彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!

文化の香り高い上野で鰻(うなぎ)の“亀屋・一睡亭”=上野・不忍池グルメ

東京国立博物館140周年特別展『ボストン美術館・日本美術の至宝』は6月10日まで
台東区上野2丁目13番2号パークサイドビル

03-3831-0912

ボストン美術館・日本美術の至宝

東京国立博物館140周年 特別展「ボストン美術館・日本美術の至宝」を観賞しに上野を訪ねた際、まずは腹ごしらえと久しぶりに鰻を食べようということになった。


亀屋正面
亀屋正面

上野公園とちょっと方向はずれるが不忍池(しのばずのいけ)のほとりへと足を向けた。

対面に老舗の伊豆栄が
亀屋の対面に鰻割烹の老舗”伊豆栄”が見える

そちらには鰻割烹の老舗の“伊豆栄(いずえい)”と、そして今回、初めて訪ねた御蒲焼・旬菜料理“亀屋”がある。


店頭のメニュー
店頭のメニュー

“伊豆栄”は7階のお部屋からの不忍池を見下ろす景観が最高で、8月の蓮の花が満開の頃は、こちらが胃の保養だけでなく目の保養にもよいのでお薦めなのだが、今回はネットでもチェックし、ちょっとお店の造作が粋な“亀屋”の方にトライしてみた。


洒落た清潔感のある店内
ちょっと粋で清潔感あふれる店内

暖簾をくぐり店内に入ると奥にテーブル席の個室なども見えるが、一見した範囲はこじんまりとしていて、造作もすっきりとお洒落で満足。店のパンフレットによれば、40名までの座敷も利用できると書かれているので、お店自体はもっと大きく広いのだろうが、そうしたことを感じさせない店づくりがかえって小粋で好感度を増している。


奥にテーブル席の個室や座敷も
奥にテーブ席の個室や大きな座敷も

当日は開店直後の午前11時半過ぎの入店で、われわれ夫婦のほかには二組が着席しているのみで、鰻屋とは思えぬ静かな雰囲気で、気分は最高。


一階の小粋なテーブル席
何かお洒落ですね・・・

テーブルには五月の節句の兜をあしらったランチョンマットが置かれ、季節感あふれるものであった。


節句のランチョンマット
五月の節句の兜をあしらった季節感あふれるランチョンマット

そこでわれわれは季節感を味わうのもそこそこに、早速、うな重の“松(きも吸付で3255円)”を頼んだ。待つこと20分ほど、われわれの眼前に漆のお重に入れられたうな重が現れた。



漆のお重が
うな重の松です

蓋を開ける。うわ〜!!


みっちりと鰻が敷かれたお重
この鰻の質感が堪らない・・・

鰻がみっちり敷かれている・・・。これだけで、嬉しくなるから、わたしも単純だ。まずはお椀に口をつけ、湯気を立てるきも吸いを少しいただく。


熱々のきも吸い
熱々のきも吸い、湯気でレンズが曇るのでズームで撮りました

そしておもむろに鰻に箸をつける。さてどれくらいの量を口に運ぶか。この最初の思案のしどころと、その決断の末に口に入れ、鰻がとろけてゆく感触が・・・あぁ、堪らないのである。


亀屋の鰻は脂がのってわたし好みのとろける柔らかさで、タレの味は濃くもなく薄過ぎるでもなく上品な味で、これまたわたし好み。


「おいしいね」と言いながら、あっという間に完食。

ほうじ茶の湯呑
この湯呑、かわいいです

応対も丁寧な仲居さんが、食べ終わったの見計らって、ほうじ茶を供してくれた。湯呑が堪らなくかわいい。この遊び心、こちとら江戸っ子だい!!って言ってるようで、殊のほか好ましいものでありました。

かわいいね・・この湯呑
「ねぇ、また会いに来て」って言ってるようです・・・

文化の香り高い上野を訪ねる際には、是非、小粋な“亀屋”かば焼きの香りの方も一緒に嗜(たしな)まれてはいかがでしょうか。

東京国立博物館140周年特別展『ボストン美術館・日本美術の至宝』は6月10日まで

文化の香り高い上野で鰻(うなぎ)の“亀屋・一睡亭”=上野・不忍池グルメ

上野の東京国立博物館・平成館において、現在、東京国立博物館の創設140周年を記念して、特別展『ボストン美術館・日本美術の至宝』が催されている。

ボストン美術館・日本美術の至宝
6月10日まで”ボストン美術館・日本美術の至宝”特別展を開催中

10万点を超える東洋の文化財のコレクションを誇り、“東洋美術の殿堂”とも称されるアメリカのボストン美術館が収蔵する日本美術の傑作92点が里帰りしてのお披露目ということになる。

国立博物館
国立博物館

展示された作品は仏像や曼荼羅などの仏画や平治物語や吉備大臣入唐を描いた大作絵巻、それに中世水墨画から近世絵画にいたるまでの傑作が一堂に展示されており、見応えのある特別展となっている。

平成館
特別展が開かれている平成館

なかでも特に印象に残ったのは、やはり今回の目玉の一つである曽我蕭白(そがしょうはく)の迫力ある“雲龍図”であった。

曽我蕭白・雲龍図
曽我蕭白の雲龍図(当館販売絵葉書より)

この雲龍図は、そもそも何枚もの襖絵に描かれていた雲龍図を襖から剥がし、いわゆる“めくり”の状態でボストン美術館で保存されていた。

しかし、1911年に同美術館で収蔵した時の状態はすでに絵具の剥離も多く、紙の損傷・劣化も進んでおり、お世辞にも保存状態がよいとは言えなかったとのこと。

6年前からその修復に取り組み、この度、りっぱな一幅の大画布に貼り直され、今回、世界で初めての公開となったものである。そして、このようにしてわれわれの目に触れることとなった。

ただ、この雲龍図をじっくり見ると分かるが、胴体部分の幾枚かの襖絵が抜け落ちている。その寸詰まりの姿が今にも飛びかかって来るような緊張感を醸し出し、かえって龍の迫力を増しているようにわたしには思えたから不思議だ。

胴体部分の襖絵は行方不明のままで、今もってその存在は不明とのこと。

長谷川等伯・龍虎図屏風
長谷川等伯の龍虎図屏風の龍(当館販売絵葉書より)

その曽我蕭白の雲龍図へ行きつく前に、長谷川等伯の“龍虎図屏風” がある。拝観者は最初にこの等伯の龍を目にすることになり、みんなそこでその筆の巧みさに「ほ〜っ」と感嘆の声を挙げるわけだが、ちょっと先に進み、蕭白の豪壮な“雲龍図”にぶつかり、頭を殴打されたように一瞬、息を呑むことになる。

それほどにその跳びかからんばかりの躍動感と龍の眼力に圧倒されるのである。

京都の相国寺の法堂天井の描かれた“蟠龍図(ばんりゅうず)”や妙心寺や東福寺の法堂天井から見下ろす“雲龍図”も、その堂内の薄暗さや森閑とした静寂さのなかで、ある霊感をともなう迫力を覚えたものだが、曽我蕭白の雲龍図には龍の荒い息遣いをそれこそすぐ身近に感じたのである。まさに雲龍図の傑作といってよい。

また、東大寺法華堂に飾られていた“根本曼荼羅図”にはちょっと複雑な気持ちを持った。まさに国宝級の文化財がどういう経緯か分からぬが、遠く海を渡り他国で収蔵されていることに、多分、時代の混乱の中でそうなったのだと納得しようとするのだが、国力のなさ故か痩せ細った精神故か、何しろ寂しくも哀しい、やるせない気持ちになったものである。

吉備大臣入唐絵巻
吉備大臣入唐絵巻(当館販売絵葉書より)
平治物語絵巻・三条殿夜討巻
平治物語絵巻・三条殿夜討の巻(当館販売絵葉書より)

また、24mにもおよぶ吉備大臣入唐絵巻を一挙に目に出来ることも驚きであった。平治物語絵巻もそうであったが、その保存状態は良く、平安・鎌倉時代の鮮やかな色遣いが美しく、見事であった。

弥勒菩薩立像
弥勒菩薩立像(当館販売絵葉書より)

快慶作の弥勒菩薩立像も、飛鳥白鳳時代の広隆寺・弥勒菩薩半跏像とは異なり、日本文化がその独自性を確立してゆく鎌倉時代という時代背景を想わせるどっしりとした安定感と快慶ならではの気品も窺わせる傑作であった。 


このほかにもまだまだ素晴らしい作品があるので、“百聞は一見に如かず”である。ぜひ、国立博物館へ足を運ばれることをお薦めする。東京国立博物館は610日までの公開である。わたしももう一度足を運ぼうと思っている。


また、その他の地域は以下の通りの公開予定となっている。

2012320()610() 東京国立博物館

2012623()917(月・祝) 2012929()129() 名古屋ボストン美術館

201311(火・祝)317()(予定)  九州国立博物館

201342()2013616()(予定) 大阪市立美術館

母の日に意表を突く粋な贈り物、お相伴しました

5月の第二日曜日、13日は母の日。

 

息子夫婦から家内へカードとある贈り物が届いた。

 

中国茶である。たかだかお茶というのに、随分と大きな箱である。中にはガラス製の急須とビニール袋に入れられた3cmほどのくすんだ濃緑の陏円形の塊が3つあるだけ。


この塊が・・・
このくすんだ塊って、な〜に?

いったい母の日とどういう関係が・・・

 

まぁ、とりあえずお茶にしましょうということで、わたしもお相伴にあずかることとなった。

 

お湯を注いでしばらくすると、あらららら・・・、え〜っ!!


大輪のカーネーションが
大きなカーネーションが花開きました・・・

それはそれは、きれいなカーネーションが一輪、花を咲かせたではありませんか・・・

 

この意表を突いた粋な計らいに、少女のように「わ〜っ!!」と、喜色満面の家内。

 

お母さんありがとう

「お母さんありがとう」に・・・家内は、早速、嫁と息子に御礼の電話を入れていました。


心温まるティータイムでした

温かなティータイムのひと時をわたしもお相伴させてもらいました。

メデタシ、メデタシ!!の巻でした・・・


因みにこのお茶は“不発酵茶”というものだそうで、ビニール袋の説明に“康乃馨(やすのかおり)”とありました。原産国は中国安徽(あんき)省だそうです。

2012年春の“割烹やました”=京都グルメ

割烹やました・2010年の味=京都グルメ(2010.12.12)
秋の京割烹「やました」、行って参りました=京都グルメ(2009.11.23)
割烹「やました」・・・京都グルメ編(2008.3.14)
中京区木屋町二条下ル

075-256-4506


昨年6月に訪れて以来、9か月ぶりの“やました”である。昨年、ブログへのアップを怠ったので、今年は遅ればせではあるが、“やました”探訪記を残しておく。

山下茂氏と花島氏
”やました”の大将と花島さん

なにしろ昨今は多くの知人が“やました”ファンとなった御蔭で、東京でもやたら「やました、行って来たよ」、「やましたの岩ガキおいしかったよ」とか、まぁ、こっちの気も知らないで“やました”自慢の花盛り、花盛り・・・。


そこで、この春、義母の米寿祝いに四国を訪れた帰路、京都で途中下車。もちろん定番“やました”へ向かうためである。そして今回は、学生時代以来の京都一人旅であり、事前の計画なしに洛中をブラブラする「無計画の計画」を心ゆくまで愉しむこともひとつ大きな目的としていた。

嵐電
学生時代以来の嵐電に乗りました

ただし、夜だけは「無計画」とは異なり、一日目が“御料理はやし”、二日目を“割烹やました”と、しっかりと事前に予約しておいたのはまぁ大人のご愛嬌である。

北野白梅町駅
昔、京都へ来ると、この北野白梅町駅をよく利用した

こうした行動パターンは、「無計画の計画」をモットーに洛中を彷徨していた学生の頃の自分が最も忌み嫌った「肥満した精神」の発露そのものである。

帷子の辻駅
この帷子の辻(かたびらのつじ)駅で乗り換えたり、ここから歩いたりしたもんだ・・・

正直、近年の「食」へのこだわり方は老いとともに執拗さを増し、己で制御するのが難しくなっている。理性を失ったかのようなその執着心のあさましさをまだ恥ずかしながら自覚していることが、まぁぎりぎりの救いってところかなと感じているところである。

帷子の辻駅前
帷子の辻駅前はまったくその様相が一変・・・、わたしには寂寥感のみが・・・

そうは言っても、あの青春時代のまぶしいような「無計画の計画」はお天道さまが顔を見せている時間帯だけという所業については、まぁ、若い人から見たら堕落しきった代物(しろもの)と一刀両断に唾棄されても仕方あるまい。

冷酒
大人の証明・・・、いやお酒の魔力・・・

あぁ、そんな噺はどうでもよいのだった。ここでは“やました”の近況を報告すればよかったのだ。


八寸
まずは八寸

ということで、今回は一人旅ということで、“やました”の大将がカウンター中央に席が取られていた。要すれば光栄にも大将の正面に坐ることとなった。これまではカウンターの一番奥に陣取り、隅から板場を見るのを常としていたが、今回は同行の話し相手もいないことから、計らずも大将とゆっくりと話をすることができた。


料理はいつもの“おこぜ”の刺身ではなく、“てっさ”をいただくことにした。大将がいうには、「いつもお造りは“おこぜ”だから、たまに違うのはどうか」と奨められたからである。前々回だったか娘が頼んだフグを少し横から掠め取り口に入れたところ、微妙に厚みがあって甘味が口の中にふわっと広がり、それまでフグ刺しをあまり好まなかったわたしにとり、ちょっとした新鮮な驚きがあったのを覚えていたためである。

てっさ
ちょっと肉厚で、噛みごたえのある”てっさ”は、わたし好み!!

今回はひとりで思いっきりその“てっさ”を堪能した。思った通りの醍醐味を感じさせる質感と淡白さの中にほの甘い味のするこれぞ“やました”の“てっさ”であった。

太った本モロコ
太った本モロコ

それから本モロコを久しぶりに戴くことにした。写真で分かるように、見事なモロコである。淡白でほっこりとした食感が堪らなくおいしい・・・。

本モロコ
おいしそうに焼きあがっています
ほっこりした本モロコ
思いっきりたくさん戴きました、本モロコ!

そして大将との談笑の合間に、色々と酒のツマミにとちょこちょこと繰り出される小気味よい技にほとほと感心しながら、酒はいよいよ進み、時間が経つのも忘れてしまったのは当然の成り行き。

おつまみ
この蕗の塔を刻み込んだ味噌でお酒の進むこと、進むこと・・・
おつまみ
からし和えもお酒が・・・欲しい・・・
酢味噌和え


山菜の天ぷら
山菜の天ぷらまで頼んでいたんだ、よく一人で食べたなぁ・・・

いつしか第一陣のお客で残っているのはわたしのみで、隣には大原からやって来られた気さくなご夫婦が坐っていた。


大将とはどうも野菜の仕入れの関係で長年のお付き合いがある様で、気の置けない談話が始まっていた。そしてわたしもいつの間にか当たり前のようにその仲間に入り、心温まる時間を過ごさせていただいた。


その会話の中で、大将の食材に対する造詣の深さや新たな食材への飽くなき探求心といったものを知り、笑顔の底に隠された“食の匠”としての凄みを知らされた貴重なひと時でもあった。


そうこうするうちに時間は看板の時刻を疾うに過ぎ11時近くとなり、大原のご夫婦を残して店を出ることにした。いつもの如く大将が外まで見送りに出てくれたが、「今夜は奥様がいないから“K6”(カクテルバー)には寄らずにまっすぐ、ホテルへゆくがよい」と誰かさんの伝言でもあったかのような適切なアドバイスをいただき、それではと初春の夜風に火照った頬をなぶらせながら、ゆっくりと、とろりんちょと、ホテルへ向かった次第である。


斯様にして2012年最初の“やました”の夜も更けていったのである。


それと大切な報告をここでしておかなければならない。“やました”の焼き方と揚げ場を担っていた松岡君が独立し、「割烹まつおか」(京都市東山区松原通大和大路西入る南側弓矢町25・電話075-531-0233)をこの426日(木)に開店したことである。カウンター7席の小さなお店とのことであるが、近いうちにぜひ伺いたいものと思っている。

右近君頑張る
若手の右近君、頑張っています

松岡君のいない“やました”はちょっとさびしい気もするが、これまで通り花島さんがしっかり大将を支え、若手の右近君が松岡君の抜けた穴をカバーし、いつも通りの旅人に優しい気の置けない“やました”はもちろん健在であり、今後とも脚を運び続けるのは言うまでもない。

台湾料理・紅鶴楼(こうかくろう)【旧福金楼】=蓼科グルメ24

驚きの味と値段、台湾料理・福金楼(ふくきんろう)=蓼科グルメ23
茅野市米沢3753-7

0266-78-8808

営業時間:1100-14301700-2400


台湾料理・紅鶴楼
台湾料理・紅鶴楼

昨年のゴールデンウィークに肩の凝らぬ至って庶民的な台湾料理のお店“福金楼”を見つけ、このブログで紹介した。


昨年は”福金楼”の看板であった

その安くておいしい中華が食べたくて、松本へ遠出をした帰り道の夕ご飯にと思い、立ち寄った。駐車場へ入ろうと看板を見ると、あららら・・・名前が変わっていた。


ただ、看板の体裁や色使いに昨年の記憶と変わりがないように思え、まぁ、入って見るかと店内へ足を踏み入れた。すると、内装も一年前とどうもどこも変わっていないようだ。


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福金楼時代と内装は変更がなかった。帰る頃にはこのテーブル席も座卓席も一杯でした

狐につままれたような気分だったが、昨年と同じ位置に在るテーブル席につき、メニューを開いた。お目当ての北京ダックはなくなっていたが、ほとんどメニューには変更がなかったので、みんなでシェアしようと数皿の料理を注文した。


超お得な生ビールセット
料理がふた皿選べる超お得な生ビールセット
台湾風冷奴
酒のお伴のひと皿は台湾風冷奴
焼き餃子
ふた皿目のお伴も6個も焼き餃子がついていた

味も多分、変わっていず、料理人も一年前と同じ人(おそらく台湾の人)なのだろう。帰宅後、この新名称の“紅鶴楼”を検索すると、新潟県上越市にある台湾料理・“紅鶴楼”がヒットし、その店名のロゴやメニューに類似点が多く、“福金楼”が何らかの理由からその系列に入ったのかも知れない。店員の女性に店の名前が変わった訳を訊ねたが、日本語がまだ不得手なため、会話自体が不得要領であり、謎は謎のままということになった。


だが、料理を食べ始めたらすぐにそんな謎解きに意味がないことが分かった。一年前と同じく、料理の盛りも多く、味もおいしく、そして値段がとびっきり安いのだから、名前? 関係ないよねということで、家族一同、至極、納得の体でありました。

そして、まず、当夜はピータン(280円)・青菜炒め(680円)からオーダーしました。

本格的ピータン
昨年と変わらぬ本格的なピータンでした
青菜炒め
ニンニクの効いたあっさり味の青菜炒め

次に豚トロの黒胡椒炒め(780円)・味噌なす(680円)・焼きビーフン(580円)・野菜おかゆ(480円)を各一皿と、わたしが生ビールセット(中ジョッキ・台湾風冷奴・焼き餃子:980円)を頼んで、あっという間に完食。

豚トロの黒胡椒炒め
豚トロの黒胡椒炒め
味噌なす
野菜たっぷりの味噌なす、おいしかったね!
焼きビーフン
薄味の焼きビーフン
胃にやさしい野菜おかゆ
最後に胃にやさしい野菜おかゆ

上の料理を4人でシェアして、みんな「食べ過ぎた!」と叫ぶ、一皿の量でした。

そして最も嬉しいことに、精算も〆て、4名で5千円札でおつりがくるという財布にやさしい超省エネ・ディナーとなったのである。メデタシ、メデタシの夜でありました!!

この看板を目当てにどうぞ
ビーナスライン沿いのこの看板を目印にどうぞ

われわれが帰る頃には、広い店内も地元の馴染み客でほぼ満員となっていた。店構え、内装こそ平凡、いやいたって簡素というものだが、その味・量・値段とも心から満足できる、正直、本気の中華のお店である。リゾート料理に飽きた方々はぜひ一度、騙されたと思って、足を運ばれてみてはいかがであろう。

2012年・聖光寺の桜、GWにあっぱれ満開!!

蓼科聖光寺のGWの桜は、七分咲き
茅野市蓼科高原4035



 


蓼科聖光寺
蓼科聖光寺

今年も蓼科・聖光寺の桜がゴールデンウィークにあっぱれ、“満開”を果たしてくれた。年々、桜の樹々が盛木になっており、枝々に咲く桜の花は勢いを増すいっぽうで、蓼科にまた一つ新たな名所ができた。 

満開の桜

2012年のGWは各地に暴風雨が見舞うという散々な天候となったなか、蓼科もすっきりした天気に恵まれなかったが、55日の子供の日は、朝から見事な日本晴れの空が広がった。 

聖光寺と桜

その真っ青な青空に聖光寺の満開の桜が見事に映え、それはそれは美しい日本の春を見せてくれた。

白樺と桜

そして、高原の蓼科・聖光寺ならではのいつもの“白樺と桜”の彩りが、高原に降り注ぐ陽光に見事に照り映えて見えた。

青空と桜

そしていつもの蓼科チーズケーキ工房(茅野市米沢127-1・電話:0266-82-8286)の出店でおいしいチーズケーキを求め、夜のデザートとしてみんなのお腹におさまったことは言うまでもない。

秋川渓谷の “黒茶屋”(炭火焼・山里料理)で新緑を愛でる=秋川渓谷・グルメ

あきる野市小中野167

電話:042-596-0129



黒茶屋表門
黒茶屋表門

多摩川の支流である秋川の渓谷沿いに250年前の庄屋屋敷を活かした炭火焼・山里料理を供するお店がある。その名を“黒茶屋”という。

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水車を脇に配する中門

肌寒い日々がつづく今年の4月。一挙に24度を記録する晴天の日があった。啓蟄はとっくに過ぎたが、午前中の久しぶりの暖かさにこんな日は自宅を脱け出すに限ると秋川渓谷へとドライブに出かけた。

五日市街道
五日市街道を一路、黒茶屋へ

そしてお昼は家内お薦めの“黒茶屋”でいただこうということになった。と云うより、“黒茶屋”で食事をするついでに渓谷の春を愉しもうとしたという方が、わたしの気持ちに忠実な表現であろう。

黒茶屋の母屋へ
新緑の中を母屋へ

実は昨年8月末に秋川渓谷を訪ねた際に黒茶屋へは立ち寄っている。ただその時は時間が適わず、炭火焼処の“楽庵”で鮎の塩焼きを買い求め、隣接する茶房“糸屋”で午後の珈琲を呑むだけで帰って来たのである。

炭火焼の鮎を買った楽庵
茶房・糸屋
珈琲を喫んだ茶房・糸屋

そういうわけで、今度はまぁわたしにとって二年越しの恋というのも大袈裟ではあるが、ようやく念願の“黒茶屋”で食事をいただくことになったのである。

黒茶屋の母屋
黒茶屋の母屋

当日はお昼ということで“黒茶屋”名物の炭火焼料理は遠慮し、お昼のお手軽コース“ゆき笹”(3500円)を注文した。

黒茶屋の離れ
当日食事をした黒茶屋の離れ

山里料理と銘打っていただけあって、旬の筍やコシアブラや蕨などの山菜、山女魚(ヤマメ)といった深山、渓谷ならではの料理を堪能させてもらった。秋川渓谷の鮎は解禁前(解禁:62日)ということで、その日の魚は山女魚であった。

個室
当日通された個室
竹林の見える個室
竹林が見える風情あるお部屋でした
ゆき笹・献立
当日の献立(ゆき笹・3500円)

まず前菜が二段お重で運ばれてきたが、蓋上に山吹の花が添えられ、自然に抱かれた“黒茶屋”ならではの趣きあるお持て成しを感じた。

山吹飾りの前菜お重
山吹飾りの前菜お重・青竹の中に生酒”喜正”

早速に蓋を開け、お重を並べると、そこには深山幽谷の味覚が彩り鮮やかにひろがっていた。

前菜一之筐
前菜・一之筐
前菜二之筐
前菜・二之筐

この春を告げる昼餉の膳を目にしたわたしは、これはちゃんと御神酒と一緒にいただくべきお料理であると、迷わず五日市の地酒“喜正”(野崎酒造)を注文した。

緑鮮やかな竹筒の徳利とお猪口で、趣き豊かに生酒の“喜正”をいただく。お重の中のひと皿に箸をつけてはまた一献と・・・、いうもいわれぬ至福の時・・・である。

向付・鱒と蒟蒻の刺身

生山葵(わさび)をきかせ蒟蒻(こんにゃく)の刺身をいただく。たった二切れだから、これがよい。山葵の花芽のサビが蒟蒻に合う。そして、これがまた冷えた生酒によくマッチするのである。口のなかにす〜っと爽快感が広がり見事である。

黒茶屋名物・勾玉豆腐

それから前菜で特筆すべきは“黒茶屋”名物の“勾玉(まがたま)豆腐”である。これは一度いただくと癖になりそうと表現するのが最も適切であろう。家内が以前にいただいた際にこの勾玉豆腐をいたく気に入り、わたしにも奨めたかったのだそうだと・・・。「そんならもっと早く、連れて来なさいよ」なんてひと言、嫌味も言いたくなろうってもんだわなぁ・・・。


この勾玉豆腐は豆腐の様にして豆腐にあらず。と云うのも、カシューナッツをすりつぶしたパウダーと生クリームを混ぜたもので、大豆は一切使用していないというのだから、見かけは豆腐状でも豆腐ではないのである。


だから味も“寄せ豆腐”などよりもより濃厚でクリーミーなのは当然である。でもしつこくなく、上にかけられたジュレと馴染みがよく本当にお薦めの一品である。“勾玉”の名はもちろん上に飾られたカシューナッツの形に由来している。

百合根栂ノ尾煮桜風味

また“百合根栂尾煮桜風味”というのも、百合根をすりつぶした桜餅感覚の季節感たっぷりの一品で、味もちょっと甘めだがしつこくなくおいしかった。

きのこ汁
山女魚の唐揚

当日の焼き物は山女魚の唐揚げを求めた。1617cmほどの大きさだったが、頭からかぶりついたが骨もまったく気にならず完食。そこで口を開こうとしたわたしに向かい、家内がひと言。「揚げ方が上手ね。家ではこうはいかないのよね」と、こちらの心中を見透かしたようにピシャリとお断りの先手を打たれたものである。

筍の田舎煮

筍の田舎煮もさすがに旬。柔らかくて味も上品で、また山椒の味が効いておいしい。

じゃがいも大葉焼き・タラの芽・コシアブラの天ぷら

揚げ物はタラの芽はもちろんだが、コシアブラが旨いと感じた。仲居さんも、最近はコシアブラの方が好きというお客さんが増えたと云っていたので、タラの芽は最近どこでも出るので、みんな飽きが来ているということだろうか。

そんなこんなで、“黒茶屋”でのゆったりとしたお昼もおしまいとなった。

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縁側からは新緑のまぶしい竹林が・・・

そして縁側へ出て、春の陽射しが差し込む美しい新緑の竹林や若葉鮮やかな楓を観賞した。

黒茶屋の竹林

風の音だけが聴こえる静寂の渓谷・・・、新緑のこぼれる竹林のなかで心豊かな昼餉の時間を過ごすことが出来た。

その後、腹ごなしも兼ねて黒茶屋からの小道を下ると、ものの数分で秋川渓谷のなかでも景勝地として名高い岩瀬峡に至る。

岩瀬峡へ下る小道に山吹が咲き乱れる
岩瀬峡の清流
清流の流れる岩瀬峡

その澄みきった清流に一羽の鴨が水の流れに抗するように上流へ上流へと泳いでいた。

水流に抗い泳ぐ鴨一羽

自然のなかに身を置きながら、独り、黙々と、時に瀬に上り憩いながらも、また水流に抗うようにしてすすんでゆく姿になぜか目頭が熱くなった。やはりそれは年のせいなのだろうか・・・。

黒茶屋の前庭に三つ葉躑躅とまばゆい新緑が
中門脇にある豊富な流水で廻る水車

そんな感傷は別として、是非、一度、緑豊かな秋川渓谷へ足を運ばれ、水車の廻る“黒茶屋”で食事をされたらよい。この“黒茶屋”という世界にはほんとうにゆったりとした心落ち着く時が流れているのだから・・・。

大河ドラマ“平清盛”京都をゆく=長講堂

 
下京区富小路六条本塩竈町

長講堂
長講堂表門

長講堂は大河ドラマで松田翔太演じる雅仁親王、後の“後白河法皇”が寿永2(1183)、当時、西洞院六条にあった仙洞(せんとう)御所内に建立した持仏堂で、正式には法華長講弥陀三昧堂と呼ばれている。その地において度々火災に見舞われたが、天正6(1578)、豊臣秀吉により現在の場所へと移転させられた。

仙洞御所・南池の州浜と八橋
現在の仙洞御所・南池の州浜と中島の奥に八ツ橋

また現在の仙洞御所は、京都御苑内、京都御所南東に接するようにして位置しているが、当時の仙洞御所(退位した天皇の在所の呼称)は現在地より西方の西洞院通六条にあったことになる。


さて、長講堂のご本尊は仏師・院尊(1120-1198)の手になる定朝様式の阿弥陀三尊(重文・1184年作)で、法皇が信仰心篤く祀った念持仏である。


中尊として約180cmほどの阿弥陀如来像が坐られ、左脇侍として観音菩薩像、右脇侍として勢至菩薩像が侍る。この阿弥陀三尊が長講堂の御本尊であり、重要文化財に指定されている。


そして法皇が崩御された建久3(1192)、その菩提を弔い御真影を安置するために御影堂が建立されたが、現在はそこに毎年413日の法皇忌にのみ公開される後白河法皇坐像が安置されている。 

木造白河法皇像
“京都観光Navi・長講堂より”
重要文化財・1658年(明暦4)康治作

今回は特別公開ということで本堂および御影堂内にも入室が許され、阿弥陀三尊像や後白河法皇坐像、さらに、平清盛や源義経ほか様々な人物の名が記された「過去現在牒(かこげんざいちょう)」や「後白河法皇御真影(ごしんえい)(複製)など貴重な寺宝を拝観することができた。 

御影堂
五本の定規筋が入る築地塀内に御影堂

御影堂内ではほんの鼻の先に法皇様がおられ、松田翔太も年を取るとこんな感じになるのだろうかとちょっと不敬であるが想像などしたところである。法皇は“今様”つまり流行歌を大変愛されたというが、いまご健在であれば“I love you〜♪I need you〜♪”な〜んてAKB48なんかも唄っちゃったりするのかなぁと興味津々で坐像の可愛らしい口元を見たものでした・・・。

長講堂本堂と右手御影堂
本堂と右塀内に御影堂

そんななかで格別に興味を惹かれたのが、「過去現在牒」であった。後白河法皇が自分とそれまで関わりを持った人物の名をそれこそ順不同で思い浮かぶまま書き連ねたものである。


こうした落書き様の覚書をしたためている法皇の孤独な姿を脳裡に浮かべた時、書付けをするその瞬間はただのひとりの老人に戻って、自身の来し方行く末に郷愁とも哀愁ともつかぬ思いを馳せていたのではないかと思ったのである。


権力闘争や権謀術数の日々に明け暮れ、愛憎錯綜した波乱の人生も何のことはない、一瞬のうたかたの夢であった・・・そんなことを考えながらぼんやりと思いつくままに、もう彼岸に渡ってしまった人どもの名を記していった・・・


その達筆とはとても言えぬ字や行頭のそろわぬ書きぶり、さらに不規則な行間の空白などは、その時の法皇の諸行無常の心情がすぐそこに見えるように思えたのである。

長講堂の瓦に六條の六が彫られている
六條の”六”の字が瓦の軒に

そして、平清盛や忠盛、源為義などの書き連ねた横の方に祇王や祇女といった白拍子の名前が記されているなど、法皇を取り巻いた多彩で雑多な人物群像にも思いが至り、興味は本当に尽きなかった。


その一方で、習字など得意でないわたしでももう少しましな字が書けるのではと思わせる、そんな奔放なまでの無邪気さとともに大きな懐をもった人物であったからこそ、あのように武家社会の確立時期に源義経をたぶらかし、老獪な頼朝との間に確執を生ませ、源氏滅亡の道筋をつけ得たのだと感じ入った次第でもある

流山の京料理“かねき”はホンモノの職人の味!!

西麻布 京料理「かねき」においでやす
流山市流山5-19-4
04-7158-0068


かねき玄関
祇園の紋章・つなぎ団子の提灯のさがる”流山かねき本店”

春の一日、流山の京料理“かねき”を訪ねた。


西麻布“かねき”のオーナーでもある渡辺昭一郎氏からかねて流山本店にも一度足を運ぶようにとのお誘いがあり、寒もゆるんだ卯月朔日、ようやく実現の運びとなった。

当日は渡辺氏がサプライズを用意してくれていた。

江戸川土手を彩る菜の花
江戸川土手沿いを彩る菜の花

“かねき”のすぐ傍を流れる江戸川土手に今を盛りと咲き誇る菜の花をお店へ向かう途中に立ち寄ってくれ、目の保養をさせてくれたのである。

江戸川土手の菜の花
満艦飾の菜の花も今年が見おさめか

この黄色満艦飾の素晴らしい景観もおそらく今年が最後ということで、是非一見をということであった。地元の方がせっせとここまでの景観づくりに励んで来られたとのことだったが、近年、モグラが多数繁殖し、堤の脆弱化をもたらしているとのことで種蒔きを今年から禁じられたとの由。治水の問題から致し方ないことなのかも知れぬが、何とも味気ない話である。


甘い香りを漂わせる菜の花堤をあとにし、これも“かねき”至近にある“一茶双樹記念館”(流山市流山六丁目670-1)を同行の俳人たちと見学し、おもてなしの準備整った流山“かねき”へと勇躍向かうこととなった。

一茶双樹記念館
一茶双樹記念館
母屋の風情
母屋縁側にて一茶生誕地である信州信濃町の蕎麦茶をいただきました

流山“かねき”の渡辺氏はこの江戸川沿いのお店の四代目ということで、同じように古くからこの川沿いで営む数軒の料理屋のなかで海魚を扱っていたのがこの“かねき”一軒だけだったという。他は川魚料理の専門店とのことである。

流山かねき本店とお迎えいただいた渡辺昭一郎氏
京料理”かねき流山本店”と出迎えてくれた渡辺昭一郎氏

さて祇園の紋章、つなぎ団子の提灯がさがる玄関から広々とした店内へ初めて足を踏み入れたわたしの目に飛び込んで来たのが、美しい白木のカウンターである。当日、われわれが京料理“かねき”を堪能しつくした現場(げんじょう)である。

広い店内
広い店内と白木の美しいカウンター

当日は卯月朔日ということで、はるばる京から取り寄せた筍が当日のひとつの目玉であったが、筍尽くしというのも芸がないとの渡辺氏のもてなし心で、琵琶湖の本もろこをはじめ “かねき”の京料理の神髄を惜しげもなく披歴してくれたのである。

京の筍、見事でした
京より旬を運んできた筍
本モロコを炙る渡辺昭一郎氏
琵琶湖産の本モロコを焼く渡辺氏

その京料理をいただきながら、やはり職人の技というものは嘘をつかぬ。本物の料理はやはり掛け値なく美しく、旨いということをあらためて知らされた次第である。

筍添えの一品
旬尽くしの一品がうれしい

そして旨い料理に遊び心はつきもので、徳利でお酌をと渡辺氏が一献、献じようとした際、徳利がおいしい日本酒の滴とともにうぐいすの谷渡りのような鳴き声を発したのである。

うぐいすの鳴き声がする徳利
遊び心をくすぐる”うぐいす徳利”・粋でない人がお酌するとうぐいすが鳴かぬとか・・・

その粋な計らいに感じ入り、この後はみんなで和気あいあいのお酌合戦が繰り広げられたのは、当然の成り行きであった。

先づけのすっぽん入り茶碗蒸し
スッポン入りの茶碗蒸し
お造り
お造りにも筍がさり気なく添えられる
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筍・わらびの天麩羅
春の装い
旬の彩り
煮こごり
煮こごり

一品、一品、丁寧に手の入った料理とそれを肴にクイクイいってしまう日本酒にわたしの心は“とろりんちょ”と、どこかで聞いたようなイイ気持ちになり、流山の春の酔い、もとい、宵もしずかに更けていったのである。

春にふさわしい瑞々しいデザートの一品

そして忘れてならぬのが、春をよそおう瑞々しいデザートが春の宴のラストシーンを飾ったことを・・・危ない危ない・・・せっかく写真を撮ったんだったっけ・・・

原発必要論者も大飯原発再稼働はNO!

それでも、原子力発電は推進すべき(2011.5.7)
浜岡原発・全面停止要請で菅直人・政治家失格の烙印(2011.5.7)

わたしは昨年5月の段階で「
それでも、原子力発電は推進すべき」との考えを表明した。

「当面、発電電力量の電源構成で26%(2007年)を占める原子力発電の既存設備の稼働を続けるべきである。  理由は一次エネルギーの自給率がわずかに4%という脆弱なエネルギー安全保障の現実を踏まえると、わが国の自主独立・経済基盤の安定を担保するうえでは、原料の供給安定性に優れる(=自国資源と看做してよい)原子力に、現状、依存するしかないということである」というのが、原発必要論の結論であった。

そして、その考えは今もって変わらぬ。

ただ、既存原発の稼働継続・再稼働の大前提として、

それを国民に理解してもらうには、当然、設備の安全性を総点検し、今次福島第一原発事故の原因の徹底解明とその防止策(フォールトトレラント)の多重化・多様化の手当てが十分になされることが必要である。さらにこれまでの原子力推進政策のなかで意図的に議論されてこなかった問題についても詳らかにし、新規再生可能エネルギー技術の実用化可能性をにらみながら、新設も含めた原発の有効性について国民的議論が早急になされ、結論を求めるべきである。」とした。

わたしはその中で、それまであまり語られてこなかった原発発電コストの実態を試算し、原発の発電コストの優位性がこれまでマヤカシであったことを具体的事例として掲げた。また原発是非論を議論する際には、核燃料サイクル、老朽原発の廃炉、放射性廃棄物の最終処理、原発に代替すべき再生可能エネルギーの電力の品質、エネルギー安全保障の視点、温室効果ガス排出削減に資する電源構成等、多元連立方程式の最適解を導く必要があることに言及した。

いま、関西電力の大飯(おおい)原発(福井県おおい町)34号機の再稼働について政府は、夏場の電力需給ひっ迫を錦の御旗いや脅し文句として、拙速な再稼働を強引に実現しようとしている。

野田首相および枝野経済産業大臣は舌先三寸で原発再稼働に向け地元、関係者、国民の理解を粘り強く求めてゆくとしているが、やっていることは、ゴールデンウィーク明けにも再稼働したい(現状は原発ゼロの状況が発生することに枝野大臣が言及した)と、思考停止の再稼働路線を突っ走っているのが実態である。枝野大臣の再稼働に対する一連のブレ発言がこの政府の原発に対する腰の定まらぬその場凌ぎの姿勢を如実に物語っていると言ってよい。

福島第一原発事故から11カ月が経った今日、未だ福島県双葉郡の現場では昼夜を問わぬ給水冷却など現場作業員の健康を度外視した献身的努力でプリミティブな事故対応が続けられている。

福島第一原発の原子炉内の状況がほとんど明らかにならぬまま、事故原因の究明が進まぬのは当たり前である。そして事故原因が不明なまま、今後の安全対策の構築などどだい無理な相談だということなど素人でも分かることである。

当初、民主党がこの41日から発足させたいとして来た原子力安全・保安院、原子力安全委員会などを統合した原子力規制庁も、いまだその設置法案の国会提出段階でモタモタするなど、今後の安全対策を構築する組織自体が設立されていないという信じられぬ状況なのである。

そうした早急にやるべき最低限のこともやらずして、しかも将来のエネルギービジョンも提示されない政治対応のなかで、電力量の不足それも関西電力の言い値だけに耳を傾け、いま大飯を再稼働せず原発ゼロにすれば、「経済と生活がどうなるかを考えておかなければ、日本がある意味で集団自殺をするようなことになってしまうのではないか」(仙谷由人政調会長代行・名古屋市での16日発言)などと言い放つ輩(やから)まで出て来ることなど言語道断、不埒千万、恥を知れと言いたい。

こうした恫喝的、道理なき再稼働では、やはり原発は怖いもの、悪いものという思いだけが国民の心に刻み込まれてゆくのみである。

資源に乏しいわが国において冷静かつ緻密な原子力の平和利用の議論なくして、この過酷な原発事故を乗り越えての原発再稼働の話は、そもそも成り立たぬはずである。それはあまりにも当然な国民の常識、感情である。

今回のような無理筋の再稼働実施は、原子力の平和利用が日本から駆逐されぬまでも、原発に重い負い目を感じながら今後のエネルギー戦略を推し進めてゆかざるを得なくなることに思いを致さねばならぬ。原罪を負ったようなエネルギー戦略が国家の正当性をもった安定基盤になりようはずはないのである。

ある意味、ここがわが国のエネルギー戦略の切所ともいえる。ここで原子力について包み隠さずその必要コストやこれまでの安全基準のいい加減さ、放射性廃棄物の処分問題などにつきオープンな議論を行なうべきである。その一方で環境に優しいという再生可能エネルギーのわが国における実用性についても十分議論を尽くすべきである。

そして国の自立に深く関わるエネルギー安全保障についての議論も含め、経済、外交といった幅広いフィールドにも目を凝らした国民的合意形成が求められるのである。

そこで初めて原発を再開するか否かの決断をすべきである。

その間は、温暖化対策とは逆行することになるが、現状の政治の体たらくでは5年になるのか10年になるのか分からぬが、GTCC(ガスタービン・コンバインドサイクル)発電や重油火力発電、石炭火力発電で、現在の電源構成で26%をも占める原子力発電の穴埋めをしてゆくしかないのだと考える。発電設備の新設が必要となるので、償却費用などもちろん発電コストが一挙に電力料金に上積みされることになる。

その結果、当然、エネルギー自給率は急速に低下し、原油や天然ガス市況に翻弄される経済性においてボラティリティーの極めて高い電力を使わざるを得ない、つまり国際競争力で劣後する製造業に甘んじるということになる。

このように原発再稼働・脱原発依存にはまさに国民の深い理解と峻烈な覚悟が求められるのである。

だからこそ、素っ裸になって原子力の平和利用について、各種電源の発電コスト、電力需給、温室効果ガス規制の行方など具体的数字を明示したうえで、冷静かつ緻密で、透明性を高めた議論が国民の前、白日の下で、堂々としかも迅速になされるべきなのである。

今日現在の盗人に防犯基準を作らせたかのような安全基準とはとても呼べぬ基準で、大飯原発再稼働をさせることは、“それでも、原子力発電は推進すべき”というわたしでも断じて許すことの出来ぬ所業なのである。

値段は裏馬場・料理は代官山の“炎としゃぼん”=高田馬場グルメ

半文居(はんぶんこ)ーー銀座グルメ編
豊島区高田3-10-24 第二大島ビル1F

03-6380-2566


炎としゃぼん
炎としゃぼん

いまや伝説の店となった銀座三丁目の「半分居(はんぶんこ)」を営んでいた長谷川圭さんがその料理の腕をふるう店が高田馬場にある。JR高田馬場より歩いて5分ほど、通称、裏馬場と呼ばれる神田川沿いの地にお店は立っている。

伝説となった銀座三丁目・半分居と長谷川圭氏
高田馬場駅と早稲田通
早稲田通りと高田馬場駅

その名を“炎としゃぼん”という。

裏馬場・神田川沿いにある”炎としゃぼん”

和の料理人と洋のシェフがそろい和の静寂と洋の躍動を上品に融和させた料理・メニュー造りが見事である。



  
柱に飾られる”炎”と”しゃぼん”
DSCF7306
ゆったりとした空間にカウンター席とテーブル席が・・・

開店当初に一度伺った時には、その和洋融和がまだ不十分でどこかチグハグさを感じさせられたものだが、ほぼ一年ぶりに訪ねて見たところ、“裏馬場”という語感が発するイメージとは対極にある洗練された落ち着きをもった紳士淑女のディナー料理へと進化していた。

新鮮な海の幸
”和”をイメージさせた新鮮な海の幸と生山葵

値段は“裏馬場”、料理は“代官山”と、お得感満載の“炎としゃぼん”である。

洋の料理
”洋”のあしらい
色々な調理で飽きさせぬ牡蠣料理
豊富な牡蠣料理
牡蠣料理

また、左党のわたしにとって、“炎としゃぼん”の日本酒とワインへのこだわりが嬉しい。当日、薦められたワインはワインへの薀蓄も語れぬ自分でも、供された料理にとてもマッチした舌触りで素直においしいと言えるものであった。

シャンパン
シャンパン
スープ仕立ての白味魚
スープ仕立ての白身魚

高田馬場はわたしにとってほとんど土地勘のない場所である。しかし、こうした素敵な大人の店ができたことで、これから少しずつ表馬場、裏馬場の良さを発掘出来ていけたらいいなと感じている。 

椎茸と和布の見事な和のアンサンブル
椎茸と和布のしゃぶしゃぶ、これはシンプルだが、これぞ”和”の逸品!!
上品な味付けの肉料理
品の良いお肉料理

実際に当日、ご一緒した先輩はもう“炎としゃぼん”を再訪されたというではないか。ブログアップをひと月近くも、もたもたしている内にさっさと先を越され、歯ぎしりしきりの彦左である。

いつしか賑わう店内
いつしか賑わうカウンター

そして次回は“和”を中心としたメニューも愉しんでみたいと考えているところである。

国家公務員新規採用56%削減の閣議決定という恥ずべき愚行

野田内閣が3日、国家公務員の2013年度新規採用人員を政権交代前の09年度(8511人)に比べ56%減の3780人を上限とする方針を閣議決定した。

その閣議前の行政改革実行本部(本部長・首相)では、野田佳彦首相が「大変厳しい決断だったが、行革は不断の努力しかない」と述べる一方、従前より岡田副総理(行改担当)は新規採用数について全体で7割以上の削減を主張していたという。


そうしたなか、結果的には刑務官や海上保安官など削減が治安不安につながる懸念が大きい省庁の大臣らの抵抗もあって「56%削減」ということで決着したとのことである。6割という大幅な新規採用カットである。若者の社会参加の機会を政府自らが率先して奪う閣議決定である。 


笑止である!誠に以って笑止である。


政権交代前より6割も削減したのだと胸を張っている野田内閣の姿。 


これを笑止と云わずして、世に笑止というものが存在するであろうか。

岡田行革担当副総理が7割以上の削減を当初、主張したというのも、今の若者の就職難、加えて非正規雇用の増加など将来に夢を描けない暗い世相を考えると、この政府は度し難いほどに短絡的であり、国家感、経済の本質を理解せぬ虚仮の集団であると断じざるを得ない。


行政改革に国民が求めるのは、無駄の削減、効率的な行政サービスの提供、公務員の親方日の丸的体質の抜本的改善など、民間企業であれば常識であることを、普通にやって欲しいということである。


財政赤字が巨大化して、このままでは日本国債の価格はギリシャのように暴落してしまうというのであれば、一般企業のようにまずは自らのリストラをメリハリをつけてやるのが筋である。


議員定数の削減、議員歳費カット、国家公務員の人件費カットなどは、民間企業で云えば、役員数の削減、役員報酬カット、従業員給与のカットそして従業員数の削減にあたることで、財務体質改善でまずやるべき策のイロハである。


そして、従業員数の削減は最初にやるのは給与の高い50歳代の者から希望退職者を募り、企業の事業継続の観点からなるべく新人の新規採用数の減少は避けるというのが、一般的常識である。もちろん、民間も景気の好不況で採用数の増減はあるが、こうした6割削減といった事態は、大赤字で抜本的体質改善をはからねばならぬ、または倒産の危機に直面している企業であれば、いくつも過去例があるが、その場合は、前述の役員数や役員報酬の削減や希望退職者の募集などあらゆるリストラ策との合わせ技でやっているのであって、企業の将来を担う若手にリストラのしわ寄せを一方的に行なう企業などない。


当たり前のことだが、今いる従業員だけが生き残って、企業自体の将来が無になる選択肢などないからである。当然過ぎて、こんなことを民間でいちいち説明することなどあり得ない。


そんな国家の将来を任す若者たちの社会参加を閉ざして、公務員人件費の2割削減を達成しようと実績を積み上げているところだとしたら、本当にこの民主党政府は大馬鹿野郎である。


いや、本当に原発事故対応や昨今の増税議論のドタバタを見ていると、国家の将来ビジョンなき“その場その場内閣”というほかない。


国家公務員人件費の2割削減は連合および自治労との本腰を入れた勝負なくして、達成などあり得ぬことは素人にだって分かる。


それを避けに避けて、文句も云えぬ就職希望者の採用数を56%削減する政治など、あまりに姑息で、卑怯このうえなく、若者の範垂れなどととても云えぬ大人、指導者の醜くも愚かな姿である。

「船屋秋月」の“わらしべ長者”=旅人の見た京都のお菓子

老松の「花びら餅」―――旅人の見た京都の御菓子(京都グルメ)
右京区宇多野福王子町13-3(本店)

上京区北野天満宮鳥居前(北野店)


北野天満宮一の鳥居脇の船屋秋月北野店
一の鳥居脇にある船屋秋月・北野店

北野天満宮で梅を観賞した帰り一の鳥居を出てすぐ左、今出川通り沿いに“船屋秋月・北野店”はある。

今出川通り正面から船屋秋月北野店
今出川通りをはさんで正面より船屋秋月・北野店を

同じく梅苑を散策しての帰りであろう、わたしのちょっと先を歩いていた老夫婦が立ち寄ったお店があった。硝子戸を開けて入る姿がお馴染さんとわかるほどにどこか自宅にでも入ってゆくかのように自然に見えたのである。


わたしもその様子に吊られてふっと立ち止り、看板を見あげた。

船屋秋月・北野店店頭

そこには“京菓子處船屋秋月”とあった。支店ということもあるのだろうか、店の造作に老松などの老舗の佇まいはなかったが、ちょっとショーウインドーを覗いて見ると餡子大好き人間の虫がうずいてしまったのである。


気づくとその老夫婦の後ろから、わたしもお連れのようにして店内へと足を踏み入れていた。


簡素な店内のショーウインドーに目を凝らし、わたしは“わらしべ長者”(第22回全国菓子大博覧会・名誉総裁賞)と当日の北野天満宮の美しい紅梅をあしらったような“北野梅林”(第21回全国菓子大博覧会・内閣総理大臣賞)を戴くことにした。仲睦まじい老夫婦が迷うことなく“わらしべ長者”を求めていたのを見ていたこともあったが、黄な粉のかかった“わらしべ長者”の何とも素朴なたたずまいが懐かしく、わたしも購入したのである。  

わらしべ長者

“わらしべ長者”は、「大納言は殿中で抜刀しても切腹しないで済む」ところから、煮ても腹の割れない小豆ということで名づけられた“丹波大納言小豆”で造られた餡を薄く伸ばした餅粟生地ではさみ込み、そのうえを黄な粉でまぶした菓子である。

わらしべ長者
黄な粉でまぶされた餅粟生地で包まれた”わらしべ長者”
丹波大納言餡がみっちりのわらしべ長者
丹波大納言小豆餡がみっちり詰まっているのが、とても嬉しい・・・

とても素朴な味で、でも餡子好きには丹波大納言の餡がみっちりとはさまったこの和菓子は、正直に実直に生きてゆくけば福は向うからやって来るという昔話の“わらしべ長者”のように、贅沢でもなく、奇をてらうでもなく、欲をかくでもなく手造りでひとつひとつ丁寧に造られた心温まる京のお菓子として皆さんにぜひお薦めしたい“旅人”がふと手に取った京都の味である。

可愛らしい北野梅林
北野の梅を思わせる可愛らしい”北野梅林”
甘酸っぱい北野梅林
ちょっと甘酸っぱいのが癖になりそう・・・

また、北野天満宮の梅苑での観梅のお帰りにはぜひ、この可愛らしいお菓子、“北野梅林”も、おひとついかがでしょうか。北野の梅を想い出しながら、おいしく頂きました。

 

 

 

大河ドラマ“平清盛” 京都を行く=平等寺(因幡堂・因幡薬師)

大河ドラマ“平清盛” 京都を行く=六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)
下京区烏丸松原上ル東入ル因幡堂町728



因幡薬師
因幡薬師の名で親しまれる平等寺本堂入口


平等寺はタイトルにカッコ書きしているように、京都では“因幡堂”あるいは“因幡薬師”の名前で親しまれており、逆に“平等寺”はどちらと尋ねても、「はて?」と首をひねられることの方が多いという。

平等寺
平等寺


なぜ“因幡”、はたまた、なぜ“平等寺”という?に答えることが、当寺の由縁、清盛につながる縁を語ることとなる。

駒札
平等寺・駒札

「京都因幡堂平等寺略縁起」で、まずはその縁起を知ることとしよう。


平安時代の天徳3年(959)、行平卿が勅使として因幡国に下向し神事が終え帰京しようとした際、重篤の病に臥せてしまった。一途に平癒祈願をしていたが、ある夜、夢枕に異相の僧が立ち、「この国の賀留津(カラツ)の海中に1本の浮木がある。衆生利益のために遠く仏国土(天竺)から来たものである。速やかに海中より引き上げよ」と告げた。早速、漁師に命じ海底に光る浮木を引上げさせたところ、高さ5尺余りの薬師如来像であった。そこで、この薬師像を大切に祀ると病は癒え、無事に帰京することができた。

行平が因幡を去る際にいずれ薬師像を京に迎えると約束し後にしたものの、その後長い年月が過ぎ去った。長保5年(100348日明け方のこと、行平の屋敷の戸を叩く者があり、戸を開けてみると、そこには因幡からはるばる虚空を飛来してきた薬師像が立っていた。そこで、行平は邸宅内に薬師像を大切に祀ったという。このお話が因幡薬師平等寺の起源ということだそうだ。

薬師如来特別公開
薬師如来の特別公開(写真撮影禁止のためこれで我慢して下さい・頭の頭巾が可愛らしい)


当時、洛中に東寺、西寺以外に寺院建立が認められていなかったため、こうした私的な持仏堂が民衆信仰の対象として都の庶民に崇められ、その霊験譚とも相まって、因幡堂、因幡薬師詣りが盛んになったという。そのため千年を経た現在でも、京都の人々は天皇が定めた寺号よりも“因幡さん”と呼び親しんでいるのだから、やはり、千年の都とは空恐ろしいほどに奥深い土地柄であると、改めて思い到った次第である。

宝物館より本堂を
宝物館より本堂を


またこの因幡堂は浄瑠璃発祥の地ともいわれ、室町時代に猿楽が奉納上演されて以来、江戸時代にはこの境内で因幡堂芝居と呼ばれる歌舞伎も上演されてきた芸能の地でもある。そのため、因幡堂が狂言の舞台となった「因幡堂」・「鬼瓦」・「仏師」・「六地蔵」・「金津(金津地蔵)」といった数多くの曲目が存在している。

観音堂
山門を入って左手に観音堂
観音堂内
観音堂内


さて平等寺という寺号は、薬師如来の功徳は衆生平等に届けられるものとして高倉天皇が承安元年(1171)に勅額とともに下賜されたものだという。


ここに来てようやく大河ドラマ“平清盛(松山ケンイチ)”に関わる人物が登場することになる。第80代天皇である高倉天皇(在位1168-1180)は後白河天皇(松田翔太)の第7皇子で、その母は平滋子(清盛の妻・平時子の異母妹)となる。中宮が清盛の娘である建礼門院徳子(深田恭子)であり、その間に生まれた皇子が後に安徳天皇となる。


美貌の上に箏曲の名手であった小督局(コゴウノツボネ)は高倉天皇の寵愛を一身に受けた。徳子との間に皇子が生まれぬのに、小督に通い詰める若き天皇に岳父清盛が怒り、小督を東山・清閑寺で無理失理に剃髪出家させる。19歳の天皇と21歳の小督局の恋は、二年後の小督の出家により、終わりを遂げる。


その美しくも哀切極まりない物語は、平家物語の巻六や金春禅竹の手による能「小督」として現代に伝えられている。


清盛の怒りを避けるため宮中を逃れ、嵯峨野に隠れ棲む小督が爪弾く“想夫恋(ソウフレン)”の音色を目当てに帝の命を受けた笛の名手たる弾正少弼仲国が小督を探し出し、帝の心を伝える下りは、その若き二人の年齢を想うとまことに切なく哀しい。


その悲恋の主人公・小督局の遺品が高倉天皇が寺号を下賜したというこの平等寺に展示されている。理由は平等寺の歴代住職が長年にわたり清閑寺の住職も兼職したことから、こうした遺品が当寺に残されているとのことであった。


遺品は小督愛用の箏(コト)や蒔絵硯箱が陳列されているが、圧巻は硯の横に展げられている“毛髪織込光明真言”である。小督直筆の写経であるが、その布の横糸として小督が剃髪(テイハツ)した時の黒髪が織り込まれているのである。布の両端に艶の失せた黒い毛髪の先が無数にはみ出し、布の下部を裏返しにして見える裏地には横一線に小督の濡れ羽色をしていたであろう長い黒髪がびっしりとならんでいた。その様を目にした時、まさに息を呑むしかなかったのである。女の情念の凄まじさの風圧に首筋がす〜っとしたのは、わたしだけではなかったと思う。

平等寺本堂前
本堂内に小督局の遺品が展示されている


最後に、平等寺の薬師如来は善光寺(長野県)の阿弥陀如来像、清涼寺(京都・嵯峨)の釈迦如来像とともに、日本三如来に数えられている。


現在、その薬師如来(門前に立っておられたので、立像である)は宝物館に安置されているが、縦長の厨子に納められ、頭巾をかぶっていたのが印象的であった。本堂が幾たびも戦火に見舞われたため、いつの頃からか緊急時に仰向けに如来様を倒して運び出せるように背部に縄と滑車がつく厨子に入れられているのだという。そして頭巾は急いで運び出す際に、仏様の頭部が損傷しないための緩衝材だというではないか。都人によって大切に大切に守りぬかれて来た仏様であることがよく分かるお姿であった。


また、個人的には薬師如来の左脇にそっと鎮座されていた“呉織神(クレハトリ)”と“漢織神(アヤハトリ)”に猛烈な興味を覚えた。この二仏がそろっているのは太秦の広隆寺と蚕の社(木嶋坐天照御魂神社)とこの平等寺だけだという。広隆寺と蚕の社は秦氏の氏寺・氏神として繋がりの深いお寺・神社であるため良く分かるのだが、なぜ、平等寺にこの二仏がそろっているのか、不思議に思ったものである。


そして、平等寺の創建者たる橘氏が秦氏と強い繋がりを持つのではないかというひとつのヒントになるのかも知れぬと想像を逞しくさせたところである。

大河ドラマ“平清盛” 京都を行く=六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)

大河ドラマ“平清盛” 京都を行く=平等寺(因幡堂・因幡薬師)
京都市東山区五条通大和大路上ル東

本堂・扁額

六波羅蜜寺・本堂扁額
六波羅蜜寺南門
六波羅蜜寺南門より

六波羅蜜寺は、天暦5年(951)に、市聖(イチノヒジリ)と称され、踊念仏開祖である空也上人が開創した真言宗智山派の寺院で、西国三十三所(サイゴク・サンジュウサンショ)の第17番札所となっている。

西国三十三所17番札所

当寺HPの寺史によれば、上人存命時から既にそうした噂があったことから、その出自は醍醐天皇の第二皇子・光勝とされているが、空也自身がそれを語った記録はなく、真偽は定かではないということらしい。

駒札

こうして偉そうに解説をしているわたしだが、実は今回、六波羅蜜寺を訪ねるまで、その寺号は六波羅という地名の場所にある真言密教のお寺だから“六波羅寺”と呼ばれるのだと思っていたということを、ここで白状せねばならない。

本堂
貞観二年(1363)修営の外陣が板敷・内陣が一段低い天台式建築の本堂(重文)

まことにお恥ずかしい話だが、本稿をアップするに際し、本来の寺号が仏教の教えから来ている事実を知った次第である。そもそもわが家の宗派は真言宗智山派であり、般若心経の“観自在菩薩(カンジ-ザイボサツ)。行深般若波羅蜜多時(ギョウジンハンニャハラミタジ) ・・・”と、これまでどれだけ耳にしてきたことか。その“波羅蜜”がキーワードだったとは、とほほ・・・。


下の解説(養老山立国寺・仏教のお話)で“六・波羅蜜”の意味を理解したので、ご参考になればと思い、一応、記載しておく。


「仏道修行を通じ我執を取り除き、慈悲の心で自分と他人の対立・区別を無くし、他人の幸福は自分の幸福、逆に他人の不幸は自分の不幸という自他一致の心持ちで行動する者がいわゆる“菩薩”である。


その菩薩が生きて成仏するために行なう修行を波羅蜜(はらみつ)と呼び、その修行に布施(ふせ)・持戒(じかい)・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・禅定(ぜんじょう)・智慧(ちえ)の六種類があるため、これらを総称し“六波羅蜜(ろくはらみつ)”という」のだそうだ。


また、“波羅蜜(多)”は「サンスクリット語でパーラミーター(“到彼岸”と訳す)のことで、欲望や迷いの多い此の岸を去って苦しみのない理想世界の悟りの彼岸に渡り達するという意味』だということだそうだ(曹洞宗 寺HP)。な〜るほど、彼岸に渡るには六つの実践が必要で、それを“六波羅蜜”というんだ!!


十一面観音像の立つ境内
もちろん国宝ではない十一面観音像が立つ境内

当寺のご本尊は空也上人自身が刻んだとされる十一面観音立像(国宝)であるが、秘仏として辰年のみに開帳されるということである。大河ドラマ“平清盛”が放映されるまさに2012年がその辰年に当る。御開帳期間は平成24113日から125日の33日間となっている。西国三十三所の“33”という数字は観音菩薩が衆生を救うとき33の姿に変化するという信仰に由来するが、御開帳期間もそれにあやかるものである。ただ2008年、西国巡礼中興者とされる花山院一千年忌にあたり、2008年から2010年にかけ西国33所の全札所で秘仏の御開帳が特別になされ、この六波羅蜜寺も200911月に結縁開帳がなされた)

燈籠と本堂
燈籠と本堂

大河ドラマが佳境に入る11月からの秘仏の御開帳。わたしも再度、六波羅蜜寺へ行ってみなければならぬと思っている。

痛いところがあれば、その個所をなでると治るという御利益のある”なで牛”

また宝物収蔵庫には、今年は嫌と言うほど目にすることになる“平清盛坐像(重文)”や教科書などに載っている“空也上人像(重文)”のほかにも“地蔵菩薩坐像(重文)”・“地蔵菩薩立像(重文)”など一度は写真や映像で目にしたことのあるたくさんのお宝がさり気なく並んでいる。その様は一言で言って圧巻である。(撮影禁止のため、実際に見ていただくしかない。非常に穏やか表情のお像がたくさんありました)

本堂脇に立つ平清盛公の塚

本堂脇には平清盛公の塚や歌舞伎壇ノ浦兜軍記「阿古屋」の白拍子・阿古屋を弔った鎌倉時代に造られた石造宝塔がある。阿古屋の石塔の脇に阿古屋を弔って坂東玉三郎が寄贈した石碑も建っている。

坂東玉三郎建立の阿古屋の説明石碑
鎌倉時代に造られた白拍子・阿古屋を弔う石造宝塔

そして、境内入って左手には都七福神の一となる技芸上達・金運・財運の神様であるありがたい“福寿弁財天”も祀られている。

都七福神の弁財天
都七福神の福寿弁財天

重要文化財の仏様や清盛公の坐像など歴史・文化という教養に触れられるだけでなく、蓄財の神様もおいでになるという六波羅蜜寺。いろいろと見どころ満載で御利益もありそう、一度足を運ばれても決して損はないと、お奨めするところである。

北野天満宮の梅苑、七分咲き(2012年3月13日)

北野天満宮・重要文化財三光門
観梅の参拝客でにぎわう一の鳥居

今年はどこも梅の開花が大幅に遅れている。10日ほど前に知人が天満宮を訪れた際に、写メで送ってくれたものは、京都までわざわざ行って、そりゃ可哀そうにといった一、ニ分咲きの状況であった。

北野天満宮と紅梅
国宝社殿と紅梅
北野天満宮国宝社殿
国宝社殿
七分咲きの梅苑
七分咲きの梅苑

そこで、10日遅れで入京した私はやはり日頃の行いがよいのか、二万坪の境内に植わる約一五〇〇本の梅は七分咲きで私を迎えてくれて、まずはニンマリと・・・。

白梅
白梅

と、思っていたら、一転にわかに空はかき曇り、チラチラと白いものが舞い落ちて来るではないか。なんと、粉雪である。


やはり、行ないは・・・、いいわけないか・・・

五弁の紅梅
見事というべき五弁の紅梅

でも、遠路の客人を天神様はそう邪険にはしない。ちょっとして黒雲が過ぎると、弥生の青空が顔を見せ、咲き誇った紅梅、白梅の花びらに空の青味が透けて見え、それはそれは美しいものでした。

弥生の空と紅梅
弥生の空と紅梅
紅梅

ただ、写真は見事に咲いているものを選んで写したもので、まだ硬い蕾のままの梅の樹も結構、残っていたので、今年は一面満開というのはやはり期待はできないのだろう。


逆に梅を愉しむ時期が長くなるので、それはそれでよいのだと考えた方がいいのかもしれない。   

朱色と紅梅
朱色と紅梅

まだまだ、北野天満宮の梅は見頃が続くので、機会があれば覗いて見られるとよい。

「一票の格差」を是正せず法を侵す立法府に、三権分立を担う正統性はない

国会は言うまでもないが、日本国憲法第41条に定めるように、「国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」。


そして憲法第43条で、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。2 両議院の議員の定数は、法律でこれを定める」、第47条では「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」とある。


2011225日、本日をもって、「国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関」が自ら立法した「衆議院議員選挙区画定審議会設置法」(1994年)を犯すことになった。


同法は小選挙区制導入に際し立法された政治改革四法のひとつである。

衆議院の小選挙区区割り法式は、まず衆議院議員選挙区画定審議会にて審議される。選挙区割りは国民の一票の格差を決定し、政治家の当落を左右する重要な問題である。


内閣府に置かれる「衆議院議員選挙区画定審議会(以下審議会)」は、「国会議員以外の者であって、識見が高く、かつ、衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し公正な判断をすることができる」7名の内閣総理大臣に任命された委員で組織される(同法第6条)。


そして、審議会は、「各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数(一票の格差)二以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない」(第3条)と定められた改定案の作成基準を満たさなくなった場合には、「衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し、調査審議し、必要があると認めるときは、その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告する」ことが求められている(同法第2条)。


さらに、その改定案の勧告は、「国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から一年以内に行うもの」とされ、平成22年国勢調査の「人口速報集計結果」が公表された平成23年2月25日から1年後、すなわち本日が、その勧告期限となる。


小選挙区の議員定数の改定案の勧告がなされぬままこの状況を放置することは、「国民代表である国会の議決によって成文法を定める」立場にある立法府自らが「法」を無視するものであり、その行為は自己否定そのもので、法治国家の崩壊を意味するものである。


加えて、2011323日の最高裁大法廷において、第45回衆議院議員総選挙時(20098月)、「(各都道府県に1議席を割り振る)1人別枠方式に係る部分は、憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っており、同基準に従って改定された本件区割規定の定める本件選挙区割りも、憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていたものである」と違憲判決を下している。


単なる「05減」ということではなく、「1人別枠方式」の選挙制度の在り方そのものの見直しを迫っているのである。


判決主文の「理由」のなかで、その重要なる部分を下に記す。

国民の意思を適正に反映する選挙制度は,民主政治の基盤である。変化の著しい社会の中で,投票価値の平等という憲法上の要請に応えつつ,これを実現していくことは容易なことではなく,そのために立法府には幅広い裁量が認められている。しかし,1人別枠方式は,衆議院議員の選挙制度に関して戦後初めての抜本的改正を行うという経緯の下に,一定の限られた時間の中でその合理性が認められるものであり,その経緯を離れてこれを見るときは,投票価値の平等という憲法の要求するところとは相容れないものといわざるを得ない。衆議院は,その権能,議員の任期及び解散制度の存在等に鑑み,常に的確に国民の意思を反映するものであることが求められており,選挙における投票価値の平等についてもより厳格な要請があるものといわなければならない。したがって,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があるところである。


さらに、宮川光治裁判官の反対意見の今後,国会が速やかに1人別枠方式を廃止し,選挙権の平等にかなう立法的措置を講じない場合には,将来提起された選挙無効請求事件において,当該選挙区の結果について無効とすることがあり得ることを付言すべきである」とする厳しい付言に対し、聴く耳持たぬといった国会の姿勢は、法に拠る民主主義そのものを根底から否定するものであり、決して許されるべきものではない。


その一方で、区割り規定改正案を策定、勧告する「衆議院議員選挙区画定審議会」そのものの位置付けが曖昧であることも、一票の格差是正がスピーディーに進まぬ大きな要因となっているともいえる。


すなわち、「衆議院議員選挙区画定審議会設置法および施行令」を読む限り、当審議会は、選挙区の状況が改定基準を満たさぬ状態に陥った場合は、自発的に会長が会議を招集し、「内閣府大臣官房企画調整課において総務省自治行政局選挙部選挙課の協力を得て」、投票価値の平等を担保すべく選挙区の区割規定改正案を作成、内閣総理大臣に勧告するとなっている。そして総理大臣は勧告を国会に報告しなければならぬ(第5条)と定められている。


どうも一義的には、まず会長(村松岐夫(ミチオ)京都大学名誉教授)が招集し、改定案を作成、総理大臣へ勧告しなければ、事は進まぬことになっている。国会議員の生殺与奪権を握る怖い審議会とも読み取れるのである。


その審議会の委員は、設置法の第6条・組織において、内閣府に置かれる「衆議院議員選挙区画定審議会(以下審議会)」は、「国会議員以外の者であって、識見が高く、かつ、衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し公正な判断をすることができる」7名の内閣総理大臣に任命された委員で組織されるとある。なお、現在の委員の任期は平成21411日〜平成26410日までの5年間である。


つまり事の性質上、立法府構成員たる議員自らの利害に関することゆえ、選挙区割りの見直し案は、「識見が高く、かつ、公正な判断ができる」議員以外の人であるとするものである。


その意味するところは分かるが、一票の格差が生じた際に選挙区の区割り改定案を作成せぬ場合の責任の所在が、これではよく分からぬのが正直なところである。


実際に平成22年国勢調査の「人口速報集計結果」が公表された平成23225日、さらには同年323日の最高裁大法廷で違憲判決が下されて以降、この「選挙区画定審議会」が開催されたのは、平成23年の3月1日と28日のわずかに2回のみで、7名の委員が再任された平成21年4月11日からでもたったの6回、年間に2回ずつの開催にとどまっているのである。


こんな開催状況では、素案をつくるなどどだい無理という話である。


今回のメディア報道でも与野党協議の折り合いがつかずに勧告に至らず、「違法状態へ」とされているが、立法府たる国会が定めた法律では、どうも「衆議院議員選挙区画定審議会」の重大なサボタージュということになってしまうのだが、本当にわが国の政治は一体、法律に基づいて運営されているのか。どこかの国が人治主義だといって揶揄するのも、これではどうかと思ってしまう。人治ならまだしもよい。それすらしないアナーキー状態ともいえるいまの国政なのだから。

春を告げる蝋梅(ロウバイ)と福寿草=府中市郷土の森博物館

2月21日に「府中市郷土の森博物館」(府中市南町六丁目32)を訪れた。敷地面積13haを擁す「郷土の森」では21日(水)から320日(火・祝日)までの期間、梅まつりが開催されている。

13haの広さを誇る園内

苑内には約60種類におよぶ紅白の梅が1100本も植えられ、これからの来訪者の目を楽しませようと、いままさに白や紅の蕾を日毎に膨らませている。

まだ遠目には梅の枝だけが見えるだけ・・・

当日は、日当たりの関係で一輪、二輪咲きの梅が所々に見られたものの、苑内はまだ遠目には梅の枝々だけがずっと見渡せるといった状況であった。ただ一本、一本の枝に目を凝らし、鼻を近づけると、紅白の蕾がもう少しで一斉に花開く、そういった精気と香気を感じさせられた。

つぼみが日ごとに膨らんでいる・・・

1100本の梅が花開く盛りにはぜひ、その壮観な光景を眺めに来ようと思った。

一輪、二輪と咲く八重寒紅
日当たりによって一輪、二輪と咲き始めた

白加賀や唐梅や八重寒紅といった紅白梅は開花未だしではあったが、ロウバイ科のいわゆる蝋梅(ロウバイ)は逆に盛りを過ぎていたものの、マンゲツ・ロウバイがちょうど見ごろで、雲ひとつない青空にあざやかな黄色の花冠を誇らかに浮かせて見せ、それはそれは見事であった。

ロウバイ科の蠟梅、いわゆるこれがロウバイである

ふつうの蝋梅は内側の花弁が褐色で、下から眺めた際に黄色一色というわけにいかず、世できれいな蝋梅(ロウバイ)とみんなが云っているものが、マンゲツ・ロウバイであったことを、実はわたしは初めて知ったのであります。写真は普通の蝋梅がもう盛りを過ぎ、外側の花弁もかなり色褪せていたので、あまり参考にはならぬが、イメージだけは何とか描いて頂けるのではと思う。

ソシン・ロウバイ

マンゲツ・ロウバイのほかにソシン・ロウバイというのがあるのだが、実はこれがマンゲツ・ロウバイの元の種だという。花びらがちょっととがった感じで、黄色の濃さも少し薄く、可愛らしさ、青空に映える度合いでいうと、マンゲツ・ロウバイが一番であると感じたところである。

マンゲツ・ロウバイ
マンゲツ・ロウバイ
マンゲツ・ロウバイ
青空をキャンバスに黄色の花冠が游ぶ

そして梅の根元の所々に、春の訪れを告げる福寿草が咲いていたが、こちらの黄色はシルクの艶めいた光沢を放ち、これまた春の息吹を思い切り感じさせる、素晴らしであった。

梅の根元に福寿草が咲いていた
福寿草
シルクの光沢を放つ福寿草

梅まつりの期間に一度は足を運ばれてみてはいかがであろうか。



それと食いしん坊のわたしとしては、郷土の森の名物、「ハケ上団子」は食してみる価値は十分ありと、看破した次第である。   


名物・ハケ上団子、これぞ、花より団子の見本なり!!

う〜ん、花より団子を実感した・・・、ホントにオイチカッタ・・・のである!!

「社会保障と税の一体改革」というマヤカシで国民を洗脳する民主党と大手メディア

以前からメディアが民主党の云うが儘に「社会保障と税の一体改革」という言葉を、あたかも実態があるかのように使用し続けるのが、どうもわたしは気にくわない。


民主党が云う「社会保障と税の一体改革」とは何のことはない、消費税率の5%アップ、すなわち増税案のことのみを意味しているだけなのに、「一体改革」という言葉は、あたかも「2009マニフェスト」で約束した社会保障抜本改革へ向けての具体的行程表、それを支える詳細な数字・試算が、増税負担と表裏一体で提示されているかのような錯覚を覚えさせる。


民主党が一体改革と云うのであれば、それに値する内容があって初めてその言葉は使用されるべきであり、権力のチェック機能を果たすべきメディアが、増税案に関する一連の動きを報じる時に、決まって「社会保障と税の一体改革」という民主党の標語・願望を批判なく使用していることに、わたしは常々大きな違和感を覚えている。


5%の増税分の使途に限ってもその説明はフラフラと定まらず、「社会保障支出に限って消費税増税分は使用する」と語って来た民主党の大原則もいとも簡単に捨て去ったような当初の説明に、わたしも唖然としたものである。


そして、そもそも消費税および社会保障改革について民主党は「2009マニフェスト」でどう約束したのかを、もう一度、思い起こしておく必要がある。


これは何も揚げ足取りをするものではなく、20099月に発足しすでに二年半が経とうとする民主党政権下で、彼らが標榜(ヒョウボウ)した社会保障改革が具体的にどう制度設計が進められて来ているのか、どのような修正が図られようとしているのか等々、「社会保障と税の一体改革」という言葉が各種メディアで日常的に氾濫している状況のなか、少し頭を整理しておく必要があると考えたからである。


“消費税”について、2009年の「民主党政策集・INDEX2009」では、国民に次のように約束している。


消費税に対する国民の信頼を得るために、その税収を決して財政赤字の穴埋めには使わないということを約束した上で、国民に確実に還元することになる社会保障以外に充てないことを法律上も会計上も明確にします。


具体的には、現行の税率5%を維持し、税収全額相当分を年金財源に充当します。将来的には、すべての国民に対して一定程度の年金を保障する「最低保障年金」や国民皆保険を担保する「医療費」など、最低限のセーフティネットを確実に提供するための財源とします。


税率については、社会保障目的税化やその使途である基礎的社会保障制度の抜本的な改革が検討の前提となります。その上で、引き上げ幅や使途を明らかにして国民の審判を受け、具体化します。・・・」と、


“社会保障制度の抜本的改革”が消費税率アップの前提であり、その抜本策の具体的内容と消費税率の引上げ幅をセットとして国民に提示し、国民の審判を受けたのちに具体化する、すなわち、法案を提示して解散を打ち、総選挙で国民の判断を仰ぐと約束している。


その「社会保障制度の抜本的改革」の目玉としてマニフェストで麗々しく謳ったのが、


O  年金制度を一元化し、月額7万円の最低保障年金を実現します

O  後期高齢者医療制度の廃止と医療保険の一元化をします


の大きく二つの一元化政策である。


その目玉政策の具体的制度設計の提示なしに、増税案のみの審議を優先させることなど、あってはならぬのである。


2年半たった現在、社会保障改革の具体的審議は国会でなされていないし、それ以前に民主党内での具体的制度設計の議論や法案化へ向けた地道な活動の姿もまったく見えぬのだから、政治生命をかけて消費税増税を成し遂げると野田首相が悲壮感を漂わせようと、国民はしらけるしかないし、マニフェストでは具体的約束もしていない“5%引上げ”のみが突然、降って湧いたように法案提出されるというのでは、それで国民が納得するはずがないのは当然の道理である。


INDEX2009」で「公平な新しい年金制度を創る」として、次のように国民に約束した。


「危機的状況にある現行の年金制度を公平で分かりやすい制度に改め、年金に対する国民の信頼を確保するため、以下を骨格とする年金制度創設のための法律を2013年までに成立させます。

(1)すべての人が同じ年金制度に加入し、職業を移動しても面倒な手続きが不要となるように、年金制度を例外なく一元化する

(2)すべての人が「所得が同じなら、同じ保険料」を負担し、納めた保険料を基に受給額を計算する「所得比例年金」を創設する。これにより納めた保険料は必ず返ってくる制度として、年金制度への信頼を確保する

(3)消費税を財源とする「最低保障年金」を創設し、すべての人が7万円以上の年金を受け取れるようにすることで、誰もが最低限の年金を受給でき、安心して高齢期を迎えられる制度にする。「所得比例年金」を一定額以上受給できる人には「最低保障年金」を減額する

(4)消費税5%税収相当分を全額「最低保障年金」の財源として投入し、年金財政を安定させる」と。


消費税5%税収相当部分は全額「最低保障年金」の財源として投入すると約束しているのである。


増税の使途がフラフラしていること自体が、何も社会保障制度の抜本改革案が民主党内および政府に存在しないことを明らかに物語っているのである。


またそんな不実な政党の「社会保障と税の一体改革」の標語を、批判精神もなく安易に使用する大手メディアは、民主党があたかも具体的制度案があるかのように国民を欺き洗脳することに、手を貸しているのだと言わざるを得ぬのである。

「鬼は外、福は内!!」、2月3日は節分でした

節分
お不動さんで買ってきた炒り豆

“節分”は読んで字のごとく季節の分かれ目のことであり、四季それぞれの分かれ目を“節分”と呼ぶのだろうが、いま節分といえば立春前日の23日を一般的にはいうようだ。


今年の立夏は55日の子供の日であるが、ということは次の節分は54日となるが、ゴールデン・ウィークの真っ只中に「鬼は外、福は内」をやったとすると、多分、ご近所の人は、「あの家は何をまた季節外れの無教養なご家庭か」と、笑われてしまうのだろう。


わたしも、やはり「鬼は外、福は内」は、窓を開け、冷たい北風が室内に吹き込むなかで、口早に「鬼は外!福は内」と言いながら窓を閉めるのが、一番、季節感があってよいと思う。  

鬼はそと〜!!

結婚して初めの頃は、玄関脇に柊の枝とイワシの頭を突き差す風習をまねていたが、毎年、翌朝になると野良猫がイワシを食い散らかし玄関先が汚れるので、3、4年でそれは止めてしまった。

 


「あの柊はどうしていたの」と、今回、家内に問うたところ、昔は節分が近づくとお店に鰯と柊の枝がセットで売っていたが、最近は目にしないとのこと。

 


そう言えば、この頃は恵方巻とかいう関西の風習とやらで、節分が近づくとチラシで巻き寿司の写真をよく目にしたりするが、何かバレンタインチョコがチョコレート企業の陰謀であったように、鰯の生臭さとは異なるスーパーなどの“売らんかな”魂胆の胡散臭さを感じ、うちではその“恵方巻かじり”はやっていないし、やる気もさらさらない。


ただ、こうやってグダグダ書いていて、なかなか宝くじが当らないのも、「鬼は外」は、結構大きな声で威勢よく豆を撒くのに対し、「福は内」は後の始末が大変でないように控えめな声で炒り豆を室内に撒くのが一因なのではないかと・・・、いま、気づいたところである。

あまり散らからぬように「福はうち〜!」と撒くの結構、難しいんだよな・・・

節分が終ってなるほどと合点した。これを“後の祭り”というのだろう。来年こそは大声で「福は内」も叫び、遠慮なく福を呼び込み、宝くじを当てようと誓った今日である。ただ、「買わなければ当らないのよ」と、いつも家内に言われる通り、まずは、購入することを忘れないようにしなければとも、思っているところであります。


冗談はともあれ、インフルエンザが流行しているとか、くれぐれも皆さま、今年も健康に留意され元気に過ごされんことをお祈りいたし、節分の記とさせていただきます。

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