彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

March 2007

結構面白いぞ! 役者は出揃った――都知事選候補者公開討論会3

 

 15日午後7時から社団法人東京青年会議所(松本直勝理事長)主催による公開討論会が、約1時間45分の予定で、中野ZEROホール(収容人員1292名)において開催された。現在、東京都知事選挙へ立候補を表明している四人の候補者を招いたそのライブがTOKYO MX TVで放映された。討論参加者は浅野史郎氏、石原慎太郎氏、黒川紀章氏、吉田万三氏(あいうえお順)の四氏である。

 

 TBSの特別解説委員川戸恵子氏がこの公開討論のコーディネーターを務めた。候補者間の公平性を期すために各候補者の発言は1回あたり2分、質問は1分半、発言回数も極力平等とし、クロストーク方式で行なうとされ、米大統領選でのディベート方式にならった形で討論を進めることが冒頭に説明された。

 

 公開討論開始は5分ほど遅れた。7時5分に石原現都知事が公務のため45分ほど遅れるため三人で始めるとの説明がなされ、討論は舞台に向かって左から黒川氏、吉田氏、浅野氏と座って、右端の席が空席のままスタートを切った。1時間45分の予定の公開討論で約半分の時間、現職知事が同席しないまま公開討論が始まったことで、最初、肩すかしを喰らわされた気分になった。

 

 討論のテーマは々睥隹充匆颪悗梁弍、∈8紊僚電誓策(4000億円政策資金として使うとしたら)、オリンピック招致の是非、ぜ遡箏措阿4問(温暖化対策、アニメ・ゲーム業界の成長の是非、羽田・横田基地など空港整備、都の区市部への権限委譲の是非)への回答と、大きく4項目に分けられた。会の最後には各候補3分づつ言い足りなかったことの補足発言が許された。そして公開討論は定刻の午後845分ちょうどの終了となった。

 

 さて石原都知事は第1テーマの高齢化対策についての討論が終了した737分に席に着き、2番目のテーマである今後の重点政策からの討論参加となった。従ってただでさえ忙しい候補者四名が一堂に会した貴重な討論は、結果として正味1時間ほどとなってしまった。

 

 石原都知事が参加してから都政批判というより激しい石原批判を行なったのは黒川氏であった。浅野氏の宮城県知事時代に県財政の借金が倍になったことと反対に、都の財政は8年前と比べ改善し財政再建がなったと自賛する石原氏に対し、黒川氏は都の管理する外郭団体や第三セクターの借金を「隠れ借金」と糾弾し、実際は夕張市以上の財政状況の悪さであると指摘した。

 

そこで最もたくさんの時間が割かれ、問題も広範囲におよんだオリンピック招致についてのやり取りをここに詳しく記す。

 

石原氏一人が当然のことだが招致に賛成の意見であった。理由として今の日本や若者には夢がない。夢を作る必要がある。オリンピックをやることで東京に欠けている最も重要な都市機能である道路整備が可能になるとした。

それに対し黒川氏は招致反対とし、オリンピック招致基金1000億円を積み立てているが石原都政のひとつの目玉であった環境問題のディーゼル規制予算はh1832億円からh19年の28億円へ減少していると具体的数字を挙げてその政策の一貫性、継続性を批判した。

吉田氏も招致反対で、理由として現在都民の暮らしが大変である。オリンピックには結果として7、8兆円がかかるので、いまやる時期ではないとした。また、オリンピックの名のもとで大型開発事業をやろうとしていると批判した。

浅野氏も招致反対である。このまま突っ走るのではなく、一旦、立ち止まって考える必要がある。基本は金がかかるため、(必然的に)他の事業を削る必要が出てくる。オリンピックって何ということを基本に立ち返って考えることが大切。夢が必要と言うことは同意するが、石原氏のこの席上での説明を聞いておかしいと思い始めた。吉田氏の批判と同様であり、オリンピックを利用して道路を作る、国威発揚というのでは(夢を与えることとは違うので)おかしいと思ったとの疑問を呈した。

 

一時間余という短い時間ではあったが、四人の言葉が重なり合う局面もほとんどなく、混乱なく、落ちついた雰囲気のなかで討論が進められたと評価できる。公開討論をあと何度か開催すれば、それぞれの候補者の政策の具体的中身やその素顔、行政能力が見て取れる。こうした試みは非常に意味のあることだと感じた。当然と言えば当然だが、これをキー局でないTOKYO MX TVがやったことで、CMも入らずにじっくりと落ちついて議論を聞けたことは非常に意義のあることであった。ひとつのメディアとしてのあり方、つまりじっくり討論を聞かすだけの番組作りのよい例であると思った。今度はもっと具体的数字をベースに据えた政策論争を四人同席ということにとらわれずに、二対二といった形でのディベートも聞いてみたいと思った。それを試みる価値は十分あるのではないかと考えた。

 

そして選挙民は単なるイメージや既成観念で候補者を選ぶべきではないという思いを今更ながらに強くしたと同時に、メディアが果たすべき重要な役割のひとつが、したり顔のコメンテーターのうるさい講釈もなく、視聴者が意見を聞きたいと思う人の生の声を淡々と流すことにもあることを、このTOKYO MXが示してくれたような気がした。

 

なぜ上場維持なのか? 公正さを欠く市場の番人!3

なぜ上場維持なのか? 公正さを欠く市場の番人!

 

 東京証券取引所の西室泰三社長は12日、日興コーディアルグループの粉飾問題に関し、東証一部の上場を維持すると、事前の大方の予想を大きくくつがえす結論を発表した。

 

 東証は二週間ほど前の223日に「London Stock Exchange(ロンドン証券取引所)と国際的なプレゼンスの向上に向けた協力を進めることで合意した」と晴れがましい発表をしたばかりである。グローバルな資本市場を目指すその心意気は是とするが、日興コーディアル問題においてこうした田舎芝居を見せつけられると、23日の「国際的なプレゼンスの向上」との合意コメントは聞いて呆れるし、「東証は大変重要なグローバル市場である」と持ち上げてくれたロンドン証券取引所のクリス・ギブソン-スミス会長の顔に泥を塗る結果となった。

 

 東証は同日付で日興コーディアルグループに対し、「過年度の決算短信等の訂正を開示した件については、適時開示を適切に行うための体制において改善の必要性が高いと認められる」として改善報告書の提出を求め、「同社が、証券取引法第172条第1項に規定する重要な事項につき虚偽の記載がある発行開示書類に基づく募集により有価証券を取得させた行為により、金融庁より平成1915日付けで課徴金納付命令を受けた」として注意勧告を実施した。

 

 西室東証社長は記者会見において「(粉飾決算が)日興全体として組織的、意図的と言えるまで至らなかった。投資家が損害を被ることはなかった」とし、不正が組織ぐるみで行われた確証が得られなかったことなどを理由に、上場廃止が必要なほど悪質性はないと断を下した。そして「(大手証券会社の一翼を担う企業ということで)厳しく見るという考え方はなかったのか」との記者の質問に対して「厳しくしすぎて、市場に混乱をきたしてはいけない」(PJ後藤卓也「日興株上場維持、東証記者会見一問一答」より)と応じた。

 

 今回、資本市場の重要な担い手である大手証券の日興コーディアルグループは187億円もの利益水増し粉飾決算を行ない、証券取引法197条で罰則を定めた有価証券虚偽記載を行なった。その粉飾のあり方は単なる技術的解釈の違いと言った問題ではなく、明白な組織的意図を持った決算操作であったことは動かすことの出来ぬ事実と考えられる。

 

同社が設置した第3者で構成された特別調査委員会(委員長:日野正晴元金融庁長官)の本年1月の調査報告書の結論で、有村社長(当時)が「本件行為(利益水増し操作)に対する積極的関与の疑いを完全に払拭することはできない」と報告され、粉飾決算の意思決定者は山本CFO(当時)であると断定していることから見ても、組織的な意思があった疑いはきわめて濃厚であると考えるのが普通であるからである。

 

特別調査委員会のトップをふくめた組織的関与を色濃く示唆する厳しい調査報告書の内容からは、とても西室社長の「(粉飾決算が)日興全体として組織的、意図的と言えるまで至らなかった」との発言を予想することはできなかったし、今、報告書を改めて読み返してみてもその考えは変わらない。

 

昨年2月に東京地検特捜部は、ライブドアの堀江貴文前社長他3名を有価証券報告書の虚偽記載の容疑で再逮捕した。その内容は有価証券報告書に本来利益として計上できない約50億円を利益として計上し、これにより重大な事実に関する虚偽の記載をしたというものであった。126日の最終陳述で堀江貴文被告は「私は無罪」と述べ、弁護側も「事件は作り上げられた蜃気楼」と主張した事件と、その内容においてどこが違うのか。

 

資本市場の担い手という善良なる仮面をかぶり、事業会社に対しその上場指南を行なってきた日興コーディアルこそ「上場廃止をするべき悪質性がある」と、「国際的なプレゼンスの向上」を目指し、「大変重要なグローバル市場である」東京証券取引所は、公正なる「市場の番人」として断じるべきなのではないのか。

 

ライブドア事件の第一審判決はこの316日に東京地裁第104号法廷で下される。

 

温暖化防止に見るEUのしたたかな戦略(下)4

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エネルギー別の単位熱量当りの炭酸ガス排出量を見ると、石炭を1とした場合、原油が0.8、天然ガスが0.6、原子力・水力がほぼゼロという順にCO2の排出量が少ない形となっている。温暖化対策の面からは原子力や水力が最も有効であり、化石燃料のなかでは天然ガスがひとつの切り札ともなっている。

 

そこでEUのエネルギー事情を見ると、域内には天然ガスのパイプラインが張り巡らされており、現在、北海、ロシアや北アフリカからの十分な供給体制が確立整備されている。また総発電量の約8割を原子力発電でまかなうフランスは原発建設が難しいドイツなどへの電力輸出国となっており、また今後も新規原発建設を強化推進する方針を打ち出すなど、エネルギーの柔軟な融通が可能な温暖化防止に強いエネルギー供給構造にあるといってよい。

さらにEU域内には一次エネルギーの相当数をCO2排出量の多い石炭に依存するポーランド(58%)やブルガリア(36%)などを抱え、今後のエネルギー転換による排出量削減余力も大きいという削減ポケットを有している。そうしたエネルギーの需給構造が温暖化防止に対するEUの姿勢の強さの大きな要因となっているのである。

 

 それに反し、自動車文明大国というエネルギー多消費型の経済構造で成り立つ米国社会や、一次エネルギーの約7割を石炭に依存しながら高度経済成長を続けている中国にとって、温室効果ガス削減型の経済構造への転換は膨大な経済的負担と経済成長を犠牲にする必要がある。90年比8%強の排出量増加を許してしまったこの日本もまた然りである。日本においてはすでに省エネを相当進めてきたなかでの温室効果ガスの増加という結果であり、逆の意味では深刻さは米中よりも大きいとも言える。

 

 EUは世界経済に大きな影響力を有する日米と、今後その存在感を高めてくることが必至の中国の機先を制し、地球温暖化防止においてイニシアチブをとり、目標を一段と高めに設定するという誰も反対できぬ大義を持ち出してきた。「2020年までに温室効果ガス排出量を20%削減」というメッセージは、こう考えてくると、米・中・日の国力を正義と良心の名のもとに削ぎ落としてゆくという国際政治における老練な戦略であるように思えてならないのである。

温暖化防止に見るEUのしたたかな戦略(上)4

ブラッセルで開催されていたEU首脳会議は、温室効果ガス排出量を2020年までに1990年に比べ少なくとも20%もの削減を行なうことを決定し、閉幕した。

 1997年の京都議定書における「先進国及び市場経済移行国全体」の目標は、2008年から2012年の平均値として、少なくとも1990年排出量の5%の削減という数値であった。日本は議長国としてその平均を上回る6%の削減目標を標榜した。その時点でも、拡大前のEU15カ国段階での削減目標はマイナス8%と最も高い削減率を公約していた。

 

 そしてこの22日に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書で「気候システムに温暖化が起こっていると断定するとともに、人為起源の温室効果ガスの増加が温暖化の原因であるとほぼ断定」された直後のEU首脳会議で、地球温暖化防止に対する積極姿勢を強くアピールし、温室効果ガスの最大の排出国である米国や第二位排出国の中国、さらに産業立国の日本を強く牽制する恰好となった。実際に米中両大国は1990年の排出量を2002年実績では2割から4割ものオーバーとなっており、削減どころか膨大に炭酸ガスを排出しまくり、地球環境の破壊大国となっていると言ってもよい。

 

 ところがわが国もその両国を非難する立場には到底なく、2005年実績(速報値)で90年の基準年より温室効果ガスの排出量はプラス8.1%と大きく増加をしている。

 

 とくに経済大国の米・日や高度経済成長を続ける中国という大国が温室効果ガスを増大させている現実のなかで、京都議定書の目標達成もほぼ視野に入ったEUが、温暖化防止に対するさらなる積極姿勢を打ち出した真の理由は何であろうか。地球温暖化防止に積極的に取り組むこと自体はわれわれ人類にとっては当然、プラスの評価であることは言うまでもない。しかしこのこととは別の意味において、今回のEUの削減率の大幅アップが重要な国際政治上の意味を持っていることはまったく別の問題であることは知っておかなければならない。

 

 現在、米・中両国は京都議定書の枠外にあるものの、今回のIPCCの「温暖化人為的原因論」の断定的公表により、これまで両国がとってきた温暖化防止、地球環境保護に無頓着という自儘(じまま)な姿勢は国際世論が許さぬ情勢となってきた。

そうしたなかで米・中両国および日本は前述の通り基準年に比べ、現在の排出量は大幅な増大をしている状況にある。ブッシュ米大統領が1月の一般教書演説においてガソリン消費を10年以内に20%削減との数値目標を掲げ、地球温暖化と正面から対決する強い姿勢を見せつけざるをえなくなったことに、温暖化問題をめぐる国際情勢が大きな転換点にきたことを実感せざるをえないのである。

 

そうした国際情勢の変化のなかで、米中が温室効果ガスを京都議定書の締約国並みの目標値(少なくとも90年比5%の削減)に収めることを国際社会から求められてくるとすれば、大口排出部門である産業界に大きな削減努力を迫る必要が生じてくる。そもそも締約各国が温室効果ガスの削減目標を達成するには炭酸ガスの排出量の最も大きな産業部門に大ナタを振るわねばならない。それをせずして目標達成はむずかしいと言う現実がある。

 

それはエネルギー転換を革命的、ドラスティックにやれれば別だが、通常の方法では経済成長にとりマイナス要因となることが多い。炭酸ガス排出量の少ない製造設備や製品開発を進めたり、産業連関表における生産波及効果の高い自動車産業に甚大な影響を与える自動車の利用規制など大きな経済的負担を伴うことになってくる。その結果として製造コストの上昇を招いたり、経済規模の縮小といった形で国際競争力を低下させる事態を招来する。

 

 すべての国が同じ条件にあれば同比率で経済規模なりを縮小することで、各国間の国際競争力の優劣に変化を生まずに各国の確執を生むことなく温暖化を防止することが可能となる。しかしそれは現実的には無理な相談であり、各国の国益というエゴが当然のことながら顔をのぞかせてくることになる。

 

下につづく


石原都知事の映画「俺きみ応援団」って、公選法上の問題はクリアー?3

 

 都知事選挙を間近に控えて石原慎太郎氏の動きがやたらとあわただしい。218日の東京マラソンが終了したかと思いきや、この32日には都知事自らが脚本を書き、プロデュースしたという映画の完成記念パーティーである。

 

 共産党推薦の元足立区長吉田万三氏に建築家の黒川紀章氏の立候補表明はあったものの、民主党の候補者選びの迷走ぶりが伝えられるなど都知事選報道はいまひとつ盛り上がりに欠けた。しかしここに来て、6日、浅野史郎前宮城県知事が正式に立候補を表明し都知事選に参戦、民主党も同氏支援を確定したことから、322日の告示を前に都知事選は一挙にヒートアップしてきた。

 

 わたしは都知事選挙が近まる3月から投票日までは石原都政の批判を控えようと考えていたが、冒頭の映画の完成パーティーの報道に接し、その詳細を知るにつけその思いを変えた。

 

 石原氏の48日の投票日に合わせたように次々とメディア露出を果たしてくる手腕は、ある意味あっぱれとも言えるが、今回の映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」の宣伝方法にはさすがに疑問を表明せざるをえない。この映画の公式サイトを開くと、タイトルの下の戦闘機の絵につづき「ENTER THE SITE」とある。そこをクリックするとゼロ戦?の飛行戦隊の画面が出てくる。その右下に「俺きみ応援団募集 詳細はコチラ」との不思議な文字が目に飛び込んでくる。それをまたクリックすると「団塊の世代から感動の輪を広げたい 」の宣伝ビラが出てくる。その内容は「応募資格を19471949年に生まれた男女」に定めた「仕事内容:200741日〜512日の間で1週間に12日、各2時間程度。『俺は、君のためにこそ死ににいく』宣伝に対するブレスト会議参加ほか。謝礼:5万円」とあるが、応募人数が示されていないその応募要項の意図は何であろう。

 

それ自体は東映映画宣伝部の商業広告であるから法的な問題はないのだろうが、選挙運動期間が含まれる期間に5万円という謝礼を出して人集めをし、都知事候補者がプロデュースする映画の情宣応援会議に参加させることは、見方によっては形を変えた一種の選挙活動であると言えなくもない。そのあり方にわたしは胡散臭さと同時に、疑問を感じたのである。

 

公職選挙法第131条で「都道府県知事の選挙における選挙事務所は、その公職の候補者1人につき、1箇所」と定められている。しかし、石原映画を情宣するこの活動はあくまで政治活動ではないのだから、どこに何箇所、「俺きみ応援団」の拠点を作ろうがお構いなしということになるのだろうか。それが東京地区に集中したとしても・・・。

また140条の2項に(定められた会場や車両上等以外で)「何人も、選挙運動のため、連呼行為をすることができない」とあるが、ブレスト会議の場で映画宣伝につき「石原慎太郎プロデュースの」と連呼することは、これまた文芸のことであるから公選法の埒外なのであろうか。

142条の「文書図画の頒布」についても「都道府県知事の選挙にあつては、候補者1人について、当該都道府県の区域内の衆議院(小選挙区選出)議員の選挙区の数が一である場合には、通常葉書 35000枚、当該都道府県の区域内の衆議院(小選挙区選出)議員の選挙区の数が一を超える場合にはその一を増すごとに、通常葉書2500枚を35000枚に加えた数」とあるが、「製作総指揮・脚本石原慎太郎」と書かれたポスターや宣伝パンフをもし配布するとしてもこれも埒外なのであろうか。

 

さらに第152条の「あいさつを目的とする有料広告の禁止」等々いろいろと疑問を感じる点は多いが、最も気になる点が197条の2項の「実費弁償及び報酬の額」である。

そこでは「衆議院(比例代表選出)議員の選挙以外の選挙においては、選挙運動に従事する者に対し支給することができる実費弁償並びに選挙運動のために使用する労務者に対し支給することができる報酬及び実費弁償の額については」、「公職の候補者1人について1日50人を超えない範囲内で各選挙ごとに政令で定める員数の範囲内において、1人1日につき(中略)選挙管理委員会が定める額の報酬を支給することができる」と定められている。

 

こうやって見てくると、5万円の報酬を与えられた「俺きみ応援団」が選挙期間中に候補者プロデュースの映画の宣伝活動を応援する行為は、そのあり方においてある種の「あざとさ」をやはりわたしは感じざるを得ない。


不二家、関テレ事件の根っこにはびこる原理主義3

 

 全日本テレビ番組製作者連盟 (ATP)が関西テレビの「あるある」捏造問題を受けて、88社の加盟会社に対し行なったアンケート結果が10日の東京新聞朝刊に載った。ATPNHKエンタープライズやテレビマンユニオン等番組の制作を放送事業者から受託する制作会社正会員72社と準会員16社からなる組織である。元加盟会社である日本テレワーク(131日退会届受理)の捏造問題の背景に考えられるものとして、委託側という強い立場にある放送局の制作予算の一方的な削減、それをクリアーするため番組制作をさらに孫請けさせざるをえないといったコスト優先の業界の構造的問題をあげる回答が目立ったという。

 

 この放送事業と番組制作会社の受委託関係について、ATP25日付けで発表した「『発掘!あるある大事典供戰如璽靭埖ぬ簑蠅亡悗垢訐写席検廚砲いて、「これまで(ATPと)各放送局とのイコール・パートナーシップを相互に確認してきました。それは番組制作の委託・受託の相互関係の中で、放送事業者と製作事業者があくまで対等の立場で視聴者の信頼を勝ち得ていくことを志すものです」と、ことさらに言及している。そのこと自体が、両者が対等な関係になく、放送事業者の視聴率競争に他動的に巻き込まれていることをいみじくも言い表していると言える。

 

 CM単価に直結する視聴率競争がますます激しさを増すなか、低コストで視聴率を稼げる効率的で刺激的な番組作りが至上命題となった下請け制作会社。番組捏造は、まさに下請けとして同業の制作会社との生き残り競争に勝ち抜くために、起こるべくして起こった事件であったことがわかる。

 

 同様に不二家の消費期限切れ原料の使用等「食品」に関するあってはならぬ事件も、外食産業の熾烈な競争や大量仕入れでコスト削減を図るGMS(大型総合スーパー)への喰い込みなど、食品メーカーが生き残っていくためには身を削るようなコスト削減が必至であった点で共通性を有す。購入側が企業合併などによりどんどん巨大化した結果、仕入れ業者に対し低価格と効率性を求めてくるのは、資本の論理では至極もっともな行為であり、批判されるべきことではない。

 

こうしたテレビと食品というまったく異なった業界でほぼ同時期に起きた事件の背景を見ると、そこにはあるひとつの寒々とした光景が広がっていることに気づく。

 

 視聴者にとってよりよい番組作りや消費者にもっと愛される食品作りよりも、スポンサーや大量仕入れ業者に選択される番組、製品作りという「モノ作り」の原点が取り違えられた殺伐とした光景である。それは自由競争のなかで経済効率性を極限まで追求すればよりよいモノやサービスが産まれ、株主の利潤も拡大するのだとする市場原理主義が創り出した景色である。

 

競争がない世界を考えれば、その地位に安住し自己改革努力が生まれず、ともすると非効率なマーケットになることも紛れのない事実である。だからこそ規制緩和や関税引き下げ等による自由競争の環境整備がさまざまな業種で進められてきた。そしてそのことで消費者やサービスの享受者たる国民が受けてきた恩恵も大きい。しかしそこにはもう一つ基本的な考え方があることも忘れてはならない。製品やサービスを提供する企業、そこに帰属する人間が決して忘れてはならぬこと。「この会社は誰のために存在するか」という問題である。

 

市場原理主義者は「企業は株主のためにある」という。企業の株主価値を最大限にあげることこそ経営者の役割であると。そして一方で、その対極に「企業はお客様のために存在する」という考え方がある。しかし、そのふたつの考え方は目的に到達する時間という軸を捨象して考えて見れば、実は同一のものであるとも言えるのである。

 

「モノ作り」の原点は商品の消費者やサービスの享受者を喜ばせることにこそある。消費者に喜ばれる「モノ」はちゃんとした購買者が贔屓にする。それは非常に時間のかかる行為であることも事実で、現在の激越な競争社会においてはなかなか受け入れにくい理念に思えるかもしれぬ。しかし、時間はかかっても岩石のひびに雨水が染み込んでいくように徐々にその企業に信頼という何物にも代え難いものが生まれ、その商品が売れ出し、会社の売り上げが伸び、利潤が上がってゆく。その結果として企業価値が上昇し、最後にはちゃんと株主の利益につながる形となっていく。この理屈は言ってみれば経済原理の正の連鎖の方程式である。

 

不二家や関西テレビの問題の起点は誰のために「モノ作り」をするのかというクリエーターとしての意識そのものであると考える。短兵急にストレートに株主のために「モノ作り」をしなくとも、終点は消費者から信頼を得ることで、株主の利潤を増加させることに違いはないのである。短兵急に最初から終点の株主利潤を目指すどこかの国のハゲタカファンドのようなやり口では、結局、大きく株主の利潤を損なうということを今回の事件はいみじくもわれわれに教え諭してくれた。

 

異なる業界で起こった事件ではあるものの、まさに「モノ作り」の原点を見失うと、こうした報いを受けることになると言うことである。低コストの追求や利潤追求という市場原理主義を徹底した結果、不二家と関西テレビが失った「信頼」という二文字はあまりにも大きかったことを両社のみでなく、モノ作りを行なう企業すべてはもう一度、認識すべきであると考える次第である。


 

世界によい影響をおよぼす国No1は日本、でも・・・(下)3

BBC世論調査――世界によい影響をおよぼす国No1は日本、でも・・・(上)

 

その回答内容を詳しく見ると、ネガティブ評価がポジティブを上回った国は27か国中2カ国(前回33カ国中2カ国)のみであり、米メリーランド大学PIPA研究所のスティーブン・カル氏が「一般的に日本やフランス、Euのように軍事力とは異なった(soft power)形で、世界と関わる国々がプラス評価をされる傾向がある」と説明しているようにわが国の平和外交イメージが世界に着実に定着していると見ることができる。

 

またネガティブかポジティブか以外の「どちらとも言えない」等の回答数字は、見方を変えればその国に対する「無関心」率とも言い換えれるが、日本は26%と、カナダの33%や12カ国平均の30%よりも低い数字となっており、ヒアリング国においてわが国の存在感が薄いということでもなさそうである。因みに米国の「無関心」率は19%と最も低い数字であり、善きにつけ悪しきにつけその存在感は大きいことがわかる。

 

ところがそれなりの存在感を示すわが国においてきわめて残念なことがひとつある。それはネガティブ評価が上回った2国が、2回の調査とも中国(ネガティブ7163%)と韓国(同5458%)というアジアで最も近い隣国であるということであり、その比率が高いと言うことである。歴史認識の違いや反日教育、領土問題等両国のわが国への対応は依然、厳しいままであることを如実に表わした数字であると言える。

 

わたしはここで世界の全ての国から「いい国」であると評価されるべきであると主張する気は更々ない。それは逆に自己主張のない相手にとって都合のよい国と言い変えてもよく、ネガティブ評価をする国が存在することのほうが国際政治の世界では自然であり、国益を中心に据えた健全な外交に努めている結果とも考えられるからである。

 

ただ最も近い隣国2国のマイナス評価が継続し続けるなどそのネガティブ度合いが、非常に手厳しいことは、隣国関係固有の領土問題等を脇に置いて考えたとしても悲しくつらいことである。そもそもこの両国は言うまでもなく歴史的に非常にながい交流のある国であり、わが国文化のバックボーンを築くにあたって多大な影響をおよぼした国でもある。

 

そうした国々がわが国に対し大きなネガティブ評価を下すことは、主として先の大戦の問題が大きな要因であるとはいえ、互いの誤解や偏見を氷解させるためにもっと胸襟を開いて話し合いができぬものかと、つい愚痴とも嘆きともつかぬ言葉が口を突いて出てしまう。

 

こうなったら次世代の若者たちに任せるしかないのかと自暴自棄に思ってみたりもするが、国益の衝突でもある外交問題が正面に居座るケースでは、やはり現実政治の世界で解決を図るべきことは論を俟たない。

 

ただその一方で、民間同士の交流を深める努力はビジネスや芸術面の交流に留まらず、個々人のちょっとした相手を思いやる努力や心遣い、言葉遣いなどが、小さな行為ではあるが誤解や偏見を解く最初の一歩であることも事実である。

 

そして何もことさらに日本人が自虐史観に陥る必要はない。ないものはない、あったことはあったと客観的、冷静に事実を再検証しゆく地道な努力を政府まかせにするのではなく、われわれ民間人が相手の歴史と自国の歴史を深く理解してゆくことが求められる。そうした地道な努力を通じてお互いの信頼を芽生えさせてゆくことでしか、このネガティブ評価を下す隣国と本当の意味での信頼関係を構築することはできないのではないか。

 

そこで初めて互いに言いたいことを腹蔵なく言い合える大人の付き合いが出来るのではないかと、日本が世界によい影響を及ぼす国のNo1であるとのBBC世論調査の表ではなく、裏側を覗いてみて思ったところである。

外務省は日中歴史共同研究の第2回の会合を東京で1920日の二日間にわたり開催すると14日に発表したところである。


BBC世論調査――世界によい影響をおよぼす国No1は日本、でも・・・(上)3

世界によい影響をおよぼす国No1は日本、でも・・・(下)

 

英国BBC放送が国際世論調査企業のGlobeScan社と米メリーランド大学に依頼した「2005年から2007年の3年間を通じて世界におよぼす各国の影響」度調査(アンケート実施06113日〜07116日。サンプル数28,389名)において、日本がカナダと肩を並べて、「世界にプラスの影響を与える国」のトップとなったことが37日に公表された資料で明らかになった。

 

BBC放送はさまざまな世論調査を国際的な視点で行ない、その結果を「BBC WORLD SERVICE POLL 」で公表している。今回発表された調査報告は20062月に発表(アンケート実施0510月〜061月。サンプル数39,435名。アンケート国数33カ国。評価対象国数9カ国)されたものと同種の調査である。

 

その調査方法は評価対象の12カ国(英国、カナダ、中国、フランス、インド、イラン、イスラエル、日本、北朝鮮、ロシア、米国、ベネズエラ)について、5大陸27カ国の主要都市部の人々に対して面接(18カ国)あるいは電話(9カ国)によるヒアリングを行なう形となっている。質問内容は「その国が世界におおよそプラスの影響を及ぼしている」「その国が世界におおよそマイナスの影響を及ぼしている」「どちらとも言えない」等から選択する設問形式である。わが国は影響をおよぼす国の12カ国リストの1ヶ国に含まれるが、イラン、イスラエル、北朝鮮、ベネズエラと同様にアンケートされる側の27カ国には入っていない。

 

今回のレポートのヘッドラインは「イスラエルとイランが国際世論調査で最もネガティブな格付けに」となっている。パレスチナとの紛争を繰り返し、国際平和の紛争の火種を常に撒き続けているイスラエルと、国連やIAEAの懸念をよそにウラン濃縮活動を停止せず核保有国への道を頑強に突き進むイランの両国が、国際社会へ最もネガティブな影響をおよぼす国であるとされたのである。

 

イスラエルという国を総サンプル数(28,389名)の56%もの人々が世界にマイナスの影響をおよぼすとした(プラスの影響と答えたのは17%)。またアンケート先27カ国の85%にあたる23カ国で、ネガティブ評価がポジティブ評価を上回っていた。イランもほぼ同様の評価でマイナスの影響をおよぼしているとするのが54%、プラスが18%、国数でいうと約8割にあたる21カ国でネガティブ評価が上回っていた。

 

一方、同時多発テロに見舞われテロとの戦いを宣言し、200110月のアフガニスタンへの空爆や033月のイラク戦争と中東において軍事展開を続けている米国の評価について見ると、総サンプル数の51%が世界にマイナスの影響をおよぼす国であるとした(プラスの影響と答えたのは30%)。また26カ国の内、約85%にあたる22カ国もの国でネガティブ評価がポジティブ評価を上回った。ポジティブ評価が上回った国はポーランド、ナイジェリア、ケニア、フィリピンのみで、友邦とみなされるカナダ(ネガティブ54%)、英国(同57%)ですらネガティブの数字がポジティブを1.61.7倍上回る結果となった。またドイツ(ネガティブ74%、ポジティブ16%)フランス(同69%、24%)ギリシャにいたってはネガティブが78%(ポジティブ12%)と、手厳しい評価となっている。

 

対テロ戦争をぶち上げるブッシュ政権の強引なやり口や世界一極体制への嫌悪感から、自由主義国しかもキリスト教国家においても米国が国際秩序を大きく乱し揺さぶるものとの認識が前回調査同様、強いことがうかがわれる。

 

さてわが国日本はどうかと言えば、冒頭のようにカナダとならび世界にプラスの影響を与える国のトップと評価されている。

 

一年前の前回(062月)調査においても一位にあった。今回は前回と較べて見ても、ポジティブ評価が5554%へ、ネガティブ評価も18%→20%へと若干マイナス評価となったものの誤差の範囲であり、全体としてわが国外交が国際的にプラスイメージを与えていることは素直に喜ぶべきであろう。


どうして川内(康範)さんは(これほどまでに)怒っているのでしょうか?4

 

掲題の言葉は、34日のテレビ朝日「サンデー!スクランブル」の長野智子キャスターが発した言葉である。

 

「森進一『おふくろさん』封印へ なぜ川内氏は、森進一を拒み続けるのか?」のタイトルでいつもの佐々木正洋キャスター、黒金ヒロシ氏らとオフクロサン騒動について語っていたなかで、発された言葉である。番組中で森進一が歌詞を付け足して歌う「問題のおふくろさん」が流された。

 

付け足された歌詞は「いつも心配かけてばかり、いけない息子の僕でした、・・・」と四フレーズの歌詞であったが、川内氏の原詩の冒頭にイントロのメロディーに乗せて歌手森進一が唄っていた。セリフと言われるものとは明らかに異なる、まさに楽曲の一部となっているものである。その正真正銘の森進一の歌が流された直後に長野キャスターは「どうして川内(康範)さんは(これほどまでに)怒っているのでしょうか?」と、口にしたのである。

 

 わたしは正直、わが耳を疑った。仮にも報道いやメディアという世界に身を置き、しかも見識がなければ務まらぬキャスターという職業を生業としている人物が、これを言ってはおしまいである。フーテンの寅さんが「それを言っちゃ〜、おしまいよ」と、あの世で嘆いているのが目に浮かぶようである。

 

 番組のなかで流された歌詞は完全なメロディーに乗った歌であった。しかもその四フレーズの歌詞を書き留めた台紙がわざわざ示されたが、その右隅にははっきりと判別はできなかったものの、作詞家と思しき人物名がご丁寧に括弧書きされていた。

 

 川内氏の原曲「おふくろさん」は「おふくろさんよ おふくろさん 空を見上げりゃ 空にある・・・」で始まり、一番から三番の歌詞まですべて「おふくろさんよ おふくろさん」が出だしでリフレインされる。この出だしのインパクトに川内氏の作詞家としての強い思い、こだわりがあるのだろう。一番目の歌詞の最初に「いつも心配かけてばかり、いけない息子の僕でした」とやられてしまえば、森進一版はどう考えても明らかな歌詞の付け足しによるオリジナル歌詞の改変である。

 

 知的財産である歌詞を創った作詞家としては「ふざけるな!勝手にいじるんじゃねぇ!」となるのは当たり前である。またメロディーと歌詞が一体となった音曲を唄う歌手森進一も同様に知的財産を創造するアーティストであり、30年にわたり行なってきた付け足し行為はりっぱな犯罪であり、謝って許されるべきものではない。

 

 その一方でメディアに席を置く人間としてキャスターは、本件については殊更に「知的財産権の侵害」であると声を大にして警鐘を鳴らし、啓蒙に努めねばならぬ立場にあるのは論を俟(ま)たない。なぜならメディア自身が知的財産を日々創造している知的産業であるからである。

 

 わたしは1月27日付け「関西テレビ捏造に透ける知的財産権の軽さ」 のブログを、放送業界が「自らの存在を否定するような『知的財産権』を無視する行為を目にし、そのあまりにも低レベルの意識にこの国のどうしようもない文化水準の低さを見るようでむなしさを隠せなかった」と結んだ。この日の長野智子キャスターの言葉を耳にし、ふたたびこの国のどうしようもない文化水準の低さを見せつけられ、度し難いレベルの人々がテレビという巨大なメディアに巣食っていることをあらためて知らされた思いがした。

 

 これだけワイドショー的に世間の耳目を集めている「おふくろ」問題である。ぜひ川内氏には法的手段に訴えていただき、知的財産というものがどのように大切なものであり、価値あるものかを国民いやメディア業界に教えてもらいたいと強く願う次第である。


 

温暖化に立ち向かうゴア元副大統領の「SOS」3

 

アル・ゴア前米副大統領(58)ら環境問題活動家が215日に、地球温暖化の問題解決を訴えるため、「ライブ・アース」と名付けた24時間コンサートを今年の7月7日、世界7大陸の100ヶ所以上で開催することを発表した。世界中のテレビやラジオを通じて「SOS(Save Our Selves)」つまり「自らの手でわれわれを救おう」と呼びかける。

 

それに先んじた2日、ゴア氏はシリコンバレーと呼ばれるサンノゼ市で開催されたコンファレンスにおいて同日発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書に触れ、「気候危機の真実性やその原因の大半が人間にあるとする説に対する疑念は払拭されるだろう」と語った。ゴア氏が民主党クリントン政権の副大統領であった97年、米国は「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」を採択した。ところが共和党のブッシュ政権下の2001年、米国は温暖化防止の枠組みから離脱した。同氏の発言はその共和党の地球環境軽視の姿勢に対する強烈な一撃だったのである。

そしてITベンチャーの経営者や技術者たちを前にして「気候危機はシリコンバレーの企業にとってかってないほどの大きなビジネスチャンス」、「(ITの)皆さんが人類の進路を決め、人類の未来を救えるのだ」と、訴えたという。

 

21世紀最初の年である2001年は「9.11」という悲惨な同時テロがあった年である。米国は環境の世紀と言われる21世紀の初年に、温暖化防止の数値目標を盛り込んだ「京都議定書」の枠組みから離脱した。そして国際テロへの対抗としてオサマ・ビンラディンを保護するイスラム原理主義ターリバーンの排除目的で107日からアフガニスタンの空爆を開始した。それに引き続く一連の対テロ戦略として20033月にイラク戦争を開始、フセイン元大統領の処刑後もバグダットは連日のテロに見舞われ、イラク情勢は混迷を深めており、泥沼化の様相を呈している。

 

 戦争は言うまでもないことだが、直接的に人命のみならず地球上の生命を無差別に殺傷し、そして自然破壊を厭わぬものであり、「環境保護」とは対極にある非人道的・非環境的行為である。

 

 ゴア氏は来年11月の大統領選には立候補しないと語っている。その理由を「温暖化問題がいかに切迫したものであるかを世の中に伝え、解決に結びつけるための活動で手一杯であるから」としている。ゴア氏はかつて情報スーパーハイウェイ構想を企画し、インターネットの爆発的普及に貢献した先見性の実績を有す政治家である。その人物が再び人類の智恵と勇気を信じ、問題解決のため先頭に立って行動するのを見るにつけ、政治家とはこうあるべきものと思うのはひとり私だけであろうか。ブッシュ共和党のみならず、ウォーム・ビズと言ってはしゃぎ、参院選向けにどう選挙民に飴をふるまうかなどと目先のことにしか目の向かぬ日本の政治家などは、家族でハイブリッドカーを利用するゴア氏の爪の垢でも少しは煎じて呑ませてもらったらどうであろうか。

 

不可解な100%子会社「(株)フジテレビ出版」の唐突な解散5

 

 フジテレビは2月22日付けで「子会社解散のお知らせ」を発表した。その内容は以下の通りである。

 

「当社は、平成19年2月22日開催の取締役会において下記のとおり当社の子会社(持分法適用)である株式会社フジテレビ出版を解散することを決議した」

その解散の理由として「当該子会社は、フジテレビで放送した番組の活字、出版メディアへの展開を目的として設立された会社でしたが、業務の効率化を図るとともに、当社が自ら積極的に関わることとしたため、解散することに致しました」と述べている。

清算結了予定は平成19年8月末とされ、当社業績の影響として「当該子会社の解散が当社個別業績及び連結業績に及ぼす影響は軽微であります」とされている。

 

 フジテレビ出版は直近の平成17年度決算は売上高1億5700万円、経常利益6300万円の黒字決算である。過去三年間の決算の累計数字で見ても、売上高5億4000万円、経常利益2億6200万円、利益率48.5%という驚くほどの高収益会社である。

 

 数字を見る限り小体といえども高収益企業であり、解散理由が「業務の効率化」と「当社(フジ本体)が積極的に関わることにした」であれば、解散ではなく吸収すればよい話である。高収益で税金も払っていた100%子会社である。吸収合併するのに何の問題も存在しない。この会社の存在を消去せねばならぬ理由がわからない。

 

 そこで気になるのが、フジテレビ広報部発行の広報誌「パブペパNo.03-25」(2003年1月24日発行)の「『発掘あるある大事典』から新シリーズ『あるある式レシピ』本が2月3日に発売」という表題記事の内容である。(「フジテレビ知っ得情報」より)

 

「これまでのあるある本は、書籍では5巻、ムックでは3巻発売しておりますが、累計214万部を突破した大好評のベストセラーです。食生活の乱れ、不規則な食事など、生活環境が悪くなっていく今、自分で自分の健康を守ることが大切。

そこで、【ダイエット】【美肌】【サラサラ血】【肝機能アップ】【整腸作用】【脳の活性】【免疫力】など、これまで紹介した選りすぐりの健康に役立つ料理レシピが満載!手放せない1冊になること間違いなし!『あるある』が考える「身体の機能が強い」「身体を外敵から守る力が強い」「きれいな身体になれる」を3大ポイントとして、身体にいいレシピ集がついに完成です」などと書かれている。

その最後に「あるある式レシピ」は「定価:本体1429円+税 発行:フジテレビ出版 発売:扶桑社」と、「フジテレビ出版」が出版社として明記されていたのである。

 

 現在発行されている「あるある式レシピ」本は関西テレビ放送が出版社となっており、これもどのような経緯があったのか不可解である。ただフジテレビ広報誌の「フジテレビ知っ得情報」(http://www.fujitv.co.jp/jp/pub_info/pub/03-25.html)を実際に目にすれば、当時、出版社をフジテレビ出版と記載するほどの肩入れをし、「あるある」が関西テレビでもなくましてや日本テレワークでもない、フジ本体が自社制作しているかのような気持ちでいたことがよくわかる。フジテレビが「あるある」において第三者であったとは思えない状況が過去においてあったことは隠すことのできぬ事実なのではなかろうか。

 

 こうしたことを思い巡らすと、今回の唐突な出版社の解散は出版物を検証されたら何かフジテレビにとって不都合なことでも出て来るのかとも勘繰りたくもなるのである。まことに不可解なことである。

 

どうもすっきりしない「あるある」フジテレビ5

 

 フジテレビの村上光一社長は27日、一般紙との定例記者会見で総務省の放送法改正での「再発防止計画の提出要請」制度化について「放送内容や番組内容について新たな法規制をつくるということは、慎重の上にも慎重にお願いしたい」と語った。さらに「民放連とNHKはBPO(放送倫理・番組向上機構)を第三者機関として機能強化するのが一番いい」と述べた。そして3月1日、日本民間放送連盟は、事実と異なった放送が行われた場合、第3者機関であるBPO(放送倫理・番組向上機構)が、テレビ局に再発防止策の提出を求めることができるようにすることを決めた。

 しかしBPOといっても8名の有識者委員以外の放送事業者委員はNHK、日本テレビ放送網、TBSテレビ、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京、関西テレビ、ニッポン放送のいわゆるキー局、準キー局で構成されており、これまでの対応を見る限り自分たちの不祥事に対し自浄作用がどれほど働くのか甚だ疑問である。

 

さて本題に戻るが、村上社長は「あるある」に関連した放送法の改正問題への意見を求められたとき、一応「発言しづらい立場」にあるがとして、冒頭のように語った。

 

 関西テレビの筆頭株主(株式保有比率19.85%)である(株)フジテレビジョンの「あるある捏造事件」に対する公式見解は、「発言しづらい立場」という表現で言外に表わされているように第三者として事を納めたいとの意識が表に滲み出ているようでならない。

 

同社のHPの左隅にへばりつくようにして小さく※印があり、1月23日付けで「『発掘あるある大事典供戮亡悗垢襪知らせとお詫び」との表示がある。そして右方の「What’s New」の囲みのなかに「アンビリバボーなラブストーリー」や「フジテレビ♪」、「お台場ランド」「めざにゅ〜:スクスクおネギちゃん」などに紛れて「『発掘あるある大事典供戮亡悗垢襪知らせとお詫び」のタイトルがある。

 

※印の表示の方はカーソルで画面をわずかに下にずらさないと見えぬ位置にある。トップページが画面に現われても直接、目に付く場所には掲示されていない。まさか今回の捏造事件を「めざにゅ〜:スクスクおネギちゃん」と同列に考えているとは思いたくないが、HPでのお詫び文の掲載のあり方にも、フジテレビの本件に対する扱いを他人事にしたいとの思いが滲み出ているようですっきりしない。

 

また日本テレワークという会社がそもそもフジテレビ社員17名が独立して設立、初代社長が当時のフジテレビ編成局長であったこと。そして現在も村上社長が社外取締役を兼務することで経営に関わる極めて関係の深い制作会社であったにも拘らず、同社が引き起こした番組捏造についてのフジテレビ側の責任については一切言及がなされていない。

以下にHPに掲載されたお詫びの一文の主要部分を転記する。

 

「1月7日(日)午後9時〜9時54分放送の「発掘!あるある大事典II」(関西テレビ放送制作)第140回『食べてヤセる!!!食材Xの新事実』におきまして、番組内容に事実と異なる放送の倫理性を著しく逸脱する内容が含まれていることが判明いたしました。このような行為は、放送の公共性を大きく損ない、その結果、皆様の信頼を大きく裏切ることになりました。視聴者ならびに関係者の方々に深くお詫びいたします。(以下略)」

 

この文章は非常に分かりづらく作成されている。意地悪く見れば、実に巧妙に作られているのである。何度読み返してみても、この捏造事件におけるフジテレビの立場がはっきり見えてこない。つまり「このような行為」の主語がはっきりせず、しかも捏造という言葉を意図的に避け、著しく透明さを欠く文章なのである。この一文を見るだけで、フジテレビがこの事件を自社とは直接的に関係のない、他人事として幕引きを急いでいるとしか見えてこない。そしてこれまでの一連のフジテレビの対応や社長発言を訊いていて、要は、どうもすっきりしないのである。

 

 まず1月29日の村上社長の一般紙定例会見要旨を見てみると、「あるある」について「視聴者の皆様の信頼を裏切る内容の放送を行なったことに対し、フジテレビとして深くお詫び申し上げます」と捏造番組を「放送して」しまったことに対し、謝罪する内容となっている。フジテレビ社長が日本テレワークの社外取締役をやっている責任、同社とのこれまでの強い関係などに一切言及しない、同社へ関西テレビが外注し何のチェックもせずに番組放映したキー局としての責任については頬かむりであること、これもどうもすっきりしない。

 

そうした経緯を経たうえでの冒頭の定例記者会見。そのやり取りで「トリビアの泉」の過剰演出についての質問に対して、村上社長は「いわゆる『やらせ』や『捏造』ではないと思うが、『トリビアの泉』のモットーからすると、もっと厳密であるべきだった、好ましくなかったと思っている」と回答した。自社制作については捏造はないと言明した。その「トリビアの泉」も日本テレワーク制作である。また、同社制作の「クイズ$ミリオネア」・「こたえてちょーだい!」の番組打ち切り発表も「捏造問題とは関係ない」とフジテレビがいくら説明しても、このタイミングで?と、これまたどうもすっきりしない。

 

 そして、最後に100%子会社の「(株)フジテレビ出版」の解散である。フジテレビは2月22日に唐突に同社の解散を取締役会で決議し、発表した。同社決算は平成18年3月期で、売上高1億5700万円、経常利益6300万円である。ここ三年間の決算数字の累計額を見ても売上高は5億4000万円、経常利益2億6200万円、何と利益率48.5%という高収益会社である。フジテレビ出版の発刊した書籍には、「クイズ!ヘキサゴン問題集」、「完全攻略クイズ$ミリオネア」、「即効若返り術」、「めざましテレビ・知ってて得する知っ得事典」など多数存在する。

 

フジテレビ広報部が発行する「パブペパ」という広報誌がある。その「パブペパNo.03-25」(2003年1月24日発行)で、ダイエット、美肌等に役立つと熱く語られた「あるある式レシピ」本を「フジテレビ出版」が発刊するとしていた。

そのことは「あるある」がフジテレビと日本テレワークと一体で制作、商売としていた証左とも言えるのではないだろうか。決して他人事と頬かむりなどできぬ強い関わりをフジテレビは持っていたのではないのだろうか。ネットショップ「ほんつな」で調べてみると、現在、フジテレビ出版の書籍は475冊(3月1日現在)が登録されている。そのリストのなかに実は「あるある式レシピ」本の名前は存在しない。その本の出版社は経緯はわからぬが「関西テレビ放送」となっている。これまた、どうもしっくりしないのである。


関テレ社長、謝罪相手を間違うお粗末さに唖然!4

 

21日の自民党の通信・放送産業高度化小委員会に関西テレビの千草宗一郎社長が呼ばれ、「発掘!あるある大事典」の捏造問題につき詳細な説明を求められた。そして同小委員会は、総務省が今国会へ提出予定の放送法改正案のなかに「事実でない報道で国民生活に悪影響を及ぼす懸念がある場合、放送局に対して再発防止計画の提出を求めることができる」条項を盛り込むことを大勢として容認した。改正案に盛り込まれるのは(1)再発防止計画の提出を求める(2)計画などにつき電波監理審議会に諮問(3)その計画に総務相・審議会の意見を付けて公表などとされている。

 

千草社長は小委員会を退出後、「放送法改正に再発防止計画が盛り込まれ、当局の介入が強まるが」との主旨の記者団からの質問に対し「(こうした事態を招き)NHK、民放の方々に大変迷惑をおかけした」「(当局介入の件に関しては)コメントを控えることをお察し願いたい」と答えた。

 

 わたしはこの千草社長の言葉に耳を疑った。今回の放送法改正案に当局の影響力を強める条項が盛られたことは、国民の「知る権利」にある種のタガがはめられるということである。一放送事業者である関西テレビの捏造問題という許されぬ不始末が、憲法で国民が等しく保障されている表現や言論の自由に制約を与える懸念を有す法改正という事態を招いた。捏造問題が引き起こしたことの本質はまさにここにあるのである。この千草という社長はまったくその事態の重大性に気づいていないどころか、本来、放送事業者とは何であるのか、報道機関の使命は何であるのか、なぜ報道機関にある種の取材特権が与えられているのかかがまったく理解できていぬことに、わたしは愕然としてしまった。報道機関はあくまで国民の「知る権利」を代行するものとしてその存在価値を認められているのであって、彼らのみに「知る権利」が保障されているのではない。

 

 関西テレビの社長は国民の知る権利に将来影響を与えるような大事件を引き起こしたことを「国民に対し」謝罪すべきであって、同業者に対し謝るなど報道機関のトップとしての見識というより最低の常識さえ持ち合わせていないことに大きな憤りを感じ、唖然としたのである。


メディアの責務、「人の噂も75日」に時効の中断を!3

 

「人の噂も75日」と言われるが、昨今の凶悪事件の多発や多様化する情報の氾濫から、その75日という時日が極端に短くなっていると感じる。テレビや新聞で見かける法廷報道で「あぁ、こんな事件があったなぁ」と数年前の事件のことを思い出すという経験をどなたもお持ちではなかろうか。

 

 これだけ多様なソースから情報がシャワーのように毎日、秒刻みで浴びせ掛けられると、一週間前の出来事さえ遠い昔のように感じてしまうことも度々であり、それも仕方がないことだと妙に納得してしまう自分に空恐ろしさを感じてしまう。

 

 しかしわれわれは決して忘れてはいけないことがあることを覚えておかねばならない。そして情報洪水のなかでメディアはその忘れてはならぬことを時に応じリフレインのように社会に対し記憶再生させる責務がある。それは目の前の事件や災害に目を奪われ、その情報処理に忙しい社会に、意識の奥底に埋没させた忘れてはならぬことを思い出させ、その後の検証・フォローをさせ、現状がどうなっているのかを社会全体で再認識する必要があるからである。そのことは未解決事件の解決につながり、事故や災害被害の悲惨さを忘れないためであり、そしてそこから学んだ貴重な教訓を風化させぬためである。

 

さらに繰り返し思い起こさねばならぬものに、政治家をふくめた人々の口から発された「言葉」がある。その言葉とはいま流行りの失言と言うより、その場をしのぐためあるいは事件を少しでも早く手仕舞いたいがために発された「謝罪の言葉」のことである。

 

人間の「言葉」は当然ことだが、時と場合により大きな重みを持つことがある。

一例として挙げれば、いじめを苦にして自殺した筑前町立三輪中学二年生男子の担当教諭の「謝罪の言葉」である。ご遺族の前で彼は「一生かけて償います」と頭を下げた。そのとき、わたしはこの人物が口にした言葉に瞬間的に疑念を持った。この男は「己の一生をかけた償い」という言葉の重みがわかって謝罪しているのだろうかと思ったからである。

 

福岡県警は19日、暴力行為法違反(共同暴行)の疑いで自殺した少年の同級生3人を書類送検した。そして担当教諭についても事情聴取を行ない慎重に調べを進めているという。

 

JR西日本の福知山線事故、パロマガスの湯沸かし器事故、不二家の消費期限切れ食品問題、関西テレビの「あるある大事典供忸埖い修靴督日新聞の盗作問題等々、不祥事のたびに繰り返し「謝罪の言葉」が当事者の口から発される。しかしその「謝罪の言葉」に本当の言葉の重みを知ったうえで、それを口にしているのだろうか。その場しのぎの言葉であってはならぬことは言うまでもない。

 

その「言葉」の逃げ得を許さぬためにも、メディアは繰り返し「謝罪の言葉」のその後を検証する意味で、謝罪が意味した具体的行為・行動を継続的に報じる責務がある。それが例えメディア自身の「謝罪の言葉」であろうが、そこに何ら差別、いや優遇すべき点はもちろんない。「人の噂も75日」、この情報過多のなかで「謝罪の言葉」はいつしか人々の記憶のなかから消え去ってゆく。だからこそメディアはそれをリフレインすることで「75日の時効」を常に中断させる責務があると考える。

 

 担当教諭の「一生かけた償い」の中身はいったい何なのか、われわれは常にその成り行きに眼を光らせてゆかねばならない。

 

それでもBPOは「あるある声明」を繰り返すのか3

 

『発掘!あるある大事典供戮隣埖ぬ簑蠅琶送界は依然、大激震を続けている。

その最中、テレビ東京の菅谷定彦社長は21日の定例会見のなかで、健康情報番組「今年こそキレイになってやる!正月太り解消大作戦」(1月6日放送)の映像すり替え問題について捏造を認めて謝罪した。そしてそのほとぼりも冷めやらぬ22日に今度は、日本テレビの「報道特捜プロジェクト」などの内容につき山梨県山中湖村が「捏造の疑いがある」として放送倫理・番組向上機構(BPO)に苦情申立書を送付したことが報じられた。

 

BPOは2月7日に『発掘!あるある大事典供挂簑蠅亡悗垢詬識者の「声明」を出した。その内容は、「(1)何重もの下請けで、十分な取材や調査が出来ないまま番組作りが進んでいる(2)外部制作者の末端にまで実効性のある教育システムが必要(3)政府・総務省の関与・介入は慎重を期し、懲罰的な行政指導を行うべきではない」の3点を主張するものであった。

 

その(3)で、声明は「民主主義社会の根幹をなす言論・表現・報道の自由の重要性に鑑みれば、慎重の上にも慎重を期すべき事柄であり、行政の役割は、直接に指示したり、懲罰的な行政指導を行なうことではない」と述べている。

 

わたしはこの声明に対し、29日付けのPJオピニオン放送倫理・番組向上機構の声明って、変?で疑問を呈したが、性懲りもなく続くテレビ局の捏造問題を前にしてもまだ、BPOの有識者は前述の声明を撤回する気はないのだろうか。

 

民主主義社会の根幹をなす言論・表現・報道の自由」であるからこそ、「懲罰的な行政指導」で早めに放送事業者の襟を正させるのが結果として国民の利益に適うのではないかと思えて仕方がないのである。現に放送事業法の改正において「国民の知る権利」を脅かしかねない条項が盛り込まれる方針が固まったことを見ても、いたずらに権利、自由を叫び、自浄作用も満足に働かぬ放送業界への行政指導すら反対することは、結局は大きな処罰等を含んだ表現の規制や当局の言論介入が認められることになるのではないか。有識者と言うからには、今度こそもっと将来を見据えた国民にとって有益な見識ある「声明」を公表してもらいたいものである。

 

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