彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

April 2012

秋川渓谷の “黒茶屋”(炭火焼・山里料理)で新緑を愛でる=秋川渓谷・グルメ

あきる野市小中野167

電話:042-596-0129



黒茶屋表門
黒茶屋表門

多摩川の支流である秋川の渓谷沿いに250年前の庄屋屋敷を活かした炭火焼・山里料理を供するお店がある。その名を“黒茶屋”という。

DSCF8320
水車を脇に配する中門

肌寒い日々がつづく今年の4月。一挙に24度を記録する晴天の日があった。啓蟄はとっくに過ぎたが、午前中の久しぶりの暖かさにこんな日は自宅を脱け出すに限ると秋川渓谷へとドライブに出かけた。

五日市街道
五日市街道を一路、黒茶屋へ

そしてお昼は家内お薦めの“黒茶屋”でいただこうということになった。と云うより、“黒茶屋”で食事をするついでに渓谷の春を愉しもうとしたという方が、わたしの気持ちに忠実な表現であろう。

黒茶屋の母屋へ
新緑の中を母屋へ

実は昨年8月末に秋川渓谷を訪ねた際に黒茶屋へは立ち寄っている。ただその時は時間が適わず、炭火焼処の“楽庵”で鮎の塩焼きを買い求め、隣接する茶房“糸屋”で午後の珈琲を呑むだけで帰って来たのである。

炭火焼の鮎を買った楽庵
茶房・糸屋
珈琲を喫んだ茶房・糸屋

そういうわけで、今度はまぁわたしにとって二年越しの恋というのも大袈裟ではあるが、ようやく念願の“黒茶屋”で食事をいただくことになったのである。

黒茶屋の母屋
黒茶屋の母屋

当日はお昼ということで“黒茶屋”名物の炭火焼料理は遠慮し、お昼のお手軽コース“ゆき笹”(3500円)を注文した。

黒茶屋の離れ
当日食事をした黒茶屋の離れ

山里料理と銘打っていただけあって、旬の筍やコシアブラや蕨などの山菜、山女魚(ヤマメ)といった深山、渓谷ならではの料理を堪能させてもらった。秋川渓谷の鮎は解禁前(解禁:62日)ということで、その日の魚は山女魚であった。

個室
当日通された個室
竹林の見える個室
竹林が見える風情あるお部屋でした
ゆき笹・献立
当日の献立(ゆき笹・3500円)

まず前菜が二段お重で運ばれてきたが、蓋上に山吹の花が添えられ、自然に抱かれた“黒茶屋”ならではの趣きあるお持て成しを感じた。

山吹飾りの前菜お重
山吹飾りの前菜お重・青竹の中に生酒”喜正”

早速に蓋を開け、お重を並べると、そこには深山幽谷の味覚が彩り鮮やかにひろがっていた。

前菜一之筐
前菜・一之筐
前菜二之筐
前菜・二之筐

この春を告げる昼餉の膳を目にしたわたしは、これはちゃんと御神酒と一緒にいただくべきお料理であると、迷わず五日市の地酒“喜正”(野崎酒造)を注文した。

緑鮮やかな竹筒の徳利とお猪口で、趣き豊かに生酒の“喜正”をいただく。お重の中のひと皿に箸をつけてはまた一献と・・・、いうもいわれぬ至福の時・・・である。

向付・鱒と蒟蒻の刺身

生山葵(わさび)をきかせ蒟蒻(こんにゃく)の刺身をいただく。たった二切れだから、これがよい。山葵の花芽のサビが蒟蒻に合う。そして、これがまた冷えた生酒によくマッチするのである。口のなかにす〜っと爽快感が広がり見事である。

黒茶屋名物・勾玉豆腐

それから前菜で特筆すべきは“黒茶屋”名物の“勾玉(まがたま)豆腐”である。これは一度いただくと癖になりそうと表現するのが最も適切であろう。家内が以前にいただいた際にこの勾玉豆腐をいたく気に入り、わたしにも奨めたかったのだそうだ・・・。「そんならもっと早く、連れて来なさいよ」なんてひと言、嫌味も言いたくなろうってものですわなぁ・・・。


この勾玉豆腐は豆腐の様にして豆腐にあらず。と云うのも、カシューナッツをすりつぶしたパウダーと生クリームを混ぜたもので、大豆は一切使用していないというのだから、見かけは豆腐状でも豆腐ではないのである。


だから味も“寄せ豆腐”などよりもより濃厚でクリーミーなのは当然である。でもしつこくなく、上にかけられたジュレと馴染みがよく本当にお薦めの一品である。“勾玉”の名はもちろん上に飾られたカシューナッツの形に由来している。

百合根栂ノ尾煮桜風味

また“百合根栂尾煮桜風味”というのも、百合根をすりつぶした桜餅感覚の季節感たっぷりの一品で、味はちょっと甘めだがしつこくなくおいしかった。

きのこ汁
山女魚の唐揚

当日の魚料理は山女魚の唐揚げを求めた。1617cmほどの大きさであったが、頭からかぶりついたが骨もまったく気にならず完食。そこで口を開こうとしたわたしに向かい、家内がひと言。「揚げ方が上手ね。家ではこうはいかないのよね」と、こちらの心中を見透かしたようにピシャリとお断りの先手を打たれたものである。

筍の田舎煮

筍の田舎煮もさすがに旬。柔らかくて味も上品で、また山椒の味が効いておいしい。

じゃがいも大葉焼き・タラの芽・コシアブラの天ぷら

揚げ物はタラの芽はもちろんだが、コシアブラが旨いと感じた。仲居さんも、最近はコシアブラの方が好きというお客さんが増えたと云っていたので、タラの芽は最近どこでも出るので、みんな飽きが来ているということだろうか。


そんなこんなで、“黒茶屋”でのゆったりとしたお昼もおしまいとなった。

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縁側からは新緑のまぶしい竹林が・・・

そして縁側へ出て、春の陽射しが差し込む美しい新緑の竹林や若葉鮮やかな楓を観賞した。

黒茶屋の竹林

風の音だけが聴こえる静寂の渓谷・・・、新緑のこぼれる竹林のなかで心豊かな昼餉の時間を過ごすことが出来た。


その後、腹ごなしも兼ねて黒茶屋からの小道を下ると、ものの数分で秋川渓谷のなかでも景勝地として名高い岩瀬峡に至る。

岩瀬峡へ下る小道に山吹が咲き乱れる
岩瀬峡の清流
清流の流れる岩瀬峡

その澄みきった清流に一羽の鴨が水の流れに抗するように上流へ上流へと泳いでいた。

水流に抗い泳ぐ鴨一羽

自然のなかに身を置きながら、独り、黙々と、時に瀬に上り憩いながらも、また水流に抗うようにしてすすんでゆく姿になぜか目頭が熱くなった。やはりそれは年のせいなのだろうか・・・。

黒茶屋の前庭に三つ葉躑躅とまばゆい新緑が
中門脇にある豊富な流水で廻る水車

そんな感傷は別として、是非、一度、緑豊かな秋川渓谷へ足を運ばれ、水車の廻る“黒茶屋”で食事をされたらよい。この“黒茶屋”という世界にはほんとうにゆったりとした心落ち着く時が流れているのだから・・・。

大河ドラマ“平清盛”京都をゆく=長講堂

大河ドラマ“平清盛” 京都を行く=平等寺(因幡堂・因幡薬師)
大河ドラマ“平清盛” 京都を行く=六波羅蜜寺(ろくはらみつじ) 
下京区富小路六条本塩竈町

長講堂
長講堂表門

長講堂は大河ドラマで松田翔太演じる雅仁親王、後の“後白河法皇”が寿永2(1183)、当時、西洞院六条にあった仙洞(せんとう)御所内に建立した持仏堂で、正式には法華長講弥陀三昧堂と呼ばれている。その地において度々火災に見舞われたが、天正6(1578)、豊臣秀吉により現在の場所へと移転させられた。

仙洞御所・南池の州浜と八橋
現在の仙洞御所・南池の州浜と中島の奥に八ツ橋

また現在の仙洞御所は、京都御苑内、京都御所南東に接するようにして位置しているが、当時の仙洞御所(退位した天皇の在所の呼称)は現在地より西方の西洞院通六条にあったことになる。


さて、長講堂のご本尊は仏師・院尊(1120-1198)の手になる定朝様式の阿弥陀三尊(重文・1184年作)で、法皇が信仰心篤く祀った念持仏である。


中尊として約180cmほどの阿弥陀如来像が坐られ、左脇侍として観音菩薩像、右脇侍として勢至菩薩像が侍る。この阿弥陀三尊が長講堂の御本尊であり、重要文化財に指定されている。


そして法皇が崩御された建久3(1192)、その菩提を弔い御真影を安置するために御影堂が建立されたが、現在はそこに毎年413日の法皇忌にのみ公開される後白河法皇坐像が安置されている。 


今回は特別公開ということで本堂および御影堂内にも入室が許され、阿弥陀三尊像や後白河法皇坐像、さらに、平清盛や源義経ほか様々な人物の名が記された「過去現在牒(かこげんざいちょう)」や「後白河法皇御真影(ごしんえい)(複製)など貴重な寺宝を拝観することができた。 

御影堂
五本の定規筋が入る築地塀内に御影堂

御影堂内ではほんの鼻の先に法皇様がおられ、松田翔太も年を取るとこんな感じになるのだろうかとちょっと不敬であるが想像などしたところである。法皇は“今様”つまり流行歌を大変愛されたというが、いまご健在であれば“I love you〜♪I need you〜♪”な〜んてAKB48なんかも唄っちゃったりするのかなぁと興味津々で坐像の可愛らしい口元を見たものでした・・・。

長講堂本堂と右手御影堂
本堂と右塀内に御影堂

そんななかで格別に興味を惹かれたのが、「過去現在牒」であった。後白河法皇が自分とそれまで関わりを持った人物の名をそれこそ順不同で思い浮かぶまま書き連ねたものである。


こうした落書き様の覚書をしたためている法皇の孤独な姿を脳裡に浮かべた時、書付けをするその瞬間はただのひとりの老人に戻って、自身の来し方行く末に郷愁とも哀愁ともつかぬ思いを馳せていたのではないかと思ったのである。


権力闘争や権謀術数の日々に明け暮れ、愛憎錯綜した波乱の人生も何のことはない、一瞬のうたかたの夢であった・・・そんなことを考えながらぼんやりと思いつくままに、もう彼岸に渡ってしまった人どもの名を記していった・・・


その達筆とはとても言えぬ字や行頭のそろわぬ書きぶり、さらに不規則な行間の空白などは、その時の法皇の諸行無常の心情がすぐそこに見えるように思えたのである。


長講堂の瓦に六條の六が彫られている
六條の”六”の字が瓦の軒に

そして、平清盛や忠盛、源為義などの書き連ねた横の方に祇王や祇女といった白拍子の名前が記されているなど、法皇を取り巻いた多彩で雑多な人物群像にも思いが至り、興味は本当に尽きなかった。


その一方で、習字など得意でないわたしでももう少しましな字が書けるのではと思わせる、そんな奔放なまでの無邪気さとともに大きな懐をもった人物であったからこそ、あのように武家社会の確立時期に源義経をたぶらかし、老獪な頼朝との間に確執を生ませ、源氏滅亡の道筋をつけ得たのだと感じ入った次第でもある。


流山の京料理“かねき”はホンモノの職人の味!!

西麻布 京料理「かねき」においでやす
流山市流山5-19-4
04-7158-0068


かねき玄関
祇園の紋章・つなぎ団子の提灯のさがる”流山かねき本店”

春の一日、流山の京料理“かねき”を訪ねた。


西麻布“かねき”のオーナーでもある渡辺昭一郎氏からかねて流山本店にも一度足を運ぶようにとのお誘いがあり、寒もゆるんだ卯月朔日、ようやく実現の運びとなった。

当日は渡辺氏がサプライズを用意してくれていた。

江戸川土手を彩る菜の花
江戸川土手沿いを彩る菜の花

“かねき”のすぐ傍を流れる江戸川土手に今を盛りと咲き誇る菜の花をお店へ向かう途中に立ち寄ってくれ、目の保養をさせてくれたのである。

江戸川土手の菜の花
満艦飾の菜の花も今年が見おさめか

この黄色満艦飾の素晴らしい景観もおそらく今年が最後ということで、是非一見をということであった。地元の方がせっせとここまでの景観づくりに励んで来られたとのことだったが、近年、モグラが多数繁殖し、堤の脆弱化をもたらしているとのことで種蒔きを今年から禁じられたとの由。治水の問題から致し方ないことなのかも知れぬが、何とも味気ない話である。


甘い香りを漂わせる菜の花堤をあとにし、これも“かねき”至近にある“一茶双樹記念館”(流山市流山六丁目670-1)を同行の俳人たちと見学し、おもてなしの準備整った流山“かねき”へと勇躍向かうこととなった。

一茶双樹記念館
一茶双樹記念館
母屋の風情
母屋縁側にて一茶生誕地である信州信濃町の蕎麦茶をいただきました

流山“かねき”の渡辺氏はこの江戸川沿いのお店の四代目ということで、同じように古くからこの川沿いで営む数軒の料理屋のなかで海魚を扱っていたのがこの“かねき”一軒だけだったという。他は川魚料理の専門店とのことである。

流山かねき本店とお迎えいただいた渡辺昭一郎氏
京料理”かねき流山本店”と出迎えてくれた渡辺昭一郎氏

さて祇園の紋章、つなぎ団子の提灯がさがる玄関から広々とした店内へ初めて足を踏み入れたわたしの目に飛び込んで来たのが、美しい白木のカウンターである。当日、われわれが京料理“かねき”を堪能しつくした現場(げんじょう)である。

広い店内
広い店内と白木の美しいカウンター

当日は卯月朔日ということで、はるばる京から取り寄せた筍が当日のひとつの目玉であったが、筍尽くしというのも芸がないとの渡辺氏のもてなし心で、琵琶湖の本もろこをはじめ “かねき”の京料理の神髄を惜しげもなく披歴してくれたのである。

京の筍、見事でした
京より旬を運んできた筍
本モロコを炙る渡辺昭一郎氏
琵琶湖産の本モロコを焼く渡辺氏

その京料理をいただきながら、やはり職人の技というものは嘘をつかぬ。本物の料理はやはり掛け値なく美しく、旨いということをあらためて知らされた次第である。

筍添えの一品
旬尽くしの一品がうれしい

そして旨い料理に遊び心はつきもので、徳利でお酌をと渡辺氏が一献、献じようとした際、徳利がおいしい日本酒の滴とともにうぐいすの谷渡りのような鳴き声を発したのである。

うぐいすの鳴き声がする徳利
遊び心をくすぐる”うぐいす徳利”・粋でない人がお酌するとうぐいすが鳴かぬとか・・・

その粋な計らいに感じ入り、この後はみんなで和気あいあいのお酌合戦が繰り広げられたのは、当然の成り行きであった。

先づけのすっぽん入り茶碗蒸し
スッポン入りの茶碗蒸し
お造り
お造りにも筍がさり気なく添えられる
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筍・わらびの天麩羅
春の装い
旬の彩り
煮こごり
煮こごり

一品、一品、丁寧に手の入った料理とそれを肴にクイクイいってしまう日本酒にわたしの心は“とろりんちょ”と、どこかで聞いたようなイイ気持ちになり、流山の春の酔い、もとい、宵もしずかに更けていったのである。

春にふさわしい瑞々しいデザートの一品

そして忘れてならぬのが、春をよそおう瑞々しいデザートが春の宴のラストシーンを飾ったことを・・・危ない危ない・・・せっかく写真を撮ったんだったっけ・・・

原発必要論者も大飯原発再稼働はNO!

それでも、原子力発電は推進すべき(2011.5.7)
浜岡原発・全面停止要請で菅直人・政治家失格の烙印(2011.5.7)

わたしは昨年5月の段階で「
それでも、原子力発電は推進すべき」との考えを表明した。

「当面、発電電力量の電源構成で26%(2007年)を占める原子力発電の既存設備の稼働を続けるべきである。  理由は一次エネルギーの自給率がわずかに4%という脆弱なエネルギー安全保障の現実を踏まえると、わが国の自主独立・経済基盤の安定を担保するうえでは、原料の供給安定性に優れる(=自国資源と看做してよい)原子力に、現状、依存するしかないということである」というのが、原発必要論の結論であった。

そして、その考えは今もって変わらぬ。

ただ、既存原発の稼働継続・再稼働の大前提として、

それを国民に理解してもらうには、当然、設備の安全性を総点検し、今次福島第一原発事故の原因の徹底解明とその防止策(フォールトトレラント)の多重化・多様化の手当てが十分になされることが必要である。さらにこれまでの原子力推進政策のなかで意図的に議論されてこなかった問題についても詳らかにし、新規再生可能エネルギー技術の実用化可能性をにらみながら、新設も含めた原発の有効性について国民的議論が早急になされ、結論を求めるべきである。」とした。

わたしはその中で、それまであまり語られてこなかった原発発電コストの実態を試算し、原発の発電コストの優位性がこれまでマヤカシであったことを具体的事例として掲げた。また原発是非論を議論する際には、核燃料サイクル、老朽原発の廃炉、放射性廃棄物の最終処理、原発に代替すべき再生可能エネルギーの電力の品質、エネルギー安全保障の視点、温室効果ガス排出削減に資する電源構成等、多元連立方程式の最適解を導く必要があることに言及した。

いま、関西電力の大飯(おおい)原発(福井県おおい町)34号機の再稼働について政府は、夏場の電力需給ひっ迫を錦の御旗いや脅し文句として、拙速な再稼働を強引に実現しようとしている。

野田首相および枝野経済産業大臣は舌先三寸で原発再稼働に向け地元、関係者、国民の理解を粘り強く求めてゆくとしているが、やっていることは、ゴールデンウィーク明けにも再稼働したい(現状は原発ゼロの状況が発生することに枝野大臣が言及した)と、思考停止の再稼働路線を突っ走っているのが実態である。枝野大臣の再稼働に対する一連のブレ発言がこの政府の原発に対する腰の定まらぬその場凌ぎの姿勢を如実に物語っていると言ってよい。

福島第一原発事故から11カ月が経った今日、未だ福島県双葉郡の現場では昼夜を問わぬ給水冷却など現場作業員の健康を度外視した献身的努力でプリミティブな事故対応が続けられている。

福島第一原発の原子炉内の状況がほとんど明らかにならぬまま、事故原因の究明が進まぬのは当たり前である。そして事故原因が不明なまま、今後の安全対策の構築などどだい無理な相談だということなど素人でも分かることである。

当初、民主党がこの41日から発足させたいとして来た原子力安全・保安院、原子力安全委員会などを統合した原子力規制庁も、いまだその設置法案の国会提出段階でモタモタするなど、今後の安全対策を構築する組織自体が設立されていないという信じられぬ状況なのである。

そうした早急にやるべき最低限のこともやらずして、しかも将来のエネルギービジョンも提示されない政治対応のなかで、電力量の不足それも関西電力の言い値だけに耳を傾け、いま大飯を再稼働せず原発ゼロにすれば、「経済と生活がどうなるかを考えておかなければ、日本がある意味で集団自殺をするようなことになってしまうのではないか」(仙谷由人政調会長代行・名古屋市での16日発言)などと言い放つ輩(やから)まで出て来ることなど言語道断、不埒千万、恥を知れと言いたい。

こうした恫喝的、道理なき再稼働では、やはり原発は怖いもの、悪いものという思いだけが国民の心に刻み込まれてゆくのみである。

資源に乏しいわが国において冷静かつ緻密な原子力の平和利用の議論なくして、この過酷な原発事故を乗り越えての原発再稼働の話は、そもそも成り立たぬはずである。それはあまりにも当然な国民の常識、感情である。

今回のような無理筋の再稼働実施は、原子力の平和利用が日本から駆逐されぬまでも、原発に重い負い目を感じながら今後のエネルギー戦略を推し進めてゆかざるを得なくなることに思いを致さねばならぬ。原罪を負ったようなエネルギー戦略が国家の正当性をもった安定基盤になりようはずはないのである。

ある意味、ここがわが国のエネルギー戦略の切所ともいえる。ここで原子力について包み隠さずその必要コストやこれまでの安全基準のいい加減さ、放射性廃棄物の処分問題などにつきオープンな議論を行なうべきである。その一方で環境に優しいという再生可能エネルギーのわが国における実用性についても十分議論を尽くすべきである。

そして国の自立に深く関わるエネルギー安全保障についての議論も含め、経済、外交といった幅広いフィールドにも目を凝らした国民的合意形成が求められるのである。

そこで初めて原発を再開するか否かの決断をすべきである。

その間は、温暖化対策とは逆行することになるが、現状の政治の体たらくでは5年になるのか10年になるのか分からぬが、GTCC(ガスタービン・コンバインドサイクル)発電や重油火力発電、石炭火力発電で、現在の電源構成で26%をも占める原子力発電の穴埋めをしてゆくしかないのだと考える。発電設備の新設が必要となるので、償却費用などもちろん発電コストが一挙に電力料金に上積みされることになる。

その結果、当然、エネルギー自給率は急速に低下し、原油や天然ガス市況に翻弄される経済性においてボラティリティーの極めて高い電力を使わざるを得ない、つまり国際競争力で劣後する製造業に甘んじるということになる。

このように原発再稼働・脱原発依存にはまさに国民の深い理解と峻烈な覚悟が求められるのである。

だからこそ、素っ裸になって原子力の平和利用について、各種電源の発電コスト、電力需給、温室効果ガス規制の行方など具体的数字を明示したうえで、冷静かつ緻密で、透明性を高めた議論が国民の前、白日の下で、堂々としかも迅速になされるべきなのである。

今日現在の盗人に防犯基準を作らせたかのような安全基準とはとても呼べぬ基準で、大飯原発再稼働をさせることは、“それでも、原子力発電は推進すべき”というわたしでも断じて許すことの出来ぬ所業なのである。

値段は裏馬場・料理は代官山の“炎としゃぼん”=高田馬場グルメ

半文居(はんぶんこ)ーー銀座グルメ編
豊島区高田3-10-24 第二大島ビル1F

03-6380-2566


炎としゃぼん
炎としゃぼん

いまや伝説の店となった銀座三丁目の「半分居(はんぶんこ)」を営んでいた長谷川圭さんがその料理の腕をふるう店が高田馬場にある。JR高田馬場より歩いて5分ほど、通称、裏馬場と呼ばれる神田川沿いの地にお店は立っている。

伝説となった銀座三丁目・半分居と長谷川圭氏
高田馬場駅と早稲田通
早稲田通りと高田馬場駅

その名を“炎としゃぼん”という。

裏馬場・神田川沿いにある”炎としゃぼん”

和の料理人と洋のシェフがそろい和の静寂と洋の躍動を上品に融和させた料理・メニュー造りが見事である。



  
柱に飾られる”炎”と”しゃぼん”
DSCF7306
ゆったりとした空間にカウンター席とテーブル席が・・・

開店当初に一度伺った時には、その和洋融和がまだ不十分でどこかチグハグさを感じさせられたものだが、ほぼ一年ぶりに訪ねて見たところ、“裏馬場”という語感が発するイメージとは対極にある洗練された落ち着きをもった紳士淑女のディナー料理へと進化していた。

新鮮な海の幸
”和”をイメージさせた新鮮な海の幸と生山葵

値段は“裏馬場”、料理は“代官山”と、お得感満載の“炎としゃぼん”である。

洋の料理
”洋”のあしらい
色々な調理で飽きさせぬ牡蠣料理
豊富な牡蠣料理
牡蠣料理

また、左党のわたしにとって、“炎としゃぼん”の日本酒とワインへのこだわりが嬉しい。当日、薦められたワインはワインへの薀蓄も語れぬ自分でも、供された料理にとてもマッチした舌触りで素直においしいと言えるものであった。

シャンパン
シャンパン
スープ仕立ての白味魚
スープ仕立ての白身魚

高田馬場はわたしにとってほとんど土地勘のない場所である。しかし、こうした素敵な大人の店ができたことで、これから少しずつ表馬場、裏馬場の良さを発掘出来ていけたらいいなと感じている。 

椎茸と和布の見事な和のアンサンブル
椎茸と和布のしゃぶしゃぶ、これはシンプルだが、これぞ”和”の逸品!!
上品な味付けの肉料理
品の良いお肉料理

実際に当日、ご一緒した先輩はもう“炎としゃぼん”を再訪されたというではないか。ブログアップをひと月近くも、もたもたしている内にさっさと先を越され、歯ぎしりしきりの彦左である。

いつしか賑わう店内
いつしか賑わうカウンター

そして次回は“和”を中心としたメニューも愉しんでみたいと考えているところである。

国家公務員新規採用56%削減の閣議決定という恥ずべき愚行

野田内閣が3日、国家公務員の2013年度新規採用人員を政権交代前の09年度(8511人)に比べ56%減の3780人を上限とする方針を閣議決定した。

その閣議前の行政改革実行本部(本部長・首相)では、野田佳彦首相が「大変厳しい決断だったが、行革は不断の努力しかない」と述べる一方、従前より岡田副総理(行改担当)は新規採用数について全体で7割以上の削減を主張していたという。


そうしたなか、結果的には刑務官や海上保安官など削減が治安不安につながる懸念が大きい省庁の大臣らの抵抗もあって「56%削減」ということで決着したとのことである。6割という大幅な新規採用カットである。若者の社会参加の機会を政府自らが率先して奪う閣議決定である。 


笑止である!誠に以って笑止である。


政権交代前より6割も削減したのだと胸を張っている野田内閣の姿。 


これを笑止と云わずして、世に笑止というものが存在するであろうか。

岡田行革担当副総理が7割以上の削減を当初、主張したというのも、今の若者の就職難、加えて非正規雇用の増加など将来に夢を描けない暗い世相を考えると、この政府は度し難いほどに短絡的であり、国家感、経済の本質を理解せぬ虚仮の集団であると断じざるを得ない。


行政改革に国民が求めるのは、無駄の削減、効率的な行政サービスの提供、公務員の親方日の丸的体質の抜本的改善など、民間企業であれば常識であることを、普通にやって欲しいということである。


財政赤字が巨大化して、このままでは日本国債の価格はギリシャのように暴落してしまうというのであれば、一般企業のようにまずは自らのリストラをメリハリをつけてやるのが筋である。


議員定数の削減、議員歳費カット、国家公務員の人件費カットなどは、民間企業で云えば、役員数の削減、役員報酬カット、従業員給与のカットそして従業員数の削減にあたることで、財務体質改善でまずやるべき策のイロハである。


そして、従業員数の削減は最初にやるのは給与の高い50歳代の者から希望退職者を募り、企業の事業継続の観点からなるべく新人の新規採用数の減少は避けるというのが、一般的常識である。もちろん、民間も景気の好不況で採用数の増減はあるが、こうした6割削減といった事態は、大赤字で抜本的体質改善をはからねばならぬ、または倒産の危機に直面している企業であれば、いくつも過去例があるが、その場合は、前述の役員数や役員報酬の削減や希望退職者の募集などあらゆるリストラ策との合わせ技でやっているのであって、企業の将来を担う若手にリストラのしわ寄せを一方的に行なう企業などない。


当たり前のことだが、今いる従業員だけが生き残って、企業自体の将来が無になる選択肢などないからである。当然過ぎて、こんなことを民間でいちいち説明することなどあり得ない。


そんな国家の将来を任す若者たちの社会参加を閉ざして、公務員人件費の2割削減を達成しようと実績を積み上げているところだとしたら、本当にこの民主党政府は大馬鹿野郎である。


いや、本当に原発事故対応や昨今の増税議論のドタバタを見ていると、国家の将来ビジョンなき“その場その場内閣”というほかない。


国家公務員人件費の2割削減は連合および自治労との本腰を入れた勝負なくして、達成などあり得ぬことは素人にだって分かる。


それを避けに避けて、文句も云えぬ就職希望者の採用数を56%削減する政治など、あまりに姑息で、卑怯このうえなく、若者の範垂れなどととても云えぬ大人、指導者の醜くも愚かな姿である。

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