彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

August 2006

直木賞作家坂東真砂子(48)氏の子猫殺し1

直木賞作家坂東真砂子(48)氏の子猫殺し

 

http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20060825/mng_____sya_____001.shtml

(「抗議殺到」中日新聞825日)

 

 日経新聞の18日夕刊のコラム「プロムナード」を読んでみた。

う〜ん、なかなかコメントするのが難しいかなぁ・・・。

 

 だけど、夕刊の「プロムナード」つまり “散歩道”あるいは少し古風に“逍遥”といったホッと一息するところで、ふ〜ん・・と、ちょっと脳細胞に心地よい快感、ちょっとニヤリとして一日の肩の凝りをほぐしてくれるそんなコラム欄には、全く似つかわしくない題材であり、内容であったことだけは確かである。

 

 こうした題材であればこそ、ご自身の本業であろうと思われる「小説」という場でじっくり掘り下げるべきなのではないだろうか。

 

 今日の東京新聞で同氏のエッセイに抗議が殺到しているのを知った。そして、ネットの世界でも色々と騒がれていて、様々な反応というより坂東氏に対する圧倒的な批判があふれており、同氏と同じようにネコをペットに飼っている身として、考えさせられることが多かった。

 

 わたしは9歳になる雄ネコを飼っている。プロフィールの写真にあるのが、うちの家族の一員である「麟太郎(リンタロウ)」である。初めての男の子には私の尊敬する勝麟太郎の名前を戴いて命名しようとしていた名である。当時は人名漢字に「麟」という字がなくて、結局、異なる命名となった。

 

 息子たちに子猫を飼って欲しいとねだられ、ご近所のお知り合いの方から9年前に戴いたのが「麟太郎」である。名前を何にしようかと家族会議を開き決まったのが、他ならぬ「麟太郎」であった。息子の「お父さんが僕にどうしてもつけたかった名前をつけてあげたらいい」の一言で決定を見た。

 

今では、皆家に帰ってきての第一声は「リンは?」である。

 

こうしたわが家で、このテーマは重い。遠い8年前のことを思い出すからである。最初は家の中で飼うことで躾をし、飼い続けたが、「リン」はどうしても外に出たがり、一年後には家と外を自由に行き交うことになった。それまでは自分の右脚(手?)でガラス戸をこじ開けて何度も逃走劇を繰り返した。それで、結局、リンの希望に沿う形で、「外遊」を許可することになった。

 

但し、その時の条件がまさに「去勢」の問題であった。ご近所で野良猫被害の問題が色々と云われていた時でもあった。雄ネコなので、こちらが加害者?の立場になるわけで、自分たち家族が知らないところで雌ネコと事におよび子を成した時に、我々家族がその責任を取ることができぬという問題に、家族で悩み、話し合った。

 

結論は、「リン」に満1歳を前にして、去勢手術を施すことにした。その日のことは、正直、今でもよく覚えている。家内が病院に連れて行った。そして、戻ってきた。やるせない気持ちであった。帰ってきたリンの疲れた少し悲しそうな顔を眺めて、「去勢したのは間違いだったかもしれない」と、強く後悔したことを思い出す。悲しくて抱き上げて抱きしめた時の、無邪気だが少し愁いを帯びたリンの瞳が未だまざまざと瞼のうちに甦ってくる。

 

今日も「麟太郎」は早朝に自分の縄張りを巡回すると、安心したようにお気に入りの玄関マットのうえでうたた寝をしている。その眠り姿はペット大好きの人々には、云わずもがなであろう。

 

「避妊」という種を根絶するのと、生まれた子猫を殺すのと結局、同じことではないかと坂東真砂子氏は云う。わたしは彼女のように勇敢といおうか、冷静な「理」の世界だけで物事を判断できない人間である。やはり、生まれてきた目の前で動き廻る生命体を自らの意思で、殺戮するという行為は心情的にどう考えてもできない。断種の場合は、見方からすればもっと残酷な行為とも云える。何せ永遠に種の継続を絶つのであるから。その意味では坂東真砂子氏がいう「・・・子猫を殺しても同じことだ。子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ」というのも、違うのではないかとも思える。

 

理屈はどうであれ、やはり子猫を殺すことなどわたしにはできない。なぜなら、自分の経験から目に見える生物であって、初めて人間は動物に感情移入が出来るのではないかと思うからである。あの可愛らしい仕種を一目でも見てしまったら、人間の情として、それを自らの手に掛けて殺すなどという発想は出てこないのではないかと思う。それが普通の人の自然の感情なのでは・・と、つい凡人は考えるのである。

 

同氏の云う理の世界で云えば、「細菌」や地上を這っている微細な生物も子猫と同じ生物である。でもこの生命体を私たちは一つは人間を害するものとして、当然のごとく殺戮する。もう一つは目に見えず、知らず知らずに日常的に踏んづけ殺戮行為を続けている。でも、心は痛まない。

 

なぜ? やはり人間は視認して、感情に訴えられて、初めてそのものとの距離感を理性で認識するのではなかろうか。「情」が発生して「理」がそれを秩序立てる、そして何かしらの「行為」へ発展する。「ある行為」の発端は「人間としての情」なのだ、「理性」ではない、「理性」が人間の「行為」を規定するわけでもないと、普通の人間であるわたしはようやく気がついた。坂東氏のコラム騒動のお陰でそう思い至るにいたった。

 

リンを去勢したことはペットを飼う人間の責任として間違いではなかったのだと、8年経って自分で納得することができたような気がした。

 

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三駒(蕎麦)――グルメ蓼科編 55

三駒(蕎麦)――グルメ蓼科編 5

 

☆☆☆☆☆

 

長野県茅野市米沢7682

 

Tel0266-73-5455 Fax73-5286

 

営業時間11時〜22時 

定休日(水)


わたしたち家族はこのビーナスライン入り口近くのこのお店を、二十年来「みこま」「みこま」と呼び続けていた。実は「みつこま」が正しいと今回、初めて知った。

その「三駒」は武田信玄の野戦食であったといわれる、大鍋で煮込む「ほうとう」で有名なお店だが、わたしはここの麺の太い、色黒い「玄(くろ)そば」が大好きだ。その味はことのほか素朴で、しっかりとした喉越しの量感が何ともいえずよい。


店内は、一歩、足を踏み入れるとふっとタイムマシンにでも乗って、江戸時代に来てしまったような感じに襲われる。少し薄暗く感じられるが中央に囲炉裏が切ってある光景は、昔の農家を思わせる。それもそのはずで、この建物は新潟県の豪農の家屋を解体して、わざわざこちらまで持ってきて再興したものだという。


信州は蕎麦が名産品であるが、ビーナスライン沿いにも数え切れないほどの蕎麦屋が道沿いに並んでいる。古いお店、新しく出来た店も含め基本的に全て一回(そば蔵・蓼科庵・長寿更科・みつ蔵・そば庄・三五十屋)はチェックに入っているつもりである。近年はとくに各店、十割そばとか色々趣向を凝らし、特色を出そうと努力をされており、人それぞれの好みで「蕎麦」選びが出来るほどになっている。

 

三駒全景

三駒看板

 

 

 

 

 

 

 

オレンジの屋根が三駒 看板左に入る

 

そのなかで、わたしの一押しはやはり、「みこま」、もとい・・・、「三駒(みつこま)」である。昔からここにある三駒はビーナスラインからちょっと(20メートルほどか)左に入り込むため、つい通り過ぎてしまうか、道路脇の便利な店に車を入れ簡単に食事を取る人が多いのではないだろうか。


ビーナスライを蓼科湖方面に向かうと緩やかな登りにかかる直前、左手に橙色の大きな屋根が見える。そして、そこに「三駒」の看板が目に入るはずである。是非、一度立ち寄って見てはいかがでしょうか。


それからこれは蓼科ではないが、心に残った蕎麦としては、お店の名前は忘れてしまったが、戸隠神社の宝光社を少し過ぎた坂道の左脇にあった蕎麦屋で食べた戸隠蕎麦が冷水で締められて素晴らしく美味しかったのを覚えている。もう一度、行ってみたいと思っている心に残る店である。

 

以下に私なりに蓼科の蕎麦どころのランキングを示しておく。

最高点5、最低点1でランクづけ

 

5点:三駒・香草庵

4点:三五十屋

3点:長寿更科・藤亭

2点:みつ蔵(客あしらいが悪く、ぞんざい)・蓼科庵

1点:そば庄・そば蔵 






心身障害者扶養年金の一方的廃止に福祉行政の本質を問う1

心身障害者扶養年金の一方的廃止に福祉行政の本質を問う

 

 8月14日、自宅に東京都の福祉保健局より一通の封書が届けられた。中身は、障害者扶養年金制度が財政的破綻に直面し、廃止せざるを得ないということで、審議会で中間報告をまとめたことを知らせるものであった。そして、年金加入者に対し、審議会の制度廃止の方向での中間案について意見を伺うという体裁であった。平成18年5月12日から東京都心身障害者扶養年金審議会を開催し、知事から諮問を受け「東京都心身障害者扶養年金制度の社会的役割の変化を踏まえた今後のあり方」について、議論を重ねてきたとのこと。

 

 しかし、中間報告までに(と言ってもこれまでの審議会のあり方からすれば、制度廃止がほぼ最終結論であることは、ほぼ確実)、たった3ヶ月の議論(審議会開催4回。総審議時間は僅かに4時間58分)である。この手続き自体が、「利用者・障害者の方々の意見は広く聞きました」と、申し開きするための行政のアリバイ作りと云われても仕方あるまい。障害者の立場に立った障害者の財政基盤確立の議論が、親身になされたか東京都(在宅福祉課)のHPで開示されている議事録を読む限り素直に頷くことは出来ない。

 

 わたしはこの身勝手な行政の、障害者とその関係者に対する冷淡かつ無責任な対応に怒りと憤りを覚えた。もちろん、ただこうして怒ってばかりでは行政の思う壺である。「ご意見は拝聴したが、この財政難の折、制度廃止は止むを得ない。加入者からも大きな反対の声は届いていない」と、ご意見〆切の9月8日以降の審議会で、都庁の役人が委員にこう説明する姿が目に浮かんでくる。

 

 この無責任で冷酷な行政の責任は、誰が、どうとるのか、そして生活保護者よりも少ない障害年金額しかもらえぬ障害者にささやかでも金額の上乗せをと願って、この扶養年金制度に入り20年間にわたり掛け金を払いつづけてきた親の立場から、しっかりとした行政の答えを引き出すべく、意見書をしたためようと思う。

 

 そもそも、この年金制度は昭和44年から「東京都心身障害者扶養年金条例」を根拠法としてスタートしたものである。それから37年の月日がたち、財政的に立ち行かぬということで、廃止せざるを得ないとの中間報告がまとめられた。報告書にある「扶養年金制度(東京都は、加入者=親が亡くなれば、障害者に対し月3万円(全国ベースは2万円)の年金支給。都はその分、掛け金が高い)の果たしている役割は、障害者施策全体の中で相対的に小さくなっており」とは、誰が云った言葉か? 先に言ったように、障害者(特に知的・精神)は一般企業への就労の道がほとんど閉ざされ、収入の道がない。親なき後、わたしの子供を初めとした(知的)障害者たちは、どうやって生きていけばよいのだろうか。

 

報告書に云う「障害者施策全体のなかでこの扶養年金制度の役割が相対的に小さくなっている」との文脈は、生活を保障する障害者施策全体が充実してきて、こうしたサポートの必要性が低まったとの認識をベースにしている。昭和61年創設の障害基礎年金などのことを言っているのであろうが、その年金額は私の子の場合(愛の手帳3度)で月6.6万円(基礎年金20歳から支給開始)と東京とから別途1.5万円の育成手当てで、年間で96万円にも満たない。

 

これで、他に収入を得る術のない(現在授産施設で月一万円の工賃のみが娘の収入)障害者が、憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」で保障されている最低限の生活をどうやって営むことが出来るのか。

 

ただでさえ、この4月からの障害者自立支援法の施行により、応益負担と称し授産施設(作業所)へ通うにあたっても(福祉サービスを受ける)施設利用料として上限3万7千円を限度として支払うことになった。従来よりも金銭負担が増大するという障害者を取り巻く厳しい時代環境を、審議会の委員はどうして「障害者施策全体のなかでこの扶養年金制度の役割が相対的に小さくなっている」と、判断できたのか。自立支援法が今、福祉の世界で大きな問題になっていることを、まさか知らないような方々が審議委員などをなさっているわけではなかろう。「親亡き後」の生活保障の一助として、「政策」として導入された「扶養年金制度」のはずである。福祉政策を審議するというより、保険制度諮問委員会の様相を体した審議会の姿に、現状の行政の福祉に対する取り組み姿勢、本質を見たような気がする。

 

「親亡き後」の障害者の生活をこの国、そして直接の行政責任者たる自治体である東京都はどう担保するつもりなのであろうか。

 

 

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知的障害者雇用の現場から―心休まらない日々の記録

福祉を変える経営~障害者の月給1万円からの脱出

 

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小泉首相の終戦記念日靖国参拝は最後屁3

小泉首相の終戦記念日靖国参拝は最後屁

 

 今朝の大手各紙は小泉総理の閣議(午前十時)前の靖国参拝の予定を伝えている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060815-00000008-mai-pol

(毎日新聞815日)

 

 退任を来月に控えたこの終戦記念日に五年前の自民党総裁選のもう反故になったような自民党員への公約を、さも国民に対する粛然たる「公約」かのように思い込ませて、とうとう、国民にとり静かに戦没者を悼み、平和の誓いを新たにしなければならぬ終戦記念日に、国際紛争の火種にもなりかねぬ「A級戦犯を合祀する靖国神社」への参拝を強行すると云う。

 

靖国石碑

 

靖国と大村益次郎菊のご紋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何たる愚行! 今、TVをつけたら公邸を出発し靖国神社へは740分頃に到着するという。

 

 退陣を前にして、「公約」を守る信念の男を演じてみせる小泉氏の子供じみたこの行為に、正直天を仰いで、慨嘆せざるを得ない。こんな人物が何故、われわれ国民の指導者なのか。いつものように幼児性に満ちた行動パターンは、真に最後まで貫き通された。その意味では幼児と言いながら、この人物の精神構造は異様なまでに動脈硬化を来たした老人の頑なさを示しているとも言ってもよい。

 

 国民を正しき道に導くべき政治家の総帥が成すこの愚かなる行為。導かれるはずの国民であるわれわれが、しっかりと目を見開き、この小泉という人物が演じる最後の「クサイ!最後屁のような劇」を見てみよう。そして、小泉劇場の本質は何であったのか、劇後にじっくりと考え直してみよう。まだ、終演までにはもう少し時間がありそうだから・・・。

 

拝殿への入り口

拝殿前

軍旗を持つ参拝者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしも終戦記念日には始めての靖国神社参拝であった。今朝方の小泉総理の参拝の影響か、境内は午後になっても混雑を極めていた。246万人におよぶ(A級戦犯を除く)英霊と呼ばれる戦争被害者は、もっと静かな環境で、国民から哀悼の誠を捧げてもらいたいと思っているのではないかと、雑踏のなかを歩きながら思った。そして、参拝者の方々も様々で、ご遺族と思われるご高齢の方の姿は少なく、ここぞとばかり世論に訴えようとする者、アベックで物珍しそうに参拝する若い人たちの姿がやけに目についた。小泉総理は靖国神社までも、騒々しい三流劇場にしてしまったのかと溜息が出てしまった。

 

九段坂若い参拝者

若い参拝者

活動を行なう参拝者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彦左の正眼 「小泉施政5年の総括

 

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小泉施政5年の総括―――社会不安 1

小泉施政5年の総括―――社会不安 

 

,砲發匹

 

西  暦     00     01    02     03     04     05    

内  閣    小渕・森  森・小泉  小泉    小泉   小泉    小泉   

完全失業率(%) 4.7     5.0    5.4     5.3     4.7     4.4           

企業倒産数(件)18,769           19,164        19,087         16,255          13,679         12,998             

自殺者数(人) 31,957           31,042        32,143         34,427          32,325         32,552    

犯罪件数(重要)18,281           21,530        22,294         23,971          22,568         20,388 

犯罪件数(凶悪)10,567           11,967        12,567         13,658          13,064         11,360

 

      重要犯罪:殺人・強盗・放火・強姦・略取誘拐・強制わいせつ

      凶悪犯罪:殺人・強盗・放火・強姦

 

 小泉施政5年の間に皮膚感覚として国民が感じ取ったものは、凶悪犯罪やわけの分からぬ不条理な犯罪が急激に増加していることである。

そして、経済的事由による自殺者の増加という話しも一度や二度はニュースやで耳にしているはずである。ワイドショーなどでは毎日に近く親が子を、子が親を殺害したというひと昔前であれば世を震撼させた事件が、まるで天気予報のように流れ作業のように報じられていく。人心が荒廃していくのもやむを得ぬと言うべきか。いや、人心が荒廃して行ったので、こうした残虐非道な事件が触発され、続発するのであろう。

 現に、2003年と2000年の犯罪件数を比較してみると、重要犯罪(殺人・強盗・放火・強姦・略取誘拐・強制わいせつ)、凶悪犯罪(殺人・強盗・放火・強姦)ともに3割増と急激な治安の悪化が数字で示されている。

直近の数字である2005年でも、小泉施政直前の2000年の数字を8~11%も上回った状態である。そして、自殺者の数も1996年には2.2万人であったものが、98年に3万人を超えて以来、05年まで3.23.4万人と高水準で推移している。

 

特に東証株価が4月に7,607円の最安値をつけ、企業倒産件数も前年度に1.9万件、失業率も至上2番目に高い5.3%を記録した2003年に、犯罪件数、自殺者数ともに最悪の数字に膨れ上がっていることから、景気の悪化が社会不安を煽り、それと相俟って治安を悪化させていく構図が、上記の検証から明らかとなっている。

 

小泉純一郎総理の経済無策が、結果として社会不安を惹起し、国民の数多の命をいたずらに失わしめた責任は、大きい。為政者たるもの「国民の命と財産を守る」のが、最大の使命であるはずである。その点から評価しても、小泉首相は人命軽視・弱者に冷淡な政治を続けてきたといわざるを得ない。

 

我々国民の皮膚感覚は、正常にこの社会不安を捉えていたはずである。それにも拘わらず、小泉政権に対するTV・大手新聞調査による支持率は高水準を維持した。不思議で仕方がない。世論調査の統計手法に統計学的問題はないのか(サンプリングに統計学的に見て、偏りがないのか)、そんな疑いさえ抱いてしまうほどに、異様な支持率を毎回、たたき出していた。

 

ただ、上述したように小泉施政は数字で見る限り、国民のなかでも弱者に対し、あまりにも冷淡であることを如実に表わしている。それは、世に言われる小泉氏自身の性格にも起因しているのではと思わせるほどに、冷たく、非情である。

 

Г砲弔鼎

 


首都圏大停電、スワ! 無差別テロか・・・3

首都圏大停電、スワ! 無差別テロか・・・

 

 8月14日の午前40分頃に、都内で千代田、中央、港、世田谷、江東、江戸川区などで一斉に停電したほか、横浜市北部や千葉県市川市、浦安市の一部でも送電がストップした。

 

 世田谷に住む弟から電話が入った。「大きな停電で、TVもつながらず状況が分からぬ。そっちはどうだ」との一報で、TVのスイッチを入れた。こちらは何事もなくTV画面が現われた。都心が大規模停電で電車がストップ、信号機も機能停止で交通網に混乱が生じている。そしてビルのエレベーターも止まり都市機能が混乱を来たしているとのニュースが流れていた。

 

 

 弟は固定電話が一切通じないので、携帯のみが情報の窓口だと言った。そして、この充電が切れるとまずいので一旦、電源を切るとひと言残し、通話が途絶えた。TV画面には次々とテロップが流れてくる。交通情報が主体である。

 

 わたしはテロップを目で追いながら、「これって、テロじゃないよな・・」と心中で呟いていた。東京の都心が狙われたのでは・・、と思ったのである。

 

 都市機能をマヒさせるまず手始めは電気だということが、今朝の停電事故でよく分かった。高層オフィスや高層マンションが林立する都心は、電気が人間で云う心臓にあたることが明瞭に分かった。そこで多くの人間を足止めしてから、順次、通信、メディアと攻撃していけば、日本の中心である東京の機能停止は簡単である。

 

 情報の入らぬ恐怖。もし、携帯も使えぬ状況であったら、今朝の混乱は、場合によっては都市型パニックにもつながりかねないものであったと、容易に想像される。情報伝達を報道機関に安易に依存せず、警察なり自衛隊が空中よりヘリコプターなどで、広報活動を済々と行なうことなども、平時にマニュアル作成なり、訓練をしておく必要があると感じた。そして、われわれ市民も情報から隔離された緊急事態のときには、空などから情報を冷静に受け取る心積もりもしておくべきと、今回の大停電のニュースを聞きながら強く感じた。

 

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料理倶楽部いとうパート供 .哀襯瘉科編 45

料理倶楽部いとう パート---グルメ蓼科編4

(前掲)

 

★★★★★  

 

長野県茅野市豊平44563 筺0266739192

 



7月の集中豪雨の影響で、ホテルなどのキャンセルが相継いだらしく、避暑客の出が少ないということだ。トップシーズンというのに本当に、車も人出も近来では珍しく少なく、ひっそりとした蓼科の夏である。

 


 そうした731日に「料理倶楽部いとう」で、家内とディナーをとった。近接の「縄文の湯」でゆっくり温泉に浸かってからと思い、向ったところ月曜日は休館だということで、急遽、最寄りの「河原の湯」で、汗を流した。おなかも適頃に空き、さっぱりしたところで、「いとう」へ向った。

いとう看板

いとう全景

いとう横から

 

 

 

 


 

 


 トップシーズンに初めての経験であったが、私たちだけしか予約が入っておらず、唯一の個室が私たち二人の為に用意されていた。なんとも贅沢なひと時であった。いつもは満員のお客様のお相手で、オーナーシェフの伊藤健吉氏は忙しくテーブルを渡り歩き、私たちだけで独り占めにすることなど無理な話であるが、今夏はゆっくりと伊藤氏と会話が出来た。

 


 1996年に開店して、今年でちょうど十周年ということだそうだ。胡瓜やトマトはもとよりお野菜はすべて裏の畑の手作りである。シェフのお話では、なかでもブロッコリーは絶品とのことであった。

 


 ヒグラシのカナカナという鳴き声が、白枠の窓越しに聞こえてくる。緩慢な「時」の流れ、たゆたい・・・。

 いとう個室


オードブル


コンソメスープ



 


 


 


 


 

 

 テーブルにサーブされたオードブルも一皿に5、6種類ほど丁寧に盛り付けられ、まずは舌の前に目を楽しませてくれる。そして、順次、繰り出される匠の味にいつしか心は、グルメッチ!

ポアソン

お肉料理

デザート

 

 

 

 

 

 

 伊藤シェフと贅沢な会話を楽しみながらのデザートまでのひと時は、本当に蓼科の夏を独り占めにしたような至福の時であった。再会を約して玄関までお見送りいただいたが、もう外はとっぷりと日が暮れていた。そして、肌に心地よい高原の風が渡っていた。

差別を法制化させた障害者自立支援法4

差別を法制化させた障害者自立支援法

 

 またまた、東京新聞の87日付け「からむニスト」で、ペリー荻野さんが、自立支援法にもっと「関心の輪 広める努力を」と、訴えている。

 

同氏は715日の「からむニスト」で、「この四月から施行になった障害者自立支援法が抱える大きな矛盾と障害者という弱者が追い込まれていく」様子に、素朴で素直な感想を述べ、「福祉番組だけでなく一般のニュースでも報道を」と訴えておられた。

 

そのお陰もあってか、一般ニュースで実際に自立支援法について報道されるのを目にするようになった。障害者問題は、概してニュースとしての派手さ、意外性、目新しさといったものに大きく欠ける。しかし、少し視点を変えて見て、「人間の本音」といった視点から障害者を取り巻く諸問題を取り上げると、意外とこの社会の本質、実相が見えてくるようで、じっくり報道機関が取り組んでいけば質の高い社会性を持った報道番組に仕上がるのではないかと考える。

 

例えば、障害者自立支援法の理念は、「障害者基本法の基本的理念にのっとり・・・障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とすること」と謳われている。その目指すところは素晴らしく、崇高でさえある。

 

しかし、実態はペリー荻野さんも指摘されているように、支援法は『障害者が仕事をすると「施設利用料」などを負担』することを法制化している。これは「福祉サービス」をその施設で障害者が受けるのだから、「応益負担」であるとする「霞ヶ関の理屈」である。

 

障害者は授産施設や福祉工場に仕事をするために通っている。わたしの娘も毎朝、結構疲れるわとぼやきながらも、一般のサラリーマン同様に、有給休暇の範囲内でしか休暇取得をせずに、真摯にパン工房(作業所)でパン造りに勤しんでいる。

 

健常者(サラリーマン)がパン屋さんに勤めにいって、「施設利用料」を取ると言われることを想像して欲しい。お給料を貰うためにパン屋さんで必死にパン造りに励むわけで、パン焼き器を使用する使用料など払うことなどないことは、自明である。

 

何故、同じことを障害を持つ人が行なえば、その会社から福祉サービスを受けているのだと云う「霞ヶ関の人間」の深層の意識は「障害者差別」以外の何ものでもないのではないかと、思うのである。「差別のない社会」「平等社会」「ノーマライゼーション」等々、霞ヶ関から空疎な念仏のような言葉だけは、広告や通達で社会に溢れ返っている。

 

しかし、今回の障害者自立支援法は、上記の一点のみで障害者を特別視する「差別意識」そのものが、こともあろうに法制化されたものであると断じざるを得ない。本当に障害のある人の自立を助けたいと法制化を目指したのであれば、どう考えても今回の「自立支援法」の中身になるはずはない。

 

何故なら、この自立支援法は障害者を自立させるのではなく、社会参加を阻止する法律としか思えぬからである。行政官の意図してはおらぬと思うが。「差別意識」が、これほど表面に表われた法律も今時、珍しいと思った。



ザ・ババリアン・ペーター タテシナ―――グルメ蓼科35

蓼科湖畔に移転した手作りソーセージのお店、ザ・ババリアン・ペーター・タテシナ
(2011.9.26)

ザ・ババリアン・ペーター タテシナ―グルメ蓼科編3

 

★★★★★      

 

長野県茅野市北山芹が沢4976-2

 

ビーナスラインを登り始めてほどなく、坂道の右側にレストラン「ガムラスタン」などが建つ砂利を敷いた開けた一画がある。その少し奥ほどに小さな木造の小屋が寄り添うようにして二棟建っている。そこが、手造りハム・ソーセージの専門店「ザ・ババリアン・ペーター タテシナ」である。

ペーター看板

ペーター全貌

ペーター店内

 

 

 

 

  


 

名前のババリアン(野蛮人? 本当は「南バイエルン地方の」という意味なんだけどね・・・)とは似ても似つかぬ可愛らしいお伽噺にでも出てきそうな建物である。小屋の周囲の樹木はクリスマスツリーのように飾り付けが施され、ちょっとしたファンタジーの世界に入り込んだような気分にさせられる。

坂本オーナー店内

ペーター奥

坂本オーナー戸外

 

 

 

 

 

 

そのムード満点の小屋に一歩足を踏み入れると、口ひげをたくわえたオーナーの坂本平人(ひらと)氏が、白いコック姿で現れる。ドイツのバイエルン州など各地で修行を重ねてきた本格派である。今日が初めてとこちらが言うと、「それじゃ、試食しないとわからない」と、奥に引っ込み、ちょっとしてお皿に6種類ほどのソーセージやチキンを盛って現れた。ニコニコとした人懐っこい顔が一目で気に入ってしまった。この手の顔の人に悪い人はいない。家内とお皿のものを全部平らげてしまった。

 

オイチカッタ〜! 

 

以前から車の通りすがりに気にはなっていたが、今夏、初めて立ち寄ってみた。生ハム、ソーセージ、スモークチキン、ザワークラフト、ピクルスと、二度にわたって買い込み、夜、ビールとともに食した。

 

最高! なんか気持ちはバイエルン☆☆

 

そして、坂本オーナーは何のことはない、ビーナスライン入り口にある老舗のステーキハウス「ピーター」(コンクリート造りの大きな建物)のオーナーであった。現在、そちらは息子さんに任せ、ご自身は蓼科高原のこのメルヘンチックなお店でソーセージやハム造りを楽しんでいる。何とも羨ましい限りである。

 

一度、車を止めてオーナーからハムやソーセージの薀蓄(うんちく)を傾けていただくのも旅の一興だと思う。是非、オーナーとの会話を楽しんでいただきたい。そして、美味しいソーセージに舌鼓を打つことは当然だが、請け合いである。



公約は守るべきもの---靖国参拝1

「公約は守るべきもの---靖国参拝」

 

 小泉総理は9日、長崎市内において、8月15日の靖国参拝に係る記者団の質問に対し「公約は守るべきものだと思う」と答えた。

(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060809i305.htm)      (06.8.9読売新聞)

 

靖国神社

靖国神社3

遊就館前景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冒頭の発言をした同人物が、3年半前の衆議院予算委員会(03.1.23)において、時の民主党代表菅直人議員に対し、次のように言い放ったことを国民は決して忘れていない。

 

8月15日に靖国神社へ参拝すること」「国債30兆円枠を守ること」「当初予定通りにペイオフ解禁を実施すること」という国民への三つの公約の履行について菅直人議員に質され、

「確かに約束はしたが、自分の国民に対する最大の約束は『行財政改革』であるから、その大きな問題を処理するためには、この程度の約束を守れなかったのは大したことではない」と答弁した。

 

後日、「不適切な発言であり反省している」と謝罪はしたものの、当時、小泉総理の「大したことない」発言が、大きな顰蹙(ひんしゅく)を買ったことをまだ、国民は忘れていない。その同じ人物の口から、「靖国参拝」について「公約は生きているから。守るべきものだと思う」と、したり顔で言われた日には、国民は一体どのような顔をしてこの人物の言葉を受け止めたらよいのだろうか。

 

「政治家は言葉が命」とよく言われる。真にその通りだと思う。

 

自分のその時々の都合で、「口から出任せ」とカメレオンのように「変節」する。いや、変節とはそもそも「節」がまずなければ「変じる」ことは出来ぬから、表現が不正確であった。「ああ云えばこう云う」、そう!そんな言葉遊びといおうか、自分の発言に何の責任も感じぬ人物、およそ政治家という職業に不適切な人物であったと、断じざるを得ない。

 

 中国、韓国をはじめとするアジア諸国との関係に重大な悪影響を及ぼす靖国参拝、それも終戦記念日の参拝を、この「ああ云えばこう云う」人物は、「公約は守るべきもの」と口ずさみ、何か国民に罪を押し付けるようにして敢行しようとしている。

 

 そんな公約こそ「大したことではない」のだと、国民は言い返している。そのことがこの人物の耳には届いていないのだろうか。いや、いや、これから暑くて長い夏が来そうである。

 

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蓼科高原、御泉水自然園で夏を満喫5

今夏の蓼科は直前の集中豪雨のため予約客のキャンセルが多かったとかで、道路もレストランも空いていた。

だから、TATESINA in SUMMERを独り占めにした気分である。                                                                                                                                                

車影の少ないビーナスライン

7月31日は天気に恵まれ、御泉水自然園へ久しぶりに向かった。

御泉水小鳥の森・石碑

16、7年前にリフトで蓼科山に登って以来の往訪である。

蓼科山

その頃は若さゆえなのか、自然の美しさは認めるものの、その優しさや、目に見えぬほどの、些細だが必死の営みに気づくことなどなく、どちらかと言うと自然に対して傲慢な向き合い方をしていたようだ。

御泉水自然園より蓼科山を望む
御泉水自然園

御泉水自然園の景観自体は熟成してきているのだろうが、基本的に以前と大きな相違はないのだろう。おそらく、わたしの心持ちの方が大きく変わってきたのだと思う。

白樺の散策路
白樺並木の散策路
蓼仙の滝
蓼仙の滝

だから、そこここに何げなく咲く小さな花がいとおしい。

ウマノアシガタ
ウマノアシガタ
オニシモツケ
オニシモツケ
ベニバナシモツケソウ
ベニバナシモツケソウ
コオニユリ
コオニユリ
ハクサンフウロ
ハクサンフウロ

そして、その小さな世界に繰り広げられる日常的な自然の営みに目がゆくのである。

このアザミにとまり、無心に蜜を吸う蝶と蜂と名も知れぬ虫・・・。

 アザミに蝶 アザミに蜂と名も知れぬ虫

自然界に必要とされぬ生命(いのち)などないのだという、ごく当たり前のことを、日常の慌ただしい生活の中でつい忘れ去っている大切なことを、教えてくれた自然の貴重なひとコマである。

サルオガセ(猿尾枷)・地衣類
サルオガセ

とくに高原の風に身をまかせゆらゆらと空中に揺れる猿尾枷(サルオガセ)という地衣類を目にしたときには、共生という自然の底知れぬ智恵に、正直、頭が下がったものである。

そして、御泉水自然園を出た帰りに女神湖を望んだ。肌をなでてゆく微風が心地よい。

女神湖を望む
眼下に女神湖を見下ろす

いつしか蓼科高原という自然の濾過装置をくぐりぬけた心身は、ひさびさにオーバーホールされた古時計のごとく、あらたな時をまた刻みはじめている。空気もおいしい・・・さぞかし・・・晩ご飯も・・・

 
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