彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

July 2006

障害者自立支援法に矛盾を見る高校生4

「障害者自立支援法に矛盾を見る高校生」

 

 東京新聞24日朝刊の「わかものの声」に滋賀県湖南市の高校三年生田中博子さんの自立支援法に対する投稿があった。ボランティアを経験し、同法の矛盾について抱いた若者らしい感想が出ていたので紹介したい。

 

『この間行ったら仲間(作業員さんのこと)が減っていたのです。それは四月一日から施行となった「障害者自立支援法」のせいだと先生がおしえてくれました。この悪法のせいでその作業所に働きに行くだけでお金をとられるのです。しかも、その施設利用料は給料より高いのです。なぜ働きに行ってお金を取られなくてはいけないのですか?それは国による「障害者に対する差別」ではないのですか。それならば政治家の皆さんも国会に行くたびにお金を払うべきではないですか。老人、シングルマザー、障害者…この国は弱者に対する悪法が多すぎませんか』。

そして、

『私は日本が好きです。だから日本がもっといい国になってほしいです。まだ社会のことを、なにもわかっていない私にさえわかる「おかしいこと」が今おこっているのです。これ以上仲間が減らないように助けてください』

と、結んでいる。若者のみずみずしい実体験に基づいた感受性豊かな意見であると感心もし、厚労省の役人、永田町の政治家に博子さんのこの投稿を是非、読んで欲しいと思った。

 

この障害者自立支援法の「自立」、「支援」と、応益負担との理屈で、作業所に通うと費用負担がかかることの「矛盾」を田中さんは、非常に素直に感じ取っておられる。こうした若者が何かおかしい、誰のための法律かと感じた事実は大きい。しかも、その受けた実感をこうした投稿という形で、世に知らしめ、素朴な疑問を社会に問いかけることの意義は大きい。

 

 さて、内閣府の組織のなかに政策統括官という各省庁の政策を横断的に調整・推進することを職務とする組織がある。縦割り組織の官僚機構の政策を横断的・一元的に行なおうとする目的で設置されたものであろう。その政策統括官は七つの職務分担に分かれ、そのひとつに共生社会政策担当統括官というポストがある。

 

共生社会政策統括官は、青少年の健全な育成、少子・高齢化の進展への対処、障害者の自立と社会参加の促進、交通安全の確保などに関し、行政各部の統一を図るために必要となる事項の企画及び立案並びに総合調整に関する事務等を掌握していると政府広報にはある。H176月には、共生社会政策統括官により「共生社会形成促進のための政策研究会」報告がなされた。そこで、副題とも言うべきだが、提唱されたのが「共に生きる新たな結び合い」というフレーズである。

 

しかし、よ〜く思い起こしてみると良い。

 

共生社会の実現化については、既に、H7年に内閣府障害者施策推進本部で作成された「障害者プラン――ノーマライゼーション7ヵ年計画」に謳われていた。そして、平成14年度がその最終年度であったので、そのノーマライゼーション計画の第一項、第二項に掲げられた

「地域で共に生活するために」

「社会的自立をするために」

の政策目的は、相応の成果があがっているはずである。というより、共生社会が出現し、その次の新しいステージへ障害者施策は移っているはずである。

 

  ノーマライゼーション」とは、

これまでの福祉が、障害者を一般社会から引き離して、特別扱いする方向に進みがちであったのに対して、すべての人が、同じ人として普通に生活を送る機会を与えられるべきであるという福祉の考え方である。

 

 わたしが、なぜ10年以上も前の政策を持ち出したか、皆さんには分かっていただけると思う。国は政策目的が果たせなかった同じことを、また麗々しい文言で飾りつけ、再び行なおうとしているからである。そして、今回は障害者の人たちの、自立を支援するより、自立を阻止する法律まで用意して、この十数年、何も具体的に共生社会がわたし達の身の回りに出現した実感もないのに、この十年の政策の検証もないまま実施しようとする。そして、今度は共生どころか、障害者の自立の道すら閉ざそうとする政策を推し進め始めたのである。

 

 ノーマライゼーション」が聞いて呆れる。あまりにも貧相な心を持った国家ではないか。高校三年生の田中博子さんの感受性のひとかけらでも、永田町、霞ヶ関の人間たちが持っておれば、こんな「アブノーマル」な社会にならないのにと強く感じた。

 


小泉施政5年の総括――経済政策の無策1

小泉施政5年の総括――経済政策の無策

 

,砲發匹

 

 東証平均株価は2003428日に7,607円の最安値をつけた。小泉政権が国民の期待を背負って船出した2001年4月26日からちょうど2年経った日と言ってもよい。発足の前日(425日)の日経平均株価は13,828円であったから、二年間で45%という株価の大暴落を招来したのである。2002年の大納会(12.30)終値が8,578円、7,607円の最安値を記録した2003年の大納会(12.30)終値が10,676円であるから、2003年前半の経済状況がどん底であったことが分かる。

 

内閣発足時から奈落の底の最安値時までを東証一部の時価総額の動きで見ると、120兆円(2001.4.25時点 268兆円→ 2003.4.28時点 147兆円)の減少を招いたことになる。この規模は株価が奈落にあった2003年の名目GDPが498兆円であることを考えれば、その13というとてつもない国力を政権発足後の二年目にして吹き飛ばしてしまったといってよい。当時の経済界を覆う絶望的な雰囲気は今思い起こして見ても、背筋が凍ってくる。

 

そんななかでも、小泉内閣は2001年度の「骨太の方針」で示した「2003年度(のちに04年度まで延長)までを成長なしの集中調整期間」(http://hero1945.livedoor.biz/archives/50098684.html)として、何ら有効な経済政策の手を打つことをしなかったのである。国債発行30兆円という自らの縛りで財政出動を怠り、ひとりに中央銀行の金融政策に景気回復の責務を負わせたのである。そして、日銀は量的緩和、前代未聞のゼロ金利政策(つまり日銀の政策手段を奪うこと)へと舵を切っていかざるを得なかったのである。それは「ブレない小泉」というフレーズがマスコミを通じ巷間に流れ出した頃である。「己(財政=内閣)の庭先だけを掃き清め、改革が進んでいるのだ」と国民を欺く政治手法の出現であった。小泉内閣の面目躍如(めんぼくやくじょ)と言ったところであろうか。

 

ところで、集中調整期間とは一体何であったのか? 集中的にひとつの問題を解決するために一点集中の改革を行なうということであれば、その意味は理解できる。骨太で云う銀行の「不良債権」が、「経済悪化の諸悪の根源である」として一気呵成にその処理を強行したことを「集中調整」というのであれば、それは結果として「国民にとって不幸な誤解」であったと云わざるを得ない。不良債権は経済活動の結果として出てくるものであって、それが原因で経済がおかしくなるというのは、それこそ本末転倒の理屈であったからである。

 

集中調整とは、通常の世界の言葉で言えば、重篤(じゅうとく)の患者をICU(集中治療室)に入れ、細心の注意の下、最新医療技術を総動員して患者の生命を救うことに言い換えられる。そして重篤の患者とは、銀行というより日本という国であったはずである。不良債権とは借り手の企業が、借金を返せなくなったことから生じた。何故、借金が返せなくなったか。それは、景気が急激に悪化し、デフレ経済脱却への政策出動を政府が忌避したからである。この誤った判断による政策忌避の罪は余りにも重い。日経平均株価が発足時点を初めて上回ったのが、2005年に入ってからであることが、その経済政策の無策、失政であったことを如実に物語っている。

 

小泉施政下の経済指標の推移をより詳しく見てみれば、その失政の姿はもっと明らかになる。

 

そもそも小渕内閣の景気対策により一旦持ち直した景気が下降を始め、デフレの兆しが見える中で「急激な改革を進める」との熱に浮かされた病人のように狂信的なアナウンスを発し続けたことが、市場や経済界を極度の不安心理に駆り立て恐慌状態におとしめたことが、市場心理をドラスティックに冷え込ませた原因である。経済は立派な生き物であり、ナイーブな心を持っているのである。

 

結果は数字に如実に現れている。国民経済計算(確報)による「国富」(国民全体が保有する土地や建物などの資産から負債を差し引いた国全体の富=正味の資産)は、2000年の2,903兆円から2004年の2,647兆円へと▲256兆円もの減少を示した。2005年の名目GDP(502.5兆円)の丁度半分に当たる国富が、この4年間で失われたことになる。そもそもGDP総額自体が基本的に500兆円を超えていたものが、小泉政権になってからの4年間は常にその水準を割り込み、この2005年に至りようやく2000年の規模を若干だが上回ったのである。これほどに日本経済は政府の無策により痛めつけられ、国力を大きく削ぎ取られたのである。

 

そしてこれは明らかにデフレ経済であり、GDP成長率も01年▲0.9%、02年▲1.4%、そして03年の4月には東証平均株価は最安値の7,607円をつけた。消費者物価も1999年から連続7年間マイナスを記録、地価下落も止まるところを知らず、小泉内閣になり下落幅は増し(年間▲6.3~8.4%)、日本のデフレ経済は危機的状態に陥った。

 

この未曾有のデフレ進行のなかで、劇薬としかいいようのない強制的な不良債権処理が敢行されたのである。内科治療では不良債権の処理は進まぬとして小泉内閣は外科治療を施すことを選択した。不良債権の存在が不景気の元凶であるとの竹中経済財政・金融担当大臣の誤った持論が押し進められた。上述のように不良債権はデフレ経済が進行するなかで、個人消費が防衛的になり微減、住宅投資は96年に27.9兆円あったものが、2000年に20.2兆円、01年18.5、0217.9、03年17.8兆円と釣る瓶落としに減少していった。こうした状況で企業業績が振るう訳がない。企業の経営体質は悪化の一途を辿るのみであった。加えて国債発行30兆円という骨太のお題目に自縄自縛(じじょうじばく)となり効果的財政出動もせず、「ブレない」と賛美された硬直的政策運営が、いたずらに我が首を絞めてゆき、不良債権は逆に増大することとなった。

 

難度の高い外科手術には当然だが、優秀な麻酔医が必要である。しかし、不良債権の処理を麻酔薬もなし(健全銀行への公的資金は贈与でなく、貸付金。米国の金融危機時はGDPの10%に当たる金額を金融機関へ贈与し、短期間で危機を終息させた)で強行した結果、企業の倒産件数も96年に1.4万件であったものが、01年、02年と1.9万件と増大し、完全失業率も02年には5.4%と、戦後の混乱期を除いて最悪の数字となった。ここに社会不安が高まり、民心の荒廃を見、国が崩壊して行くような様相を呈したのである。結局失政のツケは一番の弱者である国民の肩におっかぶさってきたのである。

 

スタート時に朗々と謳いあげた四つの骨太方針のうち、国土に屍を累々とさせた挙句の「不良債権処理」と、緊急を要しない「郵政民営化」を強行させた。しかし国債発行30兆円は一度の達成も見ず、小泉内閣として最後の来年度予算において無理やり30兆円へ押さえ込んだ。また、「5年間で530万人の雇用創出」も、この4年間は2000年(5,356万人)の雇用者数を逆に下回り、2005年(5,393万人)になって僅かに37万人の増となったというお粗末さである。効果的な手立て、政策の実行を成さずして、骨太と云う言葉尻だけのお題目で難題が解決するほど世の中は甘くない。

 

小泉経済政策の無策が、結果として社会不安を惹起(じゃっき)し、社会規範の崩壊すらもたらしていった責任は極めて大きい。次回は、小泉施政のもたらした社会不安について語ることにする。

 

Δ砲弔鼎

 


昭和天皇 A級戦犯合祀(ごうし)が靖国参拝の中止の原因5

昭和天皇A級戦犯合祀が靖国参拝の中止の原因

 

靖国神社靖国神社2靖国神社3 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小泉施政五年の総括」をこのブログで行なっている最中に、(http://hero1945.livedoor.biz/archives/cat_10006317.html

靖国参拝問題を論ずるうえでとてつもなく貴重な資料が公表された。内閣の首長である内閣総理大臣が靖国神社を参拝するということが、どのような意味を持ち、それがアジア諸国との関係に大きな影を落としていることが、何故、問題にされるべきなのかを、明快に解き明かす必要で十分な資料である。

 

それは、720日の日経新聞一面に掲載された、昭和史のなかでも超一級の価値を持つ故富田朝彦氏(元宮内庁長官 在職78.588.6)のメモである。以下に富田メモの靖国部分全文を原文のままに記載する。

 

『私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが      

筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが

松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は 平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている

だから、私あれ以来、参拝していない それが私の心だ』

 

 昭和天皇が昭和5011月を最後に、靖国神社への参拝を行なわなかったわけがとうとう明らかにされた。これまで陛下が国の為に命を落とした赤子(せきし)のために戦後8回も続けてこられた靖国神社への参拝を、昭和50年を最後にピタッとお止めになられた理由について、二つの憶測が流されていた。

 

 ひとつは、昭和50年8月に時の総理三木武夫が首相として初めて終戦記念日に参拝を行ない、その時以降、総理、閣僚が参拝する際に、「公人」「私人」どちらの立場で参拝を行なったかが、必ず問われるという、靖国参拝が英霊の鎮魂という行為から離れて、つとに政治問題となったとする意見。

 もうひとつが、昭和5310月(88.10)のA級戦犯14人の合祀にあるとする説である。合祀の事実が表面化したのは、半年後の昭和544月(89.4)であったが、合祀を不快として昭和天皇が一切、それ以降、参拝を中止したとする説であった。

 

 靖国神社は「公人・私人議論が激しくなり、天皇は当然、公人であるから参拝を中止された。A級戦犯合祀とは無関係」と主張してきた。しかし、当の天皇は89年に薨去(こうきょ)されるまで、その理由については一切、口を閉ざされたが、今回、肉声ともいうべき聞き書きメモが出てきた。この内容は正に上述の参拝中止の憶測議論に終止符を打つ、明快なものである。

 靖国神社大村益次郎遊就館遊就館前景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、記事の出た20日午後、小泉総理は自らの靖国参拝に与える影響について「ありません。それぞれの人の思いですから。心の問題ですから。強制するものでもないし、あの人が行ったからとか、いいとか悪いとかという問題でもない」と語った。今後の靖国参拝について聞かれて、「それぞれの人の思い」、「心の問題」と、他人事のように片付ける小泉氏(これから、敢えて個人名で呼ぶことにする)。行政府の長、三権分立といいながら実質、国家の最高権力者たる「総理」というポストをどのように考えているのであろうか。一市井の個人であれば、憲法で思想・信条の自由が保障されているのだから、靖国神社を参拝する行為は全く問題とされないことは当然である。

 

しかし、小泉氏は誰が何と言おうが、「内閣総理大臣」なのである。そして、内閣総理大臣とは憲法第65条の「行政権は、内閣に属する」に続く第66条において「内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する」とされている。そのうえで、第73条において「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行なう」として、その第二項で「外交関係を処理すること」をその重要な責務と定めている。

 

 わが国の外交関係の処理の最終責任者は、内閣の首長たる「内閣総理大臣」にあることは、こんな憲法まで引合いに出さずとも自明である。しかし、こと「小泉氏」には、憲法を示さねば、「あなたが首長である内閣は国民から外交関係の処理を全面的に負託されているのだ」という己の責務を理解して頂けないのではないかと、老婆心ながらこんな失礼なことを申しているのである。

 

「それぞれの人の思い」、「心の問題」とそれこそ「易々(やすやす)と」口になど出してもらいたくない。為政者として、思慮なき靖国参拝というパフォーマンスによって、日中・日韓関係に留まらずアジア外交に大きな亀裂を生じさせ、国益を大きく毀損(きそん)させた「小泉氏」の「内閣総理大臣」としての責任は極めて大きい。

 

昭和天皇に「(国民を戦地に送り、生命を奪った)A級戦犯の合祀が参拝を中止した私の心だ」と言わしめた意味は重く、その悲痛なお心を察するに云うべき言葉を探し出すことはできぬ。国民の象徴たる天皇は、A級戦犯合祀という行為が持つ意味をよく理解され、それが周辺のアジア諸国との関係にどのような影を落とすかを瞬時にご理解され、ご自身がなされるべきことが何かを即座に悟られたのだ。今回の富田メモはアジア外交において窮地に立つこの日本を救ってくれるのかも知れぬとも思う。

 

それに反し、小泉氏の今回の反応はあまりにもダル(Dull)である。もし、この8月15日に参拝を決行することにでもなれば、これまでの罪どころではなく、後世の国民にまで大きな重荷を背負わせてしまうことになると断罪するしかない。

 

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極楽とんぼ山本圭一(38)暴行事件に見る『業界』の甘えの構造1

「極楽とんぼ山本圭一(38)暴行事件に見る業界の甘えの構造」

 

 最近のお笑いブームのなかで、吉本興業の一人勝ちはこの国の「笑いの質」まで、独占しようとしているかのように、わたしには思えていた。その吉本興業所属のお笑いコンビ「極楽とんぼ」の山本圭一(38)が、少女暴行事件で北海道警函館西署に任意で事情聴取されていたことが、18日にわかった。そして、同社は同日に山本との所属契約解除を発表した。

 

 それとともに、山本がメンバーとして所属していた社会人野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」の解散を萩本欽一氏が発表した。

 

 20日朝のTBSの「みのもんたの朝ズバッ!」で、みの氏が萩本氏と電話でチーム解散についてインタビューしていた。

みの氏は「チーム解散は残念」「政財界の出処進退と異なり潔い」と萩本氏の決断を賞賛し、チーム継続をほのめかした。それに対し萩本氏は、「山本は反省したうえで、将来、山本もメンバーとして入れたチーム再結成も頭に浮かんでいる」とした。ファンからの「解散しないでコール」の殺到におそらく心を動かされ、欽ちゃんも、つい口に上らせたのだろうが、山本が行なった卑劣な行為に関しての言及は二人の会話にはない。

 

少女は「無理やり暴行された」と函館西署に訴え、17日午前に被害届が提出されているのである。もし、この事件を引き起こした人間が一般社会人で高い地位にあった場合、その人物のメディアでの扱いは、こんな方向のずれたニュースとして取り扱われ、この程度のことですむのだろうか。厳しいバッシングが行なわれたのではなかろうか。そして、その人物が反省したうえで、その当人を入れたチームを再結成するなどということが、許されるだろうか。決して許されはしないであろう。

 

 被害者の方はプライバシーがあるから、こうした事件の場合詳しく事実関係を詮索することは控えねばならぬ。しかし、被害者の心の傷に思いを至すのは、事件関係者およびメディアは当然のことだと考える。わたしは萩本欽一氏について、とりたてて好悪の感情はない。そして、みのもんた氏についても、押付けがましい言動に辟易はするが、芸能界で生き残るにはこうした灰汁(あく)の強さが必要なのだろうと推察する。

 

 しかし、その両人の今朝の電話越しの会話は、仮にも報道番組を自称しているのであれば、まず山本圭一という男が未成年の少女に対し「暴行」を(おそらく)働いたという事実を中心に据えて、論評なりコメントを求めるべきであり、答えるべきであろう。被害者という存在に心を至さない会話、いや、歴然たる報道、それは公共の電波を使った仲間内の「甘えの構造」といってよく、電波を私した被害者無視の「仲間意識」の馴れ合いそのものでしかないと感じた。

 

2006年7月20日  読売新聞)

【欽ちゃん「球団解散」・・・「極楽」メンバー不祥事で】

『野球の社会人クラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」のメンバーでお笑いコンビ「極楽とんぼ」の山本圭一さん(38)が未成年者とみだらな行為をしたことに対し、同球団監督の萩本欽一さんは19日、都内で会見し=写真=、同球団を解散する意向を明らかにした。萩本さんは「やっぱり相手の方にも失礼したし、一番野球に失礼したことに責任を感じた。出来ればお客さんに迷惑をかけないようにしたい」と話した。同球団は2005年に創設され、女子選手や元プロ野球選手の入団、選手に企業スポンサーを付け、練習試合でユニホームの背番号の上などに企業名や商品名を表示するなどで話題を集めた。クラブ野球日本一を決める今年8月の全日本クラブ選手権には、2年連続で出場を決めていた。解散時期は未定。同球団の岡本尚博代表は「解散となれば、大変残念だが、監督本人の言葉は重く、責任もある」と話した。山本さんとの契約を解除した吉本興業は19日、都内で会見した。水上晴司取締役は「明らかな犯罪行為で、反省が認められるとしても反社会的行為だった」と謝罪。加藤浩次さんとのコンビも解消すると話した。この問題を受け、フジテレビはバラエティー番組「めちゃ×2イケてるッ!」の22日放送分の山本さんの出演場面をカットし、それ以降も出演の見送りを決めた。テレビ東京も「極楽とんぼのこちらササキ研究所」を20日放送分から取りやめる。』

 

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小泉施政五年の総括ーー経済政策の無策2

「小泉施政5年間の総括――経済失政ぁ

 

,砲發匹

 

 2001425日の日経平均株価は13,828円であった。翌日、小泉純一郎衆議院議員は衆参本会議の議決において第87代内閣総理大臣に指名された。この日、後世、「小泉の海図なき改革」と呼ばれることになろう時代の幕が開いた。

 

 第一次内閣で、改革の目玉として竹中平蔵慶応大学教授を国務大臣、経済財政政策担当大臣に任命した。同氏は1984年に東洋経済新報社から出版した「研究開発と設備投資の経済学」によりサントリー学芸賞を受賞したTVでお馴染みのタレント学者であった。ただ、同氏を世に送り出すことになった受賞作の内容は、開発銀行時代の同僚である鈴木氏と共同研究した論文を中心とするものであり、鈴木氏の承諾なく竹中氏の名前のみで出版され、それが受賞対象となったと当時の関係者は語っていると云う。一部週刊誌でもこの問題が取り上げられたこともある。

 

 そうした学者としては自殺行為に等しいことを行なった可能性が濃厚である人物を、小泉総理は「経済財政政策担当大臣」という新しい国務大臣に抜擢した(もし、それが事実であれば人間としても倫理上、許されることではないことはもちろんである)。そして、20011月(森内閣)に初会議が開かれた経済財政諮問会議を宰領する経済財政担当大臣に、小泉内閣の閣僚として同氏が就任した。

 

 同年621日には、初めての「経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」いわゆる「骨太の方針」が決定された。次に各年の「骨太の方針」を列記する。改革という名のもとに、国民が「小泉総理」に身を焦がしたその骨太に掲げたお題目が、現在、どのような結果となっているのか。分かりやすい所から、総括を始めていきたい。まず、前回掲載した冷厳な経済指標の実績と、以下の骨太の方針をじっくりと見比べて欲しい。「改革」に踊り、「改革は国民の痛みを伴う」に納得して、痛みをこらえてきた従順な国民にこれから小泉劇場が結果として何をもたらしてくれたのかを、順を追って詳らかにしていきたい。

 

2001年度〕(竹中大臣)

    2003年度まで(のちに2004年度まで)を成長なしの集中調整期間とし、それ以降の経済成長を軌道に乗せることを主眼とする

 

        国債発行30兆円以下

        不良債権処理の抜本的解決

        郵政民営化の検討

        5年間での530万人の雇用創出

 

2002年度〕(竹中大臣)

          2010年代初頭に国と地方を合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化を目指す

 

2003年度〕(竹中大臣)

        「三位一体改革」で地方補助金を4兆円削減し一定割合を税源移譲

        一般小売店での一部医薬品販売など規制改革の推進

 

2004年度〕(竹中大臣)

        地方へ3兆円税源移譲

        2005年に郵政民営化法案提出

        社会保障制度見直し開始

        デフレからの脱却を確実なものとする

 

2005年度〕(竹中大臣)

        政府のODAの戦略的拡充

        公務員の総人件費削減・定員の純減目標

        市場化テストの本格的導入

 

2006年度〕(与謝野大臣)

    成長力・競争力の強化

        アジア諸国を中心とした経済連携協定(EPA)交渉の促進

        3年間で100のモデル商店街を選び、中小小売業を重点支援

 

    財政健全化

        2011年度に国・地方の基礎的財政収支を黒字化(必要対応額=16.5兆円、歳出削減策=11.4兆〜14.3兆円)

        10年代半ばに国・地方の債務残高の対GDP比を安定的に引き下げ

        社会保障の安定財源として消費税を検討

        国の資産を約140兆円規模で圧縮

 

    安全・安心の確保など

        フリーターにも国家公務員への就業機会を提供

        正規・非正規労働者間の均衡処遇を目指す

        少子化対策の抜本的な拡充、強化、転換

 

イ砲弔鼎

 


料理倶楽部いとう グルメ蓼科編25

料理倶楽部いとう ★★★★★

 

(料理倶楽部いとう PART


 

長野県茅野市豊平44563 筺0266739192

 

料理倶楽部「いとう」は、オーナーシェフ伊藤健吉氏ご夫妻が経営するフランス風懐石料理のお店、う〜ん、ご家庭である。テーブル席が四席と個室席(6~8人)が一つで、本当にこじんまりとしている。

 


場所は別荘地三井の森へ向かう道筋沿いで、尖石考古館の1キロ半ほど手前の左手にある。自然石が四段ほど積上げられ、手入れの行き届いた芝生の斜面が四、五メートル広がった先に、小ぶりの花壇に囲まれた瀟洒な洋風の二階建ての家が建っている。その清楚な佇まいに「あれは、何?」と、つい目が惹きつけられる。

 


わたしたちも昔から尖石考古館に時折、見学に行くときに、いつも気になっていた処であった。レストランと分かり、今から6、7年前に一度、予約なしで立ち寄ったが、予約が一杯ということで断られた。そこで、その翌年に頂いた名刺から予約を取り、漸く、テーブルを確保した。それからは、2000年秋に完成した尖石史跡公園内の温泉「尖石縄文の湯」(「いとう」の数百メートル先)に浸かったあとに「いとう」で夕食を採るのが、習慣になったというより、「温泉→ディナー」が、定番コースになってしまった。

 


伊藤ご夫妻の見立ての器やお皿に盛られてくる料理は、それだけで美しく洒落ているが、自家菜園で栽培されたシャキッとした野菜と旬の材料を吟味した手造り料理に温かいご夫婦のお人柄が伝わってくるようだ。温泉でクンナリとなった夢見心地のところに、鮮やかな彩りの手料理が目の前に現われる。ゆっくりとサーブされる時間の流れ・・・、まぁ、こういうのを私服の、もとい、至福の時というのであろう。また、最後のデザートがいつも凝っているのがまたまた、楽しみである。

 


テーブル数が少ないので、ほとんどのお客は御馴染みのお客のようである。特に「三井の森」の別荘の方々が多いが、その雰囲気にも直ぐに馴染み、居心地は極めてよい。だから、何時の間にかわたしたちも馴染みのような顔になっていく、「料理倶楽部いとう」は、そんなアットホームでお洒落な場所である。

(写真はこの夏に撮らせて頂くことにする)

 


 蓼科の清涼な空気とどこまでも青い空がよく似合う素敵なお店である・・・。


 

    ディナーメニュー(3種類のみ)

      4,000円(メインが魚か肉をチョイス)

      5,000円(フルコース)

      7,000円(フルコース)

 


 定休日は毎木曜日・第二水曜日

 


 

小泉施政五年の総括ーー経済政策の無策 3

小泉施政5年間の総括――経済政策の無策

 

,砲發匹

 

 これから、小泉施政5年間の総括を具体的数字に基づき検証・評価していきたいと考える。小泉施政の五年間をある意味要約した数字を表にまとめてみる。「改革なくして成長なし」のスローガンは一時期この日本中に吹き荒れた。景気対策に財政出動を言おうものならば、非国民のような様相まで呈させた、その「スローガン」は正しかったのか。まず、内政面で問題になった経済面の数字を検証したい。

 

【小泉内閣の経済関係指標の推移】(主に年次経済財政報告より)

 

西  暦    00   01    02   03    04   05   06

内    閣  小渕・森  森・小泉  小泉    小泉     小泉   小泉     小泉

 

(円)

株最高値 20,833   14,529      11,979       11,161      12,163      16,344    17,563

同最安値  13,423       9,504      8,303         7,607      10,365      10,825    14,218

 

(兆円)

時価総額  353         291          243           309            354          522         505

国富      2,918       2,856       2,747        2,668         2,653       2,640   −

 

(兆円)

GDP    501.1 496.8        489.6        490.5         496.1       502.5  508.0

 

(%)

成長率    1.1      -1.0         -1.3   -0.2  1.6           0.6    1.3

 

(%)

完全

失業率   4.7  5.0    5.4    5.3   4.7    4.4        

 

(%)

消費者物価

指数    0.7      0.7   −0.9   0.3             0.0   −0.3     −

 

(%)

市街地地価

指数    5.8      6.3  −6.7  7.1            8.4   −7.1   −

 

(兆円)

国債発行 33.0   30.0     35.0     35.3     36.6     34.4   30.0

 

(万人)

雇用者数 5,356  5,369    5,331    5,335   5,355   5,393   5,472

 

(件)

企業倒産

件数    18,769     19,164      19,087       16,255      13,679       12,998       −

 

時価総額:東証一部株価  GDP:名目 GDP成長率:名目 

  国債発行: 新規財源債

 

次回は上表の数字を使い、具体的に論述したい。まずは小泉内閣の経済政策の実績が客観的に表されている数字にじっくりと目を通していただきたい。

 

い砲弔鼎

 


障害者の社会参加を阻害する障害者自立支援法5

「障害者自立支援法による障害者いじめという矛盾」

 

 平成18年7月15日(土)の東京新聞朝刊で不定期に掲載される「からむニスト」にペリー荻野氏が「この四月から施行になった障害者自立支援法が抱える大きな矛盾と障害者という弱者が追い込まれていく」様子に、素朴で素直な感想を述べているので、以下にその全文を転記させていただく。

 

NHK教育「福祉ネットワーク」を見ていて、驚いてしまった。その日のテーマは「障害者自立支援法3ヵ月」。

私がびっくりしたのは、福祉施設などで仕事をしていた人が、職場を去るケースが増えているという現状だ。この法律では、福祉施設などで働くと「施設利用料」を障害者本人が負担しなければならない。番組のケースでは、一ヶ月四万円程度の収入があった人に対して、七千五百円の負担がかかっていた。

一方的に解釈すべきではないかもしれないが、「ここで働くなら利用料を払いなさい」ってこと?一般企業ならありえない話で、働いて自立したい人を「支援」することになるのか?

この点は番組でも問題視されていた。私たちは、だれでも障害を負う可能性がある。こういうテーマは、もっと一般のニュースなどでも取り上げるべき。関心を持たないと、知らないうちにいろんな法律が成立しちゃう可能性だって、あるわけだからね。』

 

わたしの娘はダウン症という生まれながらにしての知的障害者である。今年で25歳になった娘に、また新たな将来への不安が生まれたのが、このペリー荻野氏が言っておられる「障害者自立支援法」という看板を掲げた羊頭狗肉の法律の施行である。

 

わたしはここ約三年にわたり社会福祉法人の設立に関わってきた。娘の将来の生活不安と自立に備えるためである。幸いにもその努力が実り、昨年、新しい社会福祉法人の設立が認められ、会館(作業所)建設にかかる国庫補助金の交付も決定を見た。これで、私たち親が死んだ後も、娘は国と障害者指導に携わる職員やボランティアの人たちに助けられながら、法律の庇護の下、何とか人生を全(まっと)うできると一安心というか、一息ついたところであった。

 

しかし、郵政解散(2005.8.8)を機に、一旦は問題が多いとして廃案になった「障害者自立支援法」が、総選挙後の与党の圧倒的多数の政治情勢の中で、成立を見た。一般にはその法案審議に関心が払われることはほとんどなかったが、理解力のある障害者、障害者を抱える家族、福祉業界に携わる人々たちなどは福祉現場の実情を無視したその法案の帰趨に重大な関心を払ってきた。そして、世間の関心を買うこともなく、法案は昨年の10.31に衆議院本会議で起立多数で粛々と可決・成立した。

 

健常者(福祉用語で障害のない人のことを指す)と異なり、企業への就職が非常に難しい障害者は、ただでさえ社会や家族の支援なくして自らの生活を自らの力で営んでいくことは至難の業である。特に、ニートやフリーターの増加にあるように健常者ですら就職難という社会情勢では、障害者が自立生活を営んでいくこと自体、これまでですら無理な話であった。

 

そうした中で、この四月から「障害者自立支援法」は施行された。

その第一章、第一条の総則で、次のように「目的」が謳われている。「この法律は、障害者基本法の基本的理念にのっとり、他の障害者及び障害児の福祉に関する法律と相まって、障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行い、もって障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とすること。」

 

そ これまで身体、知的、精神など障害の種類ごとに支援する縦割りの法体系であったものが一本化され、障害の種類に関わらず平等の支援が受けられるという、その理念は机上のものとしては理解され、法の志は高いと言ってよい。しかし、法律の具体的条文に入り、複雑な仕組みが明らかになっていくにつれ、自立すべき収入の道が閉ざされた障害者に、その自立への支援サービスを受けることに対する応益負担という考え方が盛り込まれていることなど、この法律が実態としては、赤字財政を手っ取り早く改善するひとつの手段であったことがわかり、愕然とした。世間の関心も低く、声の小さいあるいは自分の意見すらまとめられない障害者という弱者に財政赤字改善のしわ寄せをして、財政負担軽減の一助と成そうとする余りにも冷酷な為政者の魂胆が透けて見えるのが、悔しく、そして情けない。因みに私の娘のひと月の(授産施設での)賃金は一万円である(作業所の工賃としては高いほうである)。それでも、娘は給料日が近づくとそれを指折り数えて待っている。その嬉しそうな姿を目にするたびに、親として胸が強く締めつけられるのである。

 

こ この自立支援法がこのままでは、日本国憲法25条に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と、麗々しく謳われている国民の「権利および義務」とは、一体何なのか、この国の根幹にある人権尊重の精神とは何なのか問わずにはおられないのである。

 

 

Wカップ報道に見たNHK改革の実態5

「Wカップ報道に見たNHK改革の実態」

 

 NHKは職員の経費流用など度重なる不祥事を発端に、受信料不払い件数が増加、NHKに対する経営体質改善が強く国民から求められてきた。

 

 そうしたなか、平成18年度の予算は、両院総務委員会の審議を経て3月末に国会を通過した。それを受けてNHKのHPに「NHK平成18年度収支予算と事業計画〔要約〕」が掲載されている。H18年度はNHKが再生へ向けて124日に発表した「NHK3か年経営計画――NHKの新生とデジタル時代の公共性の追求」の初年度にあたる。

 

 この再生への決意を国民に示した後も、今年4月に発覚したカラ出張事件など不祥事は一向に止む気配はない。識者を集めた経営委員会で議論され、纏め上げられた「3か年経営計画」。敢えて「新生」とまで、その副題に記した計画は一体何だったのかと、虚しくなり、沸々と怒りが込み上げてきたものだ。

 

 NHKの全職員は本当に「変革」をしよう、「自らの変身」を遂げようと決意しているのだろうか。日々のNHKの番組を見ていて、決してその兆候を認めることは出来ない。むしろ、能天気さに腹が立つだけである。

 

 メディア全体で、意図的に盛り上げたサッカーWカップも漸く閉幕した。その決勝戦(710日未明)の日の午後7時のニュースを見た。北朝鮮によるミサイル発射以降の国際情勢の緊迫、国連での制裁決議採択への外交努力といった国民の知りたい、そして知らせねばならぬ重要ニュースが目白押しの際に、なんとWカップの決勝戦の試合映像、仏・伊国民の悲喜こもごもの反応、ジダン選手のレッドカードによる一発退場のニュースに、多分、10分を超える時間が割かれていた。わたしは、正直、NHKの非常識さと、NHKは何をなすべきかが分かっていない、彼らは変革・変身をしようと必死に脳漿は(のうしょう)は絞っていないということを確信した。

 

 日本でのWカップ放映権120億円ともいわれ、その内、70億円を払ったといわれるNHKが、そのコスト回収にただならぬ意欲を見せるのは、馬鹿らしいけど仕方がないのだろうか。

 

 いや、そうではないはずである。

 

「H18年度の事業計画の要約」の「事業運営の重点事項」に「1.NHKだからできる放送に全力」という項目がある。その中に「視聴者のみなさまの関心の高い国際スポーツイベント放送の実施」という項目が入り込んでいる。

 

 わたしもスポーツ観戦は好きである。しかし、それはあくまで趣味としてである。事前にその金額を知っていたとしたら、国民は本当にそこまでの金を払って、たかだかボール蹴りのゲームに70億円もの放映権料を払うことを許しただろうか。巨額の資金を払ったことで、このイベントを盛り上げねばならぬと現場や編集責任者が、番組のなかでWカップ関連に重点を起きたい気持ちも分かる。不祥事以前に放映権契約は締結されていたのだろうから、これを今、責めるのは可愛そうではある。

 

しかし、それらは全て「時と場合」というものが大前提であり、世の常識である。北朝鮮の問題だけでなく、ニュースのプライオリティ(優先順位)、番組編成のあり方(何を国民に知らせねばならぬか)に、「NHK新生」の息吹や変化の兆候を認めることはできない。いや、体質を抜本的に変えようとするひたむきさが、全く伝わってこない。反対に、視聴者に媚びよう媚びようとする姿勢だけが、異様に伝わってくるだけである。

 

NHKは視聴率を気にする必要のない、他局と競争する必要のない唯一の放送局である。国民に知らせねばならぬ事実を忠実に知らせることこそ「使命」であるはずである。710日(月)の午後7時のニュース編成は、そうした「NHKの使命」とは遠い所にある報道姿勢ではなかったか。わたしには、その日のニュースを見ながら、経営者・職員一同が一丸となってNHKは「新生」するのだと必死にもがいているようには、これっぽちも見えてこなかった。

 

 北朝鮮のことは、何も必要以上に国民に危機意識を持たせる必要はない。冷静な報道姿勢が報道機関にも強く求められる。しかし、冷静な判断を国民ができるように日々のニュースでちゃんとした動きを的確に機動的に流してもらいたいのである。ジダンがMVPになるのもよい、退場するのも良い。だが、その放映時間よりは、北朝鮮、国連の動きについてより多い時間を割き、国民の冷静な判断に資する報道を今だからこそNHKはすべきであろう。

 

 Wカップの余韻は民放に任せれば事足りるのである。

 



ナマステ(インド料理) 蓼科グルメ15

★★★★★

 

北インド料理「ナマステ」=蓼科グルメ16

(2009.5.7)

 

長野県茅野市北山鹿山4026−2 

 

0266-71-9600

 


 

 

ナマステ看板

ナマステ玄関

ナマステ店内

 

 

 

 

 


 

 


 小太りのいつも笑顔を絶やさぬインド人シェフ、ケーシー・シンさんと若いサブのインド人が料理を担当する。接客は、どなたかのブログで「木の実ナナ」似と評されていたママが担当する(繁忙期はアルバイトの女性も入る)。五月に行った際に、その噺をママにしたところ「光栄!」と、大声で笑っていた。そんなアットホームな雰囲気の本格的なインド料理のお店である。

 店内ケリーさん


タンドリーチキン



 


 


 


 


 


  

 トップシーズン(5月・8月)は、予約は必須である。飛び込みで入ってこられたお客が泣く々々店を後にする後ろ姿を何度となく見ているので、是非、前もって予約を取られるべきである。

 


 カレーの種類は十二種類で、辛さは当然、お客の好みに合わせて選択できる(甘めのカレーは選択なし)。既に十二種類全てを食破(こんな言葉はなかったかな・・)したが、どのカレーも全てお奨めで、絶品と言ってよい。その日の気分、気候に合わせて選んだらよい。

 


 また、ここの絶品にナンがある。インド料理店でこれまで食べたナンでここのほどおいしくて、そして大きなナンはお目にかかったことはない。それから、香辛料の効いたタンドリーチキンも絶品である。わたしたち家族は、大人三人で、いつもカレーは二種類(つまり二皿)、タンドリーは三本、ナンは二枚注文する。それにグリーンサラダを頼む。蓼科のレタス、プチトマト、パセリといった野菜はみずみずしく、いつも食後には体の中が浄化されたような清々しい気分になる。それらを三人でシェアするのだが、いつものことで、ダイエットに励む女性陣は「いやぁ、食べ過ぎちゃった」と、のたまわってナマステを後にする。満腹のお腹を触りながら屋外に出ると蓼科の空気はいつも肌に爽やかである。

 


 カレーは一皿1500円位から2300円位であるが、わたしがビールを呑んで大体、会計の方は三人で一万二、三千円であり、コストパフォーマンスはピカ一の五つ星である。今度は、ママの写真を撮って来よう。

 

 

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清里・蓼科 ビーナスライン (’06-’07年版)



 インド料理店「ナマステ」は東急リゾートタウン蓼科内のセンター地区にある。蓼科に行けば必ずナマステを訪ね、本格派のインドカレーに舌鼓を打つ。

三嶋亭(すき焼き)---グルメ京都編3

京都市中京区寺町通三條下ル櫻之町405

電話:075-221-0003

 

 

 


 三嶋亭は、明治六年、初代・三嶌兼吉とその妻ていが寺町通三条角に牛鍋屋として創業したものである。今年(2006年)で133年の歳月が経ったことになる。寺町三条の角に建つ店は、街頭に向かって牛肉のショーケースが置かれ、その左脇に小さなのれんの掛かった入り口がある。下足番とおぼしき男衆が出迎える。いかにも百年を超える格式を誇る店造りで、老舗の風格が漂っていた。

 

三嶋亭 看板


三嶋亭入口看板

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしたちは、三階の個室へと案内された。その日は娘の友人二人を含め家内と五人の会席であった。こじんまりとした部屋で、障子越しに寺町通のざわめきが聴こえてくるのも、一興である。料理はすき焼きの特々選コースを予約していた。ひとり三枚充ての霜降りの大きな牛肉が大皿に五人分盛られてくる様子は、壮観である。そして、付き出しは牛肉のそぼろである。

 

 

三階の待合

八角形テーブル

三嶋亭 お肉

 

 

 

 

 

 

 


 

  


仲居さんが鍋に砂糖をまぶし、九条ねぎ、玉ねぎ、しらたき、豆腐、お麩が入れられ、割り下が加えられると、いよいよ京都の夏の夜を飾る、すき焼きパーティーのスタートである。さすがに霜降り肉の味は秀逸で、美味いのひと言。脇役といっては何だが、九条ねぎやお麩や豆腐も京都の味覚であり、申し分ない。若い人たちがいたので、お肉はさらに一枚づつ追加した。六時半の予約で九時半過ぎまで長居をしたため、最後は追い出しをくらう形で、かなり興ざめではあったが、それ以外は、おいしいすき焼きに楽しい会話と、京都の夜を十分に堪能させてもらった。

 


 部屋を出ると、本当にお客はほとんど退散しており、ちょっと格好が悪かったかな。でも、お店のHPでは、ラストオーダーが九時、閉店十時となっており、お席と料理は二時間とも書いていない。もし、そうであれば「そのように前もって言ってもらえればよかったな」と、若い娘たちと寺町通をそぞろ歩きしながら語り合ったものだ。でも、それはそれで十分に楽しい夜であった。最初は星四つと考えたが、急(せ)かされ、追い出されるようにして店を出たことを思い出すと、やはり老舗のある種の臭みが匂うようで、居心地と云う面、サービス業の本質と云う面から★三つにさせていただいた。

 

三嶋亭前寺町通り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メニュー

    すき焼き、水だき、みぞれ鍋の3種類

    各々に三嶋亭コース・特々選コース・特選コースがある

    三嶋亭コース:9500円(税サービス込み10,973円)

    特々選コース:8500円(税サービス込み  9,818円)

    特選コース:7500円(税サービス込み  8,663円)

 


かやぶきの里・かやぶき美術館・・古都散策5

かやぶきの里・かやぶき美術館・・古都散策

 

 京都市街から車で約二時間弱(四条大宮から58キロ)、周山街道を北上したところ、京都府南丹市美山町に「かやぶきの里北村」という日本の原風景といってよい所がある。小さな山を背にしてかやぶき屋根の家が38戸建つ集落である。かやぶき集落では、有名な岐阜県の白川郷と福島県の下郷村に次ぎ、全国で三番目の規模となる。

 

 

かやぶきの里全景

かやぶきの里 ポスト

かやぶきの家

 

  

 

 

 

 

 

 

 かやぶきの里全景  懐かしいポスト   かやぶき家

 

 

 集落の中に茅葺の民族資料館がある。土間から台所に入ると、そこに囲炉裏がきってある。そこに座って、村のご婦人から茅葺家の説明を受ける。朴訥な語り口を耳にしながら、昔はここで家族の団欒があったのだなと思っていたりした。

 

 かやぶきの里は現在も人が住む集落として、地元の人々により大切に保存されている。それは現代の文明生活をある部分、犠牲にしなければ成り立たないのだろうと感じた。集落の人々の伝統文化、郷土を大切に思う気持ちが伝わってくるようである。

 

 かやぶきの里を後にして、9キロほど西に行った所(南丹市美山町島朴ノ木21)に「かやぶき美術館」と「郷土資料館」がある。ここは、かやぶきの里と異なり、集落ではなく、もと庄屋の家をそのまま美術館として利用しており、凝った造りになっている。美術館の隣に郷土資料館がある。二棟だけの茅葺の家である。

 

 美山かやぶき美術館から郷土資料館をかやぶき美術館内かやぶき美術館屋根裏

 

 

 

 

 

 

 

 

美術館から郷土資料館を 美術館内部    かやぶき美術館屋根裏

 

 

 観光客もほとんど訪れないのだろう、客がいないときは電灯を消し、節約を心がけているその茅葺の家が、かえって鄙(ひな)びて趣があると感じた。生活感の漂う集落の光景とはまた異なった寂しげな風景にかつての日本の村落がもっていたであろう風情を感じた。

 

 

郷土資料館

美術館から見おろす水車水車小屋

 

 

 

 

 

 

 

 

 郷土資料館     美術館屋根裏から    水車小屋

   

 郷土資料館内部                

 

郷土資料館陳列品

 

 



 


常照皇寺・・・古都散策5

古都散策――常照皇寺」

 

 

 7月初旬の梅雨まだ空けやらぬ季節に常照皇寺(右京区京北井戸町)を訪れた。京都市街から北山杉を車窓に眺めながら周山街道(国道162号線)を車で北へ約1時間余、大堰川(桂川)を越える。そこにバス停駅周山があるが、そこを右折し国道をはずれ桂川左岸沿いに10分ほど行った山の麓に勅使門へ登る石段がある。常照皇寺は、後醍醐天皇と皇統を争った北朝の初代天皇、光厳(こうごん)上皇により貞治(じょうじ)元年(1362年)に開山された。嵐山にある臨済宗天竜寺派に属する禅宗寺院である。

 

 

常照皇寺入口

常照皇寺 大広間

常照皇寺 襖絵

 

 

 

 

 

 

 

 

境内には、国の天然記念物である「九重桜」をはじめ、御所から株分けしたといわれる「左近の桜」や一重と八重が一枝に咲く「御車返しの桜」など桜の名木があった。ただ、季節が異なったため花を見ることはなかった。その代わり、寺内には山雨の降り濡(そぼ)つ音と河鹿(かじか)の啼き聲が響くのみで、静寂というかすかな音楽に包まれていた。そして、わたしは平安朝の殿上人のように人っ子一人いない大広間を独り占めし、静謐(せいひつ)というこの上ない清浄な空気を思いがけず身に纏(まと)うことができた。

 

 

玉座 

常照皇寺枝垂桜(御車返し桜)室内からの桜 

 

 

 

常照皇寺 河鹿

常照皇寺 渡り廊下

常照皇寺 裏山

 



 


国防を言葉の遊びにしてきた大きなツケ5

「国防を言葉の遊びにしてきた大きなツケ」

 

 ミサイル防衛PAC3、配備前倒し…来年中に4基体制(読売新聞7月8日)

政府は7日、2008年3月末をめどとしているミサイル防衛(MD)システムの地対空誘導弾パトリオット・ミサイル3(PAC3)3基の配備を前倒しし、07年中にも実施する方針を固めた。北朝鮮の弾道ミサイル発射を受け、迎撃体制のシステム整備を急ぐ必要があると判断した。防衛庁はPAC3の最初の1基を、06年度末までに航空自衛隊第1高射群の本部がある入間基地(埼玉県)に配備する予定だ。その後、07年度末までに同高射群の霞ヶ浦(茨城県)、習志野(千葉県)、武山(神奈川県)の3基地に1基ずつ配備する計画だったが、これを前倒しし、07年中に完了させたい考えだ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060708-00000001-yom-pol

 

 北朝鮮のミサイル発射を受けて、政府のドタバタが目につく。しかし政府与党よりも、これまで非武装中立を声高に唱えてきた社民党・共産党ら野党が何ら具体的行動・発言をしていないことに憤りを感じる。これまで野党は、国は自分で守るしかないという「当然の国家の義務」を脇へ置き、国会で専守防衛や飛行距離はそこまで必要ない(攻撃距離となる)、空中給油は防衛の場合必要ないなどなど、空理空論を展開し、いたずらに国防議論を神学論争へと祀り上げてきた。

 

言うまでもなく国民の命と財産を守る義務が国家にはある。その慰労なきことをチェック・監視するのが健全たる野党のはずである。その野党がこの危機を前にして何の行動も起こさない。今こそ日頃から口を極めて唱えていた非武装中立思想で、現実にどのようにして「国民を守る」のかを具体的にわたしたちの目の前に示して欲しい。ここで、無言を決め込むことは政治家としては、自らその存在を否定したことと同意義であるということは、彼ら自身が一番分かっているはずである。

 

 しかし、現在のこの国のドタバタを見ていると、今まで国会や大手新聞で議論されてきた国防議論や専守防衛の厳格な定義といったものが、本当に虚しく、馬鹿馬鹿しく思えてくる。国際社会の現実を直視すれば、これだけの経済力と技術力を有する国が、丸腰で生き抜いていけるはずはないということは、国際社会でビジネスを行なっている企業戦士たちはよく知っている。

 

現在は、日米安保条約により国防は可能と都合よく考えているが、その結果、わが国は米国の属国のような地位に陥ろうとしている。特にこうした危機が現実のものになった時、飛来するミサイルさえ自力で防ぐことが出来ない国が、それを庇護(ひご)してくれる米国に対して国民の生命に関わるBSE輸入解禁であろうが、米軍再編費用がどれほどかかろうが、彼らの言いなりになるしか選択の道はないのである。

 

迎撃態勢が一応、整備されるのが2007年度末、再来年の3月末である。まずはこの年末までに一基の地対空誘導弾パトリオット・ミサイル3が入間基地に配備されるという。北朝鮮に「年末まで撃つのは止めてね!」とでも、この国はお願いするつもりなのだろうか。世の平和主義者、非暴力主義者は、いまこそ、具体的にどういう形で、国民を守ればよいのかを世に向って発言し、処方箋を示すべきである。だって、国防計画で厳密に定められたスケジュールを、危機だからといって、この雰囲気をよいことに、さっさと政府は前倒ししようとしている。そうした軍備拡張に反対していたはずの大手新聞社もそのことについて一言も発言しない。

 

 日頃、現実的な危機管理議論がなされていないと、こうした時に、緻密な議論もなく、なし崩しで軍拡がなされていくことこそが、この国をいつか来た道に戻していくのだということを、自分たちはよく知るべきである。そして、これまで、非武装を、専守防衛を口にしてきた人々、野党は、この現実を前にして具体的な防衛策を講じ、そして行動を起こして見本を見せて欲しい。もしそれが現実的選択肢として採用できるのであれば、わたしは改めてこれまでの野党の見識に頭を下げ、「恐れ入った」と謝罪する。

 

 国際社会は国益と国益のぶつかり合いである。いわば、日々戦場・常在戦場なのだと思う。こうした現実に眼をそむけ、ひとり砂上の平和をむさぼる議論を国会・政治家に許してきた国民にいま、大きなツケが回ってきたといえよう。

 

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 集団的自衛権と日本国憲法

憲法と平和を問いなおす

「小泉施政5年間の総括◆廖宗従泉首相の国家運営に対する使命感4

「小泉施政5年間の総括◆

小泉首相の国家運営に対する使命感

 

,砲發匹

 

 7月7日(金)の東京新聞朝刊の二面の囲み記事「帰国後の発射…おれはついてる」を目にして、この「小泉施政5年間の総括」の結論を小泉総理自らが語っているように思えたので、次にその全文を転記する。

 

『小泉首相は六日夜、首相公邸で自民党幹部と会食し、北朝鮮によるミサイル発射に関して「おれはついている。(訪米中のエルビス)プレスリーの邸宅に行ってるときにテポドンを撃たれたら格好悪いだろう。(日本に)帰ってきてからで運がよかった」と述べた。会合には武部勤幹事長、久間章生総務会長らが出席した。』

 

 卒業旅行と揶揄された今回の訪米から7月1日に帰国して、わずか4日後(7月5日)に北朝鮮はテポドン2号を発射、ロシア沖南方200キロの海上に着弾した。合計7発のミサイルが発射された。

 

 それを受けての翌日の夜の会食の発言が、上に引用した東京新聞の記事の内容である。北朝鮮ミサイル問題は徐々にその情報が洩れてきているが、既にひと月ほど前には、ミサイルが複数発発射される可能性が高まったことをキャッチしていたと政府は言う。

 

 であれば、627日に政府専用機で米国へ向けて離陸したときには、緊迫した情勢であることは分かっていての「卒業旅行」であったことになる。そして、メンフィスでのあの醜悪なプレスリーの物真似である。

 

 北朝鮮の挑発や脅しに乗れとは勿論思わない。彼らにそういう計画があることを把握して、訪米を中止することは逆に北朝鮮の思う壺に嵌(はま)ることになるからである。「卒業旅行」は粛々と進められるべきであり、ブッシュ大統領と北朝鮮問題につき膝詰め協議をしたであろうことは、その意味では何ら非難されるものではない。

 

 しかし、六日夜の発言は、小泉首相の国家指導者としての意識に大きな問題があるとして、強烈に非難されるべきだと考えるのである。現在、ミサイルを日本に撃ち込まれた場合、それを迎撃する手段を日本は持たぬ。狂気の独裁者、あるいは軍部の独走により何を起こすか分からぬ北朝鮮である。ミサイルが日本領土に撃ち込まれるというシナリオを、確率は少ないとは云えそれを想定したうえで、その対処を怠らぬのが、国家を指導するものの使命ではないのか。本来であれば、万分の一でも国土飛来の可能性があれば、国民の命を守れぬ状況にあるという一点で、指導者は狂わんばかりに心を砕き次善、三善の措置、準備をとり、命を縮めるようにして必死に国民の為に祈るのではなかろうか。

 

 然るに、ミサイル発射後に口を突いて出たのは、「おれはついている」「格好が悪いだろう」である。気の置けない取り巻きたちとの会食中の発言だけに、本音と軽さがあからさまに表に出て、小泉総理の正体、指導者としての欠陥が浮き彫りになったように思える。一国民としてこの5年もの間、こんな男に日本の舵取りを任せたのかと思うと、本当に悲しくなり、空恐ろしくなるのである。これから、小泉施政を諸々の数字を材料にして客観的な評価を行なっていくことにする。

 

につづく

 


男と女――社会常識の欠落した化け物が跋扈(ばっこ)する教育現場5

 

<体育着替え>公立小学校の6割強で男女同室 文科省調査(毎日新聞6.30)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060630-00000135-mai-soci


 まことに奇妙といおうか、不愉快で情けない話である。上に掲げた6月30日付け毎日新聞の記事を読んで、開いた口がふさがらないのである。いまも、口をだらしなく開けたままこの文章をしたためている。学校が荒れている、教育の現場が惨憺(さんたん)たる状態にあるという教育の荒廃が叫ばれ出して久しい。わたしにも小学校、高校と教師の知り合いがいる。今日の教育現場が抱えている問題について、それなりの情報、悩みは機会あるごとに彼らから聞き、議論もしてきているつもりである。そして教育現場の実態についても、普通の人より少しはわかっているつもりであった。


しかし、掲題の記事が目に触れた時、わたしは正直、自らの目を疑った。


今の教師というのは、男女というもの、人というもの、異性というもの、コミュニケーションというもの、その他諸々の一般知識と言おうか、いや世の中の常識、コモンセンスに絶対的に欠けている存在であると確信した。この一事を持ってすべての教師を一刀両断することは控えねばならぬが、あまりの愚かしさに、わたしのわずかな理性は吹き飛んでしまう。


全国の公立学校で「体育時の着替えを男女同室で行っているのは小学校では低学年を中心に平均で62.97%、中学校は7.49%、高校1.12%」あると、文部科学省の調査が発表された。同省は30日、「児童生徒に羞恥(しゅうち)心や戸惑いを感じさせる恐れが大きい」として都道府県・政令市教委に対し、是正を求める通知を出したと云う。当然の指示、指導である。


子供たちの早熟度やTVや携帯ネットなどを通じた性に関する情報の氾濫、性犯罪の低年齢化など現在の社会情勢を冷静に把握し、それに対処しようという姿勢、努力、取り組みが、この男女同室での着替えや身体検査の行為から、まったく見えてこない。いや、その性犯罪を教師自らが助長するような教育を行なっているとしか、わたしには見えない。


わたしは、どうしてこのような非常識な行為が、教育と云う現場で、それも白昼堂々?と、大手を振ってまかり通るのか、浅学非才にして回答が見つからない。一時期、男女同権、男女平等を履き違えた「ジェンダー・フリー」なる如何わしい和製英語が、この日本を席捲(せっけん)した。「性による差別」があってはならぬという、見当はずれの平等主義者の主張、運動であった。平等の本質をよく理解しておれば、そうした愚かで馬鹿げた考えは生まれ出るはずはないのだが。というより、一般社会常識さえ備わっておれば、そうした考え・行為が、どこかおかしいと直ぐに気づくはずである。


それを教えるのが、まずは初等教育の基本中の基本であるのではないのか。一般社会の常識、約束事、きまり、こういった所謂、社会的規範のイロハを教えるべき教師に、その社会的規範いや、そんな難しいことを言うまい、「普通のこと」「ダメなものはダメ」という意識が欠落していることに、わたしは非常に驚愕するとともに、レベルの低下した教師と呼ばれる化け物が、教育界に跋扈(ばっこ)している現実を早く国民は認知し、その化け物たちの手から子供たちを救い出さねば、「日本は滅びる」と、心底、思った。

 

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美山荘の蛍狩り5

(ブログ「彦左の正眼」内の写真等の一切のコンテンツの転用を禁止します)

泊ってみたい宿=摘み草料理の美山荘(2013.10.23)
新緑に映える美山荘--2008

東京の「ほたる狩り」=うかい鳥山(八王子)6月3日〜7月13日(2010.5.29)
京料理・「粟田(あわた)山荘」で「蛍の夕べ」を愉しむ(2011.7.1)
“辰野・ほたる祭り”に行って来た=松尾峡・ほたる童謡公園(2012.7.2)

梅雨の真っ只中の七月二日に京都花背にある美山荘に蛍狩りに行った。八ヶ月前にこの日を予約した。蛍が出るのがこの日をはさんで前後、5,6日間ということで、当たれば儲けもので予約した。梅雨前線が行きつ戻りつする空模様に一喜一憂して、この日の京都行きを待った。

当日、午前9時半頃に京都へ到着したが、まさに到着と同時に篠突(しのつ)く雨。タクシーに乗るのも、十センチほどの水溜りを避けて必死に座席に滑り込む。当日は、美山町にある「かやぶきの里」を見てから、美山荘に向う予定。


まずは、「かやぶきの里」へ。これほどの僥倖があろうか、空模様は一転、晴れ模様。午後、3時半に美山荘に到着。

母屋の玄関

2006美山荘若女将

若女将

お部屋の床に生け花が・・・

母屋の縁側

母屋の床の戸袋の絵

飾る壺 

お風呂に入り、夕食に舌鼓を打ち(下の写真は最初のお皿のみで、あと次々と出された料理は女将との談笑とおいしい日本酒「弥栄鶴」にかまけて、写真がない・・・。でも、献上鮎のおいしかったこと・・・)。そして、ついに午後9時ころに夢に描いた蛍狩りに出発した。

恒例の籠に盛られた八寸

母屋食事の間の襖絵

離れの部屋・床の間に片栗の活け花 

蛍狩りという言葉は知っていたが、実際にどうするのかを知らないわたしは、家内や娘ら同宿の人たち9人とともに美山荘のワゴン車で7、8分ほどの渓流の橋の上に向った。樹林の細い径、と云っても真っ暗であるが、その間も車のライトのパッシングに釣られて樹間(おそらく)に蛍が青白い灯をぼ〜っと点す。ある時は数匹が寄り添うようにして、またある時は離れていくようにして、車の動きに合わせるように、陸続と蛍が湧いて出てくる。

寄り添う二匹の蛍

清流から立ち昇る蛍

漆黒の闇に蛍が・・・  

まさに幽玄の世界とはこのこと。これから初めて経験するであろう蛍狩りに心が昂ぶって来る。橋の上は漆黒の闇である。おそらく上空は梅雨の雲が厚く覆っているのであろう、一条の月の光も一粒の星の影さえ見ることが出来ない。右も左も真っ暗である。

 
橋の下に渓流の大きな音が聴こえてきた。そして、十数個の蛍火がゆらゆらと、そしてす〜っと昇ってきた。あっと思う間もなく、今度は頭上から数匹の蛍がまるで流れ星のように降ってくる。それは、暗黒の世界をキャンバスにして繰り広げられる繊細な光の映像劇である。時間は止まったように動かない。

蛍袋の花芯で蛍が幻想的に灯をともす

緑色と薄紫の世界がきれい

鑑賞後は自然のもとへ・・・

若女将に渡されたうす紫色の蛍袋(ほたるぶくろ)の花弁に掌にとまる蛍を流し込む。花芯(かしん)に落ち着いた蛍が間歇的にぼ〜っと仄かに明かりを灯す。車の中で蛍袋という王朝絵巻のような名をつけられた花芯は強く弱く点滅を続けていた。その花びらを手にしたまま宿に戻った。部屋の縁に置いた蛍袋の花芯をのぞいた。そこにはうす紫の世界の中で、幻想的なみどり色の光を灯す蛍がいた。ゆっくりとした時間が流れ、待ち焦がれた京都の深山の夜が更けた。

寝ざめの梅茶

名栗の間で朝食

いつもおいしい朝食です

名栗の間の名栗面の床です

離れの部屋には露台が

いよいよ若女将ともお別れです

大女将もご一緒でのお見送り、また、お会いしましょう・・・ 

蛍狩りを楽しんだ翌日は、小糠雨(こぬかあめ)が朝から降っていた。寝覚めに効く梅茶を飲み、遅めの朝食をゆっくりと堪能する。やはり素材の野菜も厳選されておいしい。


そして夢のようで一幅の絵のような過ぎし日を心に仕舞い込み、大女将、若女将に別れの手を振った。

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雪峰花譜―摘草料理美山荘


小さくて贅沢な宿

 

北朝鮮のミサイル発射の意図5

「北朝鮮のミサイル発射の意図」

 

北朝鮮は5日午前3時32分から8時17分の間に、6発のミサイルを順次発射した。その内、3発目が米国アラスカを射程距離内に収めるテポドン2号、その他がノドンあるいはスカッドミサイルと思われるとの政府発表であった。そして、6発いずれもが日本海上に着弾したとのことである。

 

テポドン2号への燃料注入疑惑に始まった一連の北朝鮮の国際社会への挑発行為は、とうとう射程距離6千キロのテポドン2号を含む6発ものミサイル連続発射という事態にエスカレートした。刻々とミサイルの発射弾数が増えていく報道を聴きながら、わたしは、ある種、戦争が勃発したかのような錯覚に陥った。そして、「戦争」とは意外とこうした日常的な雰囲気の中から、ふわっとした感覚で始まっていくのかも知れないと思ってみたりした。

 

ところで、今回の北朝鮮の意図はどこにあるのか。なぜ、国際間で孤立を深めるような行為を敢えて今朝、行なったのか。

 

ひとつは、燃料注入を完了していたテポドン2号の処理の問題がある。

つまり、瀬戸際外交と称される「テポドンを発射するぞ、発射するぞ」と、脅迫することで、米朝二国間会議開催を勝ち取ることを狙った。米国によるマカオの金正日(キムジョンイル)秘密預金封鎖に猛烈な危機感を抱き、恐怖感を覚えているように見えた。最近の焦燥感を募らせた米朝二国間協議開催への北朝鮮の異常なこだわり、焦燥感が、それを如実に物語っていたと言える。

 

しかし、結局、米国から寸分の譲歩すら獲得できなかった。まさに瀬戸際戦術の失敗である。一旦、注入した燃料を抜き取る作業はより高度な技術が必要と言われている。米国に対して振り上げた拳をどのような形で、降ろしたらよいのか。その答えが、今回のミサイル連続発射という稚拙な行為だったのではないのか。

 

 米国の譲歩が引き摺り出せなかった北朝鮮が、燃料抜き取りという形で引き下がる政治的選択はなかった。ましてや、燃料抜き取りの過程でテポドンが誘爆するようなことにでもなれば、国威は失墜し、燃料注入を命じた金正日は軍部からの信頼を一挙に失う懸念があった。金正日の独裁体制に大きな亀裂を生じさせ、体制崩壊の危機となる。

 

 もし、二国間協議が開催の運びとなった場合、燃料抜き出し失敗の際は、自爆処理をしたとでも言い逃れをすれば、国威は失墜しない。

 

二つ目は瀬戸際外交の間合いをもう一段詰める、非常に危険な賭けに出たという見方である。

 

この見方は日本を含め国際社会にとって最も危険極まりない北朝鮮の選択である。その先には、「核実験」しか残っていないからである。今回の連続ミサイル発射はそこへ向う道筋の単なる一里塚でしかなく、これから下されるであろう国際社会の経済制裁を受けて、必然的に「核実験」という無謀な選択に突っ走ることが、容易に予想される。わが国は首筋にナイフどころではなく、マシンガンをつきつけられることになる。そして、東アジアの政治的安定に大きな歪みが生じ、国際情勢に不穏な空気が充溢することになる。こうなった時に、軍事的に独立していない日本は大きな危険に曝されるとともに、まだ東アジア諸国との間に、平和的枠組みでの秩序を構築できていないわが国は、ますます米国への従属を強いられていくことになる。つまり米国隷属化の道を歩まざるを得なくなるのである。

 

今、私の脳裡には不吉な考えが浮かんでいる。北朝鮮は、国連の緊急安保理で国際的な経済制裁網を敷くことが決定された場合を想定して、既に「核実験」の準備を終了しているのではないか。安保理採択と同時に、核実験を決行する。北朝鮮ならそれくらいの先読みをした外交戦略で来ることは、充分想定できる。小泉総理のこの5年間に東アジア政治の平和的枠組みの構築は、靖国問題で大きく後退こそすれ、前進は全くなかったといってよい。日本がこうした丸裸の状態で、核実験という緊急事態を迎えれば、わが国は米国に対しBSE問題で輸入反対どころの話でなく、何でもアメリカの云うことを聴くから、国を守って欲しいと跪(ひざまず)くしかないのである。まさに、米国の属国になることを選択する道しか残されていないのである。

 

三つ目は、米国の独立記念日である7月4日という日に狙いを定め、合わせて、米航空宇宙局(NASA)時間の4日午後2時38分(日本時間5日午前3時38分)という、スペースシャトル「ディスカバリー」の打ち上げ時間に米国に照準を合わせてミサイルを発射、米国民に恐怖感を覚えさせようと考えた。勿論、米国の譲歩を引き出すためである。あまりに子供じみて馬鹿げているが、白馬に乗って駆ける金正日、映画の演出が好きだという金正日を思い起こせば、この三つ目の意図もあながち漫画チックだと云って笑うことも出来ない。

 

 それほどにこの北朝鮮という国は不気味で狂気の存在であることを、われわれは片時も忘れてはならぬと思った。

 

 

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北朝鮮は本当に変われるか 金正日「延命工作」全情報

 

金正日最後の賭け―北朝鮮の胎動

小泉総理のプレスリー物真似に赤面1

「小泉総理の訪米に赤面」

 

 卒業旅行といわれる今回の訪米で、米国からの映像が続々送られてくる。カナダのナイアガラの滝の見学に続き、メンフィスでのプレスリーの物まね。プレスリーの愛娘のマリーさんと元夫人プリシラさんの前で見苦しい物まねを披露する日本の老人に、この女性二人は戸惑った表情を見せた。世界最高の権力者たる米国大統領ブッシュからエスコートを頼まれてしまったのだから、この老人の不細工な踊りにどのような反応を示したらよいのか、わからなかったのだろう。お二人の心中を察して余りある。

おそらく「このイエローモンキーの中途半端な腰の下げ方は、父、元夫のあのセクシーな腰振りとは全く異なる、愚弄するんじゃない」とでも、捨て台詞を吐きたかったに違いない。夕張市が財政再建団体へ落ち地方が崩壊を始め、この日本を自殺者が年間3万人も出る国家にさせておいて、自分だけは政府専用機を使い、メンフィス詣(もうで)である。国のトップにある者として、その言動は常に国家の品格を体現せねばならぬくらい、この初老の人物はわかっているはずだと思うが、思い違いであったのだろうか。TVから流れ出てくる映像を目にして、日本という国が、世界中で顰蹙を買い、馬鹿にされているような気分になってしまった。今日の天気と同じようで、本当にブルーな土曜日である。

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