彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

June 2008

ころぼっくるひゅって=景観保護と自然の営み5

ころぼっくるひゅって

景観保護と自然の営み

 

 信州霧ケ峰高原の車山肩にある「ころぼっくるひゅって」はオーナーである手塚宗求(むねやす)氏が24歳のとき(1956年)に創立した山小屋である。

ころぼっくる途中風景

看板

玄関

 

 

 

 

 

 

 ころぼっくるへ     看板     ヒュッテ入口

 

 わたしは「ころぼっくる」のオープンテラスの一番先端に位置するテーブルに陣取って熱いココアを呑むのが好きである。その席に先客があるときなどは、後ろのテーブルでじっと空くのを待って、移動するのが常である。

 

 なぜなら、前面に視界を遮るもののないそのテーブルに肘をつき、眼前に展がるなだらかな草原にぼんやり目を投じるのがとても気持ちがよいからである。そして車山肩のなだらかな稜線の上空をゆったりと流れるさまざまな姿の雲を眺めるのが、何にもまして大好きだからである。

テラスより

カップと空

テラスと草原

 

 

 

 

 

 

 

草原テラスより   ココアと空    オープンテラス

 そして、この6月はレンゲ躑躅(つつじ)の満開を是非見ようと思い立ち、「ころぼっくる」を訪れた。事前に手塚氏に電話で模様を確認し意気込んで訪ねたのだが、花の心はやはり移り気で数日早すぎた。残念!(手塚氏から「一日の気温によって開花の時期は簡単にずれてしまうため、この日というのは難しい」と云われていた)

レンゲ躑躅

蕾

ころぼっくる遠望

 

 

 

 

 

 

レンゲ躑躅     まだまだ蕾     ヒュッテ遠望

当日はテラスから草原のなかにオレンジの色取りを拾い取ることはできるのだが、ここに至る途中の標高の少し低い山肌に群生するレンゲ躑躅がかなり花を開花させていたのに比べると、まだ蕾の状態で色はややくすんで見えた。この週末あたりには多分、草原は青い空の下、上品なオレンジ色のベールを一面に装うことになるのだろう。想像するだけで、胸がすかっとする光景である。

 

 のんびりとした時を過ごした帰り際、手塚氏と少し雑談をさせていただいた。同氏は「この季節が一年で一番好きだ」という。「とくにこの時期の薄暮、テラスからひとり眺めるなだらかな高原の風景は素晴らしい」と語った。そのときの瞳は自然のなかに生きる少年の目のように澄んだ輝きを放って見えた。

 

その少年の瞳に陰りが差したのが景観保護と自然との共生の問題に話がおよんだときである。「最近、この草原地帯に森林が侵蝕してきている。それをどうするか」という問題が発生しているというのだ。地元の自然保護グループの間でもそれぞれその対応につき意見が異なり、難しい問題となっているという。

ここ霧ケ峰は八ヶ岳中信高原国定公園の中心に位置する。ニッコウキスゲなど様々な高山植物が群生するが、高地であるにもかかわらずなだらかな稜線を持つ高原とも相俟って、ここの特色ある景観を形造り、それが大きな観光資源となっている。

 

森林が侵蝕してくるとそうした高山植物の植生が荒らされ、霧が峰の美しさが損なわれてゆくことになる。また、わたしの愛するテラスからのなだらかな高原の稜線も高い木々が育つことによって、その景観のよさは失われる。現在、手塚氏のグループはその稜線については木々を刈り取るなどの景観保護に努めているという。

 

しかし、自然保護グループのなかにはすでに大きく侵蝕してきた森林をも伐採し草原の景観を旧来の姿に復すべきという考えを有するところもあり、そこまで踏み込むべきか悩ましい問題であると語られた。

 

わたしは京都の借景の名所である圓通寺を拝観した際、「洛北の地、圓通寺--失われゆく借景に自然との共生の難しさを痛感」(2008.5.18)というタイトルのブログのなかで「生活水準や生活環境の向上を図ろうとすることは、人間としてある意味当然の願いではある。しかしそれは同時に自然と共生して進められてゆくものでなければならない」と記した。借景という自然の美しさと開発をともなう人間生活の向上とのバランスをどうとってゆくのか、現実的には非常に難しい問題であると感じたところを述べた。

 

今回の「ころぼっくる」の話は、皮肉にもそれとは逆のケースに当たるのではないのかと考えさせられた。

 

人間にとって美しいと感じられる景観を守るために、自然の摂理であろう森林の侵食、つまり植生の自然な変遷を人の手によって切断、停止、捻じ曲げてしまうことの是非は如何という命題である。

 

もちろん答えはそう簡単ではないのだと思う。たぶんどっちかと云った二者択一の答えでもないのだろうと思う。では、具体的にどうしたらよいのか。

 

いまわたしは何の答も有していない。ただ、「自然の声に真摯に耳を傾け」、「自然と共生する人間の営み」とは何かを真剣に考え続けてゆくしかない。

 

便利さという文明の追求による行き過ぎた自然破壊に目を向け、地球こそ偉大な生命体であるという当然のことを再確認し、文明神話への過信を見直すべき時がやってきていることだけは確かなことであるのだから。

 

風呂敷を広げて言えば、大きな自然の摂理のなかでわれわれ人類も生の営みを継続しているのだという「当たり前」のことを見つめ直し、われわれの営みの在り方を変えてゆく必要がある。

 

それは「言うは易く、行なうは難き」、きわめて悩ましく苦痛を伴う問題である。さらにスピードアップして具体的かつ実効性のある議論をかさねる必要がある。

 

この続きは次回「ころぼっくる」に行ってから、述べることにしよう・・・。          ココア

 

大好きなココア!

 

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ル・プティ・ブドン(Le Petit Bedon)--代官山グルメ5

ル・プティ・ブドン(Le Petit Bedon

代官山グルメ

151-0035 渋谷区鉢山町13-13 ヒルサイドウエストAの地下一階

電話 5457-0086

 

 ル・プティ・ブドン(Le Petit Bedon)は渋谷駅からちょっとタクシーに乗って5、6分、旧山手通り沿いにある。夜は見にくいのが難点だが、店の入るビル壁面に飾られているフランス国旗が目印。

 

 パリでの長い生活経験のある先輩ご夫妻がお薦めの本格的フランス料理のお店に三組の夫婦で出かけた。「本格的」という形容詞に当初尻込みしたが、経験豊かな先輩が一緒ということで、「全てお任せ」を決め込みお店に向かった。

 

フランス国旗

ワインクーラー

店内テーブルセッティング

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間より少し早目だったため、われわれ夫婦が一番乗り。外階段を降り、店内に足を踏み入れると、正面に大きな大きなワインクーラーが・・・。

 

 その大きさに唖然!(あとで到着したワイン通の先輩らは、クーラーの大きさなどに目もくれず、貯蔵されているワインの銘柄に感嘆していた。納得 (;一_) )

 

 店内の雰囲気はまさに大人の雰囲気。われわれの前にひと組のお客がいたが、ここでウエディングをあげる打ち合わせのようで、食事をとることはなかった。実質、ディナーのオープニングは貸し切り状態という超リッチなものでありました。

 

 ワインは先輩お二人に任せ、わたしの方はメインディッシュ選びに全力投球。当日は長崎産の「ほうぼう」が入っているというので、わたしはその「ほうぼう」をいただいた。

 

 オードブルも味はもちろんだが、目にも美しく、さすが本格派フランス料理だと、端(はな)から手放し状態!出てくる皿に、目がまるくなる・・・。

 

オードブル

オードブル2

スープ

 

 

 

 

 

 

 

 このお店はサーブするのもフランスの若い男性とあって、女性陣はそれだけで料理の味も2階級特進。ただ、メタボが気になる男性陣には、それぞれの料理の量が多いのだけがちょっと黄色信号であった。

 

長崎産ほうぼう

メインディッシュ

メインディッシュ2

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして最後にデザートが大きなワゴンで運ばれてきた。幾種類でもどうぞ?とあって、女性陣はことのほか大喜びであったのが印象的・・・。やはり・・・別腹・・・?

 

デザートワゴン

デザート

デザート2

 

 

 

 

 

 

 

 

 何はともあれ、サービスも含めて本格派のフランス料理を十二分にここ「ル・プティ・ブドン」が提供してくれることは確かである。若い人には、ここ一番、勝負をかけたいときにお薦めの店といったところだろうか。そして熟年男性にとっては、妻に・・・を伝えたいときに、下手な言葉を弄するよりここの本物のフレンチと無制限デザートを食してもらうことが、一番効果的な手練であると思った次第である。

 

 

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フランス料理を築いた人びと (中公文庫BIBLIO)

 

辻静雄コレクション〈1〉フランス料理の手帖・舌の世界史 (ちくま文庫)

 

フランス料理基本用語

 

 

ガムラスタン−−蓼科グルメ 105

ガムラスタン――蓼科グルメ 10

 住所:茅野市北山芹ヶ沢4947-1 TEL0266-77-3466

 営業時間:11301500 17302100

 定休日:水曜日

ガムラスタンは玄関の屋根下に「1998」と書かれているように、10年前にオープンの北欧料理のお店である。オープンして直ぐに一度ディナーに来たが、それ以来、ランチ時に訪ねては席がいっぱいなことが二、三度重なったかして、訪れることはなかった。

ガムラスタン玄関道

店内

 

 

 

 

 

 

 最近、蓼科で食事をご一緒させていただく先輩の奥様が、時々「ガムラスタン」は行きましたかと薦められる。もう、お店の味や雰囲気も忘れていた私たちも、こりゃ一度は行っとかなきゃと、今回、ネットで最近のお店の評判などを確認してから、ようやく訪ねることになった。

 

事前に調べたYAHOO!グルメでは、「二度と行きません」「わたしもこりごりです」「がっかりでした」といった痛烈なクチコミがある一方で、「いいですよ。アクアビットは最高!」「おいしかったです!」「満足!」といった評価のクチコミもあることから、どうも癖のあるお店なのかも知れないと思いながらの往訪となった。

 

当日は梅雨の合間ということもあり、お客もそう多くなく、オーナーシェフともゆっくり話ができた。若い女性ウェイターのサービスも普通で、気分は悪くない。頭に残っていたクチコミとは異なる対応に、わたしたち夫婦は楽しく、落ち着いたディナーの時間が過ごせて至極満足であった。

 

この夜はわたしがリネア(3,780円)、家内がシレーン(4,830円)のコースを頼んだ。違いはオードブルが一皿多いのとデザートにちょっと、ほんのちょっと(オーナーの説明)の違いがあるのみということであった。

 

【当日のメニュー】

 

   にしんのディルマリネ マスタードソース

    

   アボガドのサラダ 魚介類の盛り合わせ(豆サラダ・豚タン燻製・

      トナカイのサラミ・サーモンテリーヌ・鶏肉燻製)

  

  サーモンマリネとサーモン燻製に鱒の卵(シレーンのみ)

 

   大麦・小麦入りパンプキンスープ

    

   帆立のグラタン

   

   酢キャベツなどサラダ

    

   若鹿のソテー(肉)

    

   鯛のソテー(魚)

 

   デザート

赤ワイン

にしんのマリネ

季節のサラダ魚介添え

 

 

 

 

 

 

 

サーモンマリネ

スープ

帆立グラタン

 

 

 

 

 

 

 

小鹿のソテー

鯛のソテー

サラダ

 

 

 

 

 

 

オーナーに開店当時に一度うかがったことがある旨、話をしたところ、「その頃はまだガタガタしていた頃でした」と、申し訳なさそうな顔をされた。人それぞれ受ける印象が異なるのは当たり前であるが、最初の取っ付きはあまり良くないのかも知れぬが、わたしはこのオーナーと今度またゆっくりと話をしてみたいと思った。

デザート

陽も落ちて

ごちそうさまでした

 

 

 

 

 

 

そこで肝心の料理の方だが、わたしにはちょっと味がしょっぱ過ぎたというのが、正直なところだった。今度はオーナーに少し薄味でと頼んでみようと思う。北欧料理である。味付けがしっかりしているのは仕様がないのだとは思うが、少々の我儘は許してくれそうなお店であると思う。先輩の奥様に今度お会いしたときに、これでちゃんと報告ができると家内ともども胸をなでおろした夜であった。

 

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御射鹿池(みしゃかいけ)−−新緑の候5

御射鹿池(みしゃかいけ)−−−蓼科散策

湖面と森の新緑のシンメトリー

御射鹿池---紅葉の候

御射鹿池---2009年盛夏の候

2010年、御射鹿(みしゃか)池の紅葉、見頃は10月23日

 

 

御射鹿池1

御射鹿池2

御射鹿池4

 

 

 

 汀に白樺の樹が       湖面に新緑の山容   堤にクローバーも

 東京国立近代美術館で3月29日から5月18日まで開催された「生誕100年 東山魁夷展」で、森と白馬と湖という構図の幻想的な名画を直接、この目で観た。そのときこのような風景が実際にこの世界に存在するのだろうかといたくこの「緑響く」というタイトルに興味をそそられた。

 そしてこの風景のモデルが奥蓼科にある御射鹿池という小さな湖であることをそのとき知った。

 御射鹿池はビーナス街道と大門街道の交差点である芹ガ沢から奥蓼科温泉に向かう湯みち街道(県道191号線)沿いの標高1528mの高処にある。その県道をもう少し行った突き当りが奥蓼科温泉郷のひとつ、渋の湯温泉である。

 湖畔に立てられた説明板によれば、「みしゃかいけ」とも「みさかいけ」とも呼ばれる御射鹿池は、昭和8年、人工的に造られた湖水面積1.3ha、水深8mの農業用温水ため池であるとのこと。人造湖といいながらすでに75年という時間が経過しており、周囲の自然と一体となった風景は本当に素晴らしいのひと言である。

 われわれ夫婦がたどり着いたとき、三脚を抱えたひと組のご夫婦がいるのみであった。車を止めて軽く会釈をすると、もう充分にこの美しさを堪能されたのか、われわれに「静寂」という「時間」を譲ってくれた。

御射鹿池6

御射鹿池7

御射鹿池8

 

 

 

  静寂         鏡のような湖面        湖面をわたる微風

 時折聴こえる鳥の啼き声が、逆に、絶対的な「無言(しじま)」を感得させる。そしてそよ風にわずかに乱れる透明な湖面に新緑が鮮やかに映る。その美しさに魅了され、夢の世界へといざなわれたわたしは、水底まで見通せる湖面から新緑の命の息吹がまるで匂い立ってくるように感じられたのである。

「緑響く・・・」、そう、新緑の匂いがまるでわたしの全身を打ってくるように思えたのである。

流れ出す湖水

御射鹿池5

清澄な湖水

 

 

 

 湖からは清らかな疏水が実りを生むべく勢いよく流れ出ていた。その「動」に触れることで、わたしはようやくこの一幅の絵画が現実の風景であることを知った。

 そして御射鹿池が醸し出す雰囲気は何度も足を運び、そこに身を横たえたくなる「日本の精神世界」、「日本の心」を感じさせてくれる場所であると確信した。

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東山魁夷四季の彩り (日経ポストカードブック)

 

 

 

蓼科幾歳月

「夢」をかなえさせるテレビ局=秋葉原無差別テロ

「夢・・・ワイドショー独占」

 

この一文は、8日午後に秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大容疑者が携帯電話のネット掲示板に書き込んだと思われる一連の文章のなかの一節である。

不条理に7人もの尊い命を奪い重軽傷者が10人にもおよぶ「無差別テロ」を起こした人間、いや「ケダモノ」の独りよがりのあまりにも稚拙な願望が、「やりたいこと・・・殺人 夢・・・ワイドショー独占」(午前2時48分投稿)という文言で発信されていた。

その卑劣な「ケダモノ」が「夢」と呼んだことを、テレビ局各社は先を争うようにして連日、事件と同容疑者に関する雑多な情報を垂れ流すことによって、今まさにかなえてあげようとしている。「ケダモノ」がいう「ワイドショーの独占」という歪んだ「夢」は、視聴者が覚える不快極まる思いとともに、テレビ局の手助けによって成就されようとしていると云ってよい。

テレビ局各社はまるで判で押したように、インターネット掲示板に書き込まれた文字を投稿時刻にそって思い入れたっぷりにナレーション入りで伝える。それも耳タコのように繰り返し流しつづける。各局でまるで事件現場の臨場感を盛り上げることを競い合うかのようにである。

思う壺」という言葉はまさにこのことであろう。これほど今の状況を的確に表わす言葉をわたしは他に思いつかない。加藤容疑者(本当のところは犯人!いや鬼畜!と呼びたい)の「夢・・・ワイドショー独占」という「思う壺」に易々と嵌(はま)っているテレビ局。本来、報道機関として国民に伝えるべき情報・事実は別にあるのではないか。携帯の掲示板画面が映し出され、感情表現にまで凝ったナレーションが流れる。どこかヒーローにでもなったかのような犯行予告の語り口に、わたしは鳥肌が立つような不快感、嫌悪感を覚えてしまう。そして、なぜかナレーターは「やりたいこと・・・殺人」は読み上げても、それに続く「夢・・・ワイドショー独占」は見事なまでに無視し語ることをしないのである。

報道機関の使命とは何か?

番組捏造疑惑、記事の盗用、職員の不祥事と近年、各種メディアをめぐるゆゆしき事件が多発している。そして事件が発覚する度に各報道機関は「襟を正す」と云った主旨の弁明を繰り返している。

しかし今回のこの傷ましい無差別テロ報道に際しても、表層的に哀悼の意は述べるものの、事件をまさにショー化したような興味本位の視聴率欲しさの報道姿勢に触れると、結局、この国のテレビ局は一旦、ご破算にして出直しを図るしか、再生の道はもうないのではないかとの思いにとらわれるのである。

電波法の第13条(免許の有効期間)に云う「免許の有効期間は、免許の日から起算して5年を超えない範囲内において総務省令で定める。ただし、再免許を妨げない」という規程を同法の第1条の目的に照らし合わせ、厳格に適用してもよいのではないかとこの秋葉原事件報道を目にしてそう思ったのである。

電波法第1条はその「目的」を次のように謳っている。

この法律は、電波の公平且つ能率的な利用を確保することによって、公共の福祉を増進することを目的とする」と。

携帯サイトの掲示版に記された犯行予告を思い入れたっぷりにナレーションする報道の、どこが「公共の福祉を増進する」ことになるのか。愚かにしてわたしはその報道の真意を測れずにいる。

そしてこうした記事を投稿している自分自身も、結局、加藤容疑者の「思う壺」に嵌められているのではないのかとの悔しい思いに駈られてしまうのである。



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