彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

September 2009

白いたい焼き=「藤屋」5

冷えてもおいしい、白いたいやき (・◇・)ゞ 見〜つけた

たいやき本舗 藤屋

営業時間:10:00〜19:00

八王子店:八王子市追分町 7-9 (042-623-0063)

昭島店:昭島市拝島町 2-15-22 (042-545-0018)

 今日、家内の知人が珍しい、「たいやき」を持参してくれた。冷えていてもモチモチでおいしいたいやきである。話によると皮はもち米にタピオカを混ぜているのではないかという。もち米だけだと、冷えると皮は硬くなるじゃないのとのご託宣・・。

白いたいやき(黒あん)

白いたいやき

たいやき揃い踏み

たいやきクンのそろい踏み

 晩酌の途中であったが両刀遣いのわたしはパックリと黒あんの白いたいやきクンを口にした。なるほど、しっとりとしたモチモチ感で、餡子も甘すぎず適度で、上品。「あったかくても、冷たくてもおいしい藤屋のたい焼き」と、パンフレットにある謳い文句は掛け値なしに、その通りの味である。


餡子もタップリ!
餡子タップリで、甘党の頬はゆるみっぱなし!!

豆乳クリームがおいしい
豆乳クリーム入りのピンクのたい焼き(150円) ⇒ これ、絶品 (゚∀゚)アヒャヒャ

抹茶たいやき(抹茶あん)
抹茶たい焼き(150円)

 こんな珍しいたい焼きは初めて、なので、急きょ、いろいろUPしなければならぬことがあるのに、味に興奮して、皆さんにご紹介している。

 おいしいものは、みんなでシェア!これ、幸せの大原則!!

 何しろ、なくなったら店じまいということで、本当になくなるのだそうです。是非、早めに一度お試しを!どうしても必要な場合は電話で予約するのが確実とのことです。

 白いたいやき:黒あん・白あん・カスタード  140円

 チョコたいあき:チョコクリーム 140円

 抹茶たいやき:抹茶あん 150円

 生キャラメルたいやき:生キャラメルクリーム 150円

 黒ゴマたいやき:黒ゴマあん 150円

 豆乳たいやき(豆乳クリーム) 150円

 

 ふっくら モチモチのたい焼きはお宝だと思いま〜す!!

鳩山政治の真価が問われる国際公約=温室効果ガス25%削減5

 

 鳩山由紀夫首相が国連気候変動サミットで、世界の90カ国以上の首脳を前に、2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比25%削減することを表明した。

 

そしてその発言に対して、フランスのサルコジ大統領が「新たな日本政府による約束を称賛したい」、潘基文(バン・ギムン)国連事務総長が「加盟国から大変好意的に受け止められている」と発言したことや、米国のゴア元副大統領が「鳩山首相の演説には感銘を受けた。とても意欲的な削減だ」など、敬意と称賛の言葉が寄せられた。

 

2020年と言えば残すところわずか10年である。こうした感想が国際政治へのデビュー間もない鳩山首相への単なる外交辞令であると考えるべきではない。また逆に、国際舞台で久々に脚光を浴びたと単純に喜ぶべき話しでもない。

 

要は国際社会への25%削減公約の意味するところは、今後の日本社会のあり方、日本という国が国際社会でどういう立場に立つのかを決定づける極めて重要な一里塚と捉えるべきだということなのである。

 

今回の国際社会への公約は、「世界のすべての主要国による、公平かつ実効性のある国際枠組みの構築が不可欠で、すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意を前提とする」と釘を刺しはした。しかし、冒頭に紹介した国際的な評価は、その数値目標が、途方もない重みを持ったものであり、国際公約に反した時には政権が吹っ飛ぶほどの重みを持った発言であることの裏返しともとれるのである。

 

そこで、そうした重み、25%削減とはどのようなマグニチュードを持ったものかを実感するために、まず数字で確認をしてみたい。

 

この430日に環境省より温室効果ガス排出量の2007年度の確定値が発表された。それによれば、わが国の温室効果ガスの総排出量(CO換算)は、137400万トンである。鳩山首相が25%削減を明言した対比年度である1990年度の排出量は126100万トンである。

 

鳩山首相の国際公約を数字で表すと、90年比25%削減目標とは、2007年実績からは42800万トン、31%の温室効果ガス排出量の削減し、総排出量を94600万トンにするということである。

 

その数字がどの程度のものかを知るために、温室効果ガス排出量の95%と大半を占め、部門別排出量が公表されている二酸化炭素の2007年度実績を見てみる。「工場等産業部門」の排出量が47100万トン、自動車・船舶等運輸部門が24900万トン、商業・サービス・事業所等業務その他部門が23600万トン、そしてわれわれ個人の家庭部門が18000万トンなどとなっている(2007年度CO排出量:13400万トン)。

 

 要は削減すべき排出量が、「産業部門」の9割の量に匹敵するという、とんでもない数字なのだということである。すでにわが国の産業部門の省エネ技術は世界に冠たるものであり、削減努力は世界一番であると言ってもよいのにである。また別の観点から見れば、われわれ家庭部門が排出する総量の2.4倍もの温室効果ガスをこれからの10年以内で削減することを、国民の十分な理解のないままに、鳩山首相は国際公約したとも言える。

 

 今回の国連気候変動サミットの発言を受けて、御手洗冨士夫経団連会長と日本商工会議所の岡村正会頭が「国際公約としての表明を厳しく受け止める」としながら、「全主要排出国の参加などの実現を求めたうえで、具体的な実行方法を国内に示して議論を深めてほしい」 、「米中の責任ある参加を強力に働きかけてほしい」、「環境と経済の両立に向けた道筋を示し国民的合意の形成を」と強く注文をつけたのも、その数字のマグニチュードが半端でないことを示している。

 

 その達成には、首相が言う「高い技術開発のポテンシャル」やCDM(クリーン開発メカニズム)や排出量取引などの京都メカニズムの活用を考慮しても、日本経済は言うに及ばずわたしたちの日常生活にもかつて経験したことのない大きな負荷がかかってくることは、自明である。

 

 やりようによっては、日本経済は大きく国際競争力を失い、日常生活も自動車の利用規制や電力・ガスの消費制限など、戦時中を思わせる統制経済が必要となるかも知れぬ。そうした内容を含んだ数字であることをまずわれわれ国民は十分に理解し、覚悟しておかねばならない。

 

 そのうえで、鳩山首相が演説の最後に「まだ見ぬ未来の子供たちのために」、「産業革命以来続いてきた社会構造を転換し、持続可能な社会をつくるということこそが、次の世代に対する責務である」と述べたことに、心から敬意を表すべきである。

 

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書は、科学的知見から「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガス濃度の観測された増加によってもたらされた可能性が非常に高い」ことを謳った。温暖化ストップ・温室効果ガス削減が人類の共通目的になったのである。

 

 さはさりながら、サルコジ仏大統領が鳩山演説を称賛したことも、排出権取引市場の主導権を持つEUの一員であることを知れば、大きな温暖化ビジネスへの生臭い触手が伸びていると評することもできる。

 

 温暖化防止、環境問題といえばクリーンなイメージで聞こえはいいが、各国の国益が真っ向から衝突するまさに新たな経済戦争であることも、われわれはよく理解しておかねばならない。そして、すでに二酸化炭素に価格がつき、各国間で取引が行われている事実もわれわれは知らねばならない。EUはそこに無から有を生むビッグビジネスを目論んでいることも知るべきである。

 

 民主党政府に代わって、この国はある意味、「新生」を実感する明るさが萌し始めている。そうした状況の中で、民主党政府はこの国際公約成就への道筋につき、産業界や国民に対して、真摯に具体的手順やこれから負うべき負担や制約等を納得のゆくまで説明する大きな責任がある。

 

 温暖化の問題、国際公約は当事者たる国民または産業界など国全体の理解と認識を共有することが必須である。そのためにも責任ある説明が必要であるし、鳩山政治の真価が、早速、問われる懸案となった。

 

 そしてこの問題は人任せで済む話ではないことをわれわれ自身が認識しなければならない。どんなに難しくとも、環境と成長が共生できる社会の在り方、人の生き方を日本人の叡智、いや人類の叡智を借りて探し当てなければならない。そうすることで初めて、この日本という国が国際社会で尊敬される国家として認知され、一段の高みに登ることができるのだと考える。

 

八ッ場(やんば)ダム建設中止の大きな意義5

いま報道で大きく取り上げられている八ッ場ダム建設中止の問題は、民主党マニフェストの「いの一番」に掲げられた「ムダづかいの根絶」のなかで「ムダづかい、不要不急な事業を根絶する」具体例として、川辺川と八ッ場ダムの中止が謳われている。そして、そのなかに言う「時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直す」という考え方に基づいたものである。

 

その点についてマニフェストの解説版とも言うべき「民主党政策集」の「国土交通」の項目のなか「大型公共事業の見直し」で、次のようにやや詳しく書かれているので、ここに紹介しておこう。

 

「川辺川ダム、八ッ場ダム建設を中止し、生活再建を支援します。そのため、『ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法(仮称)』の制定を目指し、国が行うダム事業を廃止した場合等には、特定地域について公共施設の整備や住民生活の利便性の向上および産業の振興に寄与する事業を行うことにより、当該地域の住民の生活の安定と福祉の向上を図ります。」

 

これを読む限り、ただ闇雲に事業を中止するのではなく、法的措置を講じ、関係する地域住民の生活の安定と福祉の向上、産業振興等についての手当を行なうことが明示されている。また923日に現地の群馬県長野原町のダム建設予定地を訪れ、大沢正明群馬県知事や地元町長らと意見交換を行なった前原誠司国土交通大臣は、現在建設中の付け替え道路や水没予定地域の住民向け代替居住地の整備については事業を継続すると言明した。

 

1952年にダム計画が公表されてから57年。地元住民の方々がダム建設という国策によりその人生を翻弄され、その是非の論議が地域社会はもとより、親戚、親子の間にまで修復不可能なまでの亀裂を生じさせたことは想像に難くない。そしてひとつの国策が個人の人生を大きく狂わせ、その混乱のなかで無念の死を迎えた方々がおられる事実の重みは大きい。その筆舌に尽くしがたいご苦労や苦痛、悔しさを、当事者でないわたしが計り知ることは難しいし、そのことを軽々に語ることは本来、許されぬことと考える。

 

しかし、以上のことを心に留めたうえで、やはり八ツ場ダム建設中止の意義についてはどうしても語っておかねばならぬと思う。

 

今回の総選挙結果について、当ブログ「民主党、政権交代=静かなる革命は成就するか?」で語ったが、そのなかでこれは民主的手段による「静かなる革命」であると言った。

 

つまり、今回の政権交代は明治国家以来、連綿と続いてきた官僚による実質的意思決定システムに基づく国家運営を、国民の代表たる政治家で構成される国会の意思決定で行なうという至極当り前の民主主義へと大転換させる革命であると断じたのである。そして「国民の国民による国民のため」というプリンシプルに基づく政治に大変革する緒にようやくついた、まだとば口にあるのだと論じた。

 

そう考えたとき、いまメディアを賑わせている八ッ場ダム建設中止の是非は、その革命の原理・原則である「国民の国民による国民のため」というプリンシプルに基づいているか否かで判断するのが本来の筋であると考えた次第である。

 

前原国土交通大臣はそれで十分なはずはないが、『ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法(仮称)』を整備したうえで、これまでの住民の計り知れぬ苦労や失われた時間、経済的損失の補償を行なうことを明言した。

 

全国にある不要不急、税金の無駄遣いの建設中の事業は八ッ場ダムだけではない。役所の合目的的な需要予測を前提とした「タメにする」公共事業あるいは時代的使命を終えたはずの公共事業がまだまだ存在していることは、自分の身近をちょっと見廻して見るだけでも明らかである。そうした時代背景のなか、われわれはいま、国民の手に政治を取り戻す静かなる革命のとば口に立っているのである。

 

政権交代という革命の目的は、主権者たる国民が政策意志決定に現実的に参加できる政治、つまり「国民の国民による国民のため」の政治の確立にある。これまでの半世紀、この国では実質的に一党独占政治が行なわれてきた。その強固な意思決定システムの大変革は容易なことではない。

 

八方が丸く収まる革命などなく、無血革命といえども、様々な不利益、不便が各方面に生じ、そこで人生の歯車が狂う人々も出て来よう。

 

しかし、われわれは今回の総選挙で初めて自らの意思、手で劇的な政権交代を果たし、この国のあり方を根底から変えて見ようと決めたのである。

 

そのためには、言葉を選ばずに乱暴に言えば、八ツ場ダム建設中止は大事の前の小事と考えるべきであるというのが、わたしが至った結論であるということである。国のあり方を根本的に変えるためには、「プリンシプル」、「原理・原則」に則って、ブレることなく、思うところを進めていかねばならない。殊にスタート当初は、ひとつの例外を作ることですべての改革をなし崩しにしてしまう危険性をわれわれ国民は臆病なまでに思慮しておかなければならないと思うのである。だからこそ革命の緒についたこの局面で、個別事情、人間的情愛において政策決定を行なうわけにはいかないのである。

 

以上がわたしが八ッ場ダムの建設中止はやむを得ぬと考えた理由であり、大きな意義があるとした所以である。


中天の満月に水上能「融」を愉しむ=パルテノン多摩5


能・「融(とおる)」 六条河原院の縁の地を歩く 壱

友枝昭世の第13回厳島観月能「紅葉狩」の夜

能・発祥の地、新熊野神社(いまくまのじんじゃ)を訪ねた

国宝の北能舞台(西本願寺)を拝観しました!


水上能を堪能=観世流「融」


 パルテノン多摩・きらめきの池に特設された能舞台で水上能が催された。
5日午後5時半開演に合わせて、観客が雲の流れのはやい天上の舞台を目指してぞくぞくとパルテノンの大階段を上ってゆく。
 

開演前の空、雲が速い
雲の流れがはやい

パルテノン多摩の水上能へ向かう観客
       天上の舞台を目指す観客         

開演前能舞台
きらめきの池に設営された能舞台

 

開演に先立ち、観世流能楽師の河村晴久氏が能の見方をわかりやすく解説してくれた。観世流では橋懸りから見て脇柱方向が東の方角と見立てるという。したがって月が東に昇る仕草はその方向に目をやるのだそうだ。そして時間とともに月の位置が変わる様を、徐々に右手に目をやることによって表現するという。そして幕口の方向に月が隠れることになる。当日は野外舞台である。実際の方位は反対であり、「本日は、実際には幕口の方向に月が昇ります」と、観客の笑いを誘った。

 

開演前の観客席観客席
日も落ち開演を待つ観客席

 

当日の演目・演者は以下のとおり。 

 

仕舞:「野宮」 河村晴道  「天鼓」林喜右衛門


 狂言:「狐塚」 シテ/太郎冠者 茂山正邦 
         アド/次郎冠者 茂山童司 

  アド/主人 松本薫


   能
:「融 舞返」 前シテ/汐汲の翁・後シテ/源融の霊 
                        河村晴久

             ワキ/宝生欣哉

             アイ/松本薫

          
                     笛/藤田六郎兵衛 小鼓/大倉源次郎
                     大鼓/助川治

           

          地謡 河村浩太郎 味方團 河村和晃 
  林喜右衛門 田茂井廣道 河村和重

 

 まだ明るい夕方、多摩丘陵の高処にあるパルテノン多摩。周辺の木々の緑も濃い。ニイニイ蝉がかしましい。宵の気配が迫ってくる頃、ツクツクボウシの鳴き声がまざってきた。南の空に宵の明星がひとつ明るく輝く。まだ、自然の野外装置は夏模様である。 

いよいよ開演
いよいよ開演である

南の空に宵の明星能舞台と望月

南空に宵の明星が輝く(左)・舞台頭上に望月が昇る(右)

 


 

 狂言が始まってしばらくした頃、ふと気づくと蝉の鳴き声は舞台から去り、秋の虫が一斉に涼やかな鳴き声をあげていた。きらめき池に設けられた能舞台は秋一色に染め上げられてきた。

 

 20分の休憩をはさみ、いよいよ、「融」の舞台が始まった。汐汲みの翁が登場し、ここ荒れ果てた六条河原の院が塩釜の浦に似せ造園されたとの謂れを語る頃、わたしの正面に雲ひとつ見えぬ夜空に満月が木の梢越しに昇って来た。水上能のみでなく、観月能も堪能することとなったのである。

 

望月

みごとな望月、これは観月能でもあった・・・


水面に映る舞台と樹影
水面に映る能舞台と緑の樹影

 

能舞台頭上の満月
公演終了後の舞台

 

 3時間におよぶ水上能。自然の季節感を実感しながら、河村晴久氏の早舞いと亀井広忠氏の打つ大鼓のカーンという音、裂帛の気合はまさにこの夜の圧巻であった。わたしはいつしか舞台に引き摺りこまれていた。晩夏と初秋のはざまのひと夜、蝉の声、コオロギの声、宵の明星、満月・・・、多摩丘陵で過ごした最高の夜でした。

民主党、政権交代=静かなる革命は成就するか?5

政権交代=静かなる革命は成就するか?

 

2009830日の第45回衆議院議員選挙において、鳩山由紀夫代表率いる民主党は公示前の115議席から193増の308議席を獲得する歴史的大勝を果たした。対する自民党は300議席から181減の119議席へと公示前の4割へとその勢力を減衰させた。

 

 日本の政治の勢力地図が過去にない劇的な転換を見せたのである。別の言い方をすれば、国民の手による静かなる革命と表現してもよい。

 

 過去、55年体制以降では、199389日に発足した細川内閣(退陣94428日・在任期間263日)が非自民政権として国政運営にあたったが、この政権は宮沢喜一内閣に対する不信任案に賛成票を投じた自民党造反組の羽田派が結成した新生党と武村正義グループの新党さきがけや細川護熙(もりひろ)率いる日本新党、さらに社会党、民社党、公明党など8つの政党、会派が連立を組んだ烏合の衆の非自民連立政権であった。しかも自民党は衆議院の第一党の地位にあった。ために、その後の政局運営は「ガラス細工の政権」と揶揄されたように多難に満ち、1年を経ずして退陣に追い込まれ、自民党が与党に返り咲いたのは周知のことである。

 

 それに対し、今回の民主党政権は参議院で過半数を押さえていない弱みはあるものの第一党の地位を占めており、二大政党制の確立を予想させる堂々たる本格政権と言える。特に98年からの新生民主党は政権交代を党是とし、二大政党政治の実現を目指した。その結党の夢が今回の総選挙によって実現を見たことになる。

 

 選挙後はそれまで以上に、マニフェストに掲げる子ども手当の創設や高速道路の無料化等その政策がばら撒きである、財源問題が不透明であるなどその実現性に関し様々な疑問の声があがっている。投票日翌日だったか、NHKの夜の各党討論会でも司会が岡田克也幹事長に対し政権担当能力への懐疑をぶつけた場面があった。そのとき岡田幹事長はまだ政権発足もしていない時点で、まだ国政運営の実際を見ることもなしに、そう言った質問をすること自体、「大変、失礼である」と不快感を露わにした。

 

 わたしも「無礼千万!」と、思ったものである。どうもこの国は何事につけ、性急な結論、結果を求め過ぎるきらいがあるようだ。そしてこの司会者は主権者たる国民が今回の総選挙で民主党に国政を託す選択をしたという重大な事実を軽視しているのではないかと、その見識を疑わざるを得なかった。

 

 国民は自らの意思により民主党に対しこれからの国政運営を託したのである。その意思の表われが308議席という歴史的数字による政権交代の実現なのである。そのことは、逆に、われわれ国民はその意思とそこからの結果に責任を持たねばならぬということを意味する。だからこそ、その意味において国民は与党となった民主党をゆっくりと育ててゆく寛恕の心を持つべきであり、成果を急かせぬ覚悟がわれわれに求められているとも言える。

 

 半世紀におよぶ一党支配の政治体制が、政治システムにとどまらず、日本社会の様々な組織や社会構造、意志決定のあり方などに硬直化や澱みそして癒着を生んできた。国民の意思を無視したそうした澱(おり)は、社会の仕組みの礎石に折敷き、長年の間に礎石の表面は汚泥に汚れ、ヌルヌルとし、その上に建つ社会構造の大黒柱がツルツル滑り、不安定な揺らぎを示していた。ここ数年、急速に進んだ社会格差や閉塞感といった負のエネルギーが、社会に充満していることは国民が、一番、よく実感していたはずである。そしてそうした状況を放置しつづけた自民党政治に憤りを覚えていたはずである。だからこそ、待ちに待った今回の総選挙において、一挙にその怒りを政権交代という形で爆発させたのである。

 

 この自明の理を民主党は忘れるべきではない。国民の意思を無視した政権は、今の小選挙区制度において、一日して簡単に与党の座から転げ落ちるという冷厳な事実を目の当たりにしたのだから。日本国民は決して愚かではなかったし、政治に無関心でもなかった。政治に対する積年の怒りを武力などという野蛮な手段ではなく、選挙という民主的手続きによって、政権交代という静かな革命の第一歩を成就させた良識ある国民であったと言える。

 

しかし、この静かなる革命を喜んでばかりはおられぬ。この革命の実質的な成否はまさに「これから」にあるからである。これからこの革命を真に国民のためにある、「正しき」方向に導くのは、実は、今回、政権交代を果たした与党民主党でもなく、ましてや細々、粗探しを行なう大手マスコミでもない。革命成就の成否は小選挙区の醍醐味を実感した、まごうことなき主権者たる国民自身の手の中にあることを知るべきである。民主党ではなく、国民が今回の政権交代を果たしたのである。その重要な歴史的事実をわれわれ自身が成したのであるということを決して忘れてはならない。

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