彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

April 2009

裁判員だったら推定無罪?=和歌山カレー事件死刑確定5

来月からスタートする裁判員制度で、もし自分が裁判員だったらと、この和歌山カレー事件の最高裁の上告棄却を聞いて急に恐ろしくなった。

 

 1998年に起こったこの事件は、当時、テレビ、新聞、雑誌などメディアの過激な報道合戦によって、林真須美被告の一挙手一投足が連日、テレビ画面や紙面を通じて国民の目に曝され、被告の水撒きといった印象的な行動が繰り返し放映されたりしたことから、逮捕前から心証は「真っ黒」であった。

 

しかし、刑事訴訟法第336条は「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない」と、いわゆる「無罪の推定」つまり裁判官側に立った「疑わしきは罰せず」を定めている。

 

今回の事件は殺人を犯したという林真須美被告につながる直接的物証がないことに加え、犯罪の動機が解明されぬまま一、二審そして最高裁まで争われた点で、「疑わしきは罰せず」という「刑事裁判の原則」がどう扱われ、最高裁がどう判断するのか、わたしは非常の関心を持ってこの日を待ったのである。

 

 そして21日、一・二審で死刑判決を受けていた林被告に対し、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は上告棄却を告げた。

 

 その判決主旨は、.レー鍋から検出されたものと同じ特徴のヒ素が林被告宅などから発見された、⇔喩鏐陲蓮頭髪から高濃度ヒ素が検出されており、ヒ素を扱ったと認められる、N喩鏐陲世韻ヒ素を入れる機会があり、カレー鍋のふたを開けるなど不審な行動をしていた等の「状況証拠」を挙げ、「被告が犯人であることは合理的な疑いを差し挟む余地がない程度に証明されている」として、林被告人の上告を棄却した。

 

これによって事件発生後約11年を経て、同被告の死刑が確定することとなった。

 

 また最高裁は、この事件の大きな疑問点であった無差別殺人の動機について「動機が解明されていないことは、被告が犯人であるという認定を左右しない」と一蹴、動機は解明されないままとなった。

 

 刑事裁判においては当然のことだが、挙証責任は検察側にある。ところが林被告の「無差別殺人」の「動機」は何かを証明できぬまま、無罪を終始主張し続けた(一審は黙秘)被告の極刑が確定したことになる。

 

 刑事訴訟法では「有罪の言渡をするには、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならない」(第335条)となっており、証拠については標目いわゆる証拠の目録・目次を示せばよいとされている。そのため最高裁は「これこれの証拠によって罪となすべき事実を認めた」、その理由を述べる必要がないことになる。

 

わたしが今回の最高裁の判断を理屈で理解できないのは、どうもその点にあるようである。被告を有罪しかも極刑に処するのに、被告の犯罪と決めつける直接の物的証拠がなく状況証拠だけで、しかも最も重要と思われる「犯罪動機」も解明されないままの判決である。

 

 実際に今回のような刑事事件の裁判員になったときの自分を想定した時、こうしたケースで法曹のプロはどう判断するのだろうかと固唾を飲んでいたのだが、何らわたしに解決のヒントを与えてくれはしなかった。

 

 心証はメディア報道のお陰で「真っ黒」であった。しかし10年余にわたる公判のなかで被告と犯罪を直接的に特定する物的証拠は提示されなかった。しかも動機も。そして判決主旨のなかで林被告が犯人であることに合理的疑いを挟む「余地がない程度に証明されている」と、「程度」という曖昧な単語を使用し、直接的につながる証拠がないことをいみじくも語っているのである。

 

 こういうケースは、まさに「疑わしきは罰せず」になるのではないのか。

しかし、メディア報道や被告の言動を思い出すと、限りなく「真っ黒」である。

 

それでは決断を迫られた時、どう裁いたらよいのか。「庶民の常識」でと言われても、こうした場合「死刑」という極刑判決を下すほどわたしは強靭な精神力と炯眼を持ち合わせていない。こんなことではわたしはとても裁判員として「人を裁く」資格、いや度胸などないと思ったのである。


 

検察庁の分かりづらい判断基準=大麻所持不起訴・中村雅俊長男の俳優俊太氏5

検察庁の分かりづらい判断基準

 

大麻所持不起訴・中村雅俊長男の俳優俊太氏

 

 大麻取締法第6章「罰則」の24条の2項に「大麻を、みだりに、所持し、譲り受け、又は譲り渡した者は、5年以下の懲役に処する」とあるように、大麻所持は重い犯罪である。

 

東京地検は14日、先に大麻取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕した俳優中村俊太(中村雅俊の長男)を不起訴(起訴猶予)とし釈放した。不起訴理由を地検は「初犯で所持量も微量だったため」とした。

 

今回の中村俊太氏の不起訴は、刑事訴訟法第248「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」、事件事務規定第72220号「起訴猶予 被疑事実が明白な場合において、被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないとき」に依拠している。

 

 わたしは「相撲界と芸能界、大麻事件にご都合主義のテレビ業界」(24日)で同じ大麻取締法違反(共同所持)容疑で現行犯逮捕・起訴された十両力士(当時)若麒麟の解雇処分に関連し、芸能界の大麻事件との比較においてメディアの対応の違い(芸能界に甘い)を批判した。

 

 そしてこの度は小沢代表の公設第一秘書の逮捕・起訴でも「?」が冠せられた検察庁の対応・公正さへの疑問である。

 

 若麒麟(鈴川真一)被告は逮捕・起訴され、中村俊太氏は逮捕・起訴猶予となったが、同じ大麻所持という行為に対して検察庁の対応の違いはなぜ起きるのか、そこがどうも釈然としないのである。

 

まず、事実関係を整理してみる。

若麒麟は相撲界というプロ、中村俊太も俳優というプロの世界に属する人間である。

年齢は、若麒麟が25才、中村は31才である。

若麒麟の逮捕時保有は5.69g、中村は0.03gである。

若麒麟は大麻吸引の常習性ありとの検察判断、中村は常習性についての言及なしである。

若麒麟の勾留期間は29日間、中村は11日間である。

両人とももちろん初犯である。

 

 

上の事実関係を比較してみて、「法の素人」には若麒麟がなぜ起訴され、中村俊太がなぜ起訴猶予となったのか、その理由がよくわからないのである。

被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」という起訴猶予となる要素について、客観的事実を材料に、素人なりに分析してみる。

 

まず被疑者の「性格」は分らぬが、両人とも法で禁じられた大麻に手を染める性格の弱さ、遵法精神の欠如は同様に指摘できる。

「年齢」は起訴猶予となった中村氏の方が31才と若麒麟より6才年上で、より分別はあるはずである。

「境遇」は中村俊太氏が芸能界でも有名な中村雅俊、五十嵐淳子夫妻の長男であり、世間一般的な基準での境遇はよい部類に入ると判断される。一方、若麒麟は兵庫県の飲食店経営の父親の息子であり、普通一般庶民の境遇であったと思われる。一概には言えないものの、「境遇」としては中村氏の方が恵まれていたといってよいのではなかろうか。

 

そして「犯罪の軽重及び情状」の点で、大麻保持量が大きく違うことである。常習性については、中村氏についてのその点の検察側からの情報が世上に出回っておらず(小沢代表秘書の逮捕・起訴ではなぜか色々と情報が漏れてきた)、客観的な判断はしにくい。ただ、中村氏の方が常習性について何ら言及されていないという点で、常習性がないのだという心証が形成されている。

 

こう見ると、本件に対する検察庁の対応の差異は、「年齢」や「境遇」においては中村氏の方が、罪に対する罰は重いと判断すべきだが、「犯罪の軽重及び情状」の点で、起訴・不起訴の対応が分かれたと推定される。

 

若麒麟の時は、逮捕は六本木のCD販売事務所での現行犯逮捕であり、その後、尾車部屋への家宅捜査が入った。中村俊太氏の場合は、逮捕は上高井戸の乗用車(外車)内での現行犯逮捕であったが、自宅などの家宅捜査がその後行われたとの報道はない(自宅に多量の大麻があれば「犯罪の軽重及び情状」は大きく変わるはず。なのに・・・、やった気配はない。なぜ?)。

 

若麒麟について13日、検察は論告で「大麻が少量ではなく、常習的な使用がうかがわれる。相撲界で問題化していたのに安易で無責任だ」とし、懲役10月を求刑した。判決は422日の予定である。

 

 一方の中村俊太について同じ検察はその翌日の14日、冒頭の「初犯で所持量も微量だったため」として起訴を猶予した。

 

 若麒麟と中村俊太の差は逮捕当時に所持していた「大麻の量」と「常習性」であるとしか見えぬ。片方は家宅捜査、もう片方はそれをやったとの報道がない。

そして本来は逮捕時の所持量ではなく、「常習性」の方が起訴・不起訴の判断基準で重きが置かれるはずである。

 

その点において中村氏の場合は「今回が初めての所持であった」というもっとも情状酌量の理由としやすい検察説明がないところを見ると(勾留中の取り調べだけでは)「常習性がない」とまでは言い切れなかったのではなかろうか。

 

そう考えて見れば、若麒麟に対する検察の論告の弁「大麻が少量ではなく、常習的な使用がうかがわれる。相撲界で問題化していたのに安易で無責任だ」を借りて中村俊太氏のケースを再現すれば、どうなるのか。

 

「大麻が量ではなく、常習的な使用がうかがわれるとまでは言えない。相撲界や芸能界を問わず社会で問題化していたのに安易で無責任だが、有名人である爽やかさで売った父たる中村雅俊が「人間として絶対に許されない。事の大きさを認識して生まれ変わってほしい」と涙の会見を行ない、父親が社長である事務所からも解雇し、俳優業も辞めさせる考えを父親が明らかにしたことを大きく考慮」して不起訴としたとなる。

 

太字のポップ体文字の部分がわたしの方で付け加えたものだが、若麒麟の懲役10月求刑と不起訴の差が、このポップ体の部分なのかと浅はかにも推測してみた。

 

当然、検察側には専門的な法律知識・表面に出ていない捜査情報があってこうした判断に至ったということなのだろうが、浅学非才の身のわたしには、今回の検察庁の捜査・取調べには、とことん納得がいかない。

 

 永田町を揺るがした民主党代表小沢一郎衆議院議員の公設第一秘書の「政治資金規正法違反(虚偽記載)」(5年以下の禁固又は100万円以下の罰金)容疑による逮捕・起訴も、これまでの同様の事件に比べて検察庁の判断及び対応は非常にわかりにくい。

 

裁判員制度がいよいよ521日から始まる。わたしも正直、あまり気は進まぬが、裁判員候補にあがれば国民の義務として当然、その責務を果たすつもりでいる。しかし、今回の事件の扱いひとつとっても憲法第14条で謳われている「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とする「法の下の平等」がどうも担保されていないように思われる。

 

こうした検察庁の判断基準の分かりにくさでは、素人のわたしには到底、裁判員の責務は果たせぬように思えて仕方がない。

 

有名人の子供だからといった「門地」が関係しているのかとも邪推したくもなる中村俊太氏の不起訴判断。野党第1党代表の公設秘書だからという「政治的関係」が背景にあるとしか思えぬ大久保秘書の逮捕・起訴。

 

「法の下に」、「差別されない」と謳う憲法第14条を持ち出すまでもないのだが、裁判員制度がスタートする直前のこの検察庁のプロとしての「判断」の分かりづらさ、不透明性がやけに気になるのである。

 

それは、裁判員制度をプロたる権力側の免罪符として巧妙に使われはしないだろうかという大きな疑念、不安がますます大きくなってきているからである。

「なしくずし派遣」は限界、体系的な法律論議を=ソマリア沖海自護衛艦派遣5

ソマリア沖海自護衛艦派遣=体系的な法律論議を

「なしくずし派遣」はもう限界!

 

ソマリア沖の海賊対策を目的として海上自衛隊護衛艦「さざなみ」「さみだれ」(両艦乗員約400人)の2隻が呉基地を出航(314日)してから早、一ヶ月が過ぎた。

 

護衛艦2隻は日本時間の330日にソマリア沖・アデン湾に到達すると、その夜から早速、日本関係船舶の護衛任務を開始。この2週間の間ですでに、3日と14日の2回、海賊と思われる不審船排除を行なったが、幸い今のところ武器を使用する深刻な事態にはおよんでいない。

 

414日から衆議院本会議においてようやく「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案」(通称「海賊対処法」)の本格審議に入った。その同じ頃に2回目の不審船排除が現地で行なわれていたことになる。

 

現在の海自護衛艦の派遣および護衛活動は「自衛隊法」6章「自衛隊の行動」第82条定める「海上における警備行動」を根拠としている。同条には「防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる」とある。

 

つまり日本関係船舶の海賊からの護衛を行なう為、自国領海内ではなく、アフリカ東海岸まで遠路はるばる海上自衛隊の護衛艦を派遣した根拠が、上記の第82条の「89文字」のみなのである。

 

その第6章「自衛隊の行動」及び第82条「海上における警備行動」の文脈のなかに、海上自衛隊の行動海域を世界の七つの海どこでも構わないのだと読み取ることはきわめて難しい。ましてや「専守防衛」を国是としてきたわが国自衛隊が、世界の公海上でドンパチやることなど眼光紙背に徹し何度読み直してみても、とてもそんなことができるとは理解できない。

 

また武器の使用については「海上における警備行動」の場合は、「海上保安庁法」や「警察官職務執行法」に定められた規定が準用されている。

 

派遣された護衛艦には、艦対艦ミサイル(90SSM・射程150km)や683連装短魚雷発射管(搭載魚雷射程515km)そして54口径127mm単装速射砲(射程2.4km)といった重火器が装備されている。そうした「軍艦」の武器使用を、例えば「警察官職務執行法」第7条にいう武器使用、すなわち「警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。但し、刑法第36(正当防衛)若しくは同法第37(緊急避難)に該当する場合(以下略)」という、いわゆる犯人に対するピストルの使用を想定した法律に準拠するとしている。

 

何が起こるか分からぬ遠く離れた公海上で、ピストルの使用基準あるいは、正当防衛か緊急避難を根拠として、護衛艦は54口径127mm単装速射砲を撃つのだろうか。これはどう考えても無理がある。「牛刀」を備えている自衛隊の(海上警備に係る)武器使用規定が、鉛筆を削る「小刀」を使う使用注意書きのような「警察官職務執行法」に依拠する「自衛隊法」の建付けに、やはり無理があると言わざるを得ない。

 

さらに海上保安庁法第202項の一において「船舶(海賊船)の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」場合も、「我が国の内水又は領海において現に(海賊行為を)行つていると認められることとなっている。

 

そうした出来合いの法律をつなぎ合わせた不具合、居心地の悪さみたいなものは、詰まるところ自衛隊は「軍隊」であるか否かというきわめて明々白々の事実から目を逸(そ)らしてきた政治の責任である。そして国を守るという至極当然の問題について「非武装中立」というお題目だけで善しとしてきた政治家、メディア、さらには国民をふくめたすべての怠慢である。

 

そして本来、自然権であるはずの「交戦権」すら認めないとしたわが国憲法(第92項)および理想主義に対する行過ぎた妄信が、国益が複雑に錯綜し、ぶつかり合う国際情勢のなかにおいて、ひとり赤子のような心理的、理念的無防備国家を作り出してきたと言える。

 

17日、政府はソマリア沖・アデン湾へのP3C哨戒機2機の派遣を決めた。同時に現地駐機場(隣国ジブチ国際空港)での警備が必要として陸上自衛隊の派遣も行なうと発表した。

 

「憲法」や「国防」、「自衛隊」の本質的議論を避けたままで、自衛隊と言う「軍隊」の海外派兵がなしくずしで、しかもあれよあれよという間に既成事実化していっている。

 

幾多の法律を駆使し、その細かな条文を錯綜させ、牽強付会(けんきょうふかい)の法的正当性を唱え、「思い込みの国際的要請」や議論と呼ぶにはあまりに浅薄な生煮えの「国益論」を根拠に、このソマリア沖の海賊対策の海自護衛艦派遣は行なわれた。

 

いま国会で審議されている「海賊対処法」は、現在の根拠法では対処できぬ「日本関係船舶」以外の「外国船舶(軍艦等外国政府保有のものは除く)」への警護も可能なものとなっている。そして武器使用規定も「停船命令に応じなければ船体射撃が可能」と大幅に緩和するなど、これまたズルズルと自衛隊による国外での初の武器使用への道を拓いて行こうとしている。

 

海賊対策として「海賊対処法」ひとつを採り上げれば、前述したように現実の海上警備を想定すると、実情に即した権限を自衛隊に与えねば安全な任務遂行は難しい、海賊対処法は現実的な法整備であると見える。

 

それだからこそ、非常に怖い話だと考えるのだ。対処法的な法律、それもミクロで見れば妥当に見える法律のツギハギだけで、国の骨格にかかる正面切った論議をしない。つまり「交戦権」「国防」「軍隊」「安全保障」といった核心の論議をせずして、「軍隊」の「国外」での運用が着々と既成事実として積み重ねられてゆく。そのことの怖さをわれわれは知らねばならないし、知っているはずである。

 

われわれの先達が先の大戦で本質的問題に正面から対峙(たいじ)せず、ひとつひとつは事情やむを得ぬとの「なしくずし的」既成事実の積み重ねにより結果として筆舌に尽くしがたい悲惨な体験をしたからである。

 

国民自身がこの国の「平和憲法」をもう一度、真摯に見つめ直し、交戦権まで認めぬ憲法を戴く覚悟は本当に出来ているのか。ミサイルを平気でぶっ放す「ならず者国家」がすぐ指呼の距離に存在する今、「平和憲法」の言う意味、われわれがそれを厳密な意味において遵守することは、理想のために愛する家族・恋人・親友たちの命を場合によっては無条件にならず者に差し出すことなのだという決死の覚悟を持ち、イザの場合にそう行動することなのだということを、本気でわが良心および国政の場において問うてみる時機が来たと考える。

 

そしてその覚悟に国民の合意を得るのであれば、その「必死の理想」、「理想に殉じる覚悟」を声高く国際社会に訴え、理想の旗を翩翻(へんぽん)と掲げ直せばよい。

また、逆に軍隊を国防のために保有するのであれば、実効的なシビリアン・コントロールのあり方、専守防衛や武力行使可能地域の定義等もっと徹底・厳密化した形での憲法改正議論をする必要がある。そして真の独立国として日米安全保障条約の見直しも併せて行わねばなるまい。

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後水尾上皇を巡る人物と建築物 2の7 ――修学院離宮・上御茶屋5

2の7 修学院離宮・上御茶屋・大刈込(おおかりこみ)

 

【大刈込】

 

後水尾上皇のこの離宮造営の真骨頂が「水」にこだわった「浴龍地」と「大刈込み」という構築物にあると言えば言い過ぎであろうか。

剪定された大刈込(堰堤上の並木の向うに浴龍池)

 

 

「水」に異様なこだわりを示す後水尾上皇は、この修学院の地において、比叡山山頂付近に源を発する音羽川(延長5.4km 高野川に合流)から分かれた谷川の水を堰き止め浴龍池と呼ばれるいわばダムを造ったが、そのダムの決壊を防ぐため周りには高さ15m、延幅200mにおよぶ大規模な土堰堤(えんてい)を築いた。

 

土壌を固めたうえに四段の石段を組み上げ強度を保たせたその法面(のりめん)は、針葉樹類(24種)、常緑濶葉樹類(1123種)と落葉樹類(1320種)の多種多様の樹木を植えた混ぜ垣で覆い隠し、無粋となりかねぬ堰堤の景観を「緑の大構築物」へと変貌させた。その構想や壮大であり周囲の「自然との共生」を目指したものと見える。下御茶屋から見上げても、その丘の上にまさか舟遊びの出来る宏大な池が広がっていようとは思いもつかない光景なのである。

大刈込の上の堤道と浴龍池

 

いかにも自然な丘に見えるのだから、その隠された趣向へのこだわりは常人の及ぶところではない。そして幡枝離宮(はたえだりきゅう=その上御茶屋の庭園が後の圓通寺の庭園である)という修学院離宮の前に上皇が営んだ洛北の山荘が庭園造営に不可欠の「水」という要素において大きな欠点を有していたことを思い起こすのである。

 

さらに比叡山を借景とする圓通寺の枯山水平庭にある4、50種類の樹木で造られた高さ1.6mの「混ぜ垣」のことに思いがゆくのである。

 

そうした意味でも後に拝観する「桂離宮」とはコンセプトにおいて本質的に異なっていると言える。

 

「大刈込の樹種」

(参照:「修学院離宮上之御庭大刈込の樹種」丹羽鼎三著)

 

1.針葉樹類(24種)

1.マツ科---杉・檜・樅 2.櫟(いちい)科---らかん槇

 

2.常緑濶葉樹類(1123種)

1.  モチノキ科---いぬつげ・くろがねもち・そよご・まめつげ・もちのき

2.  イバラ科---かなめもち

3.  ヒイラギ科---ぎんもくせい・ねずみもち・ひいらぎ

4.  ツバキ科---さかき・さざんか・もくこく

5.  ハヒノキ科---くろばひ

6.  スイカズラ科---さんごじゅ

7.  シャクナゲ科---しゃしゃんぼ・もちつつぢ

8.  クスノキ科---しろだも・やぶにくけい

9.  グミ科---つるぐみ・なわしろぐみ

10. キョウチクトウ科---ていかかづら

11. モクレン科---びなんかづら

 

3.落葉樹類(1320種)

1.  イバラ科---うらじろのき・かまつき・ざいふりぼく

2.  カエデ科---おおもみじ・こはうちはかえで

3.  キク科---こうやぼうき

4.  シャクナゲ科---かくみのすのき・こばのみつばつつぢ・なつはぜ

5.  ヘンルウダ科---からたち

6.  ユキノシタ科---こあじさい

7.  スイカズラ科---こつくばねうつぎ・やまうぐいすかぐら

8.  穀斗(かくと)科---こなら

9.  ニシキギ科---こまゆみ

10. ウコギ科---たかのつめ

11. クスノキ科---だんこうばい・やまかうばし

12. ミヅキ科---はないかだ

13. クマツヅラ科---むらさきしきぶ

 

後水尾上皇を巡る人物と建築物---2の6 にもどる

後水尾上皇を巡る人物と建築物---1 にもどる

【2の8につづく】

浴龍池

大刈込

後水尾上皇を巡る人物と建築物 2の6 ――修学院離宮・中御茶屋・客殿5

 

2の6 修学院離宮---中御茶屋・客殿

 

(後水尾上皇を巡る人物と建築物2の5―【楽只軒から】)

 

【客殿――霞棚】

 

楽只軒建立の10年後に養母である東福門院(16071678)が崩御されたが、その女院御所の奥対面所であった建物が当地へ移築されたものが客殿である。

 

楽只軒から東南に雁行し階段によりつながる入母屋造りの木賊葺(とくさぶき)の建物が客殿である。この二つの建築物は上皇薨去(1680年)後に内親王が落飾得度し、御所が林丘寺と改め、尼門跡寺院とされた際に、施入されたものである(離宮編入いついては「後水尾上皇を巡る人物と建築物4」参照)。

 

そこで客殿の入母屋造りの威風や室内の豪奢な装飾は、修学院離宮の他の建築物との比較において「周囲の自然との融合」という一点で明瞭な差異、違和感がある。京都御所にあった女院の建築物が移築されたためで、後水尾上皇の離宮構想とは大きく懸け離れた「造形美」をなしており、やはり修学院離宮によって追求された「美」・「精神世界」は「下・上の御茶屋(離宮)」をもって考えるべきである。

 

だからこの客殿の霞棚が桂離宮の桂棚とならび「天下の三棚」(他に醍醐寺三宝院の醍醐棚)と称され、離宮の代表のひとつに掲げられている現実には、後水尾上皇もさぞかし苦笑いしていることであろう。 

一の間格子襖

一の間格子模様の襖

 

まぁ、そうした堅い話は別として客殿の造作自体は単一の建築物として見れば、やはり女院御所の風格を汚さぬ重厚さを備えている。特に一の間の霞棚はその規模、霞のように棚引く違い棚の配置そして地袋に描かれた絵や羽子板形の引き手など心憎い名工の技が、そこかしこに散りばめられている。その意味では、上皇の御意志とは関係なく修学院離宮の目玉であることは認めざるを得ない。また杉戸に描かれた鯉の絵のどこか王朝の風合いをもったエピソードも面白い。宮内庁職員の話では「夜な夜なこの雌鯉が杉戸から逃げ出してどこかに夜遊びにゆくという。そこで逃げ出さぬようにこの鯉に網を掛けて逃げぬようにした」という。金色の網はかの円山応挙の手になるというが、鯉自体は作者不明であると言う。ただ、この網が洒落ていて注意深く目を凝らすと、真ん中に小さな破れ目が存在する。「あの裂け目から雌鯉は結局、毎夜逃げ出して恋人の雄鯉との逢瀬を重ね、そして杉戸には、だから・・幼い子鯉が描かれているでしょう」と、落ちがつくのである。宮内庁もそうそうお固いことばかり言うところではないようだ。これも雅(ミヤビ)というものか・・・。

霞棚地袋羽子板形引戸

霞棚地袋羽子板形引き戸

 

杉戸の雌鯉
杉戸の鯉

 

 

 

そこで宮内庁の方の説明にもない秘密のお話をここでひとつご披露することにしよう。

 

 朱宮御所の雌鯉が夜な夜な逢瀬を重ね子供までもうけた雄の鯉はいったいどこの何者なのだろうか?

 

 想いを寄せた雄の鯉は、修学院離宮を遠く南に下った山科の毘沙門堂(正しくは出雲寺)(京都市山科区安朱稲荷山町18)という歴とした門跡寺院にいらっしゃるのである。

 

 毘沙門堂は、春は枝垂れ桜、秋は紅葉が美しい隠れた名所であるが、宸殿に描かれたすべての襖絵(狩野益信作)がすべて「騙(だま)し絵」であることでも有名で、まだ見方が解明されていない絵も多くある(説明員の方の説明)遊び心いっぱいの寺院である。

 

 その遊び心いっぱいのお寺の宸殿内の衝立のなかに想われコイ!の雄鯉はひっそりと棲んでおられたのである。こちらはお一人?でした・・・。

 

 一見すれば、修学院離宮の雌鯉(作者不詳)と同一人物の手になる絵であることが分かる。杉戸の鯉とそっくりなのである。説明員の方に質問したところ、この衝立は何と後水尾上皇がお持込みになったということで、「杉戸の鯉」と対であるとのこと。何とも不思議な縁を感じたものである。

 

後水尾上皇を巡る人物と建築物---1にもどる

後水尾上皇を巡る人物と建築物---2の5にもどる】 

 

毘沙門堂

毘沙門堂本堂

 

宸殿
この宸殿の中に愛しい雄鯉がいらっしゃるのです

霞棚

天下の三棚---霞棚

後水尾上皇を巡る人物と建築物 2の5---修学院離宮・中御茶屋・楽只軒5

2の5 修学院離宮--中御茶屋(中離宮)の楽只軒(らくしけん)

  

【楽只軒(らくしけん)】


 中御茶屋の大きな表門(下の写真)を入り、中門を抜けるとまず楽只軒を拝観する。
 

中御茶屋表門

中御茶屋表門

 

 楽只軒は1668年に朱宮(あけのみや)第八皇女光子内親王のために造営された朱宮御所の最初の建築物である。

 御所といっても一の間と二の間から簡素な建物である。瓦葺の裳裾をつけた�達(こけら)葺き屋根という少々、変わった屋根をいただく建築物である。

 

 楽只軒扁額
扁額

 

 扁額の周囲やその奥に見える壁に残された煤跡はかつてここで護摩を焚き病気平癒を祈祷した際に、真黒になっていたものを近時、煤落しを行なって、ようやく当初の壁の色まで戻したという。

 

手前が一の間・奥が二の間(龍田川の紅葉の襖絵)

楽只軒一の間、二の間 


 室内もいたって簡素だが、そこは女性らしく6畳の一の間には狩野探信(探幽の子)の手になる淡い吉野山の桜が床の間に、二の間には龍田川の紅葉が襖絵に描かれ、寂寥とした室内にほのかな王朝時代の芳(かぐわ)しさをかもし出してもいる。

 一の間と二の間の間に「楽只軒の扁額」

壁が煤けた楽只軒扁額


「一の間」吉野山の桜が床の間と襖絵に

楽只軒吉野山の桜の絵

 南面して低い広縁をとり、前面に池を配した庭が広がっている。

 

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【2−6客殿につづく

 

 

小倉智昭、ハリセンボンの箕輪はるか「肺結核公表はおかしい」ぃ〜?5

小倉智昭、箕輪はるか「肺結核公表はおかしい」ぃ〜?

 

 

 47日のフジテレビ情報番組「とくダネ!」でメインキャスターの小倉智昭の発言にわたしは耳を疑った。

 

同キャスターは、女性お笑いコンビのハリセンボン(吉本興業東京本社所属)の箕輪はるか氏が肺結核に罹患し、入院した事実を公表したことに疑問を呈した。芸能人といえども個人情報保護法の観点から病気疾患について公表するのは行き過ぎではないかといった主旨のことをこのニュースを伝える冒頭においてかなり強い口調で語ったのである。

 

結核は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症予防法)」(平成1010月公布・最終改正平成206月)で危険性が高い順に一類から五類までに分類されたなかで、二番目の危険度の第二類感染症に分類されている。結核という病はそもそも「結核予防法」として別立てとなっていたものが、平成18年の「感染症予防法」の改正公布により翌年で廃止、同法に統合されている。

 

現に第一及び二類の政令で定めるものの疑似患者についても、それぞれ第一類感染症の患者又は二類感染症の患者とみなして、この法律の規定を適用するとなっていること自体を考慮すれば如何に第一、第二類感染症という病気が重篤な病であるかが窺える。

 

そうした感染症予防法で他に第二類に分類されているものを挙げれば、結核以外に「鳥インフルエンザ(H5N1型)」や「重症急性呼吸器症候群(SARS)」という恐ろしい伝染病が選定されている。そう思い至れば感染症の名前を聞くだけで、結核という過去の病と思っていた伝染病の重篤性は素人目にも高いものに見えてくるのである。

 

 そうした第二類感染症の結核についての認識が、天下の「とくダネ!」のキャスター小倉智昭氏においてあまりにも甘すぎるというのが、率直な思いなのである。というよりキャスターを業とする人間としては至極、不勉強極まりないと言いたいのである。

 

今回のケースを考えると、劇場やスタジオといった閉鎖性の高い空間で、しかも不特定多数の人間が移動しないなかで、空気感染する「結核」の細菌が浮遊していた状態が、ある一定時間続いたという特殊性を考慮せねばならない。飛沫感染(3ft以内)よりも広範囲で感染の可能性が高い空気感染(3ft以上)という状況が問題とされるところであり、感染病として問題視せねばならぬ所以であると言わねばならぬ。

 

因みに結核の罹患者は平成19年でも25,311人(h18.26,384人)もあり、平成19年の罹患率(1年間に発病した患者数を人口10万対率で表した数字)は19.8である。過去の数値で昭和40年の309.9、昭和50年の96.6からすれば大きく減少はしているが、依然、交通事故死亡者数を大きく上回り、直近の年間自殺者数の85%程度の人数にあるのである。決して無視できぬ数字であることは言うをまたない。

 

 当日のコメンテーターの東京大学名誉教授の方が「(公表をした)吉本興業の判断は迅速で適切であった」と、その対応を是とし評価していたので安心はしたが、何ともこの小倉智昭氏の「結核」についての不勉強ぶりは正直、目を覆いたくなるような映像というより惨状であった。キャスターと名乗って今後も仕事をされるのであれば、コンサートやオリンピック巡りばかりに時間を費やさず地道な勉強をしてもらいたいところである。

 

 それにしても第二類感染症でしかもその感染可能性(人気芸能人)の特殊性に思いを致せば、目を剥きしたり顔で「個人情報保護」の視点を重視した発言をするキャスターの「常識」を疑ってしまうのである。当日のスポーツ紙などが「結核パニック」と煽っていることを本来は「冷静な対応を」と諌めるべきであって、決して、したり顔して目を剥いて「個人情報保護」などと取ってつけたような理屈を振りかざすべきではないのである。

 

 小倉氏の言わんとする根拠は「感染症予防法」にいう(国民の責務)第4条「国民は、感染症に関する正しい知識を持ち、その予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、感染症の患者等の人権が損なわれることがないようにしなければならない」の後段部分であろうが、前段部分が欠落していれば後段の文言は何の意味をなさぬことを彼は知らねばならぬ。

 

 また、彼は第三章「感染症に関する情報の収集及び公表」の(情報の公表)第16

の「厚生労働大臣及び都道府県知事は、第十二条から前条までの規定により収集した感染症に関する情報について分析を行い、感染症の発生の状況、動向及び原因に関する情報並びに当該感染症の予防及び治療に必要な情報を新聞、放送、インターネットその他適切な方法により積極的に公表しなければならない。第2項 前項の情報を公表するに当たっては、個人情報の保護に留意しなければならない。」の第2項の「個人情報の保護」に意を用い過ぎたと思うしかないのである。

 

 改正前の「感染症予防法」では第16条「公表」についてはただ「厚生大臣及び都道府県知事は、第12条から前条までの規定により収集した感染症に関する情報について分析を行い、感染症の予防のための情報を積極的に公表しなければならない。2項 前項の情報を公表するに当たっては、個人情報の保護に留意しなければならない。」とある。「新聞、放送、インターネットその他適切な方法により」とあえて改正法においてメディアの重みを具体的手段として加えて述べているのである。

 

 その時代的重み、平衡感覚を知ってか知らずか、当の小倉氏はその日に冒頭の発言を行なったのである。

 

 こうした以上の意味においてわたしは小倉氏のメインキャスターとしての資質を問わざるを得ないと考えるのである。



学生野球の本分を示した長崎県立清峰高校5

野球特待生問題があぶり出す学校制度の矛盾と責められるべき対象(2007.3.31)

 清峰高校の教えてくれたもの(2006.4.6)

 

春の選抜高校野球で長崎県代表校として春夏あわせた大会で初めての優勝を果たした清峰高校は歴(れっき)とした公立高校である。

 

そして吉田洸二監督は 長崎県内からしか子供をとらないという「地元」にこだわるチーム造りで一貫して指導してきた。だから野球部員は地元である北松浦郡佐々町の子供を中心に、その近隣から入ってきた県内の生徒である。

 

ちなみに優勝投手である今村猛(たける)君のご実家(父・和彦氏)も九十九島漁協(佐世保市小佐々町・島内文夫組合長)の組合員で「今村水産」(北松浦郡小佐々町矢岳免13026)を経営、平成14年の水産製品品評会の「煮干類部門」で「長崎県信用漁業協同組合連合会長賞」を受賞しておられる。まさに甲子園の優勝投手は、清峰高校の地元で生まれ育った生粋の長崎っ子、いや北松(ほくしょう)の地元っ子である。【清峰高校は平成15年に校名変更をしている(旧校名は「県立北松南(ほくしょうみなみ)高校」】

 

さらに吉田洸二監督(39歳)も佐世保市出身で、地元の佐世保商業高校を卒業されており、まさに原産地証明付きの優勝劇であったとも言える。

 

今回の長崎県立清峰高校の甲子園での優勝は、2007年夏の佐賀県立佐賀北高校の優勝に続く公立高校の復権であり、野球特待生問題で揺れた学生野球のあり方に一石を投じたものである。野球部員の不祥事と言っては杓子定規な処分勧告を続け、お役所と化した高野連が万言を費やしても国民の胸にすとんと落ちぬ「アマチュアリズム」「学生野球の本分」を、九州の二つの県立高校の生徒たちが全国制覇という偉業を果たすことで、われわれに分らせてくれた。

 

ひと言で言えば「さわやか」である。「清新」である。

 

無欲の「若さ」が与える感動ほど、胸に訴えかけるものはないことをあらためて思い知らされた気がする。

 

そして郷里の子供たちが真っ黒の顔にキラキラと目を輝かせ、紫紺(春)と深紅(夏)の優勝旗を目指し方言丸出しで頑張っている。その飾らぬ無心のひたむきな姿を目にして、大人たちはかつてがむしゃらに夢を目指したことのあった自分を思い出し、ほんのちょっとぐいっと顔を上げて何かしらの勇気をもらうのである。

 

それは金に飽かして全国から実力選手を搔き集めて成し遂げる全国制覇の光景からは、決して受けとることの出来ぬ「勇気」である。

 

ありがとう、清峰高校の選手たち、そして吉田監督。勇気をくれてほんとうにありがとう!!



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