二日前はひどい吹雪でかまくらめぐりもそこそこにホテルに舞い戻るお客さんがたくさんいたというから、この雨男、今年の旅はひょっとして汚名返上となるかも知れぬと思ったものであります。


横手の皆様、ほんとうに素敵なおもてなし、ありがとうございました。



アップ遅すぎ! 横手の“雪まつり” (1/2) 横手城・平安の風わたる公園

横手の“雪まつり” (2/2) 憧れの“かまくら”に游ぶ(2015.3.25)

東京は明日の朝の寒さまでで今年の冬の寒さはおわるのと、NHKラジオの気象予報士・伊藤みゆきさんが云っていた。


そこで、今年の冬の積み残しはさすがに、本日までにアップしておかねばと思った次第。横手でお世話になった中学生諸君にも顔向けできないしね。


秋田県横手市の“かまくら”は小学生時代からなぜだか心惹かれる存在だった。一度は訪ねてみたいと思っていたが、ようやく今年の2月にその夢が果たせた。なのに、なぜ、すぐにアップしないのか。ごもっとも!! いろいろホントに野暮用があって・・・


さぁ、ぐずぐず言わずに“かまくら”実体験レポートにいこう。訪ねたのは、かまくら祭りの最終日の2月16日。天気晴朗の申し分ない旅日和。


10:20の東京発新幹線・こまち3号で一路、夢の横手へ。初めて乗車する秋田新幹線。

1・秋田新幹線こまち

盛岡駅で東北新幹線から別れて、大きく東北内陸部へと西進。窓外は雪景色へ一転。

2・雪原に岩手山
雪原の先に岩手山と青空

くっきりと雪原のなかに岩手山が見える。これは絶景である。

0・岩手山
岩手山、ビューティフル!!

13:35に花火競技会で有名な大曲に到着。ここで、新幹線を降車し、これまた初めて体験する奥羽本線・新庄行の乗り換え、横手に向かう。

3・大曲駅で奥羽本線へ乗り換え
新幹線が遅れても待ってくれる奥羽本線

13:42に大曲駅を発車、14:02にもう目的地、横手駅へ到着。わずか20分の乗車時間。

4・JR横手駅
JR横手駅 市内の道路はきれいに除雪されている

当日の宿泊先である駅前のホテルプラザアネックス横手というホテルにチェックイン。

5・ホテルプラザアネックス横手
温泉もあるホテルで、ほっこりします

このホテルは温泉併設のうえ、翌日の朝食の場所から、あの鳥海山が見えたのです。もうびっくり、北の人たちが自慢するのがよく分かった。美しいのひと言でした。

12・ホテルから鳥海山が見えた
出羽富士とはよくぞ言った、見事な鳥海山

さて、フロントに荷物をあずけたところでホテルマネイジャーに暗くなるまでの冬の横手の観光を相談。そして、タクシーをチャーターし、まず横手城へ。ここも“かまくら”がつくられていた。

6・かまくらと横手城
天守閣とかまくら

天守閣から横手市をまずは一望。空には徐々に雲が出始め、午前中のような青空を背景にとはいかぬが、見晴らしは最高。

7・横手城天守閣から横手川と横手市内を一望
横手川と横手市内を一望

そこから後三年の役・金沢(かねざわ)資料館へおもむく。後三年の役(1083−1087年)は奥州藤原氏が奥州に覇権を確立する契機となった戦である。源義家が清原清衡を扶け、この横手の金沢柵に籠る原家衡・武衡軍を破った。その後、清衡は実父の藤原経清の姓に改め、以後、藤原四代の繁栄の礎を築いた。


その金沢(かねざわ)柵のすぐ麓に建てられた後三年の役金沢資料館、この日はなんと休館日。“雪まつり”パンフレットにはこの日は開館すると記載されていたのに、あぁ、残念。記念に無念の閉館の写真のみを撮ることに。

8・後三年の役金沢資料館・休館日でした

あまりに悔しいので、ハズレついでに“平安の風わたる公園 (横手市金沢中野三貫堰)に立ち寄ってもらうことにした。


運転手さんもホテルのマネイジャーも冬は閉鎖されているので無理だと知らされていたが、八幡太郎義家が雁行の乱れで伏兵のあることを知り、難を逃れた場所であるという公園の傍に立ち、一一〇〇年前の世界に羽ばたいてみたいと思ったのである。


そして、平安の風わたる公園へ・・・

9・平安の風わたる公園
公園の散策なんて・・・

わずかに期待していた公園への足の踏み入れも、この一面の雪を見せられるとさすがに諦めがついた。こんな雪深いところで天下に名高い後三年の役という戦があったのかと思うと、感慨ひとしおである。そして、中央の雁がね橋が見通せたのはせめてもの慰めではあった。

10・雁行を象った雁がね橋
冬ざれた小枝の先に雁がね橋が見えた

そんな分厚い雪のなか注意深く目を凝らすと、此の戦の主役たちの銅像が雪囲いされて佇んでいた。

11・雪囲いされた源義家像
雪原のなかに八幡太郎義家の銅像が・・・

一一〇〇年前の恩讐をこえて、いま、こうしてならんでいる銅像を眺めていると、いまだに止むことのない世界中の紛争といった人間の営みや存念なんてなものは、千年経とうが何にも変わっていないのだとつくづく思うしかない。人間の宿業というしかないのだろうかと、やや、やるせない気持ちにもなった。


そんなブルーな気分はやはりこの目の前に展開する一面の雪景色がそうさせるのだろうか・・・



淡雪を散らしたごとく、秩父の節分草(セツブンソウ)は満開でした

さぼりにさぼった彦左の正眼、誰かさんから早くUPしなさいと尻を叩かれ、リ・スタートはまず、大好きな花めぐりのご報告から。

00・一面に節分草
節分草(セツブンソウ)が一面に・・・

3月11、12日で春の訪れを告げる花々を求めて秩父を訪ねた。特にセツブンソウを観てみたいという家内の希望で、秩父郡小鹿野町にある節分草園(両神小森)の見ごろの時期に合わせることになった。

0・キレイ

そこで、泊りは、目的の節分草園に近い国民宿舎両神荘を予約した。

1・国民宿舎両神荘
国民宿舎 両神荘

花園ICで関越自動車道を降り、途中、長瀞で宝登山山頂にある蝋梅園と梅百花園にも立ち寄った。時季は蝋梅が少しでも残っていれば・・・梅が少し咲き始めているはず・・・と、帯に短し襷に長しと中途半端であったが、かなり意欲的な?(世上、それを欲張ったと云う)計画を立てた。


その両日は、関西方面や北海道、日本海側が荒天という気象条件のなか、関東だけは申し訳ないほどのお出かけ日和であった。午前10時45分、宝登山へ到着。早速、ロープーウェイで頂上へ。

2・宝登山ロープウェイ
宝登山ロープウェイ

山頂駅の広場では福寿草がお出迎え。

3・福寿草

そして、急階段を軽やかに?昇り、奥宮を参拝する。

4・宝登山神社の眷属・山犬が鎮座する奥宮
眷属・山犬が狛犬の宝登山神社・奥宮

そのすぐ上が標高497mの宝登山山頂である。

5・宝登山山頂

そこから秩父山地にある二つの百名山である両神山(標高1723)と甲武信ヶ岳(こぶしがだけ・同2475)が見晴らせた。

6・宝登山山頂から両神山を見る

山頂の真下に広がっているのが、東蝋梅園であった。見ごろは既に過ぎていたが、青空を背景に何とか遅咲きの蝋梅を楽しんだ。

7・東蝋梅園の蝋梅
抜けるような青空にのんびり屋の蝋梅

冠雪の秩父山地をバックに撮られた玄人の写真をまねようと試みたが、何せ蝋梅の花が少なすぎ、やはり満開の時でないとそんなショットはとても無理とつぶやいた。

8・両神山と蝋梅
両神山を背景に蝋梅を・・・

それを耳にした家内が云うには、それでもアングルの取り方がかなり難しいのではとの辛辣なコメント。まぁ、今回は腕が試されずに幸いであったということか・・・


山頂から下りかけに梅園が山腹に張りつくように広がる。梅の方はこれから満開となるところである。今日あたりは一斉に開花したのではなかろうか。

9・山腹に広がる梅百花園
この週末は見ごろでしょうね

ここからは武甲山が見渡せるので、梅と武甲山の揃い踏みが撮れるので、おそらくこの週末当りはアマチュアカメラマンが押し寄せ、この山肌にカメラレンズの砲列が並ぶことになるのだろうと想像した。

10・紅梅と武甲山
何とか武甲山をバックに紅梅を撮ってみました

梅園を跡にして、椋神社を経由していよいよ節分草園へと向かうことにした。

到着したのは14時40分。閉園が16時半であるので、ゆっくりと堪能が可能である。

11・受付入り口
節分草園の入口

山間の傾斜地に自生しているため、底冷えする山気が直接、襲うので、閉園間際や天気の悪い日は、相当着込んでいかないと鑑賞どころではないと感じた。

12・傾斜地に節分草が自生する
寒々とした山の斜面一面にセツブンソウ

当日はほんとうに幸いかな気温も暖かく、絶好の鑑賞日和であったが、前日は寒さでじっくりと鑑賞するどころではなかったと売店のおばさんが教えてくれた。


セツブンソウはキンポウゲ科セツブンソウ属の多年草である・・・とWIKIPEDIAに書いてあった。和名はやはり節分の時分に花を咲かせるので、この名があるというが、それくらい想像はつく。

00・まあまあ

園内に足を踏み入れると、陽射しの関係で一面、真っ白に見える箇所がある。

13・節分草の群生

これって、満開・・・と目を凝らすと実に山肌一面に淡雪のごとく節分草の花が咲いている・・・とわたしが嘆声を発した。

14・淡雪
淡雪が降りたみたいですね・・・

すると、家内が白い花に見えるのは萼片(がくへん)で、花びらではないのよとご教授くださる。

15・きれいです

ありがとうとお礼を言いつつも、内心、興ざめさせるな!!と小声でつぶやく真正理科音痴。あぁ、小学校でもっとしっかり理科の授業を聴いておけばよかったと反省。


花弁自体は退化して黄色の蜜槽となり、多数のおしべと共にめしべの周りに並んでいるのだそうな。

16・花弁が黄色
接写しました・・・小さな黄色の点々が花びらですからね

家内が必死に携帯で接写していたので、わたしが鮮明な映像を撮ってやった。

どうだ、これが節分草の萼片(白)と花弁(黄)と雄蕊と中心にあるのが雌蕊であります。

17・花弁と萼片
クリックして更に拡大してください、黄色の花弁の先は二又です

それとかわいいと叫ぶので、蕾が開花しかけの花も撮りました。うん、なるほど結構、かわいらしいと思った。

18・つぼみ
つぼみも可愛らしいですね

そんな節分草園。そんなに人は多くはなかったが、われわれは園内を端から端まで探検しつくし、写真も丁寧に撮ったため、通常の人は20分ほどで一周するものを50分もかかってしまった。

19・白のコントラスト
自生する節分草、自然は大切にとほんとうに思った景観です

家内は満開の節分草に出会えて、それはそれは満足のご様子でありました。

わたしは出口の売店で大好きな干し柿を土産に買って、それはそれで満足の体で、当日の宿泊先、両神荘へと車を走らせたのでありました。




 

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