彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

May 2013

新緑のなか、山の藤が見事!!

大滝経由でアプローチするルートで大岳山(オオダケサン・東京都で5番目の高さで標高1266m)に登った家内が、深山に咲き誇る見事な藤の写真を撮って来てくれた。

滝の如き山藤
雪崩れる山藤

遠くに山藤、近くにはノダフジの房も垂れ、藤三昧だったと自慢した。

ノダフジ
ノダフジ・蔓が右巻とのこと

そこで、家内の描写の世界に身を置き、わたしは、独り、瞑想し、一句ものしたのである。

山の藤
そして、豆知識といおうか、初めて知ったのが、一般的に藤棚に垂れる観賞用のフジはノダフジといって、蔓の巻き方が右巻だそうです。
新緑のなか、フジの花がそこここに顔を出す
一方、山藤は蔓が左巻きなんだそうです。さらに、花の房(正式には花序というみたいですが・・・)がノダフジよりも短いのだそうです。そして、山藤は本州中部以西の山野に自生しているということで、大岳山あたりの藤は山藤ではどうもないようですが、写真で見るかぎり蔓の巻き方も分からず、どなたか、この山の藤が何という名か教えていただけないでしょうか。

硬いばかりが・・・、軟らかいのと合体して味がでるというものじゃ=うふふ・・・の陰陽石

どうも最近の“彦左の正眼”、硬い話や鬱陶しい話が多過ぎて、書いているこの彦左衛門本人が楽しくない。


そこで、すこ〜し、ここで軟らかい話でもしようかいな。ここの読者は酸いも甘いも知り尽くしたご仁が多かろうて、たまには、こんな話も面白かろう。


この世には男と女、雄と雌しかいぬことは、いまさら語るまでもない。


そして、昔から初めて男と女が出逢うたとき、最初に頭に浮かんでくるのは、言わずと知れた“アレ”のことじゃて。そんなの“あなただけ”と女房殿に叱られようが、自然界の営みを見ておれば、これは生物の生物たる本能そのものであり自然の摂理であって、決して恥ずかしきことではない。つまるところ、神聖なるものということじゃ。


だからして、“アレ”が古来、縁結びや安産の神として崇められてきたのじゃな・・・


まず、神様も摂社、いや、拙者と同様、“好きもの”じゃなぁというところから始めようかの〜。


長崎市に“おくんち”で有名な“諏訪神社”というりっぱな神社があるのを知ってござろう。

諏訪神社
諏訪神社一之鳥居

その神社を参詣するときに、隠れた楽しみ、いや、恋の成就を手助けしてくれる“よかもん”があるんじゃ。


この彦左衛門、見つけたのであるなぁ。写真を撮りまくる拙者を見る女房殿の視線がつとに痛かったのう、あの日は・・・。人間、己の心に正直であらねばならぬとあれほど常々、教え諭しておるのに・・・、女房殿、素直でないのぅ。


さて、諏訪神社の参道には、なんと、陰陽石が埋められておるんじゃよ。そして、ご丁寧に両性合体石までがあるんじゃぁな。なんとまぁ、至れり尽くせりの神社である。


諏訪神社のHP縁結びの陰陽石”に、「男性は女石、女性は男石を踏んだ後、拝殿前の両性が合体した石を踏んで参拝すると、縁結びの願い事が叶うと言われています」と、堂々と、いやご丁寧に書いてござる。


まず一之鳥居をくぐってすぐに“陽石”がござる。HPによれば“男石”と言っておったな。これはオナゴが踏むのじゃぞ。

陽石・男石
この丸いのが”陽石”、なにの断面図であるな

次に四之鳥居付近に、“陰石”つまり“女石”があり申したなぁ。これは彦左が・・・、おっと、わしゃ、もう隠居の身であったわい・・・(=^・・^=) いやはや、ハッ、ハッ、ハッ!

陰石・女石
こりゃ、かなりリアルであるのぅ

そして長〜い階段を登り切ると、正面にりっぱな拝殿がある。

諏訪神社拝殿
拝殿

この前に“アレ”が埋まっているはず・・・ あった〜!! 参拝客が多いので、シャッターチャンスがぁ〜 

両性合体石
両性合体!!

う〜ん、なるほどなぁ・・・。 この“生命の源”が何かを知らずして踏みつけておるご仁がタ〜クサンおったなぁ〜。 じゃが、そうした男女の方が存外、ご利益があったりするものじゃて・・・


長崎の“お諏訪さま”もこれでなかなか粋で面倒見のいい神様であることを分かってもらえたかのぅ。


さて、次はぐっと東へ飛んで、愛知は足助町じゃ。ここには紅葉で有名な香嵐渓があるぞ。その国道153号線沿い、梶平の信号すぐに庚申堂がござる。

庚申堂
足助町の庚申堂

その小さな前庭に“ソレ”は“チン”座しておるのである。

左に埋まるのが陰石・真ん中が陽石
左に埋もれたようなのが陰石、中央が陽石である

陽石は花崗岩で高さが80僉⊆りは1m20僂世修Δ犬磧人工の手を加えぬ男根形の道祖神としてはおそらく日本一というておったわな。

人工の手を加えぬ日本一の陽石
どうじゃ、日本男児の・・・

この極太には拙者はひと言もない。ただ、この短軀にはなぜか日本男児として、至極、親しみが湧くのじゃなぁ〜


陰石は脇に草花に隠れるようにして奥ゆかしく鎮まっておる。大和撫子とはよくぞ言うたもんじゃ。

うん、陰石ですなぁ〜
この慎ましさがいかにもよい・・・

さぁ次に、さらに東へと移動。所は高崎市、榛名神社から榛名湖へ向かう天神峠に突如出現するのが・・・

榛名神社一之鳥居
榛名神社一之鳥居

その名も直截な“男根岩”である。

男根岩
その名の通り。

う〜ん、男子としてはただただ、圧倒されるばかり・・・。注連縄なんか・・・拙者の・・・には・・・、無理に決まってるわな〜・・・ご無礼つかまつった (-_-;)


さてさて、最後に控えしが、今度はまた遠〜く西へ飛び、雲仙の温泉地。

雲仙温泉郷
雲仙温泉郷

そこにの木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)神社に”アレ”があるのでござる。神社は元禄時代頃の創祀だという。

木花開耶姫神社由来
神社由来書き

その参道というより狭い山道の樹々の枝に、たくさんの短冊が吊られておる。

神さびた鳥居と参道に垂れる短冊
神さびた鳥居に参道には白い短冊が吊られている

これを横目に登ってゆくのじゃが、いやはや、途中から彦左の頬はゆるみ、ニヤニヤ、目尻は下がるといった態で、女房殿が“イヤラシイ”と、一緒について来たことを後悔するような、旦那さまを批難するかのような目つきをしておるではござらぬか。


不届きものめが!!


次なる短冊に書かれし名句をご覧じよ。


“新婚で 登りて見れば 明日の励みよ”

“はじらいて 登る二人の 若さかな” ・・・・ 若いもんはいつの世も、よいもんじゃ。


“夫婦喧嘩 あの時ばかりは 仲直り”

“あの人は 口で言う程 できもせず” ・・・・ うむ・・・う〜む・・・


“若後家は 登る道々 冷やかされ” ・・・・ 艶っぽいのぅ


“還暦は とうに過ぎたが まだ欲しか”

“古希なれど せがれはいまだ 二十才”

名句じゃ!
う〜ん、わかる、わかる・・・

日本男児もまだまだ捨てたものではないと、思ったものじゃ。

そしていよいよ坂道の突き当り、小さな平地になっている。だーれもいなかったなぁ。


正面左に、リアリティー満載の“アレ”が天を指し、屹立しておる。

ひっそりと立つ陽石

近づくとなるほど、見事のひと言!

お見事!!
お見事!!

その男根の横に吊るされた短冊には、“あら大き モデルはどこの誰じゃろかい”と、これまた名句でござったなぁ。


そして右手にちょっと行ったところの洞穴に女陰、いや、陰石がこれまたりっぱに祀られておったの〜

洞穴に祀られる陰石

女房殿は男根と女陰を一瞥するや、古びた木製ベンチへ腰掛け、メールを打ってござったな。恥ずかしがらずともよいのになぁ・・・


といった塩梅で、肩の凝らぬというか、ちょっとニヤリとするお話をさせてもらい申した。いやぁ、彦左も久しぶりに愉しませてもらったのう。長々と年よりの妄言にお付き合いいただき、厚く礼を申す次第じゃ。

前泊博盛氏の講演で、日米地位協定の恐るべき本質を知る

1972515日の沖縄復帰から今年で41年目である。なぜ、41年目などという中途半端な数え方をするのか。

それは、去る428日、サンフランシス講和条約の発効により、日本が完全なる主権を回復し、国際社会復帰を果たした61年目だとして、政府主催が“主権回復の日”の式典を開催した中途半端な節目をつけたことに倣(ナラ)ったまでである。

要は、60年目の切りのよい節目の年には、自民党が政権の座に座っていなかったため、政権に復帰した最初の428日に、一年遅れの式典を開催したものである。

だから、沖縄復帰後41年目というのも、一応、節目の年と言っておこう。その節目の年に、前泊博盛(マエドマリヒロモリ=沖縄国際大学教授・前琉球新報社論説委員長)の“日米同盟を問い直す”という講演会を聴いた。  

日米同盟を問い直す

前泊博盛氏は、2004113日に「日米地位協定の考え方」という外務省の機密文書を全文スクープし、同年のJCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞や石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。そしえ、今年の31日に、“本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」”(創元社発行)という本を共著で上梓している。

前泊博盛氏
前泊博盛氏

なぜ、この講演についてわざわざブログにアップしたかというと、恥ずかしながら、わたしは今回の講演で、初めて“日米地位協定”の真の中身について知らされたからである。そしてその恐るべき本質を知るに至り、この国が戦後、この協定により米国の植民地に貶められたのだという事実に愕然としたからである。

講演会
日野市新町交流センターでの講演会

これまでも、米海兵隊のグアム移転費用の肩代わりやオスプレイの強引な沖縄配備や訓練地域の決定など、事あるごとに、この国は米国の属国なのではないかと考えさせられたことがあった。


それが米国の無理強いというのではなく、密約も含め法的な形で雁字搦(ガンジガラ)めに規定された、法的には当然の権利として米国は振る舞っていたのだという事を知り、正直、ここまでやられているのかと愕然としたのである。


そして、講和条約>日米安保条約>日米地位協定という通常に考えられる法体系が、実はその逆で、講和条約<日米安保条約<日米地位協定という、驚くべき法支配が外交密約により緻密に構築されていることも知った。

この国に主権があるのか? この国は本当に独立しているのか? 

日米地位協定は、この国家の存立にかかわる問題である。これから主権確立に為すべきことは何か、真の独立に必要な決断は何か、真剣に考えねばならぬ時機に来ていると感じたのである。

北朝鮮の核武装。中国海軍の軍備拡張と尖閣諸島接続水域への日常的な進入。韓国の竹島実質支配。ロシアの北方4島実質支配など、わが国領土・領海を侵犯する脅威は急速に高まり、実力行使もその過激さを増してきている。

国際情勢は緊迫度を急速に高めてきている。

その中で、わが国は日米同盟という絆にすがり、米国の核の下にいるというこの一点に依存し、国家の安全保障を担保していると思っている。

しかし、前泊氏は云う。「米国はいわば一夫多妻である。日本というオメデタイ妻は、米国は自分だけを愛してくれていると信じている。」

しかし、米国は軍事同盟関係でも韓国(米韓相互防衛条約) 、イギリス・フランス・カナダ・オランダなど北大西洋条約機構(NATO)、フィリピン(米比相互防衛条約)、オーストラリア・ニュージーランド(太平洋安全保障条約)、ラテンアメリカ諸国(米州共同防衛条約)と多くの国と締結している。

さらに、イスラエル・エジプト・サウジアラビア・パキスタン・イエメン・グルジア・タイ・マレーシアなどにも実質的な軍事援助を継続している。

そうした状況下、当然の如く、米国の紛争地域に対するコミットは半端ではなく、広範囲にわたっている。


今後、日本の為に戦闘を想定した実践的軍事展開の事態が発生した場合、本当にどこまで米国はこのone of themの妻のために、自国の若者の血を流してくれるのか。

こう問いかけられた時、この国の安全保障をどう考えるのか。日米安保同盟の問題、自衛隊の問題、そして、その延長線上に憲法改正の問題が当然のように浮かび上がって来る。

完全なる主権回復61年目の記念式典。沖縄復帰41年目。61年前に完全に日本の主権が回復していたというのであれば、沖縄は日本ではなかったというのか。

こうしたこと一つ取っても、この国の独立とは一体、本物なのか、考えさせられる問題は多い。

前泊博盛編者の「日米地位協定入門」は、そうした国家の主権とは何か、独立とは何かを深く考えさせられる素晴らしい本である。

非常に易しく、分かりやすく書かれているので、ぜひ、皆さんにも、ご一読いただければと思う。

乙武洋匡(ヒロタダ)さん、どこか考え違いをされていませんか?

乙武洋匡(ヒロタダ)さんが518日に銀座6丁目にある“TRATTORIA GANZO”というイアタリアンレストランを予約して行ったところ、車椅子利用者であったことを理由に、入店拒否にあったという。


騒ぎは乙武氏がフォロワーが60万人を超えるという自身のツイッターで、次のように呟いたことに始まる。


『今日は、銀座で夕食のはずだった。「TRATTORIA GANZO」というイタリアンが評判よさそうだったので、楽しみに予約しておいた。が、到着してみると、車いすだからと入店拒否された。「車いすなら、事前に言っておくのが常識だ」「ほかのお客様の迷惑になる」――こんな経験は初めてだ。』


『お店はビルの2階。エレベーターはあるが、2階には止まらない仕組みだという。「それはホームページにも書いてあるんだけどね」――ぶっきらぼうに言う店主。「ちょっと下まで降りてきて、抱えていただくことは」「忙しいから無理」「……」「これがうちのスタイルなんでね」以上、銀座での屈辱。』


『ひどく悲しい、人としての尊厳を傷つけられるような思いをする車いすユーザーがひとりでも減るように。』


店主の対応には、まるでが感じられなかった。接客業として、あの物言いはあまりに悲しい


この呟きにフォロワーから店主・高田晋一氏のツイッターに多くの批判が集中、HPも、一時、サーバーがダウンしたという。


いまはHPも見ることができ、乙武氏も「ぜひ、次回は事前に車いすである旨をご連絡してからお伺いしますね!」とのことで、本件も一応のおさまりがついた形になっているという。


昨夜、わたしがこの件をネットで知った時、どうにもイヤ〜な気分になった。


まず、はじめてのお店を予約する際、本人なり同行者に車椅子の人がいれば、車椅子でのアプローチは大丈夫か、店内での車椅子移動に不便はないか、トイレは車椅子対応になっているかなど確認するのは常識ではないかと思ったからである。


この“TRATTORIA GANZO”というお店のHPの店舗情報には、座席数がカウンター6名、4人テーブル席が1つ、2人テーブル席が1つだけとなっている。そしてお店は2階にあり、エレベーターはこの階に止まらないので、気をつけて下さいと書いてある。


つまり、雑居ビルのような古い建物の2階にある小さなお店という感じである。


わたしは脳卒中を患い左手足が不自由である。だが、幸いにも右手で手摺を握るか、杖を使って用心深く上り下りすることで、階段の利用は可能である。


それでも、はじめてのお店を予約する際には、地下に階段で降りるお店とか店内でも2階に席が取られる場合は、予約の際には、階段の傾斜や手摺の有無などを確認する。


事前に自ら転倒する危険がないかどうかを確認しとかなければ、わたしは逆に心配で、安心して美味しい食事を堪能できないと考えている。他人が予約してくれる場合も、そうした点を考慮した店選びをしてくれている。


折角の美味しい食事とお酒をそうしたインフラが心配で心ゆくまで堪能できないのでは、本末転倒と思っているからである。自分の状態に適ったお店で気持ちよく食事を愉しむ。それが外食というものではないか、そうわたしは考えている。


今回のケースでわたしが嫌な気分に陥ったのは、フォロワーが60万人を超えるツイッターを活用できる乙武氏が、その大勢の応援団に向かって、ツイートしたことである。店の名前をあげる影響がどういうものになるか、予想はついていたはず。こうしたお店にとって、悪評というものが即座に命取りとなることは賢明であろう乙武氏に分からぬはずはない。


乙武氏は、予約時に車椅子の使用を伝えていなかったことは反省されている。しかし、狭い店内で、シェフとスタッフの二人で切り盛りしているお店ということを想定すれば、階段を抱えて上げていってくれ、それも3、4段というのであればまだしも、2階までと唐突に申し出るのは、やはり、常識がないと言わざるを得ないし、随分と手前勝手としか思われない。


店に行って初めてそこが2階にあり、エレベーターも止まらないと知ったのだとしたら、それは乙武氏なり同行者の不注意といおうか、甘えが過ぎるというものである。これまでが偶々すばらしく親切な人たちに出遭い、いつも厚遇を受けて来られたのではないかと推測するしかない。


身体が不自由であれば、不自由なりに、自分でやれることは事前に調整なり、対応策を検討しておくのは、社会人であれば、わたしは当たり前のことだと思うし、その場でも、まず、自分や同行者の力を借りて解決すべきであると考える。


公共交通機関やデパートや大型ショップなど公共性の高い場所では、人手もあり、最近は、従業員や職員さんが車椅子の利用者に手を貸している場面をよく目にする。


しかし、この銀座のお店は二人で運営するまだ開業間もない小さなお店である。バリアフリーにもまだ対応できていないという。


もちろん、最初からちゃんとそうした点にも目配りし、店づくりをしておけと言うのは簡単だが、店舗面積の問題から普通のトイレスペースさえ十分に取れぬ飲食店はいくらでもある。零細であればそれは仕様がないことである。


そうした店は差別ではなく、資金的に対応ができないのであるから、そこに車椅子が入れないのは問題だと言うのは、筋違いというしかない。


今回は銀座のお店ということで、そうした問題はないのだと誤解したとしたら、それは不注意といおうか、世間知らずと言おうか、適当な言葉が見当たらない。


乙武氏は“店主の対応には、まるでが感じられなかった。接客業として、あの物言いはあまりに悲しい。”という。


店主の高田氏は、HP上に事が起きた18日深夜に、“乙武様のご来店お断りについて”という謝罪文を載せている。その冒頭に、“まず先に言葉遣いですが、お客様に対して「何々だ」などの強い言葉使いはしていません”と弁明している。


現場にいた当事者だけしかこれは分からぬことであり、言いようがないのだが、高田氏がひどい言葉遣いはしていないと言っていることも知っておくべきである。また、その場での乙武氏の言い様も、どの程度丁寧であったのか、詰問調になっていなかったかなど、ちょっとした言葉遣いにより相手の反応が変わることはよく経験することである。


また、お店まで自分を抱えて行ってくれなかった、店の対応が冷たかったとして、“ひどく悲しい、人としての尊厳を傷つけられるような思いをする車いすユーザーがひとりでも減るように。”と語っている。


しかし、もし、わたしがこのTRATTORIA GANZO”へ行って、階段を昇れなかったとしたら、事前に確認しなかった自分が悪いとわたしは考えると思う。また、人間の尊厳は障害者のみに付随する属性ではないことは肝に銘じているつもりである。お店の方にも当然であるが、尊厳はあるに決まっている。


わたしは自分が障害者だからといって卑屈になる必要はさらさらないが、だからといって、周りの人が必ず手を差し伸べるべきだとも考えていない。


自分で出来ることは何とかやってみて、それでも出来ない時には人の手を借りる。命に関わるようなケースは別だが、通常のこうした食事やエンターテインメントを享受する場合、人様に多大な負担を強いてまで自分がやりたいことをやるというのは、どうもわたしの美学にはそぐわない。それなりの常識の範囲があると考える。


そんなわたしは障害者としては未熟者なのだろうか、色々と考えさせられた今回の事件であった。


ただ、ひとつ言えるのは、この“TRATTORIA GANZO”、階段の様子を電話で確認して大丈夫と判断出来たら、一度、どうしても行ってみたいと思う店になったということだ。


人としての尊厳を持たれる高田晋一という人物に俄然、興味が湧いたからだ。

そして、最後にこのブログをアップした後に、”つぶやきかさこ”の”乙武氏ツイートの店に行き、店主に取材しました”という心豊かなご意見を見つけました。読んで見てください。

朝日という名のつくメディアには愛想が尽きた、一体、どこの国の報道機関なのか?

橋下徹の「慰安婦は必要だった」発言は、なぜ、ここまで批難されねばならぬのか!(2013.5.18)

テレ朝の日曜午前中の“報道ステーション SUNDAY”に慰安婦問題で渦中にある橋下大阪市長が大阪からだがテレビ出演をしていた。


そのなかで、橋下発言に関する韓国や中国、米国という海外での反応について映像が流れたのにつづき、ニューヨークの派遣駐在員に回線をつなぎ、直近の米国の状況を尋ねた。


そして、長野智子メインキャスターが米国務省のサキ報道官の反応について、「サキ報道官がわざわざ橋下市長の発言を取り上げてコメントした」ほどに、この問題に米国が大きな関心を寄せ、憤りを覚えているといったニュアンスの発言があった。


このサキ報道官の会見の詳細を知らぬ人は、あたかもサキ報道官が自らこの問題を取り上げて、この会見で米国の考えを敢えて述べたように思ったのではないだろうか。


16日の国務省での定例記者会見では国際情勢についての質疑が主であり、朝日新聞社の記者の前の質問者は、パキスタンの総選挙で勝利したシャリフ元首相の首相就任式への米国の参列の有無を問うものであった。(以下、会見内容については“極東ブログ”から引用させていただいた。一部、訳は当方で意訳)


その質疑の後に、サキ報道官が、「Why dont we go to the back?  Youve been very patient.(じゃぁ、後ろの方にいきましょう。 さっきからずっと辛抱されてましたからね)」と、朝日の記者を指名している。


その質問は、


「日本の朝日新聞から来ました。橋下大阪市長は最近、いわゆる『従軍慰安婦』問題に言及し、倫理的な点からは受容しがたいとしても、戦時に慰安婦は必要だったと議論しました。また彼は、売春によって性的なサービス提供する他の国の軍隊もあったのに、日本だけが米国や他国から批判されるのは公平ではないとも主張しました。そこで米国としては、米国に向けられた彼の批判についてどのような立場を取りますか?」と、


「米国や他国の軍隊も当時、売春によって性的なサービス提供していたのだから、日本だけが批難されるのはフェアーじゃない」という“米国に向けられた彼の批判”についてどのような立場を取るかというものであった。


そこで、サキ報道官は、次のように述べているのである。


We have seen, of course, those comments. Mayor Hashimotos comments were outrageous and offensive. As the United States has stated previously, what happened in that era to these women who were trafficked for sexual purposes is deplorable and clearly a grave human rights violation of enormous proportions. We extend, again, our sincere and deep sympathy to the victims, and we hope that Japan will continue to work with its neighbors to address this and other issues arising from the past and cultivate relationships that allow them to move forward.


(もちろん、そのコメントは見ている。橋下市長のコメントはひどすぎるし、非礼である。米国の立場は前に述べたように、その時代に性的目的で売買された女性たちに起きたことは、嘆かわしいことだし、それよりもっと、はるかに厳粛な人権侵害であった。われわれはその犠牲者の方々に重ねて衷心より深い同情の意を表します。そして、日本が、過去に起因するこうしたことや他の問題に向き合い、近隣国と議論を続け、その関係を未来へ向けて深めてゆく努力を続けてゆくことを強く望んでいる)」、と。


そして、さらに朝日の記者が、「Do you describe this issue sex slave or comfort women? (この問題を、性奴隷または慰安婦、どう評しますか?)」と、こうした公開会見の場でどうかと思うが、問い質したことに、


Again, I dont know that Im going to define it. You kind of laid out the specific details there, and we have described this issue in the past as comfort women.(繰り返すけど、いま私がそれを定義する必要があるのか分からない。あなた、それこそ、そこに詳細な資料を持っているのでしょ。私たちはこの点は、以前に、慰安婦と述べている。)」と応じ、


Go ahead in the back (次、その後ろの人)」と、次の質問者を促し、その問答を打ち切り、フィリピン沿岸警備隊による台湾漁船銃撃の質疑に移っていったのである。


さらに、後刻、公表された会見記録に、Do you describe this issue sex slave or comfort women? 」の質問に対し、会見場でコメントしたことに加え、わざわざ、注書きが添えられている。


Rather than focusing on the label placed on these victims, we prefer to address the fact that this was a grave human rights violation of enormous proportions. The United States is also committed to working with our partners and allies around the world to denounce modern-day slavery and trafficking in persons no matter where it occurs.(私たちは、これら犠牲者の人たちにどのような符牒を貼るかに関心を置くのではなく、このことが、はるかに厳粛な人権侵害であったという事実に向き合う方がよい。また米国は、今日の奴隷制や人身売買がどこで起きようとも、世界の友好国や同盟国と協調して弾劾することを約束している)」


つまり、米国は日本の野党党首、しかも一市長が言ったことであり、そのことは知ってはいるが、訊かれたから答えた。それに、公開の場でsex slave と呼ぶのか、comfort womenと呼ぶのかと執拗に訊く記者に、少々、業を煮やした感があり、木で鼻をくくったような答弁となっているように思える。


それで、わざわざ、当日の会見記録において、その部分に考え方を丁寧に添えたものと考えられる。


そうした顛末があるにも拘らず、長野智子キャスターがいかにも米国が質問もされないのに、敢えて、橋下市長の慰安婦発言に対し、強い不快感を示したように紹介するのは、物事を殊更に大事(オオゴト)に見せようとしているとしかわたしには思えなかった。


橋下徹大阪市長は、発端となった13日のぶらさがり会見のなかで、「侵略と植民地政策によって周辺諸国に多大な損害と苦痛を与えたことは、敗戦国としてしっかりと認識し、反省とお詫びはしないといけない」と、繰り返し、村山談話の内容を肯定している。


さらに「慰安婦の方たちが戦争によって意思に反してその苦界に身を沈めねばならなかったことについては、よくよく理解をしなければならぬ、そこに想いをいたさねばならぬ」ということも再三にわたって述べており、その部分はサキ報道官が記者の質問に対し答えた内容と同質のものである。


だから、何かこのサキ報道官と朝日の記者の質疑はチグハグというか、日本国内向けの質問を“為にしている”としか思えぬのである。


“報道”はその発言がなされた状況、なぜそうした発言内容になったかその真意をできるだけ忠実に伝えるのが役目であると考える。


その意味で、今度の慰安婦必要発言で同市長が云うように、その文脈を理解し真意を汲み取る報道姿勢を徹底しておれば、こんな大事になることもなかったし、米国で、しかも各国記者の満座の中で、こうした品格を欠く質問をする事態を招くことはなかったのではないか。


なにしろ、橋下氏に、517日の退庁時のぶらさがり会見(youtube)で「“必要”とはどういう定義か」などと問うている記者とのやりとりを聴いていると、そのレベルの低さには暗澹とした気持になったのである。


もう朝日と名のつくメディアにはほとほと愛想が尽きたし、ネットで言われているように、このメディアは一体、どこの国の報道機関なのかと正直に考えてしまうのである。

橋下徹の「慰安婦は必要だった」発言は、なぜ、ここまで批難されねばならぬのか!

朝日という名のつくメディアには愛想が尽きた、一体、どこの国の報道機関なのか?(2013.5.19)

橋下徹大阪市長の「慰安婦制度は必要だった」発言が、国内だけでなく、韓国はいうにおよばず米国防省、国務省など海外諸国を巻き込み、轟々たる批難の嵐が拡がりつづけている。


発端は513日の大阪市役所での登庁時の定例のぶらさがり取材である。


記者団からの「昨日も自民党の高市政審会長が侵略という言葉はどうかといった批判的なことを言ったり、安倍首相も侵略ということをはっきりとおっしゃっていないのだが」につづいて、「村山談話についてどう思うか」という質問に対して答えたもの。


当日の1542秒に及ぶyoutubeにアップされたぶらさがり取材を見たが、村山談話に対する考え方を11分半にわたり語ったなかで、いま問題となっている慰安婦問題について一部、語っているものである。


この橋下徹大阪市長・日本維新の会共同代表の話を聴いて、わたしは、なぜ、日本のメディアや自民党をはじめ他党がこれほどに批難しなければならぬのか、どうもよく分からない。


他党が一斉に非難の声を挙げているのは、来たるべき参議院選挙の民意を我が党へ向けようとの魂胆丸見えのようで、こっちの方が事の本質を見極めることをせず、日本の政治家、政党として、大きな問題なのではないかと思っている。


なるほど、この会見は橋下氏のいつもの断定的物言いが気にはなるが、これはいつもの橋下節といおうか、橋下という人物のディベート・テクニック、政治テクニックのようなものと理解している。


そして、この会見の時間中に同氏の発言がここまで海を越えて拡散し、批難の嵐が起きようとは、同人も、取り囲んだ記者たちも、考えていなかったのではないだろうか。


その証拠に、この慰安婦発言の後にはエネルギー問題について原発再稼働の話についての同氏の話が淡々と続き、会見は終了した。慰安婦についての同氏の発言を咎めたり、再確認をする質問も一切なかったのである。


さらにYoutubeをご覧いただくと分かるが、橋下共同代表は、村山談話については、「侵略と植民地政策によって周辺諸国に多大な損害と苦痛を与えたことは、敗戦国としてしっかりと認識し、反省とお詫びはしないといけない」と、繰り返し、談話の内容を肯定しているのである。


さらに慰安婦の方たちが戦争によって意思に反してその苦界に身を沈めねばならなかったことについては、よくよく理解をしなければならぬ、そこに想いをいたさねばならぬということも再三にわたって述べている。


また、被害にあった当事者や中立の第三者がこの話は終わりということにならない限り、この種の問題は、加害者側が60年経ったのだから、70年経ったからもう謝罪はこれでよいと考えるのは間違いとも語っている。


では、何が問題なのだということだが、「過去の戦争においても、各国の軍隊は慰安婦制度を持っていた。時代的に(現代とは違い)そういうものだった」、さらに会見開始916秒後の「銃弾をくぐって、命をさらし、気持ちが昂った猛者達に、慰安婦制度が必要だったことは誰だってわかる話だ」という下りであろう。


そして、いま、日本のメディアや政党、韓国や米国など諸外国の批難がこの橋下発言全てが問題だと断じているが、わたしはまるで偽善者の言葉を訊くようで非常に気にくわぬのである。


1995年、沖縄で起きた米海兵隊3人の兵士による小学生暴行事件(レンタカーを借り、拉致監禁・暴行)において、時の米太平洋司令官であるリチャード・マッキー海軍大将が、「兵士らは、レンタカーを借りているが、その金があったら女が買えた」と発言した。要は暴行するくらいなら、レンタカー代で女を買っていた。だからそんなことをするはずがない。そして女は金で買えるのだと太平洋司令官が言ったのである。


こんな米国から「言語道断で不快だ」などといわれる筋合いは一切ないと私は断言する。彼らは人権、人権と言いながら、日米地位協定を盾に、その時、12歳の女子を暴行した卑劣極まりない犯人の引き渡しを拒絶した国なのだから。


本題に戻るが、橋下発言の「過去の戦争においても、各国の軍隊は慰安婦制度を持っていた。時代的に(現代とは違い)そういうものだった」の部分だが、これは歴史の事実である。


さらに、「銃弾をくぐって、命をさらし、気持ちが昂った猛者達に、慰安婦制度が必要だってことは誰だってわかる話だ」の部分についてだが、これも言葉がきついので、つい時制を混同してしまうのだが、今の時代にそれが許されるとは言っていない。実際にいま、そんなことは許されないと言っている。


そうした橋下氏の発言の真意を色眼鏡なしに受け止めれば、本来、この問題はここまで大きくなるべきものではなかったと考える。


同氏は、村山談話を肯定している。ただし、いわれなき批難、評価については違うことは違うということをはっきり言うべきだと言ったのである。


慰安婦問題について、現段階で日本軍乃至政府が組織として強制的に拉致、強制した証拠はない。2007年の閣議決定でもそうなっている。その根拠がないものを、国際社会のなかで“レイプ国家”と貶められていることが許せないのだと言いたかったのである。


これは会見内容を普通に聴けば、そのように彼が言おうと努めていることは分かるはずである。


さらに、「もし、そうした証拠が出てきたのであれば、それはきっぱりと謝罪すべき」だとも言っている。


そして、橋下氏は514日のツイッターでこう呟いている。


「敗戦国として反省とお詫びをしなければならないところはしっかりやる。ただ、不当に侮辱を受けるようなことに関してはしっかりと反論する。これが、本来の政治家の態度振る舞いだと思う。」


わたしは、その通りだと思っている。よくぞ言ってくれたというのが、わたしの正直な気持ちである。


大手メディアや自民党や民主党など野党の輩こそ、本来自らが言わねばならぬこと、信念をもう一度問い直すべきである。


ただ、橋下氏も、もう少し丁寧に言葉を選び己の真意が伝わるように発言すべき政治家としての時期が来ていることは十二分に自覚すべきである。

蘇民将来(ソミンショウライ)の心が映えるおもてなしの京風割烹、日本橋・”OIKAWA(おいかわ)“

“日本橋OIKAWA”で季節感あふれる粋なランチはいかが?(2015.4.20)

中央区日本橋2-15-8

03-3272-0757


OIKAWA・MAP

江戸橋一丁目交差点を南へ昭和通りの一本裏筋に、京料理店とは思えぬロゴを掲げる“OIKAWA”はある。 

”OIKAWA”と読みます
OIKAWAと読みます

20127月開業のまだ新しいお店である。京料理のたん熊で修業されたという、まだまだ若い笈川智臣(オイカワ・トモオミ)さんが店主の京風割烹である。

OIKAWA

玄関口に、 “蘇民将来子孫家門”の護符が注連縄に吊られていたのが印象的である。早速に、パチリ!!


玄関に”蘇民将来子孫家門”の護符が吊られている
玄関には”蘇民将来子孫家門”の護符と脇に三方に載せられた飾付がある

引き戸を開け入店すると、わたしがグルメの極意につき常々ご指南いただいておる女性陣お三方が、“どうして一番暇なご仁が一番遅いの?”ってな顔をなさって、待ちかまえておりました。


何を隠そう、“OIKAWA”はそのお一人が紹介してくれたもので、わたしは久しぶりのご新規のお店ということで楽しみにしていたのだが、方向音痴のうえ、お店の外観など写真に収めたりと忙しく、遅参となった次第。


カウンター下にセットされたLEDや壁面に飾られた掛花入れを引き立てる仄明るい光の演出が、おだやかで、奥ゆかしい店内の雰囲気を造り出している。

掛花入れも清楚
間接照明が美しい掛花入れ

カウンター席が6席、入口左手に8人のテーブル席の和室があるのみの、まさに瀟洒で粋な店づくりである。

お座敷
8人まで入れるテーブル式の御座敷です

さて、着座と同時にビールが注文されると、先付けが目の前に手際良くあらわれた。小鉢も和洋の取り合わせで、なかなかお洒落である。

胡麻豆腐キャビア添え  筍と粟麩と烏賊の木の芽和え
ごま豆腐のキャビア添え     筍と粟麩と烏賊の木の芽和え

次にエンドウ豆のすり流しに昆布を粉にして寒天でまとめた・・・だったっけ・・・、そんな手の込んだ具材と白身魚とが入った・・・スープ・・・

エンドウ豆のすり流し、柚子の花・・・

お造りは淡路島産の鱧と鳥貝。鱧につける梅肉も京都から取り寄せたという“こだわり”の一品でした。

お造り・鱧と鳥貝
鱧と鳥貝のお造り

湯引きの鱧はあまり好みでないわたしが、“これ、おいしい!”と思ったのだから、笈川さんの腕は半端じゃないのでしょう。それと俎板へ叩きつけてから包丁でさばく鳥貝も甘くておいしかった。


それからスッポンの茶碗蒸し。

スッポンの茶碗蒸し
スッポン、見えますよね

柚子を効かせた山椒味噌でいただく京都牛・・・

京都牛
京都牛だそうです

その一品、一品に舌鼓を打ちながら、食通の女性陣は笈川氏との料理談義に花を咲かせ、いたってご満足の態。その笑顔が一段と美しさを増していたのは、美味なお料理の所為(セイ)か、それともイケメンの所為か・・・、いや、いらぬ詮索でありました m(__)m


お料理も終盤。箸休めの九種盛が出て参りました。

箸休め・九種盛

わたし目はこれを見るや、俄然、お酒の注文に力(リキ)が入ったのでした。


ビールのあとは店主お薦めの”船中八策”を
最初に薦められた”船中八策”

大好きなちりめん山椒やふき味噌など、など・・・


日本酒もお料理に合わせて笈川氏にお任せしたが、“船中八策”にはじまり“有加藤(アリカトウ)”、“満寿泉”など・・・、おいしくいただきました。

大吟醸・満寿泉
大吟醸の”萬寿泉”

女性陣が、“OIKAWA”自慢の“長野県産・幻の米”を 、土鍋で炊いたご飯を“おいしい〜”と食べているのを横目で見ながら、わたしはまだ九種盛のツマミで、黙然と大吟醸を口に運んでおりました。

長野県産・幻の米
これが”長野県産・幻の米”です

その御蔭で、とうとうこの温かな炊きたての“幻の米”を口にすることなく、店をあとにすることとなったのでした。憎っくき“満寿泉”っていうのは、お門違いというものでした(その“幻の米”はちりめん入りのお握りにしていただけたので、帰宅後、家内と半ぶんこして食べました。冷えても粒が立っていておいしかったですよ!)。


そして、宴もとうとう最後となるのだが、その最後の最後に、この“OIKAWA”、サプライズが待っていました。


デザートに小豆とバリーの炭酸割りが出てきて・・・


デザート・小豆とベリーの炭酸割り

〆に、お抹茶と“京菓子司・彦九郎”の干菓子が供されたのです。


京菓子司彦九郎
人形町・彦九郎

そのお茶請けを目にした途端、これまでお料理にこれ素敵とか、わ〜っとか、きれいとか、さんざん感嘆の声をあげてきた客人(マロウド)たちは、止めを刺されたかのようにただ呻き声を漏らすしかない状態に陥らされるのである。

人形町京菓子司・彦九郎の干菓子
つなぎ団子のお皿に人形町京菓子司・彦九郎の干菓子がアレンジされていた

お皿の上にならぶその干菓子は、まさに、“ ○|||| ” という形状をしていたのです。


まさに“OIKAWA”のロゴではありませんか。しかも彩りまでそろえたお持て成しであり、牛頭天王(ゴズテンノウ)を持て成した蘇民将来(ソミンショウライ)の清らかな心映えがこちらの心に沁み込んでくるような、そんな清々しい時間がこの小さな空間に流れたのでありました。


こうして、もうみんな興奮覚めやらぬなか、笈川ご夫婦のお見送りを受け、牛頭天王ならぬ、グズ天王のわたしは家内の待つ龍宮城へ向けて旅立って行ったのでした・・・


店頭には蘇民将来が牛頭天王をもてなした“粟”飯の葉柄が一輪差しに活けられておりました。

粟の茎柄が門前に飾付されていた
手前が”粟(アワ)”の葉柄です

帰り際に笈川氏からこれは“粟”ですよと教えられた。そして、“OIKAWA”というお店が、蘇民将来のやさしい心根に沿った本物のお持て成しを目指すお店であることを確信したのである。


そして、笈川氏が夏にはこの入口に茅の輪を置きたいんですよねと言われた。いわずと知れた、牛頭天王が蘇民将来の子孫たちに“流行病に罹らぬように腰に着けよ”と教えた“茅の輪”のことである。


日本橋・“OIKAWA”へゆけば、美味しいお料理とあたたかなお持て成しが待っている。そして、無病息災にも与れる。こんなお店・・・って、ほ〜っておけませんよねぇ〜

春日大社をゆく=武甕槌神(タケミカヅチノカミ)・経津主神(フツヌシノカミ)に誘(イザナ)われ

3月のお水取りを観覧した際に、久方ぶりに春日大社を訪ねた。

世界遺産・春日大社
世界遺産・春日大社

春日大社といえば、朱塗りの廻廊と釣燈籠のイメージしか浮かんでこず、その御祭神がどなたであるかも知らずにいたのが正直なところである。 

御廊(オロウ)
御廊(オロウ)
西回廊
西回廊

この機会に同神社の由緒などに当たると、「奈良遷都の710年、藤原不比等がその氏神である武甕槌命を鹿島神宮から奈良の御蓋(ミカサ)山山頂浮雲峰に迎えた。768年、称徳天皇の勅命を受け、左大臣藤原永手によって香取神宮から経津主命、また枚岡神社から天児屋根(アマノコヤネ)命・比売(ヒメ)神を迎え、中腹となる今の地に四殿の社殿を造営し祀ったのが当社の創始」とある。

中門・御廊(オロウ)
中門と御廊(オロウ)
中門奥に本殿
中門の奥に四柱の御祭神を祀る本殿がある

そう言えば、藤原氏の始祖である藤原(中臣)鎌足は常陸国の出身といわれている。


藤原道長など藤原氏の栄華を描いた“大鏡”に、「鎌足のおとど、む(生)まれ給へるは、常陸国なれば、かしこのかしま(鹿島)といふところに、氏の御神をすましめたてまつり給ひて、その御代より、いまにいたるまで、あたらしき御門、后、大臣たち給ふをりは、みてぐらづかひ、かならずたつ。みかど、ならにおはしまししときは、かしことほしとて、大和国みかさ山にふり奉りて、春日神社となづけたてまつりて、いまに藤氏の御氏神にて、おほやけ、をとこ女づかひたてさせ給ひ后宮、その氏の大臣公卿みな此明神につかうまつり給ひて、二月十一日上申日御まつりにてなん、さまざまのつかひたちののしる」とあり、藤原摂関家の栄耀とともに春日大社の権威も高まっていったことが分かる。

BlogPaint
弊殿・舞殿(ブデン)

そうした由緒を持つ春日大社に参詣し、その御祭神である武甕槌神(タケミカヅチノカミ)、経津主神(フツヌシノカミ)なる大国主命からの国譲りを成し遂げた二神に、俄然、興味を抱くことになったのである。

直会殿(ナオライデン)
直会殿(ナオライデン)

そして、藤原氏の旧姓、占部を職とする中臣氏の祖神は、確か天児屋根命のはず。藤原氏の氏神であれば、枚岡神社から天児屋根(アマノコヤネ)命のみを分祀すればよかったのではないのか。


なぜ武甕槌神(タケミカヅチノカミ)や経津主神(フツヌシノカミ)という国家平定二神を氏神として第一殿、第ニ殿へ祀ったのか。

四つの本殿
右手に並ぶのが四つの本殿(奥より武甕槌神・経津主神・天児屋根命・比売神)

春日大社は鹿が“神使(シンシ=神の使い)”とされているが、それは大社創建の際に、鹿島神宮の御祭神である武甕槌神が常陸国から神鹿に載ってやって来られたことに由来すると伝えられている。

春日大社の神鹿と二之鳥居
春日大社の神鹿と二之鳥居

鹿島神宮の祭神だけにとどまらず、神鹿まで印画する複製品のようなこの春日大社とは一体、何なのか・・・。


また、それほどの神力を有していた鹿島神宮とはいったいどういう由緒を持つのか・・・

春日大社で生まれた謎が謎を生み、そして止め処なく脹らみ続けてゆく。

春日大社参道
春日大社の厳かな参道

わたしはその謎を追うようにして、新緑を深めゆくこの春、武甕槌神(タケミカヅチノカミ)、経津主神(フツヌシノカミ)に誘われるように、その二神を祀る香取神宮と鹿島神宮、そして武甕槌神に打ち負かされた建御名方神(タケミナカタノカミ)を祀る諏訪大社を巡ることとなったのである。

見逃すと大変!! “国宝 大神社展”・東京国立博物館へ急ごう

東京国立博物館
東京国立博物館

平成2562日(日)まで、東京国立博物館平成館にて、“国宝・大神社展”が開かれている。

大神社展開催中の平成館
大神社展が開かれている平成館

当展は2013年が伊勢神宮の62回目の式年遷宮にあたるのを機に企画されたもので、全国の神社からこれまで門外不出であった秘宝など国宝・重文160点を含め、総展示品目数244におよぶ、空前絶後の神社パワー全開の大展覧会である。

大神社展

“神社オタク”を自認する不肖わたくしは、こうした大展覧会の存在を実はまったく知らずにいたのでありました。 


それが、412日、13日と、たまたま思い立って千葉の香取神宮と茨城の鹿島神宮を訪ねたのであります。それもひとり旅で・・・。


そして一日目に訪れた香取神宮で、宝物館に展示されていた国宝・“海獣葡萄鏡”の説明に、「国宝大神社展貸出中 本品は複製品」とあるのを発見した次第なのである。

海獣葡萄鏡・複製品
複製品の海獣葡萄鏡

もちろん気落ちしたのだが、同時に翌日の鹿島神宮の“直刀(布都御魂剣・フツノミタマノツルギ)”もまさか・・・と訪ねたところ、やはり、同展へ貸出中であり、複製品を拝む格好となった。


鹿島神宮では国宝・直刀がないため、宝物館拝観量を通常300円のところを200円にオマケしてくれ、受付の男性がわざわざ付き添って展示品の説明を丁寧にしてくれたのだが、やはり実物から発揮される神宝パワーはなく、これはどうしても上野へ行かねばならぬと、昨日、今度は家内同行のうえ、この“国宝・大神社展”へ参上した次第である。

平成館館内
平成館館内

平日にも拘わらず館内の展示ケースにはかなりの人が数珠つなぎで並び、熱心に展示物を覗きこみ、説明板に目を凝らしていた。


われわれも音声ガイドを借り、ひとつひとつ丁寧に拝観して廻ったところ、優に2時間半は時間を要しただろうか、見終わった頃には、もう足は棒のようになっていた。


ただ、お目当ての“海獣葡萄鏡”や取っ手の長さで271cmもある“直刀”の実物を目にし、それぞれの大きさに驚き、本物が発する霊験パワーを浴びて、満足したところである。


さらにわたしが愛読している古事記の春瑜(シュンユ)書写(重文)日本書紀の巻第一上神代上(重文)を実際に目にした時、この国のはじまりの物語に熱い想いを馳せたところである。


そして、極めつけが、奈良県天理市の石上(イソノカミ)神宮が提供した“国宝・七支刀”である。この国宝はさすがに見ることは叶わぬと思っていたので、これを目にした時には正直、身内が震えるような心地で、時間をかけてじっくりと堪能した。

奈良県石上神宮・七支刀
七支刀・国立博物館販売のポストカードより

この七支刀は、日本書紀の巻第九神功皇后摂政52年秋9月に、「(百済の使節の)久氐(クテイ)等が千熊長彦に従ってやってきた。そのとき、七枝刀(ナナサヤノタチ)一口、七子鏡(ナナコノカガミ)一面、および種々の重宝を献(タテマツ)る」とある、その実物と云われているものである。


また滋賀県若松神社の”一角獣の狛犬”も失われたユダヤの10支族との絡みで非常に興味あるお宝であった。 

滋賀県若松神社 獅子・一角狛犬
滋賀県若松神社の”阿形の獅子・吽形の一角の狛犬”・国立博物館販売ポストカードより

さらに3月のお水取りで奈良を訪ねた際に参拝した春日大社の国宝・黒漆平文飾劒(クロウルシ・ヒョウモンノ・カザリタチ)など多数の古神宝なども素晴らしいものであった。


“大神社展”、62日まであと3週間余。七支刀は大神社展前期の展示(56日まで)のみであったものを、当神宮の好意により12日までその展示が延長されており、その恩恵にわれわれも与ったわけだが、この稀有な機会を逃さずに、是非、上野へ足を運んでいただきたいと、神社オタクは強く願うものである。何しろ、これだけの全国の神宝を一度に見ることができるなんて、今後、そうざらにはないのだから。

川口順子参院環境委員長の解任決議を可決させた野党に国政に携わる資格なし

参議院本会議場
参議院本会議場

5月9日、参議院本会議で、“川口順子参院環境委員長の解任決議”が可決された。


常設委員会である環境委員会の審議が意味がないとはもちろん言わぬが、いまの政治情勢のなかで、環境委員会の開催を一日も延ばせぬということより、外務大臣経験者と中国の外交政策を担う要人との会談を優先させることの方が重要であることは自明である。


政治家とは何かといった本質的理解において、この決議案に反対しなかった野党議員の資質に、正直、うんざりし、政治の質の劣化もここまで来たかと、暗澹たる気持ちになった。


5月9日、参議院本会議場で趣旨説明に立った民主党の松井孝治議員は、その解任理由を次のように語った。


「参院の渡航許可違反、かつ、委員長が自らの責任で招集した委員会を個人渡航の無許可延長によって流会に至らしめるという、憲政史上にも例のない事案であり、委員長として不適格の誹(ソシ)りを免れない」とし、国会ルールを守らずに渡航延長を敢行した川口議員の行動を「看過できないもの」、「暴挙以外の何物でもない」と批判した。


そこで、じゃぁ、どこが「看過できな」くて、どこが「暴挙以外の何物でもない」のかを、川口順子参議院議員が57日付文書で、「中国渡航延長に関する経緯説明」を行なっているので、検証してみた。


同議員は「滞在を一日延長することについて、24日朝、自由民主党の判断を仰ぎ、議院運営委員会に延長の手続きを取って」もらったが、野党側の同意が得られず、結果的には時間切れとなり、議院運営委員会決定(2324日両日の渡航許可)と異なる形の滞在延長とな」ったと、何も無断で日程を一日延長したのではないと語っている。


しかも、一日延長すべきと判断したのは、「中国の外交政策決定当事者であり旧知の楊潔篪国務委員及び外交政策に関し政権に提言をする立場のシンクタンク幹部と本件(尖閣諸島問題・閣僚の靖国参拝)に関し直接に十分な議論・反論を行い、現在対話がほぼ途絶えている状態の中国側に対し、我が国の考え方を伝えるとともに理解を慫慂することも国益上必須と考え」たからであると述べている。


そして、最後を、「我が国の政治家として主権と領土を守る国益に背中を向けることができなかったことが、今回の私の行動の理由であった」と、政治家としての矜持に満ちた言葉で締めくくっている。


政治の劣化が叫ばれて久しいが、久しぶりに、真の政治家の言葉を聴いたようでもある。川口議員の渡航延長は速やかに承諾すべきであったし、暴挙とは野党の承諾拒否の行動にあったというべきである。

議事堂

こうした今回の解任劇の一連の顛末は、自民党政権の揺さ振りをはかった野党の狙いとは反対に、結局、“政治家とは一体、何か”という根源的問いを解任決議に賛成した野党議員に厳しく衝き付けたものとなったと言わざるを得ない。


当日夜の輿石東・民主党参院議員会長の「国会ルールを破ったのだから当然の結果だ」とのコメントに、これで民主党復活の夢は潰(ツイ)えたと思った以上に、この党が政党で有り続けること自体が無意味であると強く感じたところである。


そして維新の会をはじめとする他の野党に国政に携わる資格はないとの思いも同時に抱いたところである。

本日は端午の節句、天気晴朗なり!

本日は2013年の端午の節句。天気晴朗です。


子供の日、快晴です

このGWの後半、息子夫妻が訪ねて来るというので、家内が端午の節句の飾りつけをしてお迎えをしました。


端午の節句


ところが、息子からは取り立てた感想はなく・・・(´;ω;`) 、まぁ、子供じゃないしねと老夫婦は渋々納得!!

鯉のぼりはもう棹は棄ててしまったとかで、それが五月の空に泳ぐこともない。


なんか、昭和は遠くなりにけりってな気分になりましたなぁ〜。何しろ、横に飾ってある花も、日本の菖蒲ではなく、庭のジャーマンアイリスで代用しているのだから、どっちもどっちってとこかな。


それでも、久しぶりに家内が“菖蒲湯”の準備をしてくれていた。この菖蒲はいわゆる鑑賞用の花菖蒲ではなく、葉菖蒲というサトイウモ科の植物なのだそうだ。へぇ〜!と感心したところである。


菖蒲湯
そして子供の日ならぬ、老人の日を一番風呂につかりながら、無病息災を念じたわたしでありました。気持ちよかったぁ〜!!

ビーナスライン沿いにコスパ最高の“南欧食堂・プティクール(PETITE COUR)”登場=蓼科グルメ28

茅野市米沢3828-2 筺0266-78-7860

月曜日日曜の夜は定休(但、不定休あり)


ビーナスラインをよく利用する方はご存じだろうが、あの池のあるゴルフ練習場から300mほど蓼科湖方面へいった左側に充分過ぎる駐車スペースを備えた南欧食堂・“プティクール(PETITE COUR)”がある。


プティクール外観
プティクール(PETITE COUR)外観

2012年7月に開業したまだホヤホヤのお店である。しかも、この4月からディナーを始めたばかりだという。


プティクール玄関
なんか親しみの持てる玄関です

そんな湯気の立っているお店へ、GWの“昭和の日”という祝日にも拘わらず、夕方、予約なしで飛び込んだ。


テラス席もあります
テラス席もありました。もう少し暖かくなると、この場所は人気が高いのでしょうね

当日最初のお客であったので、席も空いていたのだ。われわれはラッキーというべきである。ビーナスラインに夕闇がうすく折り敷く頃には、店内もいっぱいとなり、その後は入口にて席待ちするお客も出てきたのだから。

家族連れで来られた方の予約席です
この席には予約されたお孫さん連れのファミリーが後ほど、来られました

さて、南欧食堂と銘打つ“プティクール”のお料理だが、ひと言でいえば、かなりの優れもの!!である。お値段を考えると、もうひとつ◎を与えてもよい。

店内の雰囲気です
なんか家庭的雰囲気のする店内です

当日、われわれ老夫婦が年も考えずにオーダーした料理が次の通りである。“本日のおすすめ”から4品。 

めばるのアクアパッア
”めばる”のアクアパッツァ、これなかなかのお味でした
野菜のバーニャカウダ
野菜のバーニャカウダ、このディップは癖になりそう・・・、お塩もイケテました
アスパラバター
アスパラバター、蓼科の採りたてだから、柔らかくておいしいのは当然
フォアグラのバルサミコソース
”フォアグラのバルサミコソース”、これで900円!信じられます?ただ、限定2食です

それから、ちょっとこっそり薦められた、メニューにない一品が次なる“飯ダコのエスカルゴ風煮込み”である。

飯ダコのエスカルゴ風煮込み

これって、お味はエスカルゴなんです・・・、不思議なんだけど。もしチャンスがあったら、お願いして見たら。ビックリ!しますよ


さらに定番メニューからの2品。

魚介のマリネ
魚介のマリネ、蛸がやわらかく香草も大好きです
生ハムとイタリアンサラミ
生ハムとイタリアンサラミ、これもおいしい・・・

なんと計7品目も食べてしまいました。いつもながらこの二人の胃袋はどうなっているのかと、心からの反省・・・と、その反面で僕たちまだ若いってこと・・・な〜んてちょっぴり自信を持ったりして・・・


いや、そんな自信は禁物、禁物。邁進すべきは、ダイエット、ダイエット・・・。がんばります!!

おしかったで〜す!!
ごちそうさまでした!!また、来ま〜す!

でも、この“プティクール”は、子供さんを連れてきても決して肩の凝らない、そして、お値段もびっくりするほどリーズナブルで、しかも決定的に料理がおいしい!! こんなお店、人に教えたくな〜い・・・、以上、蓼科グルメレポートでした。

車山肩・“ころぼっくるひゅって”、春の足音はすぐそこまで

四月に“ころぼっくるひゅって”を訪ねたのは、たぶん、初めてではないだろうか。


以前、四月初旬に車山肩を訪ねた際は、散策路自体への進入がチェーンにより禁止されていた。もちろん、“ころぼっくる”も閉鎖中であった。


この日はGWの4月28日で、もうすぐ五月である。さすがに車山肩の散策路は開放されていた。ただし、ニッコウキスゲの芽ぶきもまだ先で、したがってあの無粋な鹿除けの針金柵もなく、見晴らしは最高である。

鹿除けの柵がないのが最高!
うっとおしい柵がないと、ホント、視界良好!!

後ほど訊ねた“ころぼっくる”二代目の手塚貴峰(タカネ)さんの言によれば、もうしばらくするとやっぱり無粋な柵は設けられるのだそうだ。


いつもの車山肩のちょっと高みに登る散策路を周回しようとしたが、一部、4月20日に降った雪が残っていたため、そこで折り返すことになった。


この日は好天に恵まれ、風があり、気温も少し低めであったため、とおく乗鞍岳や中央アルプス、八ヶ岳の山脈がきれいに見えた。

乗鞍岳
とおくに乗鞍岳が見えた
中央に乗鞍岳、右手は中央アルプス
中央に乗鞍、右手が中央アルプス、絶景である!!

眼下に見下ろす八島ヶ原湿原はひっそりと春の訪れを待っているように見えた。

本格的な春の訪れを待つ八島ヶ原湿原
どこか八島が原湿原も寂しそう・・・

そして省エネ過ぎた散策を終えた私たちは、いつものように“ころぼっくるひゅって”へ向かった。 

コロボックルヒュッテ
ころぼっくるひゅって

入口の手前には、“ひゅって”の50周年を記念する石碑が置かれているが、昨年9月に亡くなられた手塚宗球さんが作詞し、友人である佐藤宗幸氏が作曲した“キスゲに寄す”の歌碑である。

50周年記念石碑
50周年(2006年)を記念して建てられた歌碑

“花の名をささやいたあの人はもういない秋”


自然を愛し、霧ヶ峰を愛し、そして浪漫を愛した手塚宗球さんのいない“ころぼっくるひゅって”のいつものテラス突端の指定席に坐った。

高原の芽ぶきを待つテラス
突端、左手がわたしの指定席です

目の前に宗球さんが愛した車山湿原が開ける。自然は人の生命も大きく包みこみ、この春、また新たな命を生み出そうとしている。

車山湿原
車山湿原はまだモノクロ世界・・・

“ころぼっくる”名物の熱いココアをいただいた。

蓼科山とコーヒーカップ
雪渓がやはり・・・、まだサブ〜!ですね

いつものカップと高原のショットだが、映像にただよう空気感、雪渓が見える景観は本格的な春、命の芽ぶきにはまだしばらくの時間がかかるよと言っているようである。


目の前に広がる高原と空も“春まだ来”ということだろう、その色合いもどこか寒々しい。

春まだ来

しかし、ふと、テラス脇の地面に目を移すと、そこに蕗の薹がその花茎を現わしているではないか。

いま、ようやく蕗の薹が・・・
蕗の薹があった・・・

あぁ・・・、春の足音は確実にこの標高1800mの高地にも近づいている。

カタクリ・二輪草群生地、岡谷市・出早公園(出早雄小萩神社)、一見の価値あり!!

出早雄小萩(イズハヤオコハギ)神社という聴きなれぬ神社である。ここの社叢にカタクリや二輪草が群生しているというので、訪ねてみた。

カタクリの群生
境内にカタクリが無造作に咲いている
二輪草が群れ咲くなかにカタクリが・・・
二輪草が群れ咲くなかにカタクリの花が・・・

鳥居をくぐり一本道の簡素な参道の脇に、そう、何気にカタクリの花が咲いている。


カタクリ、清楚です
カタクリの清楚な花が咲いている

それもその傍らに可憐な白い花を咲かせる二輪草が群生しているというとても心豊かな景色である。


カタクリと二輪草が混じって群生
二輪草のなかにカタクリの花が・・・

木漏れ日の中、愛情豊かに大切に育まれてきた社叢であるからこその光景であると、感じた。


二輪草の群生
二輪草の群生

そして、神社の本堂裏手には渓流をそなえる広々とした“出早公園”がある。

本殿裏に広がる出早公園
出早公園

秋には紅葉が見事であるという。いまは、モミジの小さくてかわいらしい花が満開を迎えようとしていた。


これからモミジの花が満開を迎える
モミジの蕾がもう開花しそう・・・

カタクリというこの紫色の花・・・、この時代、こうしたほの暗い草むらに、こうしてまだひっそりと、でもみんなで力を合わせて群れている。

カタクリの花
凛と咲くカタクリの花
カタクリの花がたくさん咲いてる
カタクリ、カタクリ、カタクリ・・・

いいよな!! この空気感・・・、そう思ったのである。


二輪草揃い咲き
二輪草の揃い咲き
一輪と蕾
一輪と蕾

出早雄小萩神社、聴いたことはなかったが、諏訪大社の祭神、建御名方神の御子神の第ニ男の出早雄命(イズハヤオノミコト)と、第八男、興波岐命(オキハギノミコト)を御祭神とする「中古勧請の社には無之、神代鎮座也」たる由緒ある神社である。

出早雄小萩神社
出早雄小萩神社
出早雄小萩神社拝殿
拝殿

拝殿の真正面、鳥居の遠くにいまだ白き雪をまとう神々しい北岳が見える。鳥居を額縁とした一幅の崇高な絵画・・・

参道から鳥居の彼方に北岳が見える
注連縄が触れる北岳の峰

気ぜわしい日常から解き放たれたひと時。“時”という気まぐれな抽象がポツリ、ポツリと空を覆う木々から滴り落ちるような・・・、そんな幻想的時空がこの社叢に息づいている、そう確かに感じたのである。

社叢に滴る木漏れ日
社叢から洩れ滴る初春の陽光

そんな由緒古き社の社叢に咲き乱れる可憐なカタクリと二輪草・・・、ぜひ、ひっそりと息をひそめて訪れてみられてはいかがでしょうか。

蓼科・聖光寺の桜、2013年GW、5月5日前後が見頃

2012年・聖光寺の桜、GWにあっぱれ満開!!(2012.5.6)

2013
年、東京の桜はニ週間ほど早い開花で、何だかとても気ぜわしく、わが家も墨田公園の花見だけでおわってしまった。

言問橋あたりから墨堤の桜並木とスカイツリー
言問橋あたりから墨堤の桜並木とスカイツリー(3月26日)

そんなこともあり、今年は蓼科で存分、花見三昧と思っていたが、もろもろの日程との兼ね合いで、GWの前半の427日から30日まで蓼科へ滞在ということになった。


蓼科・聖光寺の桜は、例年、東京よりひと月ちょっと遅れて、GWの後半、子供の日あたりが満開となることが多い。


ただ、今年は少し開花も早め・・・、いや、途中でまた冷え込んだりしたから、やはりプラスマイナスで例年通り・・・なんて、ヤキモキヤキモキの花見行となった。


前日、霧ヶ峰から諏訪市の元町へ下ってゆく途中、寺院の門前に立つ枝垂れ桜が見事だったこともあり、期待は不安の中にも弥増しに昂まってゆく・・・

諏訪市元町あたり、満開の枝垂れ桜
霧ケ峰から上諏訪に下りる途中の枝垂れ桜は満開

4月29日、天気も良いので、いよいよ聖光寺へと向かった。

まだ三分咲

あぁ〜、それなのに、やはりまだ早かった・・・



満開にはまだですねぇ〜
満開にはまだまだで〜す

でも、“満開の時は人出が多いからな”と無理やり気を取り直し、久しぶりに静かな境内をそぞろ歩いたところである。

聖光寺、花見客もまばら
花見客もまばらな境内、でも、これはこれで情緒もあるか・・・

そして、鐘楼の傍らに咲く桜と白樺のコントラストがいつも美しく、写真に収めるのが常であったが、桜が老いてきたのだろう、ここ2、3年前から花のつきが悪い。


そこで、今年から本堂脇に立つ白樺と桜の新たなスポットを見つけた。まだ、三部咲きなので、そのコラボがいまイチではあるが、来年を期して一枚、パチッ!

白樺と桜、新スポット
この桜が大きくなると、白樺をバックに”ザ・タテシナ桜”に昇格

上空を見あげれば、うすく刷毛で引いたような雲がかかるものの、蓼科の空はやはりキレイだ。その蒼い空に三分咲きの桜がよく映える。

蓼科の空に桜の花はよく似合う
蓼科の空に桜は似合う
満開だと、この空に映えるのになぁ

この青空に満開だったら・・・、クゥ〜 (ρ゚∩゚) グスン

そして、視線を遠くに送ると桜花のなかに冠雪の八ヶ岳が見えた。

桜に八ヶ岳

なるほど・・・、花は三分咲きでも蓼科の花見の醍醐味ではある。


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