彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

September 2011

落ち込んだときには、岡本太郎絶賛の“万治の石仏”にお参りしてみたら

かねて一度は訪ねて見たいねと言いつつ、行けなかった“万治の石仏”にようやく会うことができた。「南無阿弥陀仏万治3111日願主明誉浄光・心誉廣春」と胴体向かって左下に刻まれていることから、万治3年(1660)に明誉浄光と心誉廣春二人の祈願によって造られたものであることが分かる。そこで、この石仏を「万治の石仏」と呼ぶようになり、この地に「下諏訪町字石仏」という地籍を残すなど、この石仏が庶民に慕われ、祈願の対象として大切にされてきたことがうかがわれる。

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石仏は、諏訪大社春宮から徒歩3分のところにある。


春宮・国重要文化財・幣拝殿

境内でお参りしてから、春宮の脇を流れる砥川の中州にある浮島神社を抜け、朱塗りの橋を渡ってすぐに“万治の石仏”は鎮座していた。

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一見して、圧倒的な存在感である。そして不思議だけれど、どこか懐かしい温かみをもった石仏であった。


岡本太郎揮毫の石碑

奇才岡本太郎が絶賛したというが、これだけの石仏である。岡本太郎でなくとも、一度、見たら、このどこか愛嬌のある石仏である、誰しも、大好きになるのは請けあいである。


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どこか愛嬌を感じさせるお顔・・・

すこし気分が落ち込んだときとか、ちょっとさみしいなぁと思ったときなど、お顔を拝見に行ってみたらいかがであろうか。


“万治の石仏“さんに会いに来た人はみんな、石仏の周りを時計回りに3回廻って、各々の願い事をしていた(案内板にそう書いてあった)。



3回廻って、願い事・・・

もちろん、わたしも3回廻って、万治さんのメタボな胴体にそっと手で触れ、「家族が健康でありますように」、そして「大震災の被害にあわれた方々に早く穏やかな日々が訪れますように」とお願いしました。

 


横顔
横顔
後ろ姿

蓼科湖畔に移転した手作りソーセージのお店、ザ・ババリアン・ペーター・タテシナ

“ザ・ババリアン・ペーター・タテシナ”に春が来た〜!!=蓼科グルメ 31(2014.4.30)
ザ・ババリアン・ペーター タテシナ―――グルメ蓼科編?
(2006.8.10)

すっかり蓼科名物と化した手造りソーセージのお店、“ババリアン・ペーター”が7月からビーナスラインを駆け上り、蓼科湖畔に新築移転した。むか〜し、平屋のスーパーがあった場所の隣地である。手造りソーセージやベーコンなどの味がこれまでと同じであることは言うまでもない・・・か。



ザ・ババリアン・ペーター・タテシナ

芹が沢にあった以前の店は木造りのお伽噺に出て来るような小さなものであったが、今度の店は堂々たる二階建てのログハウスであり、駐車場も広い。

二階建てログハウスのお店
メルヘンチックな入口

当然のことながら店内は広くなり、蓼科湖側にテラスも設けられている。ビーナスラインと湖畔の土手までがペーターの土地ということで、広い庭には豚やクマのオブジェやガーデン・テーブルがゆったりと置かれ、遠景には八ヶ岳連峰の峰々を見やることができる。

ザ・ババリアン・ペーターのテラスから八ヶ岳連峰を
テラスから蓼科湖の湖畔道と遠くに八ヶ岳の峰々が・・・、庭に豚のオブジェ!

その広い庭で以前のようにランチが食べられれば言うことないのだが、オーナーの坂本さんは「食事サービスはやはり大変!」とのことで、湖畔の風が通り抜けるテラスでペーター特製のジェラートやコーヒーをいただき、蓼科の贅沢な時間を過ごすのも一興。


テラスでジェラートを・・・、お洒落だね!

当日は駐車場の車が少なかったので、お客はあまり入っていないのかと店内に足を踏み入れたところ、ショーケースから奥まで人、人、人。「えっ!」と思ったところ、何のことはない、蓼科湖を観光に来たお客が、湖側からテラスへ上り、お店に入っているのである。


なるほど、商売は立地が第一というが、まさにその通りだと納得した次第。

ペーターの店内

おいしいババリアン・ペーターのベーコンやソーセージ、骨付きスモーク・チキン・・・、それにスモーク・ビーフジャーキ・・・、ザワークラフト、う〜ん、まだおいしいのがあったけど・・・、そんなこんなが広く知れ渡ることは、“ペーター”ファンとしてはまことに喜ばしい限りである。

2011年蓼科の秋=車山高原は爽やか

2011年蓼科の秋、本番=プール平・大滝(2011.9.26)
蓼科の秋、見つけた!=白駒池・横谷渓谷の紅葉の見ごろ(2010.10.18)
2010年、御射鹿(みしゃか)池の紅葉、見頃は10月23日(2010.10.18)

大滝のプチ・ハイクを終えて、下諏訪の“万治の石仏”を拝みにいく予定だったが、あまりに空が澄んでいたので、急遽、車山肩へ上ることにした。

秋のビーナスライン車山高原
これから秋本番のビーナスライン

ビーナスラインを昇る途中で、富士見台の展望所に寄った。

八ヶ岳と遠くに富士山
クリックして拡大して下さい。中央にちょこっと富士山が映っているのです・・・

富士山大好きの家内へのサービスである。写真では八ヶ岳の右奥、雲の上にちょこんと映っているのがお目当ての富士山だが、実際にはもっと大きくはっきりと見えた。


大概は雲や霞で富士山が見えることは少ないのだが、この日はよく見えた。八ヶ岳の稜線もくっきりと見え、まさに秋冷の大気に蓼科が覆われていることを実感した好日であった。 

蓼科山とコロボックル
蓼科山と車山測候所。手前の屋根が山小屋”コロボックル”

いつものコロボックルに寄る前に、車山肩の散策道を簡単に上って、頂上から八島湿原、北アルプス、中央アルプスと見事な大パノラマを満喫した。

車山肩から中央アルプス
右に八島湿原、遠くに北アルプス
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遠くに中央アルプス
中央アルプスグラデーション
稜線のグラデーション

車山高原のなだらかな稜線のうえには秋の雲がのんびりと気持ちよさそうに漂っていた。

秋の車山肩から


秋の蓼科、これからが本番である。蓼科の道中に、原村の田園風景も秋本番を教えてくれる・・・

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原村の稲刈りと秋の田園

2011年蓼科の秋、本番=プール平・大滝

今年の残暑は厳しかった。

 

お彼岸の中日、お墓参りを午前中にすませ、爽やかな秋を探しに、一路、蓼科を目指した。三連休とお彼岸が重なり、車の出が思った以上に多い。中央高速も藤野インターまで20kmほど渋滞と、久しぶりのノロノロ運転。

 

でも、急ぐ旅でもなし、のんびりと安全運転。当日の天気は雲が多く、秋の陽射しの恵みはない。雨が降らないだけラッキーと思わなければいけない。

 

蓼科に着くと、そこは肌寒さを通り越して、寒ッ! 温度計を見れば、気温は14度。つい2、3日前の30度を超える真夏日にくたびれ果てた老体には殊のほか厳しい秋冷である。ストーブとホットカーペットを点け、何のことはない、暖をとる始末。

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明けて翌日の24日、打って変わって蓼科は絶好の行楽日和。外気温もわずかに肌寒いが程よい爽やかさ。家内にお握りを用意してもらい、娘と3人で近くの大滝にプチ・ハイキングへ出かけた。

 

大滝へゆくのは初めてで、家内の知人から気軽に行けるマイナス・イオン100%の絶好の癒しスポットだと紹介された。

 

プール平の蓼科温泉共同浴場から徒歩約10分という近さに、苔に覆われた原生林や美しい渓流と水量豊富な滝が残っていたとは、正直、ビックリした。


大滝から流れる水量豊富な滝の湯川
原生林
苔に覆われた原生林
水苔

大滝の滝つぼ脇に東屋風の休憩処があった。そこで、早速、お握りと卵焼きと当家ご贔屓の伊藤ハムのポールウインナーをパクパクした。

 


滝つぼに落ち込む瀑布の音がたった3人だけの渓谷に木霊する。
大きな音なのに、逆にこの原生林の静寂が際立つから不思議である。

蓼科大滝

心の奥に散り積もった都会の塵埃がいつしか頭上の爽やかな秋空に放散されてゆくのがわかった。

大滝頭上の秋空


そしていつしか心の中に「優しさ」という秋の“贈り物”がそっと置かれていることに気づいた・・・


原発事故補償問題=東電、「何様?」のつもり

復興増税=国会議員、「何様?」のつもり(2011.9.19)
「電気料金値上げは事業者の権利」発言=もはや民事再生法適用しかない東電(2011.12.22)



(復興増税=国会議員、「何様?」のつもり)から続く

第二に、今月12日から受け付けを始めた東電の原発事故にかかる損害賠償である。福島第一原発事故で避難を強いられた人などおよそ14万人を対象に賠償基準が書かれた説明書や請求書を発送したという。

その請求書の記載が複雑で細かく、領収書の原本を貼付しろ、今回の賠償項目の請求は今回限り(後日、思い出しても請求できず)などと、えらく七面倒くさいことこの上ないと、被災者の方々に憤懣の声が上がっているという。

TVで分厚い請求書を見たぐらいだが、そもそも東電という会社は何様のつもりなのだろうか。


東電は自己の保有する原発の事故により、広範囲の一般住民の生活を根こそぎ奪った加害者のはずである。


損害請求を受けるに際し、文書に領収書の原本を添付しろだの、請求は一回限りだのと注文をつけ、それも「払ってやる」と上から目線でふんぞり返る加害者が、どこの国にいるのだろうか。


原発事故発生を境に広範囲にわたる周辺住民は放射能汚染をさけるため、家を捨て、仕事を捨て、場合によっては家族離散という過酷な避難生活を強いられている。


明日の生活をどうするか、その切羽詰まった状況を東電の経営者以下は、どのように考え、心を痛めているのだろうか。


加害者たる東電の従業員は原発事故によって、給与カット5%、賞与カット50%で、年収ベースで2割程度の削減を行なったという。


片や被害者たる周辺住民は、家を奪われ、職を失い、すべてを失った人々が多数いる。


賞与半額といった次元ではなく、そもそも拠って立つ生活の基盤、共同体そのものを原発事故によって奪われているのである。


加害者には半減とは云え賞与まで出て、社宅も従来通り完備している。

被害者は家を追われ、職を捨てさせられ、家族バラバラの生活。


やはり、どう考えても、これって、おかしいだろう!!


加害者が自宅や社宅を出て、被害者の不便解消のために、一定期間、供出するぐらいの思いがあってもおかしくないはず。そういった思いだけでもあれば、今回の「保険金不正受給防止」のためのような、性悪説に凝り固まった賠償金請求の様式など作るはずがない。


加害者たる自覚を欠いた「何様」の所業であると、断じざるを得ない。


東電職員が被害者の避難先を周って、対面方式で謝罪しながら、具体的賠償について事を進めてゆくのが、筋と云うものだろう。


そもそも加害者が賠償金を支払うに自らの事務負担の効率化を追求したり、害を与えた相手の資質を疑う資格などないのである。


「疑う前に誠意」


これが常識ある世の中の在り様というものである。

復興増税=国会議員、「何様?」のつもり

原発事故補償問題=東電、「何様?」のつもり(2011.9.19)

東日本大震災の復旧・復興にかかる第3次補正予算策定に向け、その復興財源としての増税議論が本格化してきている。


その一方で、福島第一原発事故で被った損害につき、仮払いでない本格的な補償請求の第一弾が始まった。

両方とも、被災者や被害者の生活再建にとって一刻を争う問題であり、その決着がつくことは健全な日常の再生へ向けた第一歩であることは論を俟たない。

ただ、その両方の議論や具体的手続きを見ていると、双方にある共通点があるのが分かり、苛立ちと怒りを覚えずにいられない。

第一に復興財源の増税議論である。


そもそも民主党は、政治の無駄を省き、それを主たる財源として、子ども手当や農業の個別所得補償、高校授業料無償化、高速道路無料化など総額16.8兆円の諸施策を行なうとして政権奪取を果たした。公務員改革や議員定数の削減や公共事業の見直しなど無駄を徹底的に省き、併せて租税特別措置の見直しなど公平な税制への転換(2.7兆円を捻出)で、財源は手当されるとしていた。


新政策の実施に増税や赤字国債の増発などは必要ないとしていたのである。

国民は政治の無駄、行革についてかねがねその徹底化が不十分であると思っていた。そうしたところに、民主党に政権を任せてくれれば、それを実現すると云うので、民主党に政権運営を任せたのである。大半の国民は耳触りのよい目玉政策の方より、無駄の排除、行革の徹底の実現に夢を重ね、民主党に貴重な一票を投じたのである。

そこで、3.11の大震災の被災である。東日本とくに岩手、宮城、福島三県の被害は甚大である。19兆円におよぶといわれる復旧・復興にかかる巨額の資金。その必要性や迅速な対処が必要なことを国民は十分、理解している。それが遅すぎることに怒っている。一刻でも早く、被災した方々の生活再建がなるよう切に願っている。

ただ、その財源として、増税により11兆円ともいわれる巨額資金を賄おうと一直線に議論をまとめあげようとしていることに、この政府は何を思い違いしているのかと、言いたいのである。財務省の影がちらつく・・・、政治主導の名前が聞いて呆れる。

「民主党の政権政策マニフェスト」の「政策各論」の「7.国会議員の定数を削減する」において、「衆議院の比例定数を80削減する。参議院については選挙制度の抜本的改革の中で、衆議院に準じて削減する」と、明確に書いている。

マニフェストに謳う政策実施に要する16.8兆円の財源の一つに資金を、公務員改革や補助金行政の見直し等行革による7.2兆円、国会議員の定数削減や予算査定の厳格化による0.6兆円が充てられるとしている。

国民が最も求めていた政治の無駄、行政の無駄は本質的次元では手つかずの状態である。

そんな詐欺的政治のなかで、今次大震災の復興財源ではどうしても増税が必要だという。巨額な義援金を行なっている国民だから、増税も止む無しと覚悟していると永田町の先生方は嘯(ウソブ)いている。

トンデモナイ!!! 誰が増税なんか、快くお受けするもんかい!!

大災害が来たのだからみんなで負担しよう。急な想定外の支出だから、増税をお願いしたい?

冗談じゃない! まずは、やることやって、それから国民負担を求めるのが筋ではないのか。端(ハナ)から増税、それも10兆円規模の金額・・・。

そもそも順序が逆だということが、この国民目線に立つと云って憚らぬ民主党政権は分かっていない。

まずは「隗(カイ)より始めよ」である。「国会議員の定数削減」を実現すべきである。自分たちが血を流して痛みを知って初めて、国民に痛みを分かち合って欲しいと訴えかける資格が生じるというものである。

米国議院の議員定数は上院100・下院435の計535名である。対して日本は参議院242・衆議院480の計722名である。米国の人口は3875万人(20104月米国国勢局)、日本が12806万人(201010月国勢調査速報値)である。

人口百万人当りの国会議員数(両院合計)は米国の1.733人に対し日本は5.638人と、わが国が米国の3.3倍もの議員数を抱える状態である。また、自治体の数は米国が50州、日本が47都道府県でほぼ同数である。

仮に人口比の議員定数を米国並みとして、わが国の衆参議員定数を試算してみると、衆議院は180名、参議院は42名の合計222名となり、現在の722名に対し、500名の議員数の削減が可能となる。

何ともびっくりするような数字である。

これを議員歳費の削減効果という視点で見てみる。現在の直接の議員歳費(月給与+ボーナス+文書通信交通滞在費+立法事務費)は年間で4,1756千円である。これに公設秘書2名、政策秘書1名分まで、秘書を雇えば手当が支出される。因みにその3名を雇うとすれば、さらに2,200万円が上積みとなり、合計では年間6,37561千円もの広義の議員歳費がかかっていることになる。

この歳費500名分の年間削減額は319億円となり、奇しくも現在の政党助成金(2005年国勢調査ベース人口×国民一人頭250万円)の金額3194000万円と同額となる。

助成金分を議員数の削減で賄うぐらいは、まず、国会議員自らの痛みと努力でやったらよい。

そうして見て初めて、国民は自らも公の負担、大災害の痛みを公平に負担しようという思いになるのである。

比例がどうの、小選挙区がどうのと御託ばかりをならべ国民に約束したマニフェストに謳う「定数削減(衆議院80名・参議院はそれに準ずる)」実現の動きはこれまで皆無である。

そもそも、国会議員という人々は、何様のつもりなのだろうか。

国会議員は選挙で選ばれたのだから、特権を許された「選民」であるなどと勘違いしているのではなかろうか。「国民の代表」とは、国政に国民の声を反映させるための代理人に過ぎないことを知るべきである。

「増税の前に定数削減」

これが常識ある世の中の在り様というものである。

2011年・中秋の名月はみごとな、まんまる

今年の中秋(旧暦815日)は、昨日の912日であった。TVのニュースで今夜の名月はよく見えますというので、家内にせっつかれながら、早速、二階のベランダに出た。もちろん、カメラを携えて・・・


例年であれば初秋の夜風が頬に心地好かったと書くところだろうが、今年は30度を越した昼間の暑気がまだ空気中に残っているのだろう、どこかむっとしていて爽やかとは言い難い中秋の夜である。



月の暈が見事に撮れていますね〜

しかし大きな真ん丸のお月さまが夜空にしずかに輝いているのを見ているうちに、そんな蒸し暑さもどこかとおくに飛んでいってしまった。


ほんとに・・・まんまる・・・のお月さま・・・

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中秋の名月です・・・イヨッ!!

まんまる・・・まんまる・・・


肉眼では月のうさぎにもお会いできたのだが、写真になると光度の関係なのだろう、陰影がなくなり、ごらんのように・・・、まんまる・・・ みごとなまんまる・・・!!

きれいなお月さまでした・・・

家内が写真をチェックして、「うさぎさんは?」だって・・・


こっちは一生懸命に手ぶれを気にしながら撮っただけに、褒めてもらいたいベストショットと思ったところ、月の痘痕(アバタ)面が見たいんだそうな・・・


女ってやつは・・・


まんまる・・・まんまる・・・だけで、いいじゃないね〜

 

 

 

 

 

 

鉢呂経産大臣「死のまち」発言と意図的な一部大手メディアの報道

国会議事堂


「取り囲む記者団の一人に防災服の袖をなすりつけるようにして『放射能をうつしてやる』などと語った」ことについては、この報道がその通りだとすれば、これは原発を所管する担当大臣の発言として、即、『レッドカード』である。政治家いや日本人として、そもそも発すべき言葉ではない。野田佳彦首相が語る国民の心に寄り添う、国民目線の「どじょう政治」とは対極に位置する発言である。

 

民主党の政治家たちはどうしてこの手の『国民の心に寄り添わぬ』言葉を次から次へと繰り出すのだろう。政権を担っているという緊張感や重責感が見事なまでに微塵も感じられないのである。

 

鉢呂吉雄経産大臣も「放射能をうつしてやる」発言に関しては、それ相応の重い責任を取らねばならぬ。

 

この「うつす」発言の前に、大手メディアで大きく伝えられたのが、同じ鉢呂大臣の「死のまち」発言である。

 

この発言は鉢呂経済産業大臣が、野田佳彦首相に同行した98日の福島県視察について、9日の閣議後の記者会見でなされたものだが、一部大手紙はその「死のまち」という表現について、「原発事故やその後の対応で政府の責任が問われる中、担当閣僚自身が周辺地域を「死のまち」と表現したことは波紋を呼びそうだ」(99日付読売新聞)、「「残念ながら周辺市町村の市街地は人っ子一人いない『死の町』だった」と語った。「死の町」との表現に配慮を欠くとの批判も出そうだ」(同日付産経新聞)と、不適切であり今後問題となるとの見方を伝えた。

 

鉢呂大臣の「死のまち」発言の詳細は次の通りである。

 

「東京電力福島第一原子力発電所事故の(略)現場は、まだ高濃度で汚染されていた。(中略)大変厳しい状況が続いている。福島の汚染が、私ども経産省の原点ととらえ、そこから出発すべきだ。事故現場の作業員や管理している人たちは予想以上に前向きで、明るく活力を持って取り組んでいる。3月、4月に入った人もいたが、雲泥の差だと話していた。残念ながら、周辺町村の市街地は、人っ子ひとりいない、まさに死のまちという形だった。私からももちろんだが、野田首相から、「福島の再生なくして、日本の元気な再生はない」と。これを第一の柱に、野田内閣としてやっていくということを、至るところでお話をした」

 

この発言を、前後の話の流れのなかで素直に耳を傾ければ、「死のまち」という語感は少々きついものの、「原発事故現場は事故発生当時の極限状態と比べれば雲泥の差で落ち着いてきているが、原発周辺の町の方は、残念ながら依然として、荒涼として悲惨な状態のままである」と、原発事故の悲惨さを目に映ったまま正直に語ったものだと云える。

 

表現がややストレート過ぎたのかも知れぬが、「うつす」発言とは異なるもので、不見識とか不誠実というのとは別次元の話だと云ってよい。

 

「死のまち」発言について一部メディアが大騒ぎするのに慌てたのか、台風豪雨被災地を視察中だった野田首相が、自分が任命した大臣の釈明も聞かずに、記者団に対し「不穏当な発言だ。経産相には謝罪して訂正してほしい」と述べたのも首相としての見識を疑うところである。

 

またその発言を受けた鉢呂大臣が謝罪、撤回したのも、自分の発した言葉にあまりにも責任を負わぬ、言葉が命のはずの政治家としての適性を著しく欠くものであると断じるしかない。

 

そして、この謝罪撤回に追い込んだ読売新聞などが、「鉢呂経産相「死のまち」発言を撤回、陳謝」との見出しで次のように報じたのも、あまりに意図的であると、メディアの報道姿勢として問題が大きいと指摘せざるを得ないのである。

 

即ち、「『被災地の皆さんに誤解を与える表現だったと真摯に反省し、表現を撤回し、深く陳謝申し上げる』と述べ、発言を撤回した」と報じたのである。鉢呂大臣は発言を撤回したのではなく、表現を撤回した、すなわち、伝えるべき事実を撤回するのではなく、表現が不適切であったので表現のあり方を撤回すると云っている。

 

だから、本来であれば、「表現を撤回するのであれば、今度はその町の様子をどう表現するのか」と、聞き返し、大臣が伝えたかった事実を報じればよいのではなかったのか。

 

どうも言葉狩りと言おうか、揚げ足取りと言おうか、メディアの意図的報道のあり方にも、いまの政治を混乱させる原因があるように思える。

 

鬼の首を取るのには大きな勇気がいる。しかし、いまの政治家、民主党政権は怖ろしい鬼にはほど遠い、大衆のご機嫌をとるのに汲々とする小心者の集まりである。大臣を辞めさせればメディアの勲章、勝ちであるとばかりに、意図的な報道、表現を駆使するメディアの方こそ、社会の木鐸などちゃんちゃらおかしい、国民を愚弄する獅子身中の虫であると言わざるを得ない。

 

メディアも政治も、どっちもこっちも、国民軽視も甚だしい、権力をもてあそぶ輩(ヤカラ)であると、非力で醒めきった国民は嘯(ウソブ)くぐらいしか能がないのが、正直、切ないところである。

 

ヤレ、ヤレ、本当に困ったものだ・・・

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