彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

June 2006

小泉施政五年の総括3

「小泉施政5年の総括 

 

(連載 銑─

 

今から52ヶ月前の平成13年4月26日の午後、衆参本会議での一致した議決で、小泉純一郎衆議院議員が87代目(56人目)の内閣総理大臣として国会指名を受けた。

 

同日夜の総理親任式及び国務大臣認証式の後、内閣総理大臣談話を発表。その中で、「政治に対する国民の信頼を回復するため、政治構造の改革を進める一方、『構造改革なくして景気回復なし』との認識に基づき、各種の社会経済構造に対する国民や市場の信頼を得るため、この内閣を、聖域なき構造改革に取り組む『改革断行内閣』とする決意です」と述べた。

 

続けて「改革を推進するに当たって、常に、旧来の利害や制度論にとらわれることなく、共に支え合う国民の視点に立って政策の効果や問題点を、虚心坦懐に検討し、その過程を国民に明らかにして、広く理解を求める『信頼の政治』を実施してまいります」と高らかに語り、小泉内閣はこれまでにない内閣支持率を追い風にこの日本丸を海図なき航海へと船出させたのである。

 

【4.26        内閣総理大臣談話】

http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2001/0426danwa.html

 

それから、はや5年が過ぎた。この9月の自民党総裁選を機に、総裁の椅子を降りると宣言し、618日に第164回国会を終えた今、大手メディアは後継者予想とその品定めに忙しい。

 

そして国会閉会を心待ちにしていたかのようにして、小泉総理は30日にテネシー州メンフィスの故エルビス・プレスリー邸「グレースランド」を訪問するため、北米へと旅立った。一応、直接にメンフィスを訪れるのも気が引けるのか、カナダのナイアガラの滝を先に見学して、「壁がグリーンだと思ったんだけど、流れがグリーンだったんだね」と、感嘆の声を上げて見せた。そうはしゃぐ小泉総理の瞳に国内で明日の糊口をどう凌(しの)ぐかを寝ずに悩んでいる民がたくさんいることを案じる光は、ひと時も灯ることはなかった。

 

20日、北海道の夕張市は、自治体の倒産にあたる「財政再建団体」になると表明し、総務省に申請をすることとなった。地方経済の荒廃が言われだして久しいが、とうとう、自治体の崩壊が始まった。第三セクターをふくめて夕張市の事例はまだまだ氷山の一角に過ぎないのだろう。

一方、安全保障面では、北朝鮮のテポドン2号の燃料注入、発射の懸念も拭えぬ状況である。

 

この内外情勢のなか、国会会期の延長を頑なに拒み、教育基本法案など重要法案を積み残したまま、あえてカナダ、アメリカへわたる必要があるのだろうか。国民は果たして、こうした小泉総理の政治に対する姿勢について本当に納得しているのだろうか。退陣表明の後も、まだ40%の支持率を維持する化け物総理の5年におよぶ政治の総括を始めたいと思う。

 

△砲弔鼎



 

患者がしゃべる脳出血へのカウントダウン5

脳出血へのカウントダウン

 

,砲發匹

 

 

 

 今、思い起こしてみると、右脳出血する一年半ほど前から前兆となる症状があったように思う。

 

 その代表的な症状は次の四つである。

1.      首筋の右側が棍棒を入れたように凝っていた

2.      少し歩くだけで、すぐ汗が出るほどの暑がりになっていた

3.      人の話を聞いている最中に、頭がポーッとして、遠くから声が聞こえてくるような現象が、何回か、起きた

4.      時折、たいした運動もせず、理由もないのに動悸が激しくなることがあった

 

血圧が高いことは健康診断で指摘を受けていたので、降圧剤の軽いものを毎日飲まされていた。その降圧剤も、今から考えると愚かであったが、飲み始めてすぐ血圧が正常値の範囲内に収まっていたので、一年程で徐々に飲むのを止めるようになっていった。副作用はないと医師から言われていたものの、どこか服薬に対する心理的抵抗感があったのだろう。ひと月ほど降圧剤の服用を止めても、血圧が正常値であったので、自分でその服用をやめてしまった。後で医師から聞いたら、降圧剤は止めてすぐに、効能がなくなるのでなく、数週間は効能が持続しているのだと言われた。わたしが自働血圧計の「健太郎君」で、血圧測定をやっていた一月ほどは、薬は止めたものの、薬効がまだ残っている時期であったのである。

 

わたしは、一年ほどの降圧剤の服用で高血圧が治ったと、勝手に考えた。そして、仕事が急速に忙しくなるにつれ、医師の診断も健康診断のみで、頭から高血圧という言葉が弾き飛ばされていった。

 

そうしたなかで、肩や首筋が凝り、そして時々、ボーッとなることから再び、高血圧が脳裡に浮かんできた。そして、診療所にかかる時間はとても昼間にとることはできなかったので、夕方に自働血圧計で血圧を測りに行き始めた。倒れる3、4ヶ月前当りからだったと思う。

 

社内診療所には「健太郎君」は三台設置されていた。そのすべてで測っても、常にエラーが表示された。ボタンを押すと、差し入れた右腕がギューッと圧迫されるのだが、それが固定、停止しないまますぐに、ふわ〜っと弛んでくるのである。そして、表示板にエラーとメッセージが現われる。機器が壊れているのだと思ったが、いつも看護士も退社したあとであったので、それを伝えることもなかった。

 

「どうしようもないな」と、ブツブツ言いながら自席に戻る日々が度重なった。その頃には、実はわたしの血圧はとんでもないほどに高くなっていたのである。その時に、何とか時間をひねり出して直接に医師にかかり、血圧を測ってもらっておれば、最悪の事態は避けられたのではないかと思う。おそらく、相応の緊急治療がなされたことと思うし、「健太郎君」の測定範囲を超えるほどに血圧が異常に上昇していたことは、簡単にわかったはずである。

 

 素人判断で降圧剤を勝手に止めるなど医師の指示に従わなかったことと、おかしいと思ったとき、すなわち病魔がすぐ脇まで寄り添っている時にも、医師のもとへ向かわなかった無謀さが、その直後の脳出血に至る大きな要因である。兆候は色々とあった。シグナルはガンガン鳴っていた。なのに、わたしはなにも行動は起こさなかったのである・・・。「かえすがえすも」という言葉があるが、「その時歴史は動い」てしまったのである。

 

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おとなのADHD―社会でじょうずに生きていくために

「リハビリ制度改革の患者置き去りの愚行」5

「リハビリ制度改革の患者置き去りの愚行」

 

 この四月の診療報酬改定で、リハビリ医療界に激震が走っている。医療機関で保険診療を受診できるリハビリ日数に以下のような制限が設けられたのである。

 

脳血管疾患

脳腫瘍・脳外傷・脳卒中・脊髄損傷など

180

運動器

手足の重い外傷・骨折後の手術、切断・運動器

の不安定症など

150

呼吸器

肺炎、無気肺、肺梗塞開胸手術後など

90

心大血管疾患

急性心筋梗塞・狭心症・冠動脈バイパス手術など

150

 

 一方で、一日当たりの訓練時間は1時間20分から2時間に拡大された。早期リハビリが機能回復の効果が高いとの知見から、早期の集中的リハビリを可能とすることが目的といわれる。

 

 早期治療が目的であれば、一日当たりの診療時間を、米国の臨床実験で最も効果が高いといわれる3時間/日に延長すれば事足りる。厚労省は期限を設けた理由として、「これまで効果が明確でないリハビリが長期間続けられるケースが多くあった」を挙げている。これは、ある側面は役所の言うとおりの実態が医療現場にあるといってよく、その理由の一面には肯くところはある。しかし、リハビリをどれだけの期間必要とするかは、患者によって、それこそまちまちである。そのことを賢いお役人が知らぬはずはない。

 

 厚労省のいう「長期間続けるケース」は、町医者的な整形外科院で長々と続けられている赤外線治療や温湿布治療などをいっているのだと思う。通常、街の整形外科院にリハビリの専門の理学療法士や作業療法士を常時、配置しているケースは、コスト面からそれこそ少ないのである。リハビリに素人の医療従事者が、患者の気休めに漫然と赤外線治療などを施し続け、医療報酬を貪(むさぼ)っている実態を厚労省は、指弾し、止めさせたいのである。

 

 そのこと自体、医療財政の赤字が年々、増大する状況に鑑みれば、やむを得ぬことではある。要は、本来リハビリ治療の継続を必要とする患者に専門的な療法士の指導を受けさせるために、医療費の無駄遣いとの兼ね合いの中で、どうバランスをとるかということなのである。厚労省のこの施策により、リハビリ医療の現場には、結果として何が起こっているか。

 

 何のことはない、専門のPTOTを指導できる大病院や専門医療機関から溢れ出た患者は、療法士のいない街の整形外科へ止むを得ず通院することを余儀なくされているのである。町の整形外科院は、一人当たりの診療時間には制限がかかったが、受診者数が増えることによって、逆にリハビリの診療報酬は増加しているというのが予想される実態である。財政的には全く逆の効果が出てくる危険性がある。そして、最も大切なことだが、専門治療を必要とされるリハビリ患者が、最大限の機能回復に至るまでの期間、熟練の理学療法士なり作業療法士からの訓練指導が受けれなくなってしまったことに、今回の制度改革は一体、何のために、誰のために行なわれたのかと言いたいのである。

 

 ほくそえんでいるのは、日本医師会傘下の専門の療法士を配備せぬ整形外科病院なのではないか。そして、絶望と不安のなかに放り込まれたのが、脳梗塞などで引き続き長期の専門リハビリを必要とする患者たちなのである。

 

 即刻、リハビリ制度の見直しに手をつけるべきである。歩くことのできぬ、箸を持つことのできぬ患者たちは、泣いているのである。

 

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リハビリテーション医療の打ち切りに反対する署名活動

http://www.craseed.net/

 

脳から見たリハビリ治療―脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方

PJニュース.net

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中田英寿は、真正の「プロフェッショナル」5

23日午前4時過ぎから、眠い目をこすりながらワールドカップ、日本ブラジル戦を見た。前半34分の玉田圭司選手によるゴール。一瞬、わたしは夢を見た。もしかすると、セレソン(ポルトガル語で「代表」の意味)ことブラジルからもう一点取れるかもしれない。この試合の必要条件を日本の観客は、視聴者はもちろん知っている。ロナウジーニョ、カカ、アドリアーノ、そしてロナウドと「マジカルカルテット」を擁する世界最強と謳われるカナリア軍団から先制点をもぎ取った(日本戦にアドリアーノは出場してなかったが・・)。ブラジル戦日本先発代表

 

しかし、前半ロスタイム46分のロナウドのヘディングによる同点ゴールから、ハーフタイムをまたいで、まさにセレソンの怒涛の攻勢に変わっていった。ロナウドは日本チームを「動転」させるゴールを決めた。後半、53分、59分のゴールに続き、81分にロナウドが、ワールドカップ歴代通算得点記録の14点目【ゲルト・ミュラー(ドイツ)】に並ぶ4点目を叩き込み、ゲームセット。後半の45分は日本チーム・国民ともに世界のトップレベルとは何かを、これでもかこれでもかというほどに、脳裡(のうり)に叩き込まれた気の遠くなるような時間であった。日本選手はブラジルの中盤のパス回しに、爪の先すら触れることを許されなかった。

 

そうしたなかで、わたしは画面の中に中田英寿の姿を探し続けた。画面の外にいても、彼のこのワールドカップにかける気迫が伝わってきていた。わたしには、そう思えたのである。前半のロスタイムのブラジルの同点ゴールの瞬間に中田英寿は汗を滴らせながら天を仰いだ。

 

オーストラリア戦、クロアチア戦と中田はピッチ上で咆え続けた。獲物を狙う獰猛な野獣のように、その瞳は炯炯(けいけい)と輝き、その大きく開かれた口は、獲物を食い千切らんとするようかのように狂暴に見えた。本当にどこか物狂いしているようであった。

 

そして、ブラジル戦を終えて、一人ピッチに仰向けに寝転がり、タオルを半分ほど顔に被せ、目を閉じていた、その孤独な姿は私の瞼を離れることはない。彼の脳裡には何が浮んでいたのか。

 

チーム内に響く中田に対する不協和音。コーチでもない、キャプテンでもない中田がピッチ内で選手たちに叱責の声を飛ばす。わたしにその姿は、生死をかけた戦場で咆える将軍のように見えた。兵士たちを守るために咆えている。民を守るために兵士の背中を打擲(ちょうちゃく)している。自身の脆弱(ぜいじゃく)な戦力を知り尽くしているからこそ、反って、その姿は寂しげで孤独で、悲愴感に満ちていた。

 

世界のトップレベルを知る男は、日本のメディアのお祭り騒ぎも、くだらぬ質問もすべて遮断して、勝負というall or nothingの世界をひた走ってきた。そして、その日、ある節目の時が来たのだと思う。

 

ピッチに寝転ぶ彼の心に何が去来していたのか。ドルトムントの空は英寿の瞳に何を語りかけてきたのか・・・。

 

「孤高」と口にするのは容易(たやす)い。しかし、世界の最高水準を目指す怖さを知る男が見せる、「孤高」を保つ姿は壮絶であり、そして、哀しくも美しい。一流というものを追求するのは、どんな世界も一緒であると感じた。周りの評判や気持ちを斟酌する余裕などない。大衆に迎合する意味などまったくない。気持ちに一瞬でも隙を見せれば、瞬時に切っ先鋭く、斬り殺され、その世界から抹殺されることをその人間は一番よく、知っているからだ。

 

プロフェッショナルとは、そういうものだ。孤高に耐えられぬ人間が一流のレベルを目指す資格も権利もない。

 

その意味で中田英寿は、真正の「プロフェッショナル」であり、本物の「ヒーロー」であると感じた。

  


光市母子殺害事件の最高裁自判回避に不満4

「光市母子殺害事件の最高裁自判回避に不満」

 

 99年に光市で起きた母子殺害事件に、最高裁第三小法廷(浜田邦夫裁判長)は20日、無期懲役とした二審・広島高裁判決を破棄し、審理を差し戻す判決を下した。浜田裁判長(退官)と上田豊三、藤田宙靖、堀籠幸男の各裁判官の4人全員一致による結論であったということだ。

 

 法曹界では現在、裁判の迅速化・裁判員制度の導入(h21.5までに施行)など平成11年7月に内閣に「司法制度改革審議会」が設置されて以降、司法制度改革は「法制面の整備」においては着々と進められていると言ってよい。

 

95年に起きた凶悪なオームサリン事件において、首謀者である松本智津夫被告の一審死刑判決(04.2)まで9年もの歳月を費やし、あまりにも悠長な裁判審議に世論の批判が集中した。そうした、国民の苛立ちが改革の後押しをしたといってよい。もちろん、冤罪(えんざい)を避けるために慎重な証拠固めや証人からの証言の聴取などやるべきことをやるのは当然であるが、それこそ限度、世間の常識というものがあってもよいのではなかろうか。

 

 そのバランス感覚からいって、無差別テロ事件であることがはっきりしているオーム裁判に、何故、これほどの公判回数が必要なのか、審議時間の長さは異様であり、無意味である。

 

司法にズブの素人であるわたしが、あまり無責任なことを言ってはいけないが、「世間の常識」というものは存外、庶民の公正なバランス感覚によって構成されていると思う。国政選挙での与党圧勝の次は、野党が議席数を回復するといった意図せざる平衡感覚が今、現在の国民には存在しているように思われる。

 

 今回、光市の、当時18歳1ヶ月であった少年による強姦致死という痛ましい事件において、最高裁判決は、やはり、世間の常識からいって「そこまで(元少年の責任は誠に重大で、特に酌むべき事情がない限り死刑を選択するほかない)言うのなら、何故、審理差し戻しなのか、何故、最高裁が自判(じはん)しないのか」と、首を捻らざるを得ない。TVなどでは、一応、高裁で「更生の可能性についての審議を深める必要」ということだといった解説がなされているが、最高裁は「(二審判決の)量刑(無期懲役)は甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」とまで言い切ったのである。世間の常識であれば、自判で「死刑」の判決が下されるのが自然であると思える。

もう一方で鋭意、進められている「裁判の迅速化」の観点から、それは当然なされねばならぬことだと考える。最高裁自らがその範を垂れずして、何が司法改革か。審理差し戻しであれば、逆に「量刑(無期懲役)は甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」とまで言い切れない何かが、それまでの公判のなかに残されている、審議不充分であると判断したのだと、世間のわたしたちは考えてしまうのだが、実際はどうなのであろうか。

 

 今回の最高裁の自判回避には、最高裁は「庶民の感情に媚を売り、だが、審議はどうも不充分である、もう少し進めなさい。自ら手は下したくない」と、その姿勢は、どう考えても責任回避としか見えてこない。法の番人の頂点にある最高裁自らがそうしたポピュリズムに陥っているとしたら・・・、この国の将来ははなはだしく暗い。本村洋氏の「ここまで7年。これから高裁へ戻され、また上告して最高裁へ。どれだけの歳月が流れるのか」「無期懲役を最高裁が妥当と思わないのなら、差し戻しでなく自ら死刑判決を下してほしかった」との述懐の言葉をわれわれは極めて重く受け止めねばならぬ。大きな不満の残る判決であった。

 

司法改革―市民のための司法をめざして

北朝鮮のテポドン2号発射準備完了1

「北朝鮮のテポドン2号発射準備完了」

 

北朝鮮ミサイル、すでに燃料注入の可能性…韓国通信社

【ソウル=平野真一】韓国の聯合ニュースは18日、ワシントン発で、複数の外交消息筋の話として、北朝鮮が発射準備を進めているとされる長距離弾道ミサイル「テポドン2号」に、すでに燃料を注入した可能性があると報じた。

ミサイル周辺に数十基の燃料タンクがあるのが衛星写真で確認されたという。同ニュースによれば、ある消息筋は「ミサイルに燃料タンクが装着されたと聞いた」と発言。別の筋は「ミサイル周辺に燃料タンク数十基があり、燃料をミサイルに注入した可能性もあるが、断定はできない」と述べたという。

(読売新聞) 6月18日20時28分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060618-00000012-yom-int

 

 大河ドラマ「功名が辻」を見終えた午後8時45分のNHKニュースで、「北朝鮮は発射準備を進めている模様で、ミサイル発射の可能性は否定できない」と報じ、そのうえで、「日本に着弾する可能性もゼロとはいえない」と報じた。

そして、すぐに画面は変わり、今夜十時からのワールドカップ、クロアチア戦まであと一時間と昂揚するサポーターの映像を伝えた。

 

わたしは、その能天気な映像と事の軽重をまったく無視したNHKの報道姿勢に「えっ!」と、驚くとともに、この国の平和ボケとあまりの危機意識への鈍感さに開いた口がふさがらなかった。可能性がゼロでないということは、日本のどこかの町にミサイルが落ちると言っているのである。

 

サッカーの試合とこのテポドン2号の報道は、誰が考えても異質のニュースである。報道は、先の着弾の可能性に触れたのちに、サッカーのニュースなどではなく、こう伝えるべきなのではないか。

「可能性がゼロではないが、万が一発射された場合も、迎撃ミサイルで打ち落とす準備は完了している」あるいは「日本へ向けて発射されたとしても、日本海上で打ち落とせると当局(防衛庁)筋は語っているので、大丈夫である」と。

 

「可能性がゼロでない」という報道の意味、政府筋の発言の重さをどのように国民に伝えるか、NHK内部で激論は闘わされたのだろうか。

わたしはこの文言を伝えたNHKの本意と、かれら自身、報道機関の究極的な使命は何たるかわかっているのだろうか。テポドン着弾に触れて、すぐに能天気なサッカーのサポーターの映像を流すその神経というか、事態の理解、重み、弛緩しきった報道姿勢が、この報道機関はわかっているのか、本当に呆れてものも言いたくなくなってきた。

 

 NHKって報道機関は、必要なのだろうか・・・。真面目に考えてしまう。日常性に埋没し、惰眠をむさぼる報道機関に、国家の危機に関する情報収集を期待せざるを得ぬ国民の不幸を心底、情けなく思った。

 

「古都散策」――花脊 美山荘4

「古都散策」――大悲山花脊

  

 京都の北嶺、鞍馬山のさらに北側に花脊(はなせ)というひなびた邑がある。水道も都市ガスもまだ通っていない山麓に、摘み草料理で有名な「美山荘」という料理旅館が人里を遠く離れたところに自然の懐に抱かれるようにしてひっそりと建っている。

 花脊の山

 

美山荘から花脊の山を

 

離れからの清流

 

 

 

 

 

 

 

 

 古刹、峰定寺(ぶじょうじ)の宿坊を改装したもので、一晩の宿泊客は本館と離れで四組(場合によっては五組)といういたって小規模で瀟洒な宿である。離れの下には清流が流れ、秋になると室外に張り出した縁台から、絢爛な紅葉が瀬音とともに手に触れるほどの近さで見える。

 

 美山荘でおもてなしをしてくれる女性たちは、薄い紫がかったグレーの作務衣を身にまとっている。その装束は活動的な美であり、しかも楚々とした印象を与え、山深い宿におよそ良く似合っている。

 

 大女将の中東和子氏と若女将の佐知子氏は、まるで親子というか姉妹のように見える。お二人の美しい白い肌は、もちろん生来のものであろうが、この花脊の冷たく清冽な湧き水でさらに美しく磨き上げられたものといってよい。

 

 部屋を担当してくれる若い女性も礼にかなった所作で、ほのかに香の薫りの篭る室内の凛とした空気に見事に馴染んでおり、もてなしを受けるわたしたちも、いつしか清々しい清澄な心持ちになっていく。彼女達の何気ない立ち居振舞いやちょっとした会話の遣り取りのなかに、お客の心をゆっくりとほぐしていく何か隠し味のようなものがふくまれているように思えてならない。

 

 

美山荘本館

 

美山荘離れへ

 

個室から 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年は、花脊に蛍を見に行く予定である。もう少しの辛抱で、この東京のわずらわしい喧騒から離れることが出来るかと思うと、一日、一日が過ぎていくのがまどろっこしく感じられ、そして、その日が来るのを待つ想いは日毎に強まってくる。

 

 今回、旬の摘み草料理の御品書きは何だろう・・・。

都会では、ことさらにオーガニックとか、無添加食材とか、うるさいほどに「食材」の差別化を喧伝する。最近は、それが逆に耳に障るほどになってきた。自然が人間から遠ざかっていくにつれ、いや、人間が自然を遠ざけるにしたがって、そうした「ことさら」の声はわたし達の自然への耳を聾していくのだろう。

 

もう幾つ寝ると・・・、美山荘♪



ハンセン病療養所胎児標本問題に厚労相が初の謝罪2

「ハンセン病療養所胎児標本問題に厚労相が初の謝罪」

 

 全国の国立ハンセン病療養所などに強制的に堕胎されたとみられる胎児や新生児のホルマリン漬け標本115体が残っていた問題で、元患者や専門家が国に対し真相の解明を求めていたが、この614日、川崎二郎厚生労働大臣が、ハンセン病療養所の入所者代表(全国ハンセン病療養所入所者協議会=全療協の幹部)に国として初めて謝罪を行なった。

 

毎日新聞06615日 東京朝刊(北川仁士記者)

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060615ddm041040017000c.html

 

 ハンセン病は、かつて「ライ病」と呼ばれた。そして、ながきに亙り誤った知識や根深い偏見により、謂われない差別が個人のみにあらず、国家によって行なわれてきた。わたしがハンセン病という病名がかつて「不治の病と恐れられたライ病」と呼ばれていたものであることを知ったのも、おそらく二十数年ほど前のことであったかと思う。それほどにわたしのこの病気に対する認識はあまりにも浅く、既に過去の病、出来事とさえ思っていたのである。

 

簡単にハンセン病の歴史を述べると、1873年(明治6年)にノルウェーのアルマウェル・ハンセン(Gerhard Henrik Armauer Hansen)がライ菌を発見。そのことでハンセン病は、遺伝ではなくライ菌が末梢神経細胞内に寄生し発症する感染症であることが解明された。しかし、特効薬が出現するまでにはそのあと70年と云う歳月が必要とされた。

 

その間、わが国では、1931年(S6年)、すべての患者を終生隔離する絶対隔離へ方針転換する「ライ予防法」(旧法)が成立した。これにより、それまでは自宅で療養可能であった患者も、国家権力により強制的に療養所と呼ばれる隔離施設へ収監されることになった。正に差別を超えた非人道的悪法により、多くの人々が凄惨というか、適切な言葉を見出せぬ凄絶な人生を国家によって強要されたのである。

 

そして、世界的には1943年(s18)になり、ようやくアメリカのファジェ(Guy.Faget)により特効薬プロミンが開発され、ここにおいてハンセン病は治療により治癒する病気となった。

 

それにも拘わらず、戦後わが国では1953年(S28)に至り、悪名高い「らい予防法」(新法)が制定された。国会での療養所の三園長が「患者を強制収容できる権限の強化」「断種手術の患者家族への拡大」「(療養所からの患者の)逃亡罪という罰則規定」を訴えるなど、およそ世界の時流と反する非人道的証言がなされたことが、ハンセン病が非常に感染力の弱い感染症であるという科学的事実を無視し、旧法にある従来の強制隔離政策を踏襲する新法が制定されたのである。

民主主義国家としてあってはならぬことが、国民の代表で構成される国会において堂々と議論され、非人道的旧法が殆ど改善されることなく、新法の制定に至ったのである。

 

世界の流れは、ローマ会議(1956年)、第7回世界らい学会議(1958年)、WHOらい専門部会勧告(1960年)などに見られるように、絶対強制隔離の廃止、開放治療を勧告するなど、大きな変化を遂げていった。そうした流れに沿うこともなく、わが国のライ病行政は何ら変更されることなく因循として継続されたのである。そして、わずか10年前の1996年(H841日になって、ようやく「らい予防法の廃止に関する法律」が施行され、「ライ予防法」が廃止されることになった。世界の動きに遅れること約半世紀である。私を含めそのことに無知であり、無関心であった国民の罪はあまりにも大きいといわざるを得ない。われわれは消極的であったとは言え、元患者の方々に対し確かな加害者であったことを肝に銘ずべきであると考える。

 

一方で、1998年には国立療養所(星塚敬愛園・菊池恵楓園)の入所者13名が国を相手に「『らい予防法』違憲国家賠償請求訴訟」を熊本地裁に提訴した。

そして2001年(H13511日に、厚生省、国会の責任を認める有罪判決が下った。国は控訴を断念し元患者や遺族に補償金が支払われることとなり、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が制定された。また国は全国紙に二度にわたり謝罪広告を掲載することとなった。ここでようやくわが国のハンセン病行政が転換を見ることになったといってよい。

 

 ハンセン病の差別と苦難の歴史は、こんな簡単な記述で到底、尽くされるはずはない。しかし、その大きな流れを把握し、一国民として「知らなかった」ではすまされぬ「凄惨な人生」を原罪意識を持って、少しでも理解、認識をするうえで、今回の胎児標本問題を契機に、まず、概略を述べた。詳しくは、国立療養所多磨全生園(http://www.hosp.go.jp/~zenshoen/)の中にある高松宮記念ハンセン病資料館のHP(http://www.hansen-dis.or.jp/)に元患者の方々が舐めてきた筆舌に尽くしがたい、辛酸で、あまりにも冷酷非情な歴史が詳しく記述されている。日本人として、その犯してきた罪を重く受け止め、認め、謝罪するためにも、是非、このHPをご一読いただきたい。

 

 次回に、わたしがたまたまハンセン病の歴史を知り、驚き、多磨の国立療養所全生園を見学するにいたる契機となった、元患者の平沢保治(やすじ)氏(78歳)の講演について、その時受けた思いについて述べてみたいと考えている。

 


いのちの森を守る―ハンセン病の差別とたたかった平沢保治

古都散策ーー金閣寺5

「古都散策」―― 金閣寺

 

最近、三島由紀夫の「金閣寺」を読み直した。黴臭い文庫本に引かれた傍線を懐かしく目で追いながら、自分の若い頃の鑑賞力は青臭かったものの、逆にある面では、人生と正面から向き合おうとする気迫のようなものを感じた。

 

金閣寺横 

 

     

金閣寺 松

 

 

 

 

 

 

 

 金閣寺は高校の修学旅行以来、その俗物的な匂いがいやで、ついぞ訪れることをしなかったが、青春時代の傍線を確認したくて、三十数年ぶりに鹿苑寺を訪れることにした。

         金閣寺裏

 

 

 

 

 

 

 

 

平日の金閣寺は閑静で、人影も少なく、永年抱いていた俗臭芬々たる印象とはまったく異なった姿を私の目の前に現した。ひとつには、修学旅行の時には雑踏のなかで、喧騒にまみれてゆっくりと金閣と対話が出来なかったことが、わたしにある種、俗物的な固定観念を持たせていたものと思われる。しかし、それ以上に、昭和62年に張り替えられた金箔が織りなす金色の絢爛たる世界の圧倒的迫力が、俗世など無縁のものと超越して見えたことが、わたしが頑なに抱いていた印象と大きく異ならせた要因と思われた。

 

 金閣寺正面

 

 

 

 

 

 

 

それほどに、金閣寺の「美」の迫力は、三島の小説のなかで闇に飛翔する姿を髣髴とさせた。鏡湖池(きょうこち)に金色(こんじき)をおしげもなく零すその豪勢さに、わたしは圧倒された。そして太陽の光を必要とするまでもなく、キラキラと輝きを見せる金閣寺に、絶対的な「美」というものが、この世界には存在するのだということを知らされた。



蓼科散策3

「蓼科散策」

 

 

 

 

 コロボックルからの雲

 

おだやかな景色・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テラスからコロボックルからの空と雲

 

コロボックル雲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      

 

 

コロボックル

 

 

コロボックルヒュッテ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓼科には空と雲がよく似合う。車山肩周辺のハイキングコースを十数分ほどぐるっと廻り、清澄な空気を胸一杯に吸い込んだ後に、今年で五十周年を迎えるコロボックルヒュッテで、マスターお手製の熱いココアを呑む。ヒュッテのテラスの端のテーブルから車山のなだらかな稜線が望める。その席はわたしの一番大好きなスポットであり、蓼科でもっとも大切なひと時を過ごす場所である。

 

 コロボックル看板

 

コロボックル

 

 

 

コロボックル頭上の空

      

 

     

 

 

 

 

 

 

            頭上にひろがる空

 

 わたしはいつもそこから、正面の稜線とそのうえに広がる大空にただ漫然と目を遣る。と云うより、正面のたおやかな稜線のうえに自分の眼(まなこ)を置くと言ったほうがよい。そして、頭上に現われては消え、また現われては消えてゆくせっかちなちぎれ雲や、ぽっかりと退屈そうに浮かんでいる綿雲がぼんやりした視界を過ぎってゆく。想えば、蓼科の空にはさまざまな表情をした雲がひっきりなしに訪れる。蓼科の空はいそがしい、そして、ながめていて飽きることはない。

 

 コロボックルヒュッテの「ひと時」と言ったが、その時間のたゆたいは、いつも悠久の時の流れのように感じられる。不思議に静かな時の流れである。妻が語りかけてくる言葉も幽明界を異にした世界、どっちが幽で明かわからぬが、向こう岸からかすかに届く声のように、ぼんやりと不分明に聴こえてくるのみである。

 

 そんな時を超えた空と雲の世界が蓼科にはある。



ワールドカップオーストラリア戦惨敗の原因1

「ワールドカップオーストラリアのゴールへの執念」

 

 612日に行なわれたワールドカップ日本対オーストラリア戦は1−3で、日本の大敗で終わった。前半26分、中村俊輔のクロスが直接、オーストラリアのゴールを割った。後半39分から日本に信じられぬ混乱が生じる。ロスタイムを含めたたった9分間で、3失点を喫した。

 

その後半39分、オーストラリアのロングスローは日本のペナルティーエリア内に届いた。それまで、何本もの強烈なオーストラリアのシュートを超美技でしのいできたGK川口能活が飛び出した。パンチングが不充分なままゴールががら空きになった。その一瞬の隙をつき、ティム・ケイヒルが日本ゴールへ同点のシュートを蹴り込んだ。ボールはDF陣の伸ばす足先をかわし、せせら笑うようにしてゴールネットのほうに転がり込んでいった。

 

ペナルティエリア内の混乱のなかで、何が起きたのか良く分からなかった。観客はおろか、日本選手も何が起きたのかわからなかったのではないか。それほどいドタバタした印象を受けた。その5分後にまたティム・ケイヒルにゴール正面から左ゴールポストを直撃する強烈なシュートを撃たれた。逆転された!そして、ロスタイムに入り、DF茂庭照幸にかわりFW大黒将志を送り込み、前掛かりになった日本陣営の手薄の防御陣を楽々とクリアし、ジョン・アロイジが止めの3点目を入れた。

 

シュート本数はオーストラリア20本に対し、日本が6本。コーナーキックもオーストラリアの5本に対し、3本、そして、ファウルはオーストラリアが、22に対し、日本は半分の11。数値は明らかにこの試合の本質を示している。

 

オーストラリアが旺盛な攻撃精神で攻め続け、ファウルもものともせずに前へ前へ、ゴールだけを目指して愚直に進んでいった光景が目に浮かんでくるようだ。その貪欲なまでの攻撃精神、ゴールへの執念を思うとき、日本はあまりにひ弱に見えた。先の数値が正にそれを如実に表している。サッカーといわず、勝負は結果がすべてである。勝者が正義なのである。MFの中田英寿が試合後のインタビューで放った「結果が全て」のひと言は、冷厳な勝負の世界に生きる人間の言葉である。エキュスキューズはきかない。

 

あと残り2試合! 選手達には愚直に、貪欲に、一直線に、ただ相手のゴールネットのみを見詰めて勝負狂いをして欲しい。そうしたら、ひょっとしたら勝負の女神が奇跡という現代では忘れ去られたドラマを日本人に見せてくれるのかも知れない。

論座7月号の西村正雄氏の論文に久々の知識人の見識を見た3

「論座7月号の西村正雄氏の論文に久々の知識人の見識を見た」

論座7月号の「元自民党幹事長・安倍晋太郎氏の弟が直言、次の総理になにを望むか ―― 経世済民の政治とアジア外交の再生を」を読んだ。西村氏(元日本興業銀行頭取)は故安倍晋太郎氏の実弟だそうで、今をときめく安倍晋三官房長官の叔父に当たることになる。

その叔父が、「次の総理になにを望むか」というタイトルでものした論文である。身内に甘い内容ではと思って目を通したが、次期総理は「テレビに出る回数が多く、若いとか格好いいとかで選ばれることだけは避けなければならない」と、真っ向からの正論を展開し、久しぶりに緑陰の湧き水を口に含んだような爽やかな気分を味わった。

小泉総理がポピュリズム政治の見本のような手法でTVやメディアの力を巧妙につかい、国民の目を欺いてきたことを考えると、次の総理には是非とも、その対極にある「国家百年の大計」を見据えた堂々とした政治姿勢で、日本の舵取りを行なって欲しいと願う。

論文のなかで、同氏は次期宰相の資格として次の四つを求めた。

(1)政(まつりごと)の基本理念である「経世済民」の原則にもどること

(2)国の根本である「人づくり」において「教育のありかたを見直すこと」

(3)ポピュリズム政治と訣別すること

(4)アジア外交の建て直しを早急に行なうこと

の四つを正に骨太の宰相の要件として、提示した。まったく同感である。

この五年間の小泉政治が切り捨ててきた弱者。「格差社会」の拡大がここにきてようやくメディアでも取りざたされてきたが、小泉総理が股肱の臣として重用した竹中氏が強烈に推進した市場原理主義の当然の帰結といってよい。そもそも、市場原理主義は「弱肉強食」こそ、そのルールの大原則である、というより、原理というものはそうでなければならぬのである。強いものが正当なルールの下で、正当な手段で正当な利潤を享受する。それは至極、単純明快な理屈である。ルールさえ守れば、富める者はとことん富み栄えて構わない社会が現出するのは、市場原理主義を野放図に突き進めれば、当然の結果なのである。そして、競争に敗れた弱者はとことん社会の低層に沈み込んでいく。格差が幾何級数的に拡大していくのは必然である。

小泉総理は、国会で「格差は必ずしも悪いものではない」と答弁した。機会の平等は保障されるべきだが、結果の平等は必然ではなく、その人それぞれの能力、努力の差によって、凹凸がでるのは、ある面、公平であるという。

このことをわたしは否定もしないし、批判もしない。それは、小泉氏の言っていることは、尤もだからである。

しかし、政治は理屈の正当性や口先だけのごまかしで済まされる代物ではない。政(まつりごと)は現実社会を透徹、洞察し、たとえ理屈に合っているとしても、苦しんでおる国民がいれば、それを救うことこそ求められる最大の責務のはずである。一国の宰相が、血も涙もない市場原理主義により国民間の格差が拡大している事実に眼をそむけ、現実を直視することをせずして、役人の作った数字や文書のみで、その事態を誤って判断、いや国会答弁を切り抜けるという一点の目的のみで意図的にそれを活用しているとすれば、言語道断の極みである。

よく言われるニートやフリーター問題にいかにも関心を持つ素振りなどせず、メンフィスのプレスリーの生家を訪れる時間と余裕があるのであれば、国内の地方の経済的疲弊と人心の荒廃を知るべく、国内視察こそ今、行なうべきである。そのうえで、機会の平等というものすら崩れようとしている現実に冷徹な目を向けるべきである。そして、その平等を保障すべく、政府を挙げて智恵を絞るべきである。政(まつりごと)とは、その機会均等を保障し、努力を怠らぬ人間が社会の低層に沈み込まぬように、西村氏が述べているようにセーフティーネットを用意することなのではないのか。

「働かざるもの食うべからず」は良いが、「働きたいものでも食うべからず」はあってはならぬことであるし、「努力するもの食うところに与(あずか)らず」もあってはならぬ。それは、政(まつりごと)の本質、責務であると思う。

西村正雄氏の「経世済民」という言葉、そう云えば昔、倫理社会で習った「政治の要諦」を思い出しながら、昨今の小泉政治の問題点に考えが及び、次期総理には、同氏の言う四つの要件を是非、肝に銘じ、国家運営を行なってもらいたいと願う次第である。

ドミニカ移民の棄民政策に見る日本国政府の本質5

「ドミニカ棄民政策に見る日本国政府の本質」

 

「ドミニカ移民訴訟」にいて、6月7日、東京地裁の金井康雄裁判長は「国は農地を備えた移住先の確保に配慮する義務があった」と国の責任を認定したものの、20年の除斥期間【(一定期間内に権利を行使しないと消滅する)という考えにもとづき権利を制限する制度。民法724条が根拠】が経過したことにより、原告の賠償請求権は消滅したとして、原告側の請求を棄却した。

 

最終意見陳述で原告団団長の嶽釜徹(67)(たけがまとおる)さんは「国側は時効を主張しているが、消えてしまったのは政府の良心と罪の意識。入植以来四十九年間に受けた移住者の苦しみや心の傷に時効はありません」と述べていた。

そして、一審判決を前にして、同氏は次のように語った。

 

自分の祖国を訴えるのは、我が身を切るよりつらいこと」と。

 

この言葉を今の日本国民はどう受け止めるのか。教育基本法改正案で、正に「愛国心」という言葉の字面や、愛国心を教育現場で評価する動きなどが議論されているなかでの発言であった。わたしは、嶽釜(たけがま)氏の言葉は、現在国会で議論されているどんな言葉よりも重い言葉だと感じた。「国を慕う素直な感情」が切々とわたしの胸を打ち、そして、その国を訴えざるを得ない身を切られるような痛切な心情に言葉を失した。

 

そして昨日の敗訴である。

それを受けて、同氏は記者会見の席上で沈痛な面持ちで、次のような悲痛な言葉を吐いた。「われわれは国の棄民」「祖国とは一体、何なのか」と、搾り出すようにして口にしたこの言葉を、われわれは極めて重く受け止めねばならぬ。さらに、「苦しみに時効はない。不当だ」として、原告は直ちに控訴するとのことだが、当然のことである。

 

片方で、国会では継続審議が確実視されている「教育基本法改正案」が審議中である。そのなかでの「我が国と郷土を愛する態度を養う」というお題目が、何と空々しく響くことか。政治が「祖国に捨てられた国民」を救わぬ国家を誰が愛するというのか。有言実行とは、こうした時に使用されるべき言葉であろう。ドミニカ移民の方々のあの苦渋に満ちた表情を目にし、国に捨てられた50年におよぶ想像を絶する苦難に満ちた人生に思いを致すとき、わたしは、この国、いやこの国の大半の人たち(勿論、わたしも)は同胞の苦境に目を向けることなく、やれ高度成長だ、やれバブルだ、そして、やれファンドだと、あまりに安寧の惰眠をむさぼってこなかったか。

 

嶽釜徹氏以下、原告団およびドミニカ共和国で故国を偲びながら亡くなった方々に対し、われわれは、一体、どういった形で償いをしたら良いのか・・・。ただ、言葉を綴るだけでは到底、何の意味もなさないと思いながら・・・、もうこれ以上文章を書き続けることが出来ない。

村上世彰氏逮捕に覚えた漠たる不安3

「村上世彰氏逮捕に覚えた漠たる不安」

 

『東京地検特捜部は5日夕、証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で、「村上ファンド」代表の村上世彰(よしあき)容疑者(46)を逮捕し、証券取引等監視委員会と合同で東京・六本木ヒルズの村上ファンド事務所など約10カ所を家宅捜索した。』(産経新聞2006.6.5

 

123日の同特捜部によるホリエモン逮捕に続き、65日、とうとう村上ファンドを率いる村上世彰氏が逮捕された。ここ数年、市場の成功者、改革の旗手として日本中を賞賛の嵐で席捲した時代の寵児が、相次いで地検特捜部に逮捕されるという異常な事態となった。

 

両名の証券取引法違反による逮捕は、ここ数年、花よ蝶よと持て囃されたヒルズ族に対して捜査当局の頂門の一針、一罰百戒的な懲罰のように思えてならない。同じ罪状での逮捕だが、どうも巨魁は村上氏であって、その意味で堀江貴文容疑者(33)の場合に、捜査当局の恣意性を強く感じた。村上氏に辿りつくための逮捕ではないのか・・・。

 

勿論、法を犯した罪は厳しく罰されねばならぬ。しかし、法の適用と執行は公平かつ公正でなければならぬ。最近の地検や地裁の司法行為・判断に対して、強く大衆を意識した「ポピュリズム」の匂いを感じるのは、果たしてわたしだけだろうか。こうした市民感情を意識した権力を恣意的に使う傾向は、当然、是正をせねばならぬし、阻止せねばならぬ。戦前の司法界やマスメディアが、ポピュリズムを巧妙に利用し、相乗効果的に国策遂行に力を貸していった暗い歴史を有する日本である。

 

日本人の血の中に、「権威に対する崇敬の念」というDNAが、抗しがたく存在していることをわたしたちは決して忘れてはならない。時代がそうした坂道をゆっくりとではあるが、下っていっているように思えてならない。堀江・村上両氏の逮捕劇を見て、正に、「漠たる不安」を感じることを禁じえない。

清岡卓行氏の逝去に原口統三を想う5

 

詩人で作家の清岡卓行(きよおか・たかゆき)さんが3日、東京都内の病院で間質性肺炎のため死去(83歳)されたことを新聞の訃報欄でたまたま知った。ここに同氏のご冥福を祈るとともに、久しぶりに清岡氏の名を目にしたことで、原口統三とアルチュール・ランボーのことを思い起こした。この30年近く、この両名のことをじっくり考えてみる余裕などなかった。

 

原口統三の「二十歳のエチュード」とランボーの「地獄の季節」


その「二十歳のエチュード」のなかで、原口はアルチュール・ランボーについて熱病に浮かされたように語っていた。また、尊敬する先輩として清岡卓行氏に言及する個所が何ヶ所も出てきた。それで、昭和
45年に芥川賞を受賞した清岡氏の「アカシアの大連」を読んだことがある。読後にこの清岡氏がどうして原口にあれほどまでに賛美される先輩として映ったのか、正直、よくわからなかった。「アカシアの大連」という小説にもほとんどといってよいほど感激をしなかった。この清岡氏という人物に20才になったばかりの私は、人生というものの謎解きを期待し、受賞作を熟読したつもりであった。詩人らしく文章が透明感に満ちて、さらりとしていたように記憶しているが、人生の深奥に迫る迫力は感じなかった。読後感として物足りなさが残ったのだと思う。(今読み返して見たら、どうなのだろうかとも思うが・・・)

わたしは逆にそれほどに「二十歳のエチュード」に出合った青春のある時期、自分の魂を吸い取られるような興奮に駆られ、人生というものへの好奇心に満ちていたのだと、いまさらながら懐かしく思い出すのである。たかだか20歳直前の同年代の人間がこのような思想、思考、表現力を有し得るものなのか、これほどまでに人生を透徹する(その時はそう思った)眼力を有し得るものなのかと、思い悩んだ日々が走馬灯のように、いま、わたしの脳裡を駆け巡る。

原口統三は昭和2年1月14日に生を受け、同211025日夜、神奈川県逗子海岸において入水自殺をした。『逗子海岸に面する「なぎさホテル」の白ペンキで塗られた柵に古ぼけた一高の制帽と風呂敷包みが残され、遺体はその翌日、ホテル前の浜に打上げられ、発見された』と当時の新聞記事にあった。

なぎさホテル全貌
なぎさホテルの面影
「逗子なぎさホテル」は1989年に閉鎖し、今は、もうない。私の学生時代には、まだ、その木造二階建ての瀟洒な洋風建築の「なぎさホテル」が残っていた。大学三年生の時に、ゼミ合宿で一泊だけだが、大正15年開業の由緒あるホテルに宿泊した。朝食時に食堂内にシャンソンが気だるく流れていたことが、思い出される。どこか薄絹越しに見える映像として、今のわたしの記憶に残っている。その「なぎさホテル」と浜辺との間には、国道134号線が横たわっていたが、昔は、国道はそこを通っておらず、ホテルから直接、浜辺に出られたとその時、マネージャーから聞いた。

だから、原口統三はこの瀟洒な西洋建築の白い柵に浜辺から直接歩いてきて、一高の制帽と風呂敷包みを引っ掛けたのだろう。風呂敷のなかには「死人覚え書」という自筆の身元証明のような書面が入っていたということだ。

わたしは宿泊したその時点には、原口統三がこのホテルと、死ぬ直前にそうした接点があったことをまったく知らなかった。知っておれば、芝生の庭に出てそっと木柵に手を触れ、原口統三という若者の人生に間接的に触れてみたいと思ったに違いない。

なぎさホテルの朝食時に食堂内に漂っていた「アンニュイ」と言おうか「虚無感」のような空気は、今でもわたしの内に、皮膚感覚として確かに残っている。本当にどこか気だるい、このまま誰にも知られずにどこか遠くへ行ってしまいたくなるような、そんな不思議な雰囲気にさせる魔物のような時空がそこにはあった・・・。

 

原口統三・・・、それは、と〜い、と〜い昔のわたしの御伽噺である。



洋画家和田義彦氏の盗作に見る恥ずべき日本の文化レベル3

「洋画家和田義彦氏の盗作に見る恥ずべき日本の文化レベル」

 

洋画家の和田義彦氏(66)が、イタリア人画家アルベルト・スギ氏(77)の作品を多数盗作していたことが、発覚した。TVで次々と見せられるスギ氏の作品と和田義彦氏の贋作。和田氏本人は、文化庁や報道機関に対して、盗作を否定している。しかし、これだけの数の作品において、色調の異なるものがあるものの、ディテールに至るまでの構図がこれほどまでに酷似しておれば、これを盗作と言わずして、何を盗作というのか。

 

和田氏本人の芸術家としての倫理観は論外である。事件発覚後に報じられた同氏の発言・行動・スギ氏へのFAX内容などを目にし、耳にし、和田氏はそもそも、独自性・創造性に価値観を求めるべきアーティストではなかったと断じた方が正しい見方なのだろう。わたしがここで論じたいのは、日本の芸術家といわれる人々のレベル、芸術評論家と呼ばれる人々の文化レベルの低さをこの和田氏の盗作事件で、再認識させられたことについてである。

 

和田氏が受賞した「芸術選奨」とは、「演劇、映画、音楽、舞踊、文学、美術、放送、大衆芸能、芸術振興、評論等の10分野において、その年に優れた業績をあげ、新生面を開いた者に、芸術選奨文部科学大臣賞または芸術選奨新人賞を贈り、表彰しています」と、H184の政府広報で説明されているが、その所管は文部科学省の下部組織である文化庁である。

 

17年度に選考された受賞者に対する贈賞理由が、文化庁より発表されている。美術分野二人の受賞者の内、和田氏の贈賞理由としては次のように麗々しく記述されている。

 

『和田義彦氏は早くに西欧古典技法を習得、氏の高度な油画技術と正確な素描力と重厚な着彩とは、既に定評がある。その氏が平成17年に行った「ドラマとポエジーの画家 和田義彦展」(三重県立美術館、4月〜6月ほか)は、初期から現在まで46年の作歴を示し、骨太な表現と変化に富む内容は圧巻であった。氏の作画世界は、群像等で劇的な情景を設定しているが、示唆するものは社会の不条理や人々の不安、孤独など内面の実存である。常に問題意識が現代の核心に触れていて、その時事性もまた評価できる。

http://www.bunka.go.jp/1bungei/17-geijyutusenshou.html

 

65日(月)に文化庁の臨時審議会が開かれたが、芸術選奨賞の授賞に関わった審査員7人のうち4人は欠席、残る3人だけで協議し、和田氏への贈賞取消しを決めたと云う。3人だけが美術の担当なのか、欠席の4人も美術担当なのかは、この時点でははっきりしない。もし、欠席者の4人も和田氏選考に関わっておれば、本件に対する認識の甘さは問題とされねばならぬ。

 

わたしがテーマに掲げた「恥ずべき日本の文化レベル」という言葉は、和田氏に向けられたものではない。なぜなら、彼は文化人ではなく詐欺師だからである。

「芸術選奨文部科学大臣賞」は、政府広報に言うように、国が「その年に優れた業績をあげ、新生面を開いた者」として評価した者に贈られるその年の文化面における最高の栄誉ある賞である。そして、その評価者たる選考審査員は、当然のことながら、その分野で最高の知識と評価眼を有する芸術家であるはずである。美術に限らず、各芸術分野で最高水準の者だけが、審査員たる資格を有することを許されているはずである。

 

その審査員たちが前述の贈賞理由により、和田氏を選考したのである。高度な専門性と芸術性を備えた人物たちが、イタリアでは有名な画家であるアルベルト・スギ氏の作品について少しでも知見を有しておれば、こんな日本の文化レベルの低さを世界に喧伝するようなヘマはしなかったに違いない。そして、「常に問題意識が現代の核心に触れていて、その時事性もまた評価できる」などという、こんな歯の浮くような虚ろな「贈賞理由」をわれわれは目にすることもなかった。

 

日本の文化水準の低下は、評論家のアマチュア化が格段に進んだことで、ますますその貧相な様相を深めている。今日、もし小林秀雄のような鋭利・冷徹な評論家がわが国におれば、文化レベルはここまで低俗化することもなかったのではないか、緊張感に溢れた製作者と評論家の関係がもっとあれば、今回のような無様で、赤面するような事態は少なくとも避けることが出来たのではないか、と思えてならない。

裁判の迅速化の光と影---豪憲君事件に思う3

「司法改革――裁判の迅速化の光と影」

 

 今朝(4日午前6時前)、秋田県で起きた米山豪憲君(7歳)殺害事件において、「能代署捜査本部が、殺人、死体遺棄容疑で同じ団地に住む女性の実家などの捜索を開始、女性からも事情を聞いている」とのテロップがTVで流れた。

 

 この女性は、ネットや週刊誌、タブロイド紙などにおいて疑惑が取りざたされていた人物であろう。この事件の真相解明は当然、これから警察、検察当局にまかせることになるが、わたしが本件でもっとも懸念したのは、「冤罪発生の危険性」「大衆による人民裁判」という暗黒の問題である。

 

 わたしは530付けで「豪憲君事件に見るメディアの人権意識の本性」http://app.blog.livedoor.jp/hero1945/tb.cgi/50090390

というタイトルで、今回の捜査の過程で人権を無視した報道機関の取材姿勢について批判を行なった。どんな理由があったにせよ、捜査当局が何の公表もしていない人物を、あたかも容疑者としてその逮捕の瞬間でも撮ろうと、家の前でカメラの放列を敷いていることに、「冤罪」「魔女狩り」「人民裁判」という忌まわしい言葉が頭をよぎってしかたがなかった。

 

 事は一人の人間の一生に関わる問題であり、万が一、間違っておれば取り返しのつかないことになるのは必至であるからである。その人の人生を葬り去るに等しい危険性をはらんでいるからであり、そうした権利は何人たりとも有していないと思っているからである。

 

 そこで、冒頭のテーマになるのだが、司法改革の一環として2003年7月9日に成立,同年7月16日に公布・施行された「裁判の迅速化に関する法律」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/hourei/jinsokuka.html

の抱える光と影について、最近の事件とあわせて取り上げてみたい。

 

 そもそも検察当局は、事件の立件までには、自分のペースでじっくり時間を掛けて用意周到な準備を行なう。そして、容疑者を拘束、取調べを行い、逮捕にいたる。それから裁判手続きに入る。その場合に、迅速化の名の下に「容疑者」の弁護を行なう弁護側が検察当局と時間的な面で対等・同等な条件をもてるのだろうかという疑問がわたしの頭から離れない。

 

先般の山口県光市の母子殺害事件における被告弁護士の安田好弘氏の対応には、社会からの批判が集った。わたしも同氏の記者会見の様子を目にして、弁護士の本分をこの人は取り違えているのではないかと憤った一人であり、原告の本村洋氏の心中は如何ばかりかと心を痛めた。

 

しかし、事件の真相究明とそれに則した償うべき刑罰を判断し、判決として下すのが裁判である。当然、罪を犯したものはその償いとしてその刑に服さねばならぬ。仮に、判決が死刑であったとしても、従うのは法治国家にある国民として当たり前のことである。ただ、それは憲法第32条で保障されている「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」という公正な手続きに基づき裁判を受けた結果としての判決に服するということである。

 

15施行の「裁判の迅速化に関する法律」の弊害として、今回の光市の母子殺害事件の公判のあり方で、万が一、弁護側にこれまでの公判記録や新たな事実検証等の時間がないが故に、被告人弁護にハンディが生ずるとしたら、これは別の意味で大きな問題だと言わざるを得ない。「迅速化」の影の部分に思いが至った時に、安田弁護士の記者会見を感情的側面だけで判断すべきではないと、思い始めたのである。

 

迅速化というお題目の下に、場合によっては「冤罪」を引き起こす種が生まれる危険性が包含されている。言うまでもなく、光市事件の被告は自らがその事件を引き起こしたことを言明しており、その犯行は人間の尊厳を踏みにじる冷酷卑劣な行為と断じるべきであるが、裁判の迅速化という時代の要請が、「冤罪」という決して起こしてはならぬ過ちを惹起する危険性をはらんでいることを、わたしは忘れてはならぬと考えている。

 

「裁判の迅速化に関する法律」の施行により、既に検察側と弁護側が公判前に争点を絞り込む「公判前整理手続き」が開始されている。そして3年後に導入が予定されている「裁判員制度」を展望した時に、「裁判の迅速化」という光の部分のみでなく、その影の部分(弁護側の準備不足・一般裁判員がホットな状況のまま、心情的な判断をしてしまう危険性など)に、充分に配慮した公正な公判指揮がなされるべきだと考えている。特に、今回の豪憲君事件の報道機関の決め付けに似た取材姿勢を聞くにつけ、その思いを強くするのである。

 

 

小泉総理の国会軽視の無責任5

「小泉総理の国会軽視の無責任」

 

 6月4日(日)午前六時からのTBSの「時事放談」を見た。今朝のゲストは藤井裕久氏(元民主党代表代行)、野中広務氏(元自民党幹事長)の二人で、テーマは「社保庁に喝、野中」であった。司会はいつもの岩見隆夫氏(毎日新聞特別顧問)である。

 

 社保庁の問題はこのブログでも以前、述べてきたので、今朝は、番組の中で両氏が共に発言された「行政府の長である小泉総理の一言で、国会会期延長が決まってしまうのは、おかしい」「本来、両院議長と与野党幹事長とで、協議するのが立法府のありかた」に、「その通り」と、大きく頷いたわたしの意見を述べたい。今国会は小泉総理5年間の施政の検証を行なう重要な国会であったはずであり、加えて重要法案が目白押しで、その審議は集中的、かつ精力的に行なわれるべきであった。そのことにつきわたしは民主党代表選の日(4月7日)に、「民主党代表選挙―国会会期はまだ残っている」で、述べた。

 

 しかし現実は、共謀罪のドタバタ審議(採決されなかったのはよかったが・・)、行政改革推進法案、教育基本法改正案、アスベスト健康被害者救済法案、医療制度改革関連法案、建築基準法改正法案、防衛省設置法案、官製談合防止法改正案、国民投票法案など他に国民にとって重要な法案審議がそれこそ目白押しの状態であったが、ほとんどが積み残し、継続審議の憂き目を見ようとしている。小泉内閣が本気でこの国の将来を見据えた「骨太の改革」を推進するのであれば、こうした法案審議に真摯に取り組み、その必要性を国民に明快に説明、理解を求めるべきであった。

 

 小泉総理の心は既に、6月18日の会期終了後の訪米、そしてメンフィスのエルビス・プレスリーの邸宅訪問へ飛んでいるのであろうか。国会での答弁の投げやりで醒めた態度を見ると、その意を強くせざるを得ない。国政を与かるトップの態度とは思えぬ無責任さである。

 

 「時事放談」で、藤井、野中両氏が、国会延長のことに触れたのも、そうした総理のやりたい放題の国会運営と、立法府と行政府の役割がごちゃごちゃになっている現状に大きな警鐘を鳴らしたものとして、わたしはこの両氏の意見を傾聴したのである。そして「今の国会議員の中に、長いものには巻かれろ的な風潮がある」という藤井氏の言にも大きな重みと時代の不幸な流れを感じ取った。

 

総理の資質とは何か―崩壊する小泉改革

読売新聞の笑止な社説5

「読売新聞の笑止な社説」

 

 6月3日付け読売新聞の朝刊社説「[新聞の特殊指定]「『当面見直さず』の結論は当然だ(http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060602ig91.htm)を読んで、メディアが、「新聞業界の考えはイコール国民の考え、世論であると強弁する思い上がりと、笑止な思い込みがここまで来たのかと、呆れてものも言えないというのが正直な気持ちだ。

 

 しかし、言わねばならぬ。次に社説中のとくに笑止な記述を引用する。

 

「再び不毛な見直し論が提起されることのないよう、強く公取委に求めたい」

「1955年の指定から半世紀、何ら弊害は生じていない」

「民主主義社会に不可欠な情報インフラとしての新聞の意義、日本の文化とも言える戸別配達制度が国民にもたらす幅広い利益といった視点が欠けていたのではないか。新聞業界からみれば、公取委は規制を改悪しようとしている、としか受け止められなかった」

「多方面から反対論がわき起こった」

「国会のコンセンサスと世論の重みを、公取委は忘れずにいてほしい」

 

 メディアの本分は何か。事実・真実を国民に知らしめることであろう。上に引用した意見というか、ご都合主義の解釈、意見を記述したに過ぎぬ。

「再び不毛な見直し論が提起されることのないよう、強く公取委に求めたい」などと、言論の自由を高々と標榜する新聞業界が決して口にすべきことではない。これこそ、正に言論弾圧・統制をペンの所有者が慫慂するという許し難い行為、意思表示である。

 

 加えて、今回、見直しが検討された五業界において、新聞のみが見直しを免れた。特殊指定廃止の中に、新聞よりも、重要と思われる「教科書」が入れられた。読売新聞や他の新聞社のこれ迄の「特殊指定廃止はおかしい」理屈から言えば、日本人の文化や民主主義の基盤を維持・守るには、この廃止により教科書業界も同等か、それ以上の影響があるのではないだろうか。

 

 他の業界については言及せずに、自らの利益を守るためにのみ、牽強付会の議論を進めてきた新聞業界から、「民主主義社会に不可欠な情報インフラ」「戸別配達制度が国民にもたらす幅広い利益」などと、したり顔で言われる筋合いは一切ない。以前にも書いたが、新聞業界が思い込んでいるほど国民は馬鹿でも、愚かでもない。それより、国民の方が、「日本の文化」であった「恥」というものを、新聞業界よりは、よくよくわきまえていると信じるに至った。


特殊指定維持! 開いた口がふさがらぬ!!1

「特殊指定維持! 開いた口がふさがらぬ!!」

 

 とうとう、やられてしまった。自民党の中川秀直政調会長は31日、新聞の宅配制度や同一紙の全国一律価格を支えている「特殊指定」問題で、公正取引委員会が当面、指定維持を決めたことを明らかにした(共同ニュース5/31)そうだ。

 

与野党議員がそろって特殊指定維持を声高に小学生の音楽の授業のように歌い上げていた最近の様子から、竹島公取委委員長は、いつまで見直しの姿勢を崩さずに頑張れるか、心配していた。しかし、冒頭の報道のごとく、公取委は6月2日に発表した(http://www.jftc.go.jp/pressrelease/06.june/06060205.pdf)「特殊指定見直しについて」で、「新聞特殊指定については、今回の見直しでは結論を出すことを見合わせることとした」と、新聞業界に対し全面的に白旗を掲げた。

 

 ペンの力とは何ぞや! 報道の自由とは何ぞや! 

 メディアは誰がために存在するのか!

 

 わたしたちがマスメディアに対して報道の自由の権利を与えているのは、国民の知る権利、表現・思想の自由を担保するためであると、わたしは考えている。決して、メディア業界の私利私欲を満足させるために、ペンの力を容認しているわけではない。特殊指定廃止については、これ迄の一連の報道は「厚顔無恥」「牽強付会」「文化の啓蒙者はメディアのみ」といった言葉がぴったりくる、いつしか傲慢でいやらしい化け物となってしまったメディア業界が、その力を存分に発揮した「事件」であったといえる。

 

 こうした「破廉恥な事件」を「社会の木鐸」「社会の公器」と常々、自らが唱えて憚らぬ新聞業界が起こしてしまったことを、世の良識ある人々はどう判断し、どう糾弾していくのだろうか。わたしは、民主主義は「権利」と「義務」の間に緊張感のある厳正な運用ルールがなければ、健全な形の民主主義は維持できないと思っている。

 

 その厳正な運用ルールを最も厳格に護らねばならぬのが、ほかならぬ「時の権力をチェック」し、「国民の知る権利の代理人」としてのメディア業界であると考えていた。しかし、それはあまりに子供じみた幻想であった。このようなマスメディアしか存在せぬ日本に、しっかりとした民主主義が根ざすとはとても思えぬ。土曜日の朝からこんな不愉快なことを記すつもりはなかったが、この国の行く末を考える時に、こんなことで本当に良いのだろうかと、私の気持ちは、まるで今朝の天気のように暗く沈んでしまった。



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