夕張市破綻、国は憲法25条にどう対処する
夕張市(後藤健二市長)は9月29日に地方財政促進特別措置法第22条に規定される準用再建制度に基づき、財政再建団体指定申請を市議会で了承、この11月14日にA4版の「夕張市財政再建の基本的枠組み案について」がまとめられ、公表された。現在、この資料に基づき市内6地域で順次、住民説明会が開催されている。ここ数日、TVや新聞で住民が市に対して大きく反発し、不満を述べる映像が流され、またその状況が記事として報道されている。
住民に示された「財政再建の基本的枠組み案」に目を通してまず気づくのが、財政再建団体への転落という事実に対する夕張市の認識の甘さである。市議会での申請議決から1カ月半、いや申請を検討し始めた段階から計算すれば、再建案の具体化には相当な時間的余裕があったはずである。1頁目にある「今後、再建計画を具体化する中で、さらに歳出の削減等の見直しをすすめてまいります」と他人事のように述べる言葉に、破綻・倒産といった切迫感は伝わってこない。
しかも、その資料は冒頭に述べたようにA4でたった5枚の紙切れのみである。その内容は、歳出削減については、職員数を「同程度の団体(自治体)の2倍程度いる職員数を平成21年度当初までに平均以下とし、平成22年度当初までに同程度の市町村の最小の規模にします。人口の減少に沿って、さらに削減を進めます」。また給与水準等の引き下げは「職員の年収はh17からh19の間に最大で約4割減額となります」と、倒産した私企業であれば何を能天気なことを言っているのかといった微温的な言葉が並んでいる。その他項目でも、「物件費4割程度の削減」、各種団体等への「補助金削減は8割程度削減」といった細目の示されていない大雑把な数字がただ羅列されているだけである。
その一方で、住民負担の増加については市民税(個人・均等割)3000円→3500円、市民税(所得割)6.0%→6.5%、固定資産税1.4%→1.45%、入湯税新設150円というふうにやけに詳細に記述されている。こうした内容の記述自体が、この資料が住民に負担増を強いるためだけに作成された説得資料であることを如実に語っているように思えてならない。この事態に至った原因と行政の責任の所在については、「不適正な財政運営により膨大な赤字を抱えたことを深く反省し」と冒頭に述べるに止まり、その責任の取り方を示す文言は具体的にどこにも記述されていない。その認識の甘さと責任の取り方については、行政サービスをどう継続していくのかという対応策とは別に、今後とも糾弾されていかねばならぬ重要な問題である。
ただ現実的には、このたった5頁の「財政再建の基本的枠組み案」で行政の責任は問われぬまま1万3千人の夕張市民が自治体の財政再建という茨の道に放り出されようとしている。一部報道ではこの再建案はまだ甘過ぎる、もっと削る経費部分や工夫の余地があるとの総務省の意向を伝えている。そして資料に述べられているように来年3月までに総務大臣の同意が得られれば、夕張市民は否も応もなく私企業でいう倒産にあたる自治体の再建団体の住民へと転落させられることになる。
もちろん自治体の倒産は、私企業のように債務と資産を相殺して残った債務を債権者が被る形で企業そのものを消滅させる清算という行為はあり得ない。自治体は憲法で定められた制度であり、現にそこに住民が住み、生活を営んでいるため自治体消滅という事態にならぬことは言うまでもない。
ここに破綻自治体の再建の難しさがある。こうした厳しい条件が多いなかで倒産実務そして再建を図っていかねばならぬ夕張市民の財政再建準用団体への道は当然のことだが、容易ではない。再建への第一歩として住民に対する行政サービスは大幅に低下する。小(現在7校)・中学校(同4校)を各々一校に統合したり、下水道使用料の増額など決まっているものだけでも市民生活は大きなダメージを受けることになる。さらに唯一の医療機関である夕張市立総合病院も道内の病院よりも約3百万円低い給与水準ということもあり、現在の医師数5名(最盛期11名)から実質2名体制となることが決まっている。医療体制の崩壊と言ってよく、命の保障さえままならぬ状況の中に市民はいやおうなく放り込まれることになる。
日本国憲法はその第25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と定めている。過大な観光事業への投資等夕張市の財政運営の失敗といった理由はともあれ、国家は「健康で文化的な最低限の生活」を夕張市民に保障するそもそもの義務がある。
歳出削減を図り、住民にも重い負担を強い、標準財政規模わずか44億円の自治体が総額360億円にものぼる膨大な赤字をどう解消していくのか。5頁の資料からはその大勢感も具体的道筋もまったく見えてこない。そのなかで、憲法でいう「健康で文化的な最低限の生活」水準がどう保障されるのかは、当然のことながら詳らかにされていない。現在、夕張市の人口の3割強は70歳以上の高齢者である。つまり課税負担に弱いさらには納税力の弱い税年齢構成となっている。石炭産業の衰退、閉山、観光産業投資失敗という過程における再建団体への転落であり、夕張市の人口は産炭地として隆盛をきわめた最盛時の11万人から減少の一途にある。市民の経済的負担を増やせば、それを嫌気し転職可能な人々、特に若い人々の夕張市脱出が増える。その一方で、市内には脱出すらできぬ経済的弱者の人々が残されていき、その人々への課税額はさらに大きくなる。そのおぞましい負の連鎖は実際にもう始まっている。
現行の準用再建制度では、認定自治体に起債が認められるほかは国から一時借入金に対する特別交付税措置などがあるだけで、抜本的な財政支援措置は講じられていない。夕張市の言うように20年間という長期にわたり市民に重い負担と劣悪な行政サービスのもとで約定弁済を続けていくと述べるしか策がないのが現実である。
「地方分権21世紀ビジョン懇談会」の報告を踏まえ、この2006年7月7日の閣議で「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」が承認され、「再建法制等も適切に見直す」とされた。今後、民間でいう破綻組織の存続を前提とした「会社更生法」や「民事再生法」のような法整備が地方自治体の破綻法制の議論のなかで深められていくことになろう。しかし、夕張市にその議論の決着を待つ時間的猶予は与えられていない。国も総務省も今回の夕張市のケースは、ただ、歳出削減を厳しくと「口先」指導を行うだけではなく、国として「健康で文化的な最低限の生活」水準とはいったい具体的に何を言うのか、どの行政サービスは残し、どのサービスは停止するのかなど具体的指針を示す必要があろう。そして、夕張市単独でその指針にある水準まで達することが不可能な場合は、まずは国の財源で最低限の生活を保障する義務があるはずである。
本件については行政間のやりとりで時間を空費する余裕も夕張市に住む住民の不安をいたずらに引き伸ばす精神的余裕も残されていない。速やかに破綻法制の整備を行う努力を進めることは言うまでもないが、いま目前にある夕張市の財政再建には、行政には「大ナタ」を振るい、市民には「安心」という国民の国民たる権利を与え振る舞うべきである。