彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

July 2013

2013年、蓼科に爽快な夏がやって来た!!

昨年は7月に左足はく離骨折で、蓼科の夏を経験することなく、秋を迎えた。


今年は、蓼科の夏を思う存分に楽しみたいと計画を練るが、何かと忙しい家内のおかげで、結局は穏当な蓼科通いとなりそうだ。

蓼科の空

そんなこんなで、7月中旬、夏が到来した蓼科を訪ねた。

ビーナスラインと丘陵と夏雲

早速、ビーナスラインを走る。

ビーナスライン

エコーラインももちろん走る。

南諏訪ICへ

うしろに飛び去る田園風景・・・

蓼科に夏が来た

高原の円みを帯びた丘陵に浮かぶ夏雲・・・

雲が湧く

あぁ、今年も蓼科に夏がやって来た・・・


別荘を囲む樹林の緑もいちだんと深味を増している。ベランダ越しに緑の濃さが実感できる。

涼感

緑陰という旋律にわが身をゆだねる・・・

緑陰

涼感という薄絹が全身を覆いつくす・・・

夏樹の緑が目にまぶしい

その高い梢の隙間を縫って、夏光が射し込んで来る。

夏光

強さと優しがないまぜとなった蓼科の夏。いよいよ、本番である!

 

宮津・天橋立で優雅なランチ=ビオ・ラビット(オーガニック・レストラン)

京都府宮津市日置3599番地 マリントピア5号館1F

TEL 0772-27-0141


“ビオ・ラビット”は、籠(この)神社・傘松公園ケーブル乗場から国道176号線を“伊根の舟屋”方面へ5kmほど行ったマリーナクラブのリゾートマンションに併設されたレストランである。

ビオラビット、アプローチ

メンバーでなくともわれわれのような旅人、一般人も入店可能である。


ビオラビット看板
 ビオ・ラビット入口

店内はいかにもリゾートマンションといったインテリアが施されており、夏場はさぞかしお洒落な別荘族でいっぱいなのだろう。

開放感のある店内

われわれは一月の大寒の頃に訪れたので、さすがにお客はわれわれ4名のみ。お蔭といってはなんだが、ぜいたくな雰囲気を一人、いや四人占めさせてもらった。

テラス席もあるビオ・ラビット

一面のガラス窓越しに若狭湾が一望でき、丹後風土記逸文に記述のある“大嶋(冠島)”と“小嶋(沓島)”が見える。まさに神話と風土記の世界が目の前にひろがっている絶好のスポットである。

冠島と沓島
左が沓島、右が冠島

風土記逸文の“凡海(オホシアマ)”に、次の如き記述がある。

「凡海と称する所以は、古老が伝えて曰く、昔、天下を治めるに当たり、 大穴持命と少名彦命が、この地に到った時に、海中の所在する大嶋、小嶋を引き集め、およそ小嶋10個を以て、ひとつの大嶋となした。それで、名を凡海という。当国風土記にある」

また、逸文の“常世嶋 男嶋女嶋” に、次の如く記述がある。

「時に、大宝元年(西暦701)三月己亥、当国に地震あり。 三月震れ続けた。この嶋は一夜にして見渡す限り青々として広々とした様子に変じ、海となった。漸く、わずかに、嶋中の高い山、二峯がともに立ち、神岩が海上に出た。今、常世嶋と名づく。亦、俗に男嶋女嶋と称す。嶋ごとに神祠がある。祭る所の者は、天火明神と日子郎女(いらつめ)神なり。当国風土記にある」

その男嶋・女嶋あるいは大嶋・小嶋がここ“ビオ・ラビット”で食事をとりながら眺めることが出来るのである。古代浪漫に満ちた、なかなかの風趣をそなえたお店である。

さあ、そこで、そんな神話の世界から現実の世界へ話を戻さなければならない。

このリッチで浪漫あふれる雰囲気の“ビオ・ラビット”だが、そもそもはフレンチでスタートしたお店であったという。

ただ、HPのコンセプトに謳われているように、“地元丹後の自然栽培の野菜や果物、近海で獲れた魚介類など安全な食材を使用し心を込め手作りの料理を提供するジャンルを超えたオーガニック”にこだわりをもったレストランであるのだそうな。

当日も、土地(ところ)の食材をふんだんに使ったメニューをオーダー。どれもおいしそうで珍しい料理なので、軽くランチをの予定が、ついつい注文し過ぎたのを覚えている。


最初にオーダーしたのが、オードブル盛り合わせである。スモークサーモン、スモークチキン、京都ポークのベーコン、ピクルスなどに新鮮野菜タップリの盛り合わせがうれしい。

地の食材満載のオードブル

自家製の燻製はどれも香味たっぷりで美味。

そのなかでも、宮津湾の海藻をふんだんに使ったテリーヌはこれまた珍味。

海藻とえびのテリーヌ

そして、ズワイガニだったか豪勢な海鮮パスタもみんなホクホク顔でシェア・・・、あっという間に各自の胃袋へと収納。

海鮮パスタ

わたしがさらに大好きなペペロンチーノを所望。これまた特製ベーコンや地元野菜がてんこ盛りで、食いしん坊には堪らない。

自家製ベーコンと白数農園のキノコのペペロンチーノ

次に、ピザを注文。食欲という凡人の煩悩は抑えようがない。自家製ベーコンのピザをオーダー。パイ生地は非常に薄く、歯触りも小気味よい。

特製ベーコンと?のピザ

そして、最後の止(とど)めが、初めて目にする牡蠣ピザである。新鮮でボリュームたっぷりのトッピング・・・、この大粒の牡蠣で、さすがにお腹はいっぱいである。

名物・牡蠣ピザ

パスタが二種類、ピザも二種類、四人でシェアしたというものの、半年たって写真をチェックしてみるとこのボリューム感、この4人、なんという食欲の持ち主なのかと驚いた次第。

そして食後のコーヒーと洒落込みたかったのだが、列車の時間が迫っている。これから宮津駅までレンタカーを飛ばし、車を戻し、列車に飛び乗るという離れ業をやらねばならぬ。

コーヒーに後ろ髪を引かれながらも、冷静なるわたしが、もう出ませんかと声を発し、ランチタイムは終了(この一文に異議ある方、受付けます)。予定の列車にも無事、乗ることが出来たのであります。

そこで、“ビオ・ラビット”の総括を。


せっかく優雅な時間が過ごせる“ビオ・ラビット”である。ゆっくりと時間に余裕を持たせ、訪れるのが、洗練された大人たちの旅であると、思った次第。


そして、“ビオ・ラビット”を目的に丹後を訪れるそんな旅があってもよいのかな・・・対馬シェフの創る料理は初めて丹後半島を訪れた旅人にそんなことを思わせたものである。

参議院議員選挙、まずは投票所へ行ってから、文句を言おう!

来たる7月21日(日)は第23回参議院議員通常選挙の投票日である。

 

今回の争点は、各党がいろいろ言っているものの、国民が“政治の安定”を望むか否かの一点に絞られるといってよい。

 

衆参のねじれ現象は、1989年参院選の自民党敗北の結果、最初の本格的なねじれが起こり、その後、1998年参院選、2007年参院選、2010年参院選で時の与党が敗北を喫したため、都度、衆参のねじれが発生している。

 

衆参のねじれは、従来、影の薄かった参議院の存在を一挙にクローズアップさせ、かつてはテレビ放映も稀であった参議院予算委員会も俄然、注目度を増すなど、一概に“不都合”、“悪”と決めつける必要はない。

 

しかし、この20数年におよぶ政治の停滞、混乱、日本経済の著しい減退を考えると、その責は、“ねじれ”を奇貨として、それを建設的な政策論争に活かすのではなく、徒に政争の具として弄び、政局という政治ごっこに大半の国会審議の時間を費やした、やはり“衆参のねじれ現象”に帰するというしかない。

 

国民をないがしろにし、永田町の論理・常識のみで動いた“失われた20年”。

二大政党政治と形式にこだわったこの“20年”。

 

今回の参議院選挙は、ねじれを解消し、先延ばしされた政治課題の滞貨一掃を果たさせるべく“決められる政治”へ、もう一度、期待をかけてみるのか。

 

いや、今度こそ、“ねじれ”を具体的・建設的政策論争の促進剤として、再度、期待してみるのか。

 

山積する政治課題をスピーディーにかつ国民の豊かさ・安心を第一義に置いて、処理してゆく政治体制はどちらか。

 

“ねじれ維持”か“ねじれ解消”か、選ぶのは、言うまでもなく、わたしをふくめた国民一人ひとりである。

 

二日後の21日が投票日である。その日のスケジュールが未定な人は迷わず期日前投票に行って、先に投票を済ましておくことをお薦めする。

 

投票所へ行って選挙権を行使すべきである。

 

政治不信に陥っている人は、まずは投票所へ足を運び、白紙のまま投票箱へ投函すればよい。わたしも過去に一度だけ、白紙投票をしたことがある。白紙投票は今の政治全般に対する強烈な批判票なのだから。

 

政治に向かってまずは意思表示をし、初めて、政治に対する文句、注文をつける、政治を語る資格ができるのだとわたしは考えている。

2013年夏、ニッコウキスゲは数十年ぶりの花盛り=車山高原・富士見台・車山肩

2013年の車山のニッコウキスゲはここ30、40年のなかでまさに当たり年であると、富士見台の茶屋の主人はいう。

富士見台の駐車場から登ってきます
富士見台の駐車場から登ってきます

空に向かい歩く
駐車場より夏空を目指す
ニッコウキスゲを鑑賞する人々
富士見台上でニッコウキスゲを楽しむ人々

私たちも車山を訪ね始めて20余年が経つが、これほどニッコウキスゲが咲き誇っているのを目にしたのは初めてである。

車山高原、一面のニッコウキスゲ
車山高原のゲレンデを埋め尽くすニッコウキスゲ

ここ10年ほどは鹿害で花芽を食い荒らされ、満足に開花を迎えることが難しく、寂しい高原の夏が続いたものだ。


あざみ  コバイケイソウとニッコウキスゲ
あざみ                      コバイケイソウとニッコウキスゲ

そうした事態を受けて、行政の協力も仰ぎ、ここ数年で電気柵を設置し、ニッコウキスゲの群生地を囲い込み鹿の侵入を防ぐ対策を打った。

電気柵の注意書き
車山肩、電気柵がここまであります

下の写真で電気柵を設けない左側はほぼニッコウキスゲはゼロです。芽が食い尽くされてしまっています。

車山肩 右:電気柵あり 左:柵なしでニッコウキスゲ咲かず
車山肩 電気柵の有無でまったく異なるニッコウキスゲの開花状況

それでも柵を掻(か)い潜ったり、飛び越えて来る鹿を、地元の方々が自主的に夜間見回りを続け、その被害をできるだけ少なくしてきたという。

ニッコウキスゲより茅野市街を
富士見台上より茅野市街を見る

ニッコウキスゲに緑響く
富士見台 ニッコウキスゲに緑響く

そして、2013年夏、この複雑な気候も寄与したのだろう、ここ3、40年のなかで、最高のニッコウキスゲの開花に辿り着いたという。

車山高原の斜面いっぱいにニッコウキスゲ
車山高原、久しぶりのニッコウキスゲの競演です

能書きはこれだけにして、ニッコウキスゲがよく似合う高原の夏を、じっくりと写真で楽しんでいただきたい。

青空の下、ニッコウキスゲ
富士見台上に広がるニッコウキスゲ
ニッコウキスゲと夏空

私たちは7月16、17日の二日にわたって車山へ出かけたが、特に天気の良かった17日には、夏空とニッコウキスゲの黄色のコントラストを思う存分に楽しんだ。

高原に夏来る
高原に夏来る・富士見台
満開のニッコウキスゲ

電気柵がせっかくの景観を邪魔して、少々、景観を損ねることは我慢せざるを得ないが、富士見台は大外を電気柵が囲い、見物客はその柵内の一本道から両脇に咲き誇るニッコウキスゲを見ることが出来るため、その迫力は群を抜く形となっている。

ニッコウキスゲと蓼科山
ニッコウキスゲと蓼科山
ニッコウキスゲに夏雲が湧く
ニッコウキスゲには夏雲が似合う

車山肩、ニッコウキスゲの開花、蕾もまだまだあります
車山肩ニッコウキスゲ、まだ蕾もたくさん・・・

このニッコウキスゲの盛りはあと1週間ほどと思われる。お時間のある方は、ぜひ、お出かけになることをお勧めしたい。近年、稀に見る素晴らしい景観であること請け合いである。

鹿島神宮のパワースポット “武甕槌神の憑代 要石”

要石へ続く道 突当り石灯籠前に要石

要石はパワースポットたる奥宮をさらに右、すなわち南に折れてまっすぐ150mほど行った先にある。


要石への参道
この突当りに要石

鹿島の樹林がその一画だけぽっかりと小さく開けた処に、安永五年に献灯された石燈籠がある。


要石前の石燈籠
石燈籠向こうの細い参道を歩いてくる

その西側の鳥居のなかに要石が鎮まっているのだが、脇に松尾芭蕉の句碑が立つ。


枯枝に鴉のとまりけり穐の暮

鳥居前に立ってみると、要石は思っていたより小さい。写真は脇から石柱内を撮ったものだが、よく見ないと要石ははっきりしない。


BlogPaint

アップで撮ったものが次なる写真だが、1円玉の大きさと比較していただくと大体の大きさが分っていただけるのではなかろうか。


一円玉と要石

要石は直径30cm、高さ7cmほどの中央に少し人工の窪みをもった花崗岩であり、見た目には鳥居を配した仰々しさとは裏腹に、何の変哲もない丸くて薄っぺらな石である。

 

香取神宮の要石が凸型であるのに対しこちらは凹型である。経津主神と武甕槌神が協同で國譲りを果たしたことを象徴するように、2つの凹凸異なる性格がともに力を合わせることで、地震を抑え込む霊力を発揮するのだといった風にも見える。


円みを帯びた凸型
香取神宮の凸型要石

そこで、駒札を読むと、

「神世の昔、香島の大神が座とされた万葉集にいう石の御座とも或は古代における大神奉斎の座位として磐座(いわくら)とも伝えられる霊石である。この石、地を掘るに従って大きさを加え、その極まる所しらずという。水戸黄門仁徳録に、7日7夜掘っても掘り切れずと書かれ、地震押えの伝説と相俟って著名である。信仰上からは、伊勢の神宮の本殿床下の心の御柱的存在である。」

とある。


要石の鳥居

何の変哲もないなどと評するのは失礼である。往古、この根深い石は磐座であったというのだから、民衆の信仰は尋常ではなかったのだろう。


鹿島神宮の凹形の要石

その霊石、鹿島のパワースポットということもあって、この森深いところにある要石を訪れる人は後を絶たない。

 

霊石を少しでも近くから見たいと覗き込む人や、団体でにぎやかに見物する人など、いろいろな人がいる。


要石に見入る人々

でも、やはり、この霊地において奥宮で見かけた光景と同様に、敬虔に祈りをささげる人がいた。

祈る人

その姿は実に美しい。

ふと、頭上を見上げると、春の陽光がまさにその祈る人目がけて確かに降り注いでいるように見えたのである。

要石の頭上から差込む光

まるで、神が憑代(よりしろ)をめざして舞い降りてくるように・・・

鹿島神宮のパワースポット、荘厳で霊気に満ちた“奥宮”

奥宮は本殿を過ぎ、杉や椎の古木の並木が鬱蒼とした奥参道へ入り、まっすぐ行った突当り、神門からは300mの場所に鎮座する。

奥宮への参道

鹿島の森の原生林は厚く、深く、鬱蒼としている。

鹿島の原生林

その葉叢を切裂いた光が参道に神の意匠を刻む。歩みとともに移ろうその形状はまるで神が伝えようとする黙示録・・・暗喩のように思えた。

光と影で神の意匠が描かれた参道

その暗示に心を奪われながらなおも参道をゆく。

奥宮へ辿り着く

歩みとともに神秘さを深めゆく空間。ようやく奥宮の鎮座する地へ

奥宮・鹿島鳥居と社殿

鹿島神宮・奥宮(重文)は、社殿前の駒札によると、「慶長10年(1605)に徳川家康公により本宮の社殿として奉納されたが、元和5年(1619)に二代将軍秀忠公によって現在の本宮が奉建されるに当り、現在地に引移して奥宮社殿となった」とある。祭神は“武甕槌神の荒魂”である。

奥宮・石標

家康が奉建した武神を祀る鹿島神宮本殿をわずか14年にして奥宮へと移転させた事実は、秀忠の父に対する屈折した心情を垣間見るようで興味深い。


ただ社殿前にたたずんでいると、そうした人間社会の生臭い話とはかけ離れた“気”がこの奥宮の鎮座する地に充溢しているのが自然と納得できるから不思議だ。

奥宮・祈る

その朝も祈る女性がいた。それは敬虔で侵しがたく、崇高な光景である。


その場の空気をわずかに揺るがすことすら躊躇(ためら)われるほどの非日常的な景色であった。


荘厳で霊気に満ちた空間。こうしたところに身を置くと、誰しも自然に神の意思を感じ、ただ祈るしかないのだと、手を合わせ、頭を下げる・・・

祈る

“祈り”という行為がこれほどに美しく思えたことは記憶に少ない。


神域という言葉を肌感覚として、呼吸のように感得した瞬間でもあった。


このうら若い女性が立ち去るのを待って、わたしも社殿前に立った。

奥宮社殿

重厚さのなかに素朴な祈りの気持ちが籠められた美しい社殿であると感じた。

社殿の外郭をゆっくりと巡ってみる。


斜めから。

奥宮を斜めから

後ろに回って見上げてみる。流造の流麗な勾配をもつ茅葺屋根が間近に見えた。

斜め後ろから社殿を見上げる

簡潔で無駄が省かれた率直な造りであると感心した。

奥宮に満ちるパワー・霊気を十二分に体内に取り込み、次なるパワースポット。“要石”へと向かう。

若夫婦が選んだ西新宿のイタリアン、“カッフェ アロマティカ”はコスパも最高!

中野区弥生町1−4−6  筺В娃魁檻械械沓粥檻坑毅隠


息子夫婦がよく通う若者好みのインテリアなイタリアン、“カッフェ アロマティカ(Caffe Aromatica)”で、誕生日の食事会を開いた。


弟の家族もジョインし、総勢八名のにぎやかなパーティーとなった。お店は一階(10席)と地下(10席)に客席を擁す、こじんまりとした造りとなっている。

一階・店内
一階の客席:カウンター席とテーブル席3組

われわれは地下の奥の6人用テーブルに8人で着席したが、テーブルがゆったりとしていたので、不便なことはなかった。

B1です。手前に8人掛けのテーブルがあります
奥の6人席から撮った地階のお席

息子夫婦は、いつもはアラカルトでメニューをオーダーするとのことだったが、この日は8人の大人数ということで、コース料理で了解してほしいとのお店の要望であったという。


こじんまりとしたお店である。メニューの制約というか、融通を利かさなければ、こだわりある料理をリズムよくサーブするのは中々に難しいのだと感じた。


と同時に、アットホームな雰囲気。居心地の良い空間。そしておいしいお店というものは、お客のあたたかい理解を得ながら共に育ってゆくものなのだなとも感じたところである。


さて、食事会は、冷えたシャンパンでお祝いをして始まった。

冷えたシャンパンでお祝いです

そして、コース料理がスタートした。

最初のオードブルに、軽く、ソフトサラミとオリーブが出される。もう赤ワインが欲しくなり、オーダー。結局、当夜は2本空けてしまった。

セッティング ソフトサラミとオリーブ

次に真蛸の柔らか煮と白インゲン豆のビューレ・グアンチャーレ添えが出る。これは変わっていて、みんなおいしいと評判であった。

真蛸の柔らか煮と白インゲン豆のビューレ・グアンチャーレ添え

次いでパスタが二種類出てくる。これが若夫婦が通う理由なのかな・・・。

帆立と葉キャベツのタリアテッレ(きし麺のようなパスタ)のトマトソース和え。

帆立と葉キャベツのタリアテッレ・トマトソース

子羊肉の赤ワイン煮込みと揚げ茄子のカラマーリ。

子羊肉の煮込みと揚げ茄子のカラマーリ

これもそれぞれ趣が異なり、飽きが来ない。おいしいパスタでお腹が膨らみます。


そしてメインに岩井豚のロースト。オレンジの蜂蜜ソース。


岩井豚のロースト・オレンジのハチミツソース
柔らくておいしかったですよ

デザートがナッツトとドライフルーツのカッサータ(アイスケーキ)。もちろん、エスプレッソも出てきました。

ナッツとドライフルーツのカッサータ デザートは誕生日の特別仕様でした

合同誕生日の二人にはイタリア語で、“Buon Compleanno”、“誕生日、おめでとう”と書かれ、蝋燭が一本、飾られたデザート皿が振る舞われた。


蝋燭の火を消した二人に一斉に“オメデト〜”。二人は30歳台。

彼らにとって誕生日は、まだまだいいものなのだなぁと笑顔を見ながら、あらためて思った。

シェフの小板橋さん
シエフの小板橋さんがお見送り。おいしかったですよ、ありがとう!

味はもちろんのこと、お洒落な盛りつけ、きめ細かいサービスもあり、若者好みのインテリア。若夫婦の選んだ西新宿のイタリアン。


“カッフェ アロマティカ”、コスパも最高のお店と見た。

七夕の日、虹の浮き橋が大都会を跨ぐ

7月7日、子供たちの合同誕生日を祝うため、新宿の息子のマンションを訪ねた。


この日の都心の最高気温は35.4度。まさにその灼熱の時間帯、わずかな時間ではあったが、人気も少ない、陽炎がゆらぐかのような熱のこもった舗装道路を歩き、マンションへと到着した。

炎天下に人気も少ない都心の歩道

6時からすぐ近くのイタリアンで食事会の予定であったので、それまで息子の家で、ああでもないこうでもないと他愛もない話をしていたところ、突如、新宿の空に遠雷がとどろいた。


にわか雨でもくるのかなと思う間もなく、まさに驟雨が見舞った。


大粒の雨がマンションの窓をたたく。晴れ渡っていた空は突然、白いレースのカーテンが引かれたかのようである。近くの高層ビルも雨煙のなかにおぼろげで、そのシルエットを確認することも難しくなった。


そして、夏の雨は30分ほどもせずに小止みとなり、上がった。


これから外出という矢先の大雨であったので、みんな、ほっと胸をなでおろした時、


わ〜、きれい!!


との叫び声。指さす窓の向こうに、それはそれは大きな虹が出現していた。

都心の虹

13階の窓から見ると、虹が真正面に弧を描くようで、道端から見上げるものとは明らかにそのスケール感が違い、臨場感が異なった。


大きくてきれいな完璧な孤を描いている。まるで、みんなで空中散歩をしているような錯覚にとらわれた。


高いビルの上を悠々と跨ぐ虹。

ビルを超えて虹の橋

自然の絵筆で描かれた完璧な虹のアーチ。その下に広がる人造の街。その光景を目の当たりにすると、所詮、人間の智慧なんてこんな程度のものとの思いを強くした。

自然ってすごいなぁ

そんな自然の造形の刹那を写真に収めようと、みんな、携帯やスマフォ、もちろんわたしは持参のデジカメで、しばし無言の撮影会を繰り広げた。


ビルの谷間から発した虹は、ある一軒の人家へと降り立っているようで、その光景を目にすると、そのお宅には幸せの使者がきっと天から舞い降りてこられるに違いないと思ったものである。

虹橋のたもとのお宅には幸せが訪れるに違いない

その夢のような空中散歩も、ものの数分で終焉を迎えると、そこにはまた夏の空が何事もなかったかのように広がった。

夏空が戻りました

それから、天の恵みで熱が冷まされた舗装道路を歩き、おいしいイタリアンのお店へと向かった。

施餓鬼会(せがきえ)が終わり、梅雨が明け、夏が来た。

7月6日はわが家のお寺の“施餓鬼会”です。今年もその日がやって来た。

例年だと“施餓鬼会”は梅雨も真っ盛りの頃となるのだが、今年は関東甲信越の梅雨明け宣言が早々に出た日と重なった。


東京の最高気温は33.7度。お寺へ向かう車中で外気温を見たら36度であったから、猛烈な暑さであったことは確かだ。


そんな猛暑の一日、施餓鬼の法会に参加した。

法要が行われる本堂
施餓鬼の法会が営まれる本堂

物の本によれば、“施餓鬼会”とは限りない物欲を象徴している餓鬼に施しをする法要のこととある。人間誰しも心の中に餓鬼が棲んでおり、餓鬼に支配されていると、気づかぬうちに人は自分本位に走ったり、人を差別したり、傷つけたりしているという。

施餓鬼法会を修すご住職
施餓鬼の法会を修するご住職

そこでお釈迦さまが、物欲に支配された醜い心を洗い、清らかにしていく手だてとして、施しすなわち布施の修行として諭したのが“餓鬼に施しをする”、即ち、“施餓鬼”なのだそうだ。

施餓鬼の法会
施餓鬼の法会

そしてそれは同時に知らず知らずに餓鬼道に落ちているかもしれぬ我が親、ご先祖さまを救うことでもあるという。


この日もお坊様方10数名により、餓鬼道に苦しむ餓鬼のみならず、無縁仏や三界万霊に施しをする法要が営まれた。あわせて東日本大震災の被災者および檀信徒の先祖の供養も行われた。

散華をする僧侶たち
散華する僧侶たち

途中、われわれも大きな声で般若心経を唱和し、物欲とくに食欲にまみれたわが身を浄め、またあらたな一年を過ごせますようにと、専心祈りに集中する。


そして読経のなかわれわれは堂内に設えられた施餓鬼棚の前に立ち、焼香をすませる。

読経のなか施餓鬼棚へ順次焼香
施餓鬼棚でわれわれが順に焼香します

最後に、ご住職が施餓鬼棚へ向かい諸々の供養をされて、施餓鬼法会は終了となる。

施餓鬼棚で供養するご住職

そして副住職から手渡される真新しい卒塔婆を持ち、われわれはお墓へと散じる。

各々のお墓に卒塔婆を立てにゆく檀信徒 ご先祖様にお参りする人々

墓石もこの暑さにはさすがにうだっているようで、柄杓でお水を頭から何杯も掛けてあげると、どこかお墓全体がほっとしたように見えたのも、気のせいだけではなかったような気がした。


方々のお墓でも檀家の方々が卒塔婆を立て、手を合わせ、ご先祖の霊を祀っていた。


こうして今年の施餓鬼も終わり、梅雨も半ばを過ぎ・・・ではなく、早々に明け、本格的な夏の足音がすぐそこに聴こえはじめた。

梅雨明けの空

線香の煙が立ち昇るのにつられ頭上を仰ぎ見ると、青い空が薄雲をとぎれとぎれに流し、真夏の顔を垣間見せていたのである。

6月の京都、花の寺社めぐり(平安神宮・法金剛院・しょうざん庭園・建仁寺両足院・蘆山寺)

此の度、ようやく念願かなって蘆山寺の桔梗を鑑賞できたが、そのほかにも京都には花をたのしむ神社・仏閣がたくさんある。

山門より
蘆山寺・薬医門

そこで、ここでは花の寺社めぐりを紹介しよう。季節は2年前のやはり6月。家内とともに京都の花めぐりをした際のものである。


まず平安神宮である。

大極殿
平安神宮・大極殿

平安神宮は東西に池がめぐらされている。東が東神苑といい、泰平閣(橋殿)で有名である。

東神苑、橋殿を望む
東神苑

西が西神苑である。

西神苑・花しょうぶ
西神苑

6月は花しょうぶなどが美しくこの神苑を彩る。

花菖蒲がきれい

その水辺の河骨、睡蓮、花しょうぶの花の競演は見事である。

花菖蒲、河骨、睡蓮の揃い踏み
手前より花しょうぶ、河骨、睡蓮

睡蓮が咲く。

睡蓮

河骨もまだ多くはないが、緑の葉のなかから黄色の花をいくつかのぞかせていた。

河骨がチラホラ咲いています

河骨の花はどこか印象的であり、一度見たら忘れない花である。

河骨が咲いています 河骨の花がのぞく


次いで、花の寺あるいは蓮の寺の名で有名な法金剛院である。

花の寺・法金剛院

ここは蓮がとくに有名だが、6月なので、沙羅双樹と菩提樹の花が見られるはずと、家内の強い希望で訪れた。

手前、方丈玄関の唐破風と本堂を望む

平家物語の書き出し部分のあのあまりに有名な条(くだり)。


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き人もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」

沙羅双樹落花

沙羅の木の高みに花芯が黄色のくっきりとした白い花、樹下にその花びらが数片、散華しているのを認めた家内はいたくご満悦であった。

沙羅双樹の花が咲く
沙羅双樹の花

もちろん、わたしも、“盛者必衰の理をあらわす花の色”とはいったいどんな花で、どんな色をしているのか興味津々で観察した。

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす
盛者必衰の落花の図

そして、菩提樹の花も見つけた家内は、今日はラッキーと喜色満面であった。

菩提樹の花
菩提樹の花

そこで、ちょっと薀蓄を・・・


釈迦が亡くなったのは“沙羅双樹”の下であるが、わが国では“夏椿”を間違って、沙羅双樹と呼んでいるそうである。だから、インドの沙羅双樹は法金剛院のものとはまったく別物ということだそうだ。


ただ、平家物語に謳われている沙羅双樹はまさにこの“夏椿”のことなのだから、日本人の感性でいう盛者必衰をイメージさせるのは、まさにこの花の色なのである。

沙羅双樹花弁
日本では、これを沙羅双樹というのです

さらに云えば、釈迦が悟りを開いたのは“菩提樹”の木の下ということだが、これも正しくは“インド菩提樹”の下であるとのこと。

菩提樹の名札

これもわが国では、“菩提樹”を“インド菩提樹”と混同しているのだそうだ。


だから、この法金剛院の菩提樹の下に坐っていても凡人はなおさらに悟りなど開けぬということになる。

菩提樹の花の下で
菩提樹の花が満開

いやぁ、つまらぬ理屈をいって申し訳ない。「本当に無粋なんだから」とつぶやく声がすぐ耳元で聴こえてきそうだ。


法金剛院には“苑池”と呼ばれる平安時代の浄土式庭園が残されており、季節は異なるが蓮の花が水面に咲いたらさぞ美しかろうと思ったものだ。

苑池
浄土式庭園の苑池

ただ、この時季、花しょうぶが咲いていて、さすが花の寺と呼ばれるだけあって、花が尽きず、来る者の目を愉しませてくれる。


花しょうぶといえば、洛北の“しょうざん庭園”も訪れる価値はある。此の時はまだ一面というわけではなかったが、静かな園内をゆっくり散策するのもよい。

しょうざん庭園
しょうざん庭園
しょうざん庭園・花しょうぶ

菖蒲がきれいです 石と苔と清流
落ち着いた雰囲気の庭園です

紅葉の季節などは人出も多かろうが、季節の節目節目で訪れても面白いところである。


あと、以前アップした建仁寺の両足院の半夏生はぜひご覧になるとよい。

両足院・半夏生の庭
半夏生の庭です

これだけの株数の半夏生が植わるのはここだけだという。

いつ見ても、半夏生は不思議な謎めいた植物である。とくに雨がしとしと降っているときの濡れた白い葉と緑の葉のコントラストは何ともいえず清らかで美しい。

雨にぬれる半夏生
半夏生、大好きです

最後に、おまけで、蘆山寺の桔梗の花の写真を掲載して、“京の花めぐり”を終了しよう。

桔梗と楓

二年越しのブログのアップとなったが、前から気になっていた“花めぐりの記”であったので、これでようやく小さな肩の荷を下ろすことができた。

これぞ、讃岐うどん!! 善通寺・“宮川製麺所” 旨さもちろん、雰囲気最高!!

善通寺市中村町1--20・電話 0877-62-1229


弘法大師の生誕地というより、生まれた邸宅跡に建つ四国八十八ヶ所霊場の七十五番札所・善通寺を訪ねた。

善通寺

そのことはあとでアップしなければならぬが、ここでは食い意地の張ったわたしである。そこで出会った本物の“讃岐うどん”をまずは紹介しておかねばならない。


その名を“宮川製麺所」”という。

宮川製麺所

名前で分かる通り、卸の製麺のついでにそこで一般の人も、まぁ、食べるんだったら、お構いはしないがどうぞってな、いわゆるセルフの店である。

宮川うどん店入口です
ここが入口

JR善通寺駅から善通寺までは普通であれば歩くところだが、足が悪いわたしはこれから広い善通寺境内を歩く手前、無用な足の消耗は避けたいということで、タクシーに乗車。

JR善通寺駅

12時前だったので、運転手さんにどこかお寺に近いところで美味しい饂飩屋さんはないかと問うた。すると、まぁ、好みではあるが、“宮川製麺所”がよいかなと云う。

これぞ、讃岐うどん

名前が気に入ったので、そこに決めた。


思った通りの店構えである。まだ陽射しもきつくないのに店頭に葭簀(よしず)が立て掛けてある。

店頭に葭簀(よしず)張り

店に入り、麺の“大”を頼み、手に持ったどんぶりに釜から揚げたての玉を入れてもらい、後ろの大鍋から柄杓で汁を入れる。

自分で柄杓で汁を入れます

もちろん、わが奥様にすべてやっていただく。熱い汁を零そうものなら後が大変だからである。

この上に好みの具を載せます

そして、好みの具を選び、きざみ葱を入れて、簡易椅子に坐り、「いただきま〜す」

このテーブル席で食べました
このテーブルで食べました

この間、2分と経っていない。わたしは丸天、家内はきつねである。

丸天うどん きつねうどん

麺の腰はもちろんしっかりしているが、表面の微妙な柔らかさがなんともいえぬ、これぞ、ただ、強(こわ)い麺の腰というのではない、これぞ讃岐のうどんというものである。それにこの薄い色をした汁が何ともいえぬ味わいをもたらす。

奥が麺を湯がくとこです
麺をゆでています。この女性からどんぶりに入れてもらいます。

まさに絶品である。さぁ、これで、善通寺をゆっくりとお参りできると気合が入ったものである。


ところで、葭簀のなかは、こうなっていました。

葭簀のなかは・・・

これぞ、セルフの醍醐味、粋というものである。霊場巡りをされる方。一度、この宮川製麺所もよられてみたらいかがでしょうか。札所の善通寺から500mほどの距離。疲れた足にも効き目抜群の旨さですよ。

2013年・水無月の割烹“やました”、“あこう”の洗いで初夏の爽やかな音色を聴く=京都グルメ

実は“やました”、今年は二度目の訪問である。


1
月、いや、睦月に天橋立の帰りに寄っている。その時、なぜか印象としてあまり“やました”では種類を頼んでなかったと思い、ブログに敢えてアップしなかった。宮津のお昼に大きな牡蠣のピザや鴨の燻製や何とかのパスタやなどと、たらふく食べ過ぎ、どうもそんなに夜は食が進んでいないと勘違いしていたようだ。

1月に食べた”おこぜの薄造り”  1月の本もろこ
1月にまた、”おこぜの薄造り”と”本もろこ”頼んでた〜
1月の大きい白子
この白子、大きくておいしかったの思い出した

あらためて写真を調べると、な〜んだ、いつものように頼んでは、しっかり食べているではないか。

さすが“やました”。ただでは客を帰さないのである。

そういうことで、2013年の“彦左の正眼”での初お目見えである。

此の度の“ウリ”は、なんといっても、この大きくてりっぱな“あこう”である。

立派な”あこう”が入った
この”あこう”、半端なく立派です!

大将がいつものように捌(さば)くのだが、その写真がうまく撮れない。いつもの一番奥の定位置で、満席でして(まぁ、いつものことか・・・、でも隣には家内が・・・、でも、この日はひとり)、と云うことで、お隣に迷惑なので、ちょっと遠慮しました。

大将が捌きます

なので、この写真、お嬢さんのような仲居さんが「撮ってきましょうか」と、ご親切にもわたしの苦しい心中を察して下さり、正面からバッチリ映してくれたものです。もちろん、知的財産権は彼女のものであります。あっ! 掲載する了解とるの忘れた・・・。今度、事後承諾を取らなければ。

さて、その“あこう”、“洗い”がおいしいというので、それにした。

”あこう”の洗いです
見事な”あこう”の洗いでした

脂が流されたうえ、冷水で締まった身の歯ごたえ、のど越しはさすがだ。洗いを食べると、そこに“初夏”の爽やかな音色を聴くようであった。


そして、洗い、定番の冷酒・桃の滴によく合う。そう云えば、グラスが変わったね。少しずつ前のが割れてゆき、大将に新しいのを買ってもらったのだと、件の仲居さんが言っていた。

新しいグラスが登場・酒は、桃の滴
”桃の滴”が入っています

さて、先付からいかねばならぬ。え〜っと、魚のムース、山クラゲの胡麻酢和え、青梅煮、胡瓜のピクルスに鯵鮨でした(忘れちゃったので、後で紙に書いてもらいました・・・)。

先付

“あこう”の次に、目の前の水槽で泳いでいる美山の鮎を、“背ごし”でもらうことにした。今日は大きいのが入っているから“背ごし”大丈夫ですと芹生君が言う。

美山の鮎の”せごし”です
美山の献上鮎の”背ごし”です

この前、揚げ方・焼き方に入っていた右近君は実家の方に戻ったのだそうで、これから芹生(せりう)君がこの大役を担ってゆく。

芹生、いくぞ!
いくぞ、芹生!と、大将・頑張れ芹生!!

大将に捌かれた“背ごし”はやはり、見事。

”せごし”、いいねぇ
シャリシャリ感、伝わりません?

早速にいただいた。シャリシャリとこれも初夏の旋律である。

残った頭と尻尾はから揚げでいただく。これも、何気に、おいひ〜い!

鮎の頭と尻尾のから揚げ

次いで、花島さんが「野菜ものでもどうですか」といつものように食のバランスを調整してくれる。

花島さん頑張ってます!川飛君も!
花島さん、いつもありがとう!!

そこで、“芋茎(ずいき)の生姜煮”をいただく。ひとりでは、これ少々、量が多かった。

芋茎(ずいき)の生姜煮

そして最近、嵌(はま)り出した貝に気持ちが向かう。とり貝をいただく。

とり貝です

りっぱなとり貝である。

お酒は月桂冠の“鳳麟”。グラスがいつものに戻った。なぜか落ち着く。

とり貝といつものグラス
このグラス、やはり落ち着くなぁ・・・。”鳳麟”さすがに〆の芳香

“鳳麟”をやりながらふと気づくと、いつものようにお客様は誰もいなくなっていた。カウンター中央に移動し、大将と四方山話。


こうして、20132度目の“やました”の夜も更けていったのでした。

高瀬舟のない高瀬川

それと店の前の高瀬舟がこの前からなくなっていたので、訊ねたところ、古くなったので撤去しているとのこと。新造に1700万円かかるのだとか・・・。その工面、とても大変そう・・・。誰か、京都を愛する篤志家いないのかなぁ。

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